とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第一章「帆船襲撃事変」

04

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「それで? 帆船は墜落し、二人からの連絡は途絶えた、と」


 長い足を組み替えて、ゴルトはそう吐き捨てた。
 誰も座ることのない空いた玉座をギロリと睨みつける。
 その椅子に座る資格は、ゴルトにはない。
 彼ができるのは、せいぜいその椅子の主に代わって政治を行うことくらいである。


「──はっ。仰る通りです」


 ゴルトの前で畏まり頭を下げた男は、困り眉を浮かべた。
 彼の紫色の髪からは、片方だけ立派な角がそびえたっていた。


「一応貴方の部下に指示を出しまして、捜索はさせておりますが」

「これはしてやられたかもしれないな」

「? 誰にです?」

「あの死神に、だよ」


 彼の脳裏には銀髪の死神が思い浮かんでいた。
 悪意に満ちた笑みを浮かべる彼は、ゴルトのお気に入りだった。
 脳内が常時お花畑状態の帝王候補よりも、いくらか見どころがある。
 思えば帆船の情報をもたらしたのも彼だという可能性がある。
 であれば、情報そのものはフェイクであり、本当の目的は他にある。そういうことかもしれないとゴルトは再び足を組み替える。
 使える死神だった。
 戦闘能力は魔界一といっても過言ではないほどで、情けも容赦も持ち合わせがない。
 食えない態度をとりはするが、仕事そのものはきっちりやる男だった。

(だが、だからこそ『保険』がきく)

 くつくつと、笑いをかみ殺す。


「追加で部下は出すな。彼らはきっと、私の首を求めてここまでくる」


 そうしてとんとん、と彼は自分の首をつついた。
 それに対して角が生えた男の方も、にっこりと微笑む。


「ああ、なるほど。釣るんですね、ご自身を餌に」

「そうなれば、やるべきことは一つ」

「すぐに術者をご用意致します。捕獲や捕縛にたけた、それこそ狩人のようなものを」


 ぬるりと暗闇に溶けるように、彼は姿を消した。
 この城は今や彼のものだ。
 どれほど細心の注意をはらって侵入したとしても感知できる。そういう自信すらあった。
 いや、そうではなくても。

(ここまで連れ戻せさえすれば、計画に支障はない)

 どれだけ記憶を戻そうと。
 どれだけ仲間ができようと。
 どれだけ心を変えようと。
 もう一度無に返し、まっさらな状態で、一から仕込み直すだけ。
 邪魔は入りようがないのだ。
 もう、完璧に始末してしまったのだから。


「ふふふ──、たまらないな」


 こらえきれなくなった笑いを漏らして、彼は執務椅子から立ち上がった。
 そうして踵を返すと、空の玉座を睨みつけながら、執務室と書かれた部屋を後にした。





***





 静かで深い森を、ハイゼットら一行はひたすらに歩いていた。
 道という道がない。
 けもの道というものも見当たらないところをみると、魔物もいないような森なのだろう。
 あるいは、道を作らないで進む魔物なのかもしれない。


「なーあー、どこに向かってんのー」


 唇を尖らせて、ハイゼットがぼやく。
 肩を貸すのはファイナルからデスへと交代していて、それも彼の不機嫌の原因だった。


「どこって、休める場所だろ。とにもかくにもそれからだ」

「それから、っていったって、なあ」


 ちらり、とハイゼットはファイナルたちをみた。
 彼女たちを連れて根城である帝王城には戻れない。
 連れて帰ればタダではすまないのはわかりきっていることだ。デスもわかっていることだろう。


「どうすんの、ほんとに」


 囁くような呟きに、デスは「んー」と唸った。
 ハイゼットの胸には、言い知れぬ不安感があった。
 突如現れた彼の妹──つまりは家族と呼ぶべきものを知ったからなのか。 
 はたまた、もっと別の要因なのか。

(いや、たぶん俺は、怖いんだ。俺のことちゃんと知ってるデスが、俺から離れて行っちゃうのが)

 子供っぽい、と思った。
 これは安っぽい嫉妬だ。
 もし妹たちと何処かへ行ってしまったら、どうしていいかわからない。
 そういった、不安だ。


「安心しろよ。ちゃんと考えてっから」

「……ほんと?」

「ホント」

「そこに、俺も行っていいんだよね?」

「当然だろ。馬鹿いうな」


 べし。
 本日何度目かの手刀をくらって、しかしハイゼットは少し嬉しそうに笑みをこぼした。

 ほどなくして、彼らは少し開けた場所に出た。
 円を描くようにして、そこだけが何者かに刈り取られたように草木が短くなっており、奥の方には少しボロボロの民家が建っていた。
 看板や表札といったものは見当たらない。
 そもそも誰も住んでいないのかもしれなかった。とくに真新しい足跡もない。


