「先輩、その距離は反則です!」

静羽(しずは)

文字の大きさ
3 / 59

第2話|その視線に捕まった

しおりを挟む
翌日から湊は営業二課に顔を出す機会が増えた。
総務の業務上書類の受け渡しや確認が続く。
理由はそれだけ、、、のはずなのにフロアに足を踏み入れるたび胸の奥が妙に落ち着かなかった。



「、、、失礼します」



声を抑えて入るといつもより空調が低い気がした。
いや違う。
自分が少しだけ緊張しているだけだ。
視線を落とし書類を指定の場所に納める、
その途中ふと視界の端に“あの人”が入った。



綾瀬 春翔。



昨日と同じ整ったスーツ姿。
背筋がまっすぐで資料に目を落とす横顔がやけに静かだ。



(……見られてない、よな)



そう思った瞬間、目が合った。
一瞬。
ほんの一瞬なのに湊は足を止めてしまう。
綾瀬はすぐに目を逸らした。
まるで見ていたこと自体をなかったことにするように。



(……気のせい、か)



湊は首を振り用件を済ませる。
書類を渡し確認事項を伝え頭を下げる。
それだけのはずだった。



「あ、ちょっと」



低い声が背中に落ちた。



「はい?」



振り返ると綾瀬が立ち上がっていた。



「この数字念のため確認したい。少し時間いい?」



業務的な内容。
それだけなのに湊はなぜか喉が詰まった。



「だ、大丈夫です」



近くのデスクに寄る。
綾瀬が資料を指で示す。
その手元に視線が吸い寄せられた。



(、、、手、綺麗だな)



そんなこと思ってしまって慌てて目を逸らす。



「ここ、合ってる?」



「はい。昨日の時点で更新されてます」



「そっか。助かる。」



短い会話。
それだけなのに何か不自然な感じがした。
綾瀬さんて人と話すとき目を見ない?
、、、いや、違う。
他の人と話しているときはちゃんと相手の目を見て話していた気がする。
じゃあ今のは?
今、俺だけ目を逸らされた?



(……なんだろ)



湊の胸に小さな疑問が残る。
綾瀬は湊の手に抱えられた資料の行き先を察してから何気ない口調で尋ねた。



「それ、五階の部署に持って行くのか?」



「はい。これから行きます」



そう答えた瞬間、



「俺も五階の資料室に用事があるんだ。一緒しても?」



!!一緒に?



心臓がどくんと大きく跳ねた。
綾瀬さんと五階まで。
つまりエレベーターに乗る。
二人きり。
頭の中で一気に不安が押し寄せる。

何を話せばいい?
沈黙になったら?
変に思われないか?
何が。
どうしたら、、、。

そもそも話した事もない先輩と二人きりで同じ空間に耐えられるのか。
一瞬言葉が詰まる。
断る理由なんて見当たらない。
断ったらそれこそ不自然だ。



「、、、あ、はい。大丈夫です!」



少し遅れて返した声は自分でも分かるほど上ずっていた。
そんな湊のわずかな動揺を綾瀬は見逃していなかった。

視線の揺れ。
呼吸の変化。
資料を持つ指に入ったほんの少しの力。



――ああ、緊張してるな。



そう理解した上で綾瀬は何も言わず歩き出す。
湊の隣に並ぶ距離をほんのわずかだけ空けて。
その後エレベーター前で再び二人きりになった。
緊張を溶かす様に自分から話しかける。



「処理課、大変そうだな」



不意に、綾瀬が言った。



「え、あ、。慣れるまでは」



「最初から頑張りすぎないで。無理すんなよ?」



初めて会話らしい会話をした。
綾瀬さんの低音の声が胸の奥にじんと染み込んでくる。
緊張しているはずなのに不思議と落ち着く。
その声がやけに心地よかった
エレベーターが到着する。
扉が閉まるまでの数秒。
湊は自分のほうが後輩なのだから先輩が先に降りるのが筋だよな、と思い、綾瀬が先に降りるのを待った。
すると綾瀬はエレベーターのドアが閉まらないように片手でそっと押さえた。



「お先にどうぞ?」



少しだけ、笑顔で。
今、初めてちゃんとこちらを見た気がした。
目が、合う。
綾瀬は自分から視線を逸らさない。
なんで、、、さっきは目を、逸らされたのに今は真っ直ぐ自分の事見てくる。
男の自分から見ても、整った、綺麗な顔をしている。



(、、、しまった!!
見惚れている場合じゃない!早く降りないと!)



湊は慌てて長身の綾瀬の横をすり抜けながら、



「ありがとうございます!」  



と声をかけすかさずエレベーターを降りた。




「俺はこっちだから。湊はあっち。」



そう言って綾瀬は指で進む方向を示して教えてくれた。



「はいっ!ありがとうございますっ!」



湊はそう返すと少し早歩きで自分の目的の部署へ向かっていく。
背中からでも分かるくらいどこか緊張した歩き方だった。
そんな姿を可愛いと思ってしまう。
綾瀬はその背中をほんの少しだけ見送ってからふっと視線を逸らす。
そして何事もなかったような顔で振り返り資料室へ向かう――
ふりをした。
本当は資料室に用事なんてなかった。
ただ、
ほんの少しだけ湊と話したくなって無理やり接点を作っただけだ。



(思った通り、可愛い顔してるな。)



そんなことを考えて、
綾瀬は思わず口元を緩めてしまう。



、、、笑える。



自分の年齢も立場も分かっているくせにこんなことで胸が高鳴るなんて。
年甲斐もなくときめいてしまっている自分に綾瀬は小さく苦笑した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘れられない思い

yoyo
BL
真野匠(25)は、4月から新社会人として働き始めた。 職場の歓迎会の居酒屋で7年ぶりに、高校の時の数学教師だった奥田春人(33)と再会する。 奥田先生のことは、高校生の頃から特別な存在に感じていた匠。 最寄り駅が同じであったことも判明し、そこから急速に距離が縮まっていく二人……

別れのあと先

梅川 ノン
BL
研修医(受)と看護師(攻)の大人のピュアな恋物語

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

『定時後の偶然が多すぎる』

こさ
BL
定時後に残業をするたび、 なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。 仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。 必要以上に踏み込まず、距離を保つ人―― それが、彼の上司だった。 ただの偶然。 そう思っていたはずなのに、 声をかけられる回数が増え、 視線が重なる時間が長くなっていく。 「無理はするな」 それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、 彼自身はまだ知らない。 これは、 気づかないふりをする上司と、 勘違いだと思い込もうとする部下が、 少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。 静かで、逃げ場のない溺愛が、 定時後から始まる。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

黒に染まる

曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。 その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。 事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。 不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。 ※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

深夜一時、それは衝動。

文月
BL
毎週金曜の深夜。俺は兄の住むマンションへと向かう。

処理中です...