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第2章 君を忘れないといけないから
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しおりを挟む満員電車を降りると、スーツに、身を包んだ人が作り出す本流に、良太は吞み込まれていく。
やがて、人の流れは『職場』へ続く支流になり、ビルの中へ、流れ込んでいく。
良太の勤めている『ニコニコ商社』は、主に、食用品を扱う会社で、国内のホテル、レストラン、スーパーはおろか、海外にと、幅広く、事業を展開している。
「おっ、おはようございます」
「おはよう」
朝のギュウギュウ詰めのエレベータは、満員電車と何も変わらず、窮屈。一緒に、乗った先輩に小さい声で、挨拶をする。
都会って、どこにいても、窮屈だな……。
「古賀、おはよう!」
「おはよう! 宮部!」
「今日も、始まるな……」
「そうだね……」
エレベータを7階で降りると、そこには、薄いグリーンのフロアマットの床に、白いデスクが並ぶ。
良太よりも、身長が高い男性の名前は、宮部。出身大学は違うが、同期入社の彼は、いつも良太を見かけると「今日も始まるな」と、浮かない顔で、挨拶をしてくる(宮部、どうあがいても、毎日が、始まるんだよ……)。
「古賀君、宮部君、おはよう……」
「津上先輩、おはようございます」
ネイビーのパンツスーツ姿の女性が、2人に声を掛ける。彼女の名前は、津上詩織は、28歳の女性。 良太の先輩で、教育係の女性社員。
笑顔で歩いてくる彼女。明るい栗色のロングヘアが、フワフワと揺れている。 いつも彼女の周りには、軽やかな風が吹く。
宮部は「古賀は、いいよな……俺なんか、あれだぜ……」と、30代の太った男性社員をチラ見して、いつも、良太を羨ましがる。良太も、初めて彼女を見た時は、その美しさに、ドキリとしたのは、間違いないけど、何故、宮部が羨ましがるのかは、意味不明。
奥二重の切れ長の目に、鼻筋がスッと通り、身長が高い彼女が、颯爽と歩く姿は、モデルのような華やかさがあり、宮部でけでなく、周りの男性社員も、彼女の姿に、胸を熱くする。
ただ、コミュニケーション能力が高く、精神的にもタフな彼女の仕事ぶりに、臆する男性社員がいるのも、否めない。
「じゃ、今日も、頑張ろうな!」
「そうだね!」
良太は、自分の席に座ると、ホッと溜息をつき、ネクタイを少し、緩め、パソコンを開く。
「ねぇ、古賀君……昨日は、ちゃんと寝た?」
「あぁ……寝ました……」
「そう……顔色が、よくないよ! 今日は、初めての交渉だからね!」
「あっ……!?」
向かいの席から、身を乗り出し、良太の額に手をあて「よしっ! 熱はないねっ!」と、良太を見つめる濡れる彼女の唇に、ドキリとする(子供じゃないんだから……)。
「困った事があったら、何でも言ってね!」
「ありがとうございます」
津上先輩は、仕事ができるし、優しい。指導係だから、気にけてくれるのは、ありがたいけど、踏み込んでくる所があって、少し、苦手。
*
「それじゃ、よろしくお願いしますね!」
「ありがとうございました」
初めて、商談が決まった。
まぁ……半分以上は、津上先輩のアドバイスが、あったからだけど、仕事を始めて、1つの事をやり遂げた達成感は、何だか、うれしい。
「よかったわね!」
「先輩のおかげですよ!」
「フフフ……素直だね! なんてねっ!」
良太の頑張りを自分のように、喜んでくれる津上。
とりあえずは、ホッとする。
「ねぇ、お祝いに、飲みに行こうか?」
「今日ですか……?」
「金曜日だし……どう? 彼女と、デートの予定がある?」
「いえっ、そんな人は……」
「いるんだぁ……?」
「いえっ、いません!」
どうしても、咲の目を細め、舌をベッとだす顔が、チラついてしまう。
「実は、予約してるんだ!」
「えっ?」
「うまくいったら、祝賀会……ダメだったら、反省会ってね……!」
「あぁ、なるほど!」
何だ、結局、飲む事になってるなんだ……強引な所は、咲と似てるんだね……。
「あっ、課長……はい! いい返事をもらえました! この後、いくつか訪問してから、直帰します! はい! お疲れさまでした!」
津上は、スマホ手に取ると、会社へと、報告の連絡を入れている。
こちらをチラチラと見ながら、笑顔を浮かべる津上の姿を見ていると、何故か、後ろめたい気持ちになる。
まだ、咲の事を忘れる事が、できないからな……。
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