「おお、まだちゃんとあった」

「へ?」


 その建物を見上げるデスに、ハイゼットは小首をかしげた。


「デス、ここ知ってるの?」

「そりゃな。ずいぶん前は根城にしてたこともある」

「えっ、じゃあ、デスの家……」

「それとも違う。ここは空き家なんだよ。だから、今は誰のものでもない」


 食い気味に否定したデスは、ハイゼットを下すとスタスタと建物に近づいていった。
 それから周囲を一周すると、ドアに手をかける。


「ちょ、デスさん、大丈夫ですか? 何かトラップがあったり……」

「や、平気平気」


 慌てて駆け寄ろうとしたフェニックスを片手でファイナルが制止する。
 それからすぐにデスの手がほんのわずかに青白く光った。
 その後何事もなかったかのように、彼はドアノブを掴んで回した。


「ほらな」


 ドアを開けて、彼は両手をひらひらと上げた。確かに、とくに彼の体には変化がない。
 どうやらトラップの類はないようだった。
 ファイナルの腕が退くと、フェニックスはパタパタと走っていった。
 ぼふ、とデスの胸へとダイブする。


「もう、心配しました」

「つーか、そういうの張ったの俺だし。解除するの忘れたりするわけねえだろ」

「それでもです。あなたは、少し無茶をするきらいがあるので」


 頬を膨らませたフェニックスのそれを片手でむに、と潰すとケラケラ笑って中へと入っていった。


「なんか、今の、夫婦みたいだったな……」

「ああ、あの二人は昔からああなんだ」

「昔から?」


 ああ、幼馴染なんだった。ハイゼットは小さく嘆息した。


「では、我々も中へいこう。お前も早く休んだ方がいいだろう」


 ファイナルが手を差し出す。
 帆船の中では拒絶の目線しかもらえなかったが、今はどこか穏やかな目線だった。
 ぎゅ、とその手をとって、ハイゼットもデスの後に続いた。


 室内も外観同様、ボロボロだった。
 かなりの年月が経っているためか、あちこちひび割れが入っていた。
 埃、蜘蛛の巣、それからどこから入ってきたのか、乾燥しきった木の実まで、床は汚れ切っている。


「さあて、ではお掃除しちゃいますね!」


 ぐいぐいとフェニックスが腕まくりを始めたのは、入って間もなくのことだった。
 その長い金髪を頭の上でくくり上げる。


「では、俺も手伝おう」

「いいえ、ファイナルさんは二階へあがってじっとしていてくださいな」

「いや、そういうわけには」

「いいえ。ダメです。……貴女、張り切ると色々と壊すでしょう」

「うぐ」


 唇を尖らせて、ファイナルは唸った。


「ささ、お二階へ。手伝いなら、デスさんにお願いしますから」

「おっと、俺か」


 デスの腕を掴んで、フェニックスは引き寄せた。
 微笑ましい兄妹の図である。が、ハイゼットは胸に何かむかむかしたものが去来するのを感じた。
 がっと座り込んだソファから立ち上がると、ぎゅうっとデスのもう片方の腕に抱きついた。


「お前まで何なんだ」

「お、俺の方が掃除上手いよ」

「あー? そりゃ元気な時に言ってくれ」


 やれやれ、となすすべもなく、デスはため息をついた。
 がし、とさらに腰当たりに、エターナルまで抱きつく始末である。


「な、なんだ、俺も抱き着いた方がいいのか?」

「ファイナルはだめ! 俺! やるなら俺にして!」

「え、お前に抱き着けばいいのか?」

「いいえ!」


 混沌と化してきた状況を一喝するように、フェニックスが声を上げた。


「ダメです! はい、まず怪我人二人は二階! エターナルは、そうですね、一緒に掃除しましょう。ささ、本当に日が暮れますよ!」


 ぱんぱんと手のひらを叩き、それからフェニックスはパチンと指をはじいた。
 とたんにハイゼットとファイナルの体がふよふよと浮く。


「わ、え、な、なに!」

「今後のこともあるのですから、今は大人しく寝てください!


 ハイゼットはじたばたと空で暴れたが、なすすべなく、二階へとその体を消していった。
 続けて、ファイナルも腕組をしながらそれに続く。
 その光景を見送ってから、フェニックスは「ふーっ」と息を吐いた。


「ぷはっ」

「な、なんです?」

「いや、まるで威嚇する猫みたいだなと思って」

「も、もう!」


 こんなやり取りでさえ気恥ずかしいのは、おそらく会えなかった年月が問題だ。
 会えなくなってから、五年以上は経つだろう。
 久しぶりに再会した兄の身体は前よりもかなり逞しくなっていて、それがどういうことを意味するかは、すぐに理解できた。

(苦労、されたんですよね)

 元からどこか大人びた兄ではあったが、そんなものは比にならないほど老けたと彼女は感じていた。
 きっと。自分の知らない戦いを、幾重にも経験してきたのだろう。
 その太くなった腕に傷は見当たらないが、それが彼の体質なことは理解している。


「? なんだよ」


 黙ったままのフェニックスを、デスは呆れるような笑顔を浮かべて小突いた。
 昔とまるで変わらないその笑顔に、フェニックスはどこかほっと安堵した。
 どんな経験をしても、この人は、この死神は変わったりはしていないのだ。そう思うことができた。


「いいえ! なんでもありません。では、始めましょう。お掃除の時間です!」
 
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