君…から

megi

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第1章 君が眩しいから

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 波の高さは0.5m……。

 青い空に、キラキラ輝く海面。白くぼやける石油の備蓄タンクと、朝の漁を終え、港へと帰港する漁船が、重なる。

 防波堤の先端に立つ男性と少女。

「ねぇ……!? これ、全部、お水なの?」
「そうだよ……」
「海って、すごいねぇ……!」

 男性に手を引かれた少女は、初めて見る風景に、目を丸くして、ポカーンと口を開けて、見ている。

「僕から、離れないでね」
「わかってるってっ!」

 男性は、子供の頃、幾度となく目にした光景に、懐かしさを感じ、目を輝かせる少女の姿に、目尻が下がる。

「君が、海を好きだから、ここを選んだよ……」

 男性は、ニコリと笑って、桐箱を開けると、箱の中から、愛する人の一部を取り出す。

 手の中から、白い粉と化した君が、海へ、サラサラと零れ落ちる、サァーっと吹く、海風に乗った君が、消える。

 *

 授業が終わると、良太は、ランドセルに教科書とノートを入れると、教室を急いで出て行く。教室の丸い時計の針は、午後2時35分。先生の話が長くて5分も過ぎた事に「フゥ……」と、小さくため息をつく。

「おいっ! 良太。サッカーしようぜ!」
「あぁ……家の手伝いが、あるから……ごめん!」

 家の手伝い……は、半分以上は、嘘。

 ただ、今日も、1人で、帰りたいだけ。

 校舎を出ると、一瞬、視界が白くぼやけ、目を細める。キラキラと光る海。左に、海沿いに村落が点在し、右に円錐形の石油備蓄タンクが、見える。

 楽しそうに、話をしながら、下校する生徒達の間を縫うように、ゴトゴトと、ランドセルの中の教科書とノートが揺れる音を聞きながら、走り抜け、校門を出ると、左に曲がり「フゥ」っと、息をつき、歩き出す。

 良太は、いつも、1人で帰る事が、多い。誰かに、虐められてるとか、クラスメイトと、仲が悪い訳ではない。そりゃ、たまには、みんなと遊ぶ事もあるし、誰かと、一緒に、帰る事もある。

 でも、良太にとって、たくさんの人の中で、自分を主張するのは、難しい事だし。自分の思ってる事を伝えるのは、苦手。

 だから、1人の方が、落ち着く。

「良太、今、帰りか?」
「うん……」

 酒井田漁協の前を通ると、漁を終え、網を手入れしている健二に、声を掛けられる。

 健二は、良太の母親が、町で営むスナック『HAON』の常連客。高校を卒業後、家業を継いで、漁師の道を選んだ数少ない若者。気さくな性格で、良太に、よく話し掛けてくる。

 良太が住む、酒井田町は、漁業が盛んな、町。近年、漁師の数も、減っている。それは、海沿に点在する村落でも、言える事。

 それは、20数年前になる。

 もともと、酒井田市は、自然豊かな海と、漁業を中心とした、小さな市であった。

 そこに、突如、持ち上がった、石油備蓄基地建設計画。

 国・県・委託会社と漁師達の対立。市民の間でも、賛成派と反対派の争いは、小さな酒井田町をも、二分させた。

 県と酒井田市は『経済的効果をもたらす』と、反対住民の意見を押し切り、合意に至った。そして、石油備蓄基地は、建設された。

 期待通り、酒井田市は、それなりの恩恵は受けた。人口の増加、関連会社の進出、住宅地の整備。酒井田市が、活気づいた。

 ところが、栄える所があれば、衰退する所もある。周りの漁村でもそうだが、酒井町も、高齢化が進み、天候に左右される漁業の仕事に、希望を見いだせない多くの若者達の漁業を離れ。家業を継がず、備蓄基地関連の会社に、就職したり、都会に出て行く者も、多くなった。

