こちら織田証券(株)清州営業所

喜多ばぐじ・逆境を笑いに変える道楽作家

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【番外編】新入社員ガモタンの珍道中

省電力モードで先輩に同行

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「アポは16時か。ちょっとコンビニで時間潰すか」

先輩はそう言って、コンビニ前の喫煙所でアイコスを吸い始めた。

「よーしゃ!ラッキーチャンス!」と思ったガモたんは、レジに駆け込み、メルカリの発送を済ませた。

店から出たガモたんに先輩は尋ねる。
「発送とか面倒やろ?」

「いや、300円の儲けはでるんすよ」

「…たった300円?」

先輩は、大きな体に似合わない小さな目をぱちくりとさせていた。




ガモたんはたまに外回りの仕事をすることがある。
入社して程ない立場で、仮免許練習中、もとい、研修中のガモたんは、ドラゴンクエストのように、先輩の後ろについていく。

だが、先輩はたまにフェイクをかける。

点滅している信号機の前で、立ち止まったと思った瞬間、すぐにダッシュするのだ。

慌てたガモたんも、先輩についていく。

「先輩、急に走らないでくださいよ!」

というと、先輩はにやっと笑う。


そんな先輩は、電車移動でもお茶目だ。

電車が目的地の駅に着いても立とうとはしないのだ。

「先輩、降りる駅ですよ」

「今日は俺は帰るから。1人で行ってきてな」

「マジっすか…」
諦めたガモたんが、落ち込んだ表情でホームに降りると、その横を先輩が走り去っていく。

結局降りるかい、と思ったのもつかの間、ガモたんを置いて改札に向かうのだ。


―――――――――――――――――

ガモたんと先輩は正反対だ。

ガモたんは7時間ほど睡眠するが、先輩の平均睡眠時間は4時間だ。
ガモたんは痩せているが、先輩はヘビー級だ。

数少ない共通点と言えば、野球が好きなことだが。ガモたんは巨人ファン、先輩は阪神ファンだ。

「関西人やのに、巨人ファンかよ」と毒づかれることは日常茶飯事だ。

阪神が弱かったシーズン序盤、ガモたんは、「阪神調子悪いっすねえ~」と煽っていた。

先輩はそのたびに、「関西人の巨人ファンはろくなやつおらへんわ」と眉間に皺を寄せた。


―――――――――――――――――

いつものように電車で移動しているとき、先輩はガモたんの携帯を覗き込んでこういった。

「それ、省電力モードやろ?」

「え?なんでわからんすか?」

「ほぼ満タンに充電されてるのに、マークが黄色いやん。わざわざ設定から、省電力に設定してるん?」

「よく気付きましたね…もしや名探偵志望ですか?」

「ちゃうわ…」

先輩の洞察力は、凄まじい。




「はい、今日はこれで自由の身や」

コンビニ前でアイコスを吸いながら、先輩は皮肉たっぷりにそう言った。

「先輩の家って、この辺っすよね?」
 
「せやで」
 
「ほな、家庭訪問させていただきますか!」

茶目っ気たっぷりに先輩を一瞥すると、「別にええけど」と、ぶっきらぼうに答えてくれた。

意外な反応が嬉しい。

この日のガモたんは、もう少し先輩と散歩がしたかった。

先輩の後についていき、商店街を歩く。
目についたのは、ハチマキを巻いた威勢のいいおじさんが魚を売っている魚屋だ。
まるで、豆腐屋源さんのようだ。豆腐屋源さんってなんだろう。

また、和菓子屋も目についた。

「この商店街は活気がありますね」
 
「そら、そうや」
 
たわいのない会話をしていると、釣り天井にある人物が目に入った。
野蛮そうな表情と、逞しい輪郭、あれは誰だろうか。

「先輩、あれ、だれっすか?」

「ターザン山下やん」

やん、という関西弁には、「それは常識ですよね」というニュアンスが含まれている。

ガモたんは、ターザン山下についての記憶を探し始めた。
脳内のシナプス細胞がいつも以上にざわついている。

しかし、ターザン山下は思い出せなかった。

「誰ですか?」

「 知らんの?」先輩は、解せぬ、というような顔をしている。

「知りませんよ」
 
「ターザン山下はターザン山下や。 DJ、タレントやな 」

先輩は、商店街の途中で右に曲がった。

ほどなく、「あれがガモたんの家や」と指を指した。

「3階建てじゃないっすか。先輩の実家、すげえっすね」

「ああ、屋上も俺んやで」

「広いんでキャッチボールできそうですね」

「お前は野球しか頭にないんか…」

「ははは。けど、立派な家ですね。居心地がよさそう…」

「まあ、ほとんど家にはおらんけどな。今から着替えて飲みに行くし 」

「先輩って、いつ家にいるんすか?ずっと飲み歩いてる印象がありますよ?」
 
「まあ、ほとんど外食やし、家は寝るために帰ってるだけやな。」 
 
そう言いながらも先輩は、ガモたんの2倍のお金を実家に入れている。両親思いなのだろう。


「じゃあ、お疲れさまです」と言おうとしたが、先輩は自分の家には帰らずに、再び右に曲がって歩き始めた。先輩は、家とは逆の方向に進み始めている。

そして、たわいもない会話をしながら、ガモたんを駅まで送ってくれた。

「そこが駅や。じゃあ、俺は帰るわ」
 
「先輩…」

「なんや?」

「わざわざありがとうございます」

先輩は何も言わずに俯いたあと、踵を返して帰路についた。
その後ろ姿は、ほんの少しだけ、貴景勝関に見えた。

ガモたんは、そんな先輩が好きだった。
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