歌えなくなったオメガを匿った夜から、ふたりの秘密が始まった

スピカナ

文字の大きさ
3 / 83

第3話 見守り

しおりを挟む
 翌朝になっても彼は目を覚まさなかった。
でも尿が順調に出ているから、まあいいか。

目が覚めたらおかゆを食べさせよう。
とりあえず八分粥を作った。それと卵焼きでいいかな。
あとは梅干しだ。あとでお腹が空くようなら、また何か作ろう。

今朝も診察したが、どうしようかな……。
いろいろ検査したいけど、していいのかどうか?

テレビをつけてみた。
きっと誰かが探しているはずだよな。
民放のワイドショーにした――あ、やっぱり捜索がかかってる。
舞台が終わった後は行方不明になっている。

どうしよう……?
でもどう考えても、何か問題があって緊急避難したとしか思えない。

ここは様子を見るべきか。
血圧が低いし、まだ熱もある。
今日も点滴は外せない。

枕元にペットボトルの水とバナナ、それに置き手紙を書いて仕事に出た。
置手紙には、
「ちょっと仕事に行って来るけど、点滴が終わるまでには帰る。安心して眠ってていいよ」

仕事先の佐久間総合病院は、うちから徒歩五分だ。
点滴が終わるまでには戻らないといけない。
病院長をしているから、郵便物やいろんなことを処理する。
須田看護部長に「家で事務仕事をするからオンコールにしてほしい」と伝言した。

早く帰ろう。
途中のコンビニでゼリーやリンゴ、パンなどを少し買い込む。
それと彼の着替えの下着や靴下も買ってきた。

昨日の汚れた服はもう洗濯して乾燥まで済んだから、たたんでベッドのそばに置いた。
帰ると、彼はまだ眠ったままだった。
一度も目を覚ましていないのだろうか?

少し診察した。朝と変わりなしだな。
まだ熱が37度8分ある。
よほど身体が疲れているのだろう。

もし検査するならマイナンバーカードが必要だ。
捜索がかかっている人のを使うのはまずい。

彼の居場所がバレるし、下手するとこっちが悪者になる。
正式に彼を守れる準備が整うまでは、秘密にするしかない。

とりあえず、まだうちにまだ医薬品のストックがあるからいいけど。

それでも彼の財布を見せてもらった。
マイナンバーカードも入っていたし、大学の学生証が入っていた。

俺と同じ大学だ。
なんだかちょっとうれしい。
18歳なのか......良かった。ほっとした。

未成年者誘拐なんてことになったら困る。
実はそれを心配していた。

温かいおしぼりを作って、顔や手のひらを拭いてやった。
顔に少しクリームもつけてあげようか。
愛らしい顔立ちだ。まつげが長い。
早く目を覚ましてくれないと、つい甘やかしちゃうよ。

起こして話したい気持ちでいっぱいだが、ここは待つべきだろう。

パソコンをこの部屋に運んで、少し仕事をしよう。
仕事関係のメールはここでもチェックできる。
そうやって夜になった。

点滴はずっと続けているが、今夜寝る時には一旦外そう。
早めに留置カテーテルを入れておいてよかった。

もう少し水を飲ませてやりたいが、余程バテているのだろうか。
今は夜11時だ。
俺も昨夜はあまり眠れなかったから、そろそろ休みたい。

彼の様子をずっと見ているけど、まったく反応がない。珍しいな。
このまま明日も反応がないなら、CTや他の検査を一通りやらないといけない。

彼の柔らかい髪を撫で、頬にそっと触れた。
可愛い顔をしているな。全体に小柄だ。
点滴を外した。
横のベッドで休もう。


夜中にガサゴソ音がした。
え?と目を覚ました。

彼の方を見ると、目を開けている。
小さなライトを点けておいて良かった。

起きて彼のそばに行き、膝をついて目線を合わせた。
「目が覚めたの? 水を飲む?」
小さく頷いた。

枕元のナイトテーブルに置いていた吸い飲みで、頭を少し起こして飲ませてあげた。
少しずつ飲んでいた。

飲み終わると俺をじっと見つめているけど、何も話さない。
なんだか目だけきょろきょろさせて、不安げにしている。

「ここは俺の家だよ。独り住まいだから安心して寝てていいよ。
君のことは誰にも言ってないからね。
あ、俺は佐久間陽一、精神科の医者だよ。
まだ熱があるから、安心して眠っていいよ」

するとすーっと目を閉じて眠ってしまった。
まあ今夜はこれでいいか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷酷なミューズ

キザキ ケイ
BL
画家を夢見て都会へやってきた青年シムは、「体液が絵の具に変わる」という特殊な体質を生かし、貧乏暮らしながらも毎日絵を描いて過ごしている。 誰かに知られれば気持ち悪いと言われ、絵を売ることもできなくなる。そう考えるシムは体質を誰にも明かさなかった。 しかしある日、シムの絵を見出した画商・ブレイズに体質のことがばれてしまい、二人の関係は大きく変化していく。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

薄紅の檻、月下の契り

雪兎
BL
あらすじ 大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。 没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。 しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。 鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。 一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。 冷ややかな契約婚として始まった同居生活。 だが、伊織は次第に知ることになる。 鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。 発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。 伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。 月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。 大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。

聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない

深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。 聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。 ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。 ――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。 何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。 理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。 その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。 ――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。 傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...