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薔薇園
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「大好きだよ」
そう言って笑った貴方を、今でもしっかり覚えている。
ヴェール越しに見た貴方は、人間だと思えないほど美しくて。
優しい声で、私にそう言ってくれた。大切そうに、そうやって話してくれた。勉強の事も、貴方の家でのことも、貴方の話も。貴方は私がどんなにくだらない話をしても、真剣に聴いてくれた。
私にそんな扱いをしてくれるのは貴方だけで、私はすぐに貴方のことを好きになった。
貴方も私にそれを返してくれて、私に幸せを与えてくれるのは貴方だった。
私たちがいつも会っていた場所は小さな薔薇園で、そこには一年中薔薇が咲いていた。むせ返るほど香りが強いそれは、気分を落ち着かせてもくれたし、ロマンティックな気分にもさせてくれた。
薔薇園は私たちを守ってくれたし、私たちの世界を作り上げてくれる場所だったのだ。
あそこでは、誰も邪魔をしないのだから。
必要に応じて(例えばお父様と大切なお話があった時とか)時々私たちが屋敷に行くと、いつもお母様は頰を上気させながら誰かと喋っていて、使用人達は私たちを見てクスッと笑う。
本当にお似合いね、と。私の顔に掛かった薄いヴェールの中を見透かす様な目をして、貴方の目をしっかりと見て。下卑た笑みを浮かべるのだ。
だから私たちが会うのはいつも薔薇園。
貴方が薔薇の美しさを感じられないから、私が貴方に美しさを説明する。形も、色も、貴方はぼんやりとしか想像できないのだけれど、私の話に相槌をうって真剣に聞いてくれた。
そんな貴方が私は大好きで、貴方だけが私の唯一の理解者だった。
私と違いすぎる、その美しい顔を綻ばせたり、時には歪めたりして私の話を楽しんでくれる貴方は、心までもが美しかった。
私にとってそれは眩しすぎるほどで、それは時々目を瞑ってしまいたくなるほどだったけれど、貴方の重大な欠点が私の心を慰めた。それは貴方が聞いてしまったら私に失望してしまうような醜い感情で、私もこんな卑屈な考えをしてしまう自分が大嫌いだったけれど、私は貴方の隣にいるための理由をつけたかったからそうしたのだ。
私もまた、重大な欠点をいくつも持っていたから、そんな私と彼は対等なのだと自分に無理やり思い込ませていた。だからこんな日々は一生続くものだと思っていたし、貴方と私は婚約者なのだからこのまま流れに沿って結婚できると思っていた。
貴方はこの国の第一王子で、私は誰の子供かもわからない伯爵家の娘だったのに、そんな幸せな未来を思い描いていた。
貴方には欠点があるから、大丈夫だろうって。
そうやって、信じていた。
それが間違いだと気付いたのは、思いの外早かったけれど。
私の家は、お世辞にも大きな家と言えない家だった。財力も何もない伯爵という貴族の端くれであるだけで、何も特別なことはなかった。
私のお母様はとても美しかったけど、貞淑な妻だとは言えない人だった。その美しい顔に見合った、華やかさを求める方だった。連日パーティーに出かけ、朝方に帰ってくる。それはこの国では普通のこと。……それにしても、お母様は遊びすぎだったのかもしれないけれど。お父様は目を惹く美貌はなかったが、その分頭が冴えた。
お父様とお母様は、家同士の利益のための政略結婚によって結ばれた。そうでなければ、お父様は賢女を、お母様はなよなよとした中性的な、見目麗しい男性を選んでいたことだろう。
私が誰に似たかもわからないし、母が死んだ今、何もする手はない。母と父の正しい子供かもしれないし、母と母の愛人の間でできた子供なのかもしれない。それすらも、もう分からないのだ。
私が、もう少し普通だったのならば愛されたのだろう。
きっと人並みの幸せを手に入れて、令嬢らしい一生を過ごせたのだろう。
暗い部屋の中で、布で覆われてあった鏡を見る。
こんな事を考えていたら、久し振りに鏡を覗いてもいいかなという気持ちにさせられた。
自分がこれからも、自惚れる事はない為に。
あのような勘違いを、もう2度としないようにする為に。
そうして私はヴェールを取って、鏡の中を見つめた。
そこに映ったのは、怪物のように醜い顔で。
少し不細工だとか、パーツの配置が変だとか、そういうものではないのだ。
私は誰よりも、群を抜いて醜い私の醜い顔を暫く眺めて、またヴェールを被った。
