醜いのは誰でしょうか

やぎや

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ヴェールを

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 彼から手紙が来た。王宮に来るように、という内容の簡単な手紙。一番最初にくれたような丁寧さは感じられなくて、使われている紙だって高価なものではない。香りをつけてもいないのだから、きっと誰かに言われて仕方なく書いたのだろう。
 王宮に行ってする事は分かっている。彼は私という名の重い鎖から逃れて、あの美しい方と一緒になりたいんだ。
 
 彼は、一月ほど前から同じ女を連れて歩くようになった。新聞に載っている二人の写真はいつも笑顔で幸せそうだった。お似合いだった。
 今までの女は夜会にしかエスコートしなかったのに、その女は特別なようでお茶会にでも何にでも連れて行っている。
 ブロンドの巻き毛の綺麗なひと。優雅で儚げな公爵令嬢。「妖精姫」と呼ばれる美しいひと。学者と並ぶほど賢くて、身分も高くて、その上美しい。
 才色兼備なあのひとと私は比べることもできない程の差があって、私はただただ惨めになる。
 新聞もそれを囃し立てて、次の婚約者はこの公爵令嬢なのだと書いていたものだから私はつい1週間前に新聞をとるのをやめにした。

 彼からの手紙をひたすらに待って、醜い私を鏡の前で見る、そんな日々も今日でおしまいなのだ。
 彼にただお別れを言うだけ。書類に自分の名前を書いて渡すだけ。大丈夫、私は大丈夫。
 何も悪いことはしていないし、大丈夫。彼も私に酷い言葉を投げつける人ではないし、国王様も優しげな方だ。きっと円満に終わる。
 
 私は馬車に乗り込んだ。
 








 「…国王陛下と王太子殿下がお待ちです。」

 扉の前に立っていた侍女は、凍てつくような表情で私に冷たく告げた。
 私はそれに返事もせずに、ただただ扉が開くのを待った。侍女が扉を開けて、私を部屋に通した。

 そこで私が見たのは、悪夢で、はいいろのせかいだった。
 わたしがいちばんおそれていたはいいろのせかい。
 わたしのあいしたでんかはどこかにいってしまったんだ。
 
 「待っておったぞ」

 国王陛下が私に声をかける。優しそうな仮面を被っているが、私を値踏みするような目は隠せていない。

 「失礼致しました、国王陛下。本日はお招き頂き有難う存じます。王太子殿下、御機嫌よう」

 私は必死にカーテシーをする。今まで気にしたことの無い指の先、頭のてっぺんまで神経を使って。

 「そのようなものなどよい、面をあげよ」

 国王陛下が偽りの朗らかな声を出して返事を下さった。
 私は頭を上げた。ヴェールが邪魔で、表情の細かいところまでは読み取る事ができないが、その雰囲気で国王陛下が言わんとしている事が伝わる。

 「今日はこのようなところにまで来させて悪かった。ここに座ってくれ。」

 国王陛下の目の前にあるソファを勧められ、ゆっくりと背筋を伸ばして座る。

 「……私が今日話そうとしている事は何かわかるか?」

 相変わらずにこにこと微笑みながら、それでいて抜け目なく私に尋ねる。

 「……承知しております。わたくしと第一王子殿下の婚約に関するお話なのだと、誠に勝手ながら考えておりますが、その件についてのお話でしょうか?」

 殿下が私の事を見ている。見ている? いいや、睨んで・・・いる。

 「ああ、その通りだ。婚約を続行するかどうか聞きたくてね。キャサリン嬢はどう考えておられる?」

 殿下を無視して国王陛下は話を続けた。あくまで私の意見を聞きたいと、そう言った。国王陛下は私から身を引くように忠告しているのだろう。

 「……そうですね、わたくしの考えですと、本日は婚約解消の手続きをするのではないかと考えておりましたわ。決して悪気は無いのです。わたくしはこのような容姿ですし、爵位も殿下と釣り合っていると言えるかどうか分かりませんもの」

 丁度、侍女が紅茶を運んできた。私と国王陛下と殿下は黙り込んで、侍女が立ち去るのを待つ。
 侍女が部屋の扉を閉めて数秒経った後、国王陛下は話し始めた。

 「……わきまえているお嬢さんで良かったよ。私もその件のついて詳しい話をしたくてな。キャサリン嬢はこれ・・妖精姫・・・の話は知っているのか?」

 国王陛下の目つきが鋭くなる。私は剣で心臓を貫かれているような不快感に苛まれながら、やっとの事で返事をした。

 「存じ上げております。大変な騒動になっていらっしゃいますね。」

 目線だけは逸らさないで。じっと見つめて、私は答える。
 国王陛下は私から目線を外し、斜めに座っている殿下の顔を見る。それが合図だったのだろう、殿下が口を開いた。

 「君の顔を見せてもらえないだろうか」

 私は拍子抜けしてしまった。どうして殿下がそのような事を言うのか理解ができなかった。私のコンプレックスを一番知っているのは殿下のはずなのに、私を辱めようとしているのだろうか。馬鹿にしているのだろうか。
 思わず固まってしまった私を見て殿下は優しく声をかけてきた。少し前に私を睨んでいたのは嘘だったと言っても信じてしまうそうなほど、美しい笑みを浮かべて。

 「目が見えなかった時、君の顔を見る事ができなかったから。きっと君が気にしているほど醜くはないよ」

 なんのフォローにもなっていない言葉を口にして、殿下は微笑み続ける。私にはその微笑みが圧力のように感じてしまって、息苦しくなってきた。

 「……いいえ、本当にわたくしは…醜い、のです。王太子殿下が気を悪くしてしまいますわ」
 「いいや、そんなことはないと思うよ。ほら、見せてごらん? 私の前なのだから、私以外父上しか見ることはないのだから、少しくらいいいだろう?」

 有無を言わさないように、被せて言ってくる殿下は私の知っている殿下ではなかった。社交界にいるような、怖い大人のようだった。
 国王陛下に助けを求めようとすると、国王陛下はただただその状況をみて口角をうっすら上げているだけで、なんの言葉もかけて下さらなかった。

 助けを求めても、救ってはくれないのだと理解した私は、震える手を叱咤しながらヴェールを上げていった。




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