「先輩、その距離は反則です!」

静羽(しずは)

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第8話|なんで綾瀬さんのことばかり、、、。

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店内のざわめきが、少しずつ落ち着き始める。
誰かが時計を見て、



「そろそろ終電やばくない?」


なんて声を上げたのをきっかけに空気が一気に“帰り支度”へ傾いた。
グラスの中身は減り、料理の皿もほとんどが空。
湊は少しぼんやりした頭でテーブルの上を見渡していた。
酔いはチーズフライのおかげか少しだけ収まっていた。
けれどの奥がほんのり熱くて心地が良い。



「湊。」



名前を呼ばれて反射的に顔を上げる。
綾瀬は立ち上がり少し心配そうな表情を浮かべながら声を掛けた。



「大丈夫か。帰れるか?」



「、、、はい。大丈夫です。」



そう答えながらも足取りがふらついてる事に綾瀬は気づいていた。
幹事が会計を済ませ一人、また一人と店を出ていく同僚達。
夜風が入り口から流れ込んで酒で火照った頬を撫でる。
外に出る直前綾瀬がふと足を止めた。
振り返ったその横顔が一瞬だけ、迷っているように見えたのは、、、きっと、気のせいだ。



「、、、湊」



呼ばれてまた胸が跳ねる。



「送る。方向、一緒だろ。」



先輩としてはごく普通の一言。
なのになぜか体にピリッと緊張が高まる。



「、、、お願いします。」



店を出た瞬間、夜の空気がふわりと頬に触れた。
アルコールの熱を冷ますようででも完全には消えてくれない。



「寒くないか?」



季節は4月。夜風はまだ少し冷たい。
綾瀬が覗き込むように聞いてくる。



「大丈夫です。ちょっと、風が気持ちいいです。」



そう答えた湊の声は自分でも分かるくらい飲み会前とは違う、距離が縮まった様に緊張感もなくなるくらい自然な対応だった。
酔いのせいなのかそれとも?
二人並んで歩く夜道。
街灯の下を通るたび影が一瞬だけ重なってまた離れる。
歩幅がいつの間にか揃っていることに気づいて、湊は少しだけ胸がくすぐったくなった。
どちらが合わせているのだろう。
二人とも自然に同じくらいのペースで歩いてる?
沈黙が続いているのに気まずさはない。
むしろ静かすぎて隣にいる綾瀬の存在だけがやけに大きく感じられる。



「、、、飲み会疲れただろ?」



「いえ。楽しかったです!」



本当はめちゃ疲れた。
疲れたけどここはひとつ綾瀬さんに心配をかけない様に頑張って振る舞う。
綾瀬がちらりと湊を見る。
その視線に気づいた瞬間湊の心臓が小さく跳ねた。



「、、、酔ってる?」



綾瀬がイタズラに笑いかける。



「少しだけ、、、です。」



正直に答えると綾瀬は小さく息を吐いて



「無理すんなよ。顔、赤い。」



「そんなにですか?」
 


湊が手で頬に触れると綾瀬の視線がその指先に落ちる。
綾瀬が一歩分、湊に近づいて頬に触れた。
夜風が吹いて湊のコートの裾が揺れた。
その瞬間綾瀬の手が少し動いて途中で止まる。
突然の事に



「、、、、綾瀬さん?」



名前を呼ぶと綾瀬はハッとしたように我に返ってすぐに触れた手を離して自分のポケットに戻す。



「、、、なんでもない。顔、熱いな。」



って優しく微笑んだ。
綾瀬さんの手のひらが暖かくて。
このままずっと触れていて欲しいって思った。
酔ってるからかな。
人恋しくなってるのかな。
抱きしめてほしい。
って素直に思ってしまった、、、。
駅の明かりが見えてくる。
二人の帰り道はもうすぐ分かれる。



「、、、じゃ、湊、ここで。また明日、会社でな。」



「今日は、、、ありがとうございました。」
 


湊はぺこりと頭を下げた。



「気をつけて帰れよ。」



綾瀬は片手を上げてさよならの合図をする。
真っ直ぐ一度も振り向く事なく人の流れに沿う様に足早に消えてしまった。



「はい。」


って言ったけど、聞こえたかな?
綾瀬の背中を見送ると湊もゆっくり自分の乗る路線へ足を向けた。
このモヤモヤした気持ちはなんだろう。
もう一度振り向いて手を振ってもらいたかったな、、、。
なんて図々しいかな。
この夜、、綾瀬の事を考えながら、湊はなかなか寝付けないでいた。
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