そして、鏡にも覆いを被せた。
醜い自分をもう2度と見ないように。
そう言って笑った貴方を、今でもしっかり覚えている。
ヴェール越しに見た貴方は、人間だと思えないほど美しくて。
優しい声で、私にそう言ってくれた。大切そうに、そうやって話してくれた。勉強の事も、貴方の家でのことも、貴方の話も。貴方は私がどんなにくだらない話をしても、真剣に聴いてくれた。
私にそんな扱いをしてくれるのは貴方だけで、私はすぐに貴方のことを好きになった。
貴方も私にそれを返してくれて、私に幸せを与えてくれるのは貴方だった。
私たちがいつも会っていた場所は小さな薔薇園で、そこには一年中薔薇が咲いていた。むせ返るほど香りが強いそれは、気分を落ち着かせてもくれたし、ロマンティックな気分にもさせてくれた。
薔薇園は私たちを守ってくれたし、私たちの世界を作り上げてくれる場所だったのだ。
あそこでは、誰も邪魔をしないのだから。
必要に応じて(例えばお父様と大切なお話があった時とか)時々私たちが屋敷に行くと、いつもお母様は頰を上気させながら誰かと喋っていて、使用人達は私たちを見てクスッと笑う。
本当にお似合いね、と。私の顔に掛かった薄いヴェールの中を見透かす様な目をして、貴方の目をしっかりと見て。下卑た笑みを浮かべるのだ。
だから私たちが会うのはいつも薔薇園。
貴方が薔薇の美しさを感じられないから、私が貴方に美しさを説明する。形も、色も、貴方はぼんやりとしか想像できないのだけれど、私の話に相槌をうって真剣に聞いてくれた。
そんな貴方が私は大好きで、貴方だけが私の唯一の理解者だった。
私と違いすぎる、その美しい顔を綻ばせたり、時には歪めたりして私の話を楽しんでくれる貴方は、心までもが美しかった。
私にとってそれは眩しすぎるほどで、それは時々目を瞑ってしまいたくなるほどだったけれど、貴方の重大な欠点が私の心を慰めた。それは貴方が聞いてしまったら私に失望してしまうような醜い感情で、私もこんな卑屈な考えをしてしまう自分が大嫌いだったけれど、私は貴方の隣にいるための理由をつけたかったからそうしたのだ。
私もまた、重大な欠点をいくつも持っていたから、そんな私と彼は対等なのだと自分に無理やり思い込ませていた。だからこんな日々は一生続くものだと思っていたし、貴方と私は婚約者なのだからこのまま流れに沿って結婚できると思っていた。
貴方はこの国の第一王子で、私は誰の子供かもわからない伯爵家の娘だったのに、そんな幸せな未来を思い描いていた。
貴方には欠点があるから、大丈夫だろうって。
そうやって、信じていた。
それが間違いだと気付いたのは、思いの外早かったけれど。
私の家は、お世辞にも大きな家と言えない家だった。財力も何もない伯爵という貴族の端くれであるだけで、何も特別なことはなかった。
私のお母様はとても美しかったけど、貞淑な妻だとは言えない人だった。その美しい顔に見合った、華やかさを求める方だった。連日パーティーに出かけ、朝方に帰ってくる。それはこの国では普通のこと。……それにしても、お母様は遊びすぎだったのかもしれないけれど。お父様は目を惹く美貌はなかったが、その分頭が冴えた。
お父様とお母様は、家同士の利益のための政略結婚によって結ばれた。そうでなければ、お父様は賢女を、お母様はなよなよとした中性的な、見目麗しい男性を選んでいたことだろう。
私が誰に似たかもわからないし、母が死んだ今、何もする手はない。母と父の正しい子供かもしれないし、母と母の愛人の間でできた子供なのかもしれない。それすらも、もう分からないのだ。
私が、もう少し普通だったのならば愛されたのだろう。
きっと人並みの幸せを手に入れて、令嬢らしい一生を過ごせたのだろう。
暗い部屋の中で、布で覆われてあった鏡を見る。
こんな事を考えていたら、久し振りに鏡を覗いてもいいかなという気持ちにさせられた。
自分がこれからも、自惚れる事はない為に。
あのような勘違いを、もう2度としないようにする為に。
そうして私はヴェールを取って、鏡の中を見つめた。
そこに映ったのは、怪物のように醜い顔で。
少し不細工だとか、パーツの配置が変だとか、そういうものではないのだ。
私は誰よりも、群を抜いて醜い私の醜い顔を暫く眺めて、またヴェールを被った。
そして、鏡にも覆いを被せた。
醜い自分をもう2度と見ないように。
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