あやかしよりまし

葉来緑

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続章【逢魔】九日目④

掟破りの妖

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異界から脱出するために、木葉勇に憑依ひょういした天狗に付き従う事となった。
だが天狗は出口であるはずの鳥居の方に向かおうとせず、そのまま門の中へと引き返して行った。
「待ちなさいよ! そっちは妖だらけじゃない!?」
楓姉が門のそばに近寄ると同時に、妖の巨大な腕が次々と襲い掛かってきた。
「────楓姉!!」
「おぉっと!? 危ない!!」
その時、天狗はその巨大な腕に向かい片手を伸ばした。
妖達の腕は停止し、後ずさった。
『こ奴らは、わしの言いつけで向こう側を守護しておった。少々融通ゆうずうが利かぬが……可愛い奴らよ』
「────え?」
「全然可愛くないっての!! わたしの怪我はそいつらのせいよ!!」
『こ奴らは人が入らぬよう脅し、追い払うだけじゃ。人に害は与えん』
「はあ!? そんなことなかったわよ!!」
『────大人しくさえしていればな』
「えええ!? はあ…わたしの一晩の死闘は一体何だったのよ……」
楓姉はがっくりと項垂れた。
『かか、半数以上がのびておったのには魂消たまげたぞ。……だが、いつの間にやらこちら側に帰ってきおった。どうも空間のひずみが、不安定になっているようじゃな……』





正面から祭壇の中へと入った。
異界の祭壇も、若干差異はあるものの、現世の祭壇とほぼ同様の作りをしていた。
中央には現世と似た形の御神体である銅鏡が置いてあった。
『ちょうど現世に行こうと思案していた矢先よ。この“次元鏡”で貴様等を異界より現世に送る』
「これは……向こう側の御神体とは繋がっているのか?」
『かか、残念ながらどちらも一方通行よ。向こう側が“陽の次元鏡”ならこれは“陰の次元鏡”じゃな』
「似てるけど別の物なのか?」
天狗は“陰の次元鏡”を手にし、現世へと送り出す準備をする。
『不安定な場……不安定な時……不安定な心、条件は揃っておるな。────異界への扉は開かれる』
「そう……良かったわ~」
楓姉はほっと胸を撫で下ろした。
『本来は最後の条件が難しい。生死の境を彷徨う程の不安定な心が必要……それは修の字、お前が満たしておるわ』
そう言って、天狗は錫杖をこちらの方向に向けた。
「生死の境……修一郎が」
『かか、何があったか知らんが────死に体よの。血の匂いもする。
……前回はこちら側に来るのに利用させてもらったが、今のお前とは遣り合う必要もなさそうじゃ』
「あの棒試合は……儀式の様なものだったのか」
天狗は黙って頷き、御神体の前に錫杖を構えた。

そして────思い切り、鏡面部分を叩き割った。





激しい地鳴りと共に、次第にそれは崩壊して行き────……破片が崩れ落ちた先にぽっかりと壁に穴が空いていく。
「うおー、凄いわ……ッ!!」
穴から外の様子を伺おうと楓姉が首を突っ込んだ瞬間────その身体は天井へと上昇し、叩きつけられた。
「────あ痛ッ!?」
まるで重力がそこの部分だけ逆になっている様に、楓姉の身体は天井へと張り付いてしまった。
「楓姉、大丈夫か!?」
「……痛たた。でも、ここは一体どこに繋がっているのよ?」
穴の向こうは、真っ暗な空間が広がっていた。
空間は鉄骨の様な物で埋め尽くされていた。
『さあな。左程離れる事はなかろうが……どこに道が生じるかは儂にもわからん』
「ちょ、ちょっと待ってよ! それって……此処がどこかの上空なら落ちるって事じゃない!?」
天井に張り付いた楓姉は、縁側に座り込む様に足を外に向かってぶらぶらさせる。
『かか、地中と言う事もあろう。修の字は腑抜ふぬけのまま……加えて、異界の時の流れはゆるやかじゃ……まだしばらくは開いているだろう。気長に対策するが良い』

以前は、程なくして空間は閉じてしまった。
異界の場合はまだ猶予があると言う事だった。

……心は相変わらず、記憶にしばられたままだ。
この絶望に近い無力感が……異界の扉の鍵だなんて滑稽な話だ。
忌わしい記憶が心を支配してゆく。
自己否定と、自己嫌悪から抜け出せなくなった。

だが、思考の奥底に、御堂の苦しんだ姿が鮮明に蘇る。

…………御堂。
……俺が……御堂を……苦しめた。
…………御堂は今…………苦しんでいる。

…………何を。
…………何をしているんだ、俺は。
……動け。
…………急げ。
………………御堂が苦しんでいる……ッ!

……考えてる暇はない。
早く……御堂の処に行くんだ……ッ!


立ち上がり、次元の歪みに向かう。
天地が逆転し、天井に着地した。
「猫柳、八橋と四ノ原をそこから下ろしてくれ」
『ほう……? 立ち直ったか? 修の字』
猫柳は目を白黒させながら、黙って言うとおりに従う。
「もう……木葉も木葉で言ってる事もわからねえし。何が何やらさっぱりだぜ……」
まず四ノ原が下ろされた。
だが、八橋を運ぼうとした瞬間、再び地鳴りが起こった。
「────!!」
……見ると、空間から生じた破片が、次々と修復されて行く。
「ちょ、ちょっと! 空間が塞がって行くわ! 余裕あるって言ったじゃない!?」
『……修の字が腑抜けのままであればな。だが、こやつめ……生きようとしておるわ』
天狗はかか、と笑いながