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第11話 ニーナさんの好感度が上限を突破していた件
しおりを挟む夢を見ていた。
とても幸せな夢。
その微睡みから―――私は目覚めた。
「ぇ? え……? ユウト、さん……?」
私だけ。
誰もいないベッド。
手を伸ばす。
そこには昨日確かにあったはずの温もりが消えていた。
思考が停止した。
全身が凍りつき悪寒に震える。
「ユウトさんっ! やだ、やだっ! ど、どこ、どこですかっ!?」
飛び起きた。
布団を捲り上げる。
誰もいない。
リビングにもお風呂にも手洗い場にも玄関にも庭にも。
いない、いないいない!
夢だった? 私は夢を見ていたのかと……そう考えて頭に強烈な衝撃が走った。
ハンマーで思いっきり殴られたかのような衝撃。
靴も履かずに外へ出る。
いつも着けていた仮面すらも持たずに。
通行人がギョッとした目で見てくる。
いつもは怖くて堪らなかった視線。
だけど今は不思議と気にならなかった。
「ユウトさんっ! ユウトさんっ! どこっ、嫌ですっ、いかないでっ……!」
道行く人に聞く。
黒髪の綺麗な男の子を知りませんかと。
気が触れていると思われたのだろうか。
気味悪そうに去っていく。
「うわっ、来るんじゃねえ化け物!」
「し、知らねえよ! どっかいけこっち来るな!」
胸に痛みが走る。
だけど、ユウトさんのことを考えたらどうでもいいと思えた。
街中を探す。
裸足で、醜い顔を晒しながら、その醜い顔を涙でさらにぐちゃぐちゃにしながら。
道行く人がみんな避けていく。
嫌悪と侮蔑の視線。
だけど、ユウトさんだけが向けてくれた優しい視線を思い出す。
それがなくなる喪失感。
どこまでも落ちていくような虚無感が全身を襲う。
頭の中が絶望に染まり、ズキズキと胸が痛んだ。
とても耐えきれない激痛。
「ユウトさんっ……! ユウトさんがっ、いないんですっ! 誰か、誰か知りませんか!」
街中で大声で泣き叫ぶ。
私は狂ったのかもしれない。
とても自分が正気だとは思えなかった。
それから何時間も探した。
どこにいるのか分からない。
ただ、彼がいなくなるのが恐ろしい。
「うぁ……っ!」
足がもつれて転んでしまう。
見ると足の皮は剥がれて血が噴き出ていた。
真っ赤に腫れあがって内出血で青紫色に変色している。
だけどそれがどうしたというのか。
足なんてなくなってもいい。
ユウトさんさえいるなら、あの優しい声があるなら、あの優しい視線を向けてもらえるなら。
私は全てを差し出してもいい。
なのに。
いない。
彼が。
いない。
「うっ、ぅうぁあああああああっ!!」
子供のように泣いて、足が動かなくなるまで走り回って。
私は自分の中でユウトさんがどれだけの存在だったのかを理解させられた。
自分でも思っていた以上に私は彼に依存していたらしい。
どれだけ経過しただろう。
それでもいない。
街中を走り回って調べた。
いない。
どこにも。
ああ、そうか。
もしかして私は。
ユウトさんのことが本当に心の底から好きだったのだろうか。
そして、ユウトさんは。
私に嫌気が差していなくなったのだろうか。
「なん、で……」
ふいに口から出た言葉。
自然と溢れ出る感情。
「……好き、なんです……っ、嫌、嫌ぁ……! どこ、ですか……っ!」
これ以上ないほど強く自覚した。
なのに、もう遅いのだろうか。
夢を、思い出した。
今日見た夢。
子供の頃から見続けた夢。
幸せな生活。
恋愛というものに憧れた。
結婚もしてみたかった。
優しい男の人と仲良く暮らして、その人との間に産まれた子供と貧しくても穏やかな生活を―――
「ひぐっ、う、うぇぇえんっ」
地面に横たわりながら私は泣いた。
肌に当たる砂の感触。
私を避けていく街の人達。
嫌悪と侮蔑の感情。
それが私を惨めにさせる。
苦しい。
こんなに苦しいなら。
いっそ狂ってしまえたらどれほど楽だっただろうか。
初めて触れた優しさは。
とても温かかった。
初めて優しくしてくれた少年は。
とても素敵な人だった。
その初めてをくれた彼が。
いない。
彼のいない世界で。
この地獄を生き続ける?
ゾッと。
体が震えた。
もし、本当に彼が。
いなくなっていたら。
死のう。
もう何の未練もない。
ただ。
せめて最後に。
あの少年に、会いたかった。
だから。
その時に。
この瞬間に。
それを見た時に。
「あれ? ニーナさん?」
私は狂った。
「ユ……ウト……さん……?」
幻だろうか。
恐る恐る近付く。
「ど、どうしました? って、ニーナさん足どうしたんですか!? 血だらけじゃないですか!」
そのいつものように優しい言葉が。
その声が。
その私を見つめる瞳が。
愛おしくて堪らない。
私は、彼の足元に跪いた。
「ごめん、なさい……なんでもします……なんでもしますから……いなく、ならないでぇ……っ! 好きにして、いいですから、なんでもします……許して、許してください……不細工で……ごめんなさい……お願い、します……! お願いしますぅぅっ……!」
もはや自分が何を言ってるのかも定かではない。
ただ。
私は狂った。
彼に。
目の前の少年に狂った。
◇
何事だろうか。
「お……は、はい」
僕はまったく状況が理解できずにただひたすら引いていた。
登録に思ったより時間がかかった帰り道。
ニーナさんの家に残したギルドへ行ってくることを綴った書き置き。
その言語が前の世界のものだったことに思い至ったのはギルドを出てからだった。
アトランタの住人じゃないニーナさんには読めるはずもない。
これはもう無意識と言ってもいいだろう。
転移したばかりの僕はつい前の世界の癖でアトランタの言語を書いてしまったのだ。
迂闊だった。
心配しているニーナさんのことを思い早足になる。
屋台から漂ってくる香辛料の香り。
焼ける肉の匂いが食欲をそそる。
お腹も減ってきた。
いつの間にか昼過ぎだ。
登録くらいならすぐだろうと思っていた。
さすがに心配させてるだろう。
帰ったら事情を説明して謝らなくては。
その程度の認識だった。
道端にニーナさんが光のない虚ろな目で倒れてるところを見た時はさすがに目を疑った。
足がズタボロで、血に染まっている。
そのぱっちりとした可愛らしい瞳は光を失い顔は涙やらでぐしゃぐしゃだ。
話しかけるとニーナさんはゆっくりと僕の前に跪いた。
土下座したままニーナさんが言ってくる。
「……ゆ、ぅ……ユウト、さん……好き、好き……なんです……っ、嫌、いなくっ、な、ならないでください……っ、どうか、どうか……っ、う゛あぁ……!」
呪詛のようにぶつぶつ呟くニーナさんを見て僕は思う。
もう一度言おう。
何事だろうか。
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