君…から

megi

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第2章 君を忘れないといけないから

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 18時、予定通りに、全ての営業先を訪問して、2人で、大通りを歩いていく。

 しばらくすると、津上は、ビルの間の通りを指さして「こっち! こっち!」と、裏通りに入って行く。

 昼間には、見る事がない、活気のある夜の街の鼓動。色々なネオンに、彩られた、別の姿。金曜日の夜へと繰り出す、仕事終わりの男女に、数人の若者達のグループに、綺麗に着飾り、出勤する女性達とすれ違う。

「詩織ちゃん、いらっしゃい!」
「大将! 2人ね!」
「奥の席ね!」
「ハァ……イ」

 店先に『浜平はまへい』と書かれた赤提灯が下がった、小さな、居酒屋。暖簾のれんをくぐると、カウンター席と、テーブルが4つ並んだ店内。

 ここに、来るまでに、幾つもの洒落たフレンチレストランや、BARがあったのに、津上が案内したのが、昔ながらの居酒屋だったとは、意外だった。

「先輩……ここに、よく来れるんですか?」
「えぇ……そうだけど……どうかした?」
「てっきり……レストランか……その……」

 勝手に、想像してた事だけど、津上の事だから、フレンチの店でワインかシャンパンを片手に、乾杯するのかと、思っていた。

「私ねっ、ああいう、かしこまったところは、苦手なのよ……こんなお店は、嫌い?」
「いえ……意外だなぁ……と、思って」
「大将、ビール2つね!! 古賀君もビールで、いいよね?」
「はい」

 津上は、ニコリと笑いながら、おしぼりを広げ、手を拭いている(意外だなぁ……こんな、一面が、あるなんて……)。

「はい! 詩織ちゃん、ビール2つね!」
「ここの魚料理が、美味しいのよ! 魚、大丈夫? 肉の方が、よかったかな?」
「大丈夫です!」
「そっ! 大将……刺身の盛り合わせ、お願いします!」
「はいよ!」
「お疲れさま……」
「おっ、お疲れ様です」

 ビールのジョッキを片手に、ゴクゴクと喉を鳴らす詩織の豪快な飲みっぷり。営業先で、軽やかに、話をしていた詩織の姿はなく、そのギャップに、思わず、ジョッキを持った手が止まる。

「アァ……美味しいっ! うん!? どうした?」
「あっ、いえ……先輩、髭! 髭!」
「あぁ、気にしないよ!」

 手のひらで、上唇に着いたビールの泡を拭き取ると、ニコリと笑う。

「……」
「どうしたの? 黙って?」
「いや、何を話していいのか……?」
「私の事……苦手……?」
「そういうわけじゃないんですよ! 女の人と食事って、初めてで……」

 今まで、良太は女性と付き合った事はない。咲とは、付き合ってた……というよりも、身近な存在だった。

 話す内容は、何でも、よかった。テレビの事、健二の事、漁港で見かける『野良猫の佐助』の事。

「はい、おまたせ! 刺身の盛り合わせだよ!」
「ワァ……美味しそうね……」

 小さな黒い皿に盛れた、鯛と鰹にヒラメの刺身を美味しそうに頬張る津上の姿。良太は、箸で透明な鯛の刺身を一切れ掴むと、頬張り、ジッと目を閉じる。

「美味しい?」
「はい……美味しいですね!」
「でしょ! どんどん食べなさい!」
「はい……」

 噛む度に、プリプリとした歯ごたえと、上品な甘さは、昔の事を思い出させる。

 *

「瞳さん! 今日は、鯛が上がったよ!」
「いつも悪いわね! いくらになる?」
「お金? いいから、いいから、店に出してよ!」

 健二が、取れての鯛を片手に、店に入って来た時の事を思い出していた。

「ワァ……大きな鯛だねぇ……私、初めて見た!」
「そうだろ! こんな、いい鯛は、滅多に、上がらないよ!」
「これが、鯛なんだね!」
「咲は、鯛を見るのは、初めて?」
「うん……お刺身は、あるけど……」

 そんな咲を健二が「まったく、都会育ちの子は、これだから……」と、笑ってたことを思い出していた。

 *

「何か、おかしいの?」
「えっ!?」
「古賀君、笑ってるよ!」
「えっ、いや……うれしくて……」
「そう! よかった! 食べて! 食べて!」
「はい!」

 2人だけの飲み会は、続いた。ビールに焼酎にと、酒も進んだ。こんなに、緊張しないで話せる女性は、母親の瞳と、幼馴染の咲だけで、それ以外の女性には、やはり身構えてしまう。

「でね……課長ったらね……」

 津上は、悩んでいた。有名大学を卒業して、飛び込んだ世界。入社してから今まで、男に負けない様に、働いてきた。成績も伸びて、いつしか、営業成績もトップになるほどの力を身に着けた。容姿も端麗で、成績も優秀。当然、やっかむ男もいる。

 それでも、負けなかった。

 やがて自分の周りからは、信用できる人間は、いなくなった。

「そうなですか……それは、ひどいですね!」
「でしょ……!」

 何かが、人より秀でている事は、いい事ばかりじゃないのが、大人の世界なのかな……。

「あのう、津上先輩。どうして、こんなに、よくしてくれるんですか?」
「う……ん。迷惑だった?」
「いえいえ、そういうわけじゃなくて……」

何ができるか、わからない社会人1年生の自分に、親身になってくれる。その気持ちが嬉しかった。

「こんなに、素敵な女性をないがしろに、するなんて……僕は、わからないなぁ……」
「古賀君……なんか、キャラが変わってない?」
「そっ、そんな事は……な……い……れす……」

 ビールに焼酎に、どれほど飲んだのか……良太は、その後の事を憶えていない。

「あれっ、ここは……?」

 目が覚めると、甘い匂いが、鼻をくすぐった。

 ただ、甘いだけでなく、清々しい、柑橘系の果実のような匂い。

「えっ!? エェ……!!??」

 隣に、身体を折り曲げて、寝息を立てる津上の悩ましい寝顔が、横にあった。
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