 良太の母親が、営むスナック『HAON』の客も、会社の従業員が、多いのが現実。

 酒井田市は、それなりの恩恵を受けているが、海の汚染を危惧する反対住民が、多くい残っているのは、事実である。

「母さんに、今夜、行くからと、言っといてくれ」
「うん……」

 若く、見た目も、短髪に黒のタンクトップと、男らしい健二の事を嫌いではないけれど、毎晩のように、スナックを経営する母親に、柄にもなく、花束を抱え、会いに来る健二は、嫌いだ。(確かに、母さんは綺麗だけど……あんな、おばさんのどこが、いいんだろう……?)

 良太の家は、母親と良太の2人暮らし。

 漁師だった父親は、良太が生まれてすぐ、車の事故で、この世を去った。

 物心が、着いた時には、スナックを営む母親と、店に、母親目当てで、通う常連客達に、囲まれてたから、寂しくは、なかった。

「ねぇ、健二兄ちゃん」
「オウッ」
「あそこにいる子は、誰なの……?」

 良太が、指を差す、防波堤の先端に、女の子が、立っている。

「いや、知らないなぁ……」
「そう……」

 毎日、海を見ている良太には、少し、不思議な光景だった。酒井田漁港から見える景色は、静かな海と、海沿いにある小さな漁港の村落に、白い円錐形の石油備蓄タンク。

 次の日も、そして、次の日も、女の子は、じっと、海を眺めていた。

「ねぇ、何が、見えるの?」
「海だよ!」
(当り前じゃん……)

 どうして1人で、海を眺めているのか……?

 肩まである黒髪に、ヒラメのお腹のように、白い肌と、ハリセンボンのように、円らで、大きな瞳。地元の子でない事は、わかった。

「何処の子?」
「う……ん。何て、所かなぁ……」
「えぇ、迷子なの?」
「違うよ! 引っ越してきたばかりなの!」
「あぁ……!」

 顔が、熱くなった。

 女の子に話しかけるなんて、学校でもしない事なのに……。

 知らない子に声を掛けるなんて……。

「あなたは、地元ここの子? 名前は?」
「良太……古賀良太こがりょうた……です」
「ハハハ、面白いね! 何で、敬語なの? 私は、咲だよ! 神谷咲かみやさき!」
「いくつ?」
「9歳だよ! 良太は?」
(いきなり、呼び捨て……)
「僕も、9歳……」
「フ……ン」

 咲は、良太の事を頭から爪の先まで、何度も見ると、ニコリと笑う。
(なっ、何だよ!?)

「可愛いね!」
「なっ……!?」

 また、顔が熱くなる。

『可愛いね』って、男が女に言うことじゃないの?

「この町って、学校は、酒井田小学校だけだよね?」
「うん……」
「じゃ、同級生だ! 何組?」
「3組……」
「同じクラスだったらいいねっ!」

 咲は、そう言って、帰って行った。
(グゥ……何だ、この展開は……!?)

 身体が、熱かった。

 このまま、まだ冷たい、春の海に飛び込んで、泳ぎたい気分。

 *

「転校生の神谷咲さんです」

 水色のシャツと赤いスカート姿の咲が、立っていた。

「神谷咲です! よろしくお願いします!」
「神谷さんは、お父さんの仕事の関係で、酒井田町に、来ました。皆さん仲良くしてくださいね」
「は……い」
 「席は……古賀君の隣ね」
「はい!」

 良太の席は、窓際の一番後ろの席。くじ引きで、引き当てたお気に入りの席の隣。

「へへへへ……同じクラスだね」
「あっ、うん……」

 目を細めてニッと笑う咲の笑顔。下敷きでパタパタと顔を扇ぐ。

「暑いの?」
「あ……うん……」
「変なの……」

 赤くなる顔を見られないように、窓の向こうに見えるキラキラと輝く海と、首を傾げる咲が、眩しかった。
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