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IV章 Don’t Look Back In Anger

Part10 片道切符のライバル

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「やめるやめる詐欺」
近頃テニス部で、大きな問題になっているこの詐欺。

それを行っているのは、ぼくらと同級生の織田です。

髪の毛の色は真っ赤、そしてピアスをつけて、風貌はまるでヤンキー。

彼はテニス部のことを忌み嫌っており、
「こんなキモい部活は、もうやめるんや」と口癖のように言っていました。

そんな織田は、きゃぷてんと共に美容室に行ったときにもテニス部嫌いをみせつけます。

並んで施術を受ける2人に、美容室のお兄ちゃんは質問を投げかけます。

「君たちは、何の部活してるの?」

「テニス部です、2人とも」きゃぷてんがそう答えるや否や、
「帰宅部っす」織田は、そのとなりで食い気味に言葉を発します、

「あれ?え、でも、隣の子は2人ともテニス部っていってたよ?」 
美容室のお兄ちゃんは、素朴な疑問を織田にぶつけます。

「帰宅部っす。帰宅部っす」
無表情で帰宅部を連呼する織田に驚いたのか、お兄ちゃんはもう何も聞かなくなりました。

その後、美容室に気まずい空気が流れたことは言うまでもありません。


そんな織田ですが、放課後、誰よりも早くグラウンドへ向かい、最も真面目に練習しています。
積極的に先輩に技術的指導を求めて話しかけ、アドバイスを真摯に聞いていました。

もちろんそのときも、「テニス部ほんまおもんないわ。早くやめたい」を連呼しています。
新手のツンデレです。

実は彼は、テニス部自体が嫌なわけではなく、テニス部ということが嫌なのです。

髪染めて、悪ぶっている彼は、クラスでは最も活発なグループに属しています。
いうならば、イケキャラ中のイケキャラ。

クラスヒエラルキーの最上層に位置している彼にとっては、ヒエラルキー下層に位置するテニス部のことが、嫌で嫌でたまらないのです。

織田が地元の西桜ヶ丘にいるときには、ぼくらと一緒にゲームをしているのに、学校では疎遠なふりwpするのもそういうことです。
地元の西桜ヶ丘では、ヒエラルキー上級層の同級生がいないので、織田は人目を気にしていないのです。


ではなぜ、プライドが高く、人からどう思われるかを気にしている織田がヒエラルキー下層のテニス部に入ったのでしょうか。

それは、この物語の冒頭部分に答えが出ていますが、一度過去を振り返りましょう。

織田とぼくは同じ中学で、野球部に所属していました。
当時9番センターのへぼ選手だったぼくにとって、エースでクリーンナップを打っていた彼は憧れの存在でした。

また、織田は、野球以外でも抜きんでていました。
イケメンで女子にモテモテであり、サッカーやバスケも上手い。
勉強もでき、スマッシュブラザーズやパワプロも上手い。

せめて、勉強やゲームは俺に大勝させてくれ、何度そう思ったことでしょう。

中学1,2年の頃は、ぼくと織田はわりと仲が良かったのですが、その関係は徐々に変化していきます。

そのきっかけとなったのは、中学最後の総体です。
一死満塁のピンチのとき、センターを守っていたぼくは、織田の好投をふいにするエラーをしてしまったのです。

その後、織田は、捕手Uスピーのサインを無視したパームボールを痛打され、致命的なタイムリーヒットを打たれてしまったのです。

その敗退以降、ぼくは織田に負い目を感じていました。


そんな野球少年織田が、高校で野球部に入らなかった理由は、ボウズです。
そう、ボウズなんです。この繰り返しに意味はありません。

かっこよさを求める彼にとって、高校3年間をボウズで過ごすことはありえなかったのです。

ボウズで野球するくらいなら、テニス部のほうがましだと思ったのでしょう。

サッカーやバスケと違い、手を使うテニスなら、野球の経験を生かせると思ったのかもしれません。


そんな織田ですが、彼はぼくにとって特別な存在です。

ぼくのことをバカにしてくるライバルでもあり、
浅倉さんのことを一番知っている恋のキーパーソンでもあるのです。

しかし、織田は、ぼくと浅倉さんの恋には非協力的でした。
彼はぼくに浅倉さんのメールアドレスを教えてくれず、困り切ったぼくは、
「謝りたいからメールアドレス教えて」という暴挙にでてしまったのです。

織田のが口癖のように、「お前が浅倉と付き合うなんて無理」と言うたびに、
ぼくは彼を意識していきました。

織田を、見返してやる。
彼にとってぼくは眼中にないことはわかっていましたが、ぼくは、「片道切符のライバル」として、織田に挑む気持ちを持っていました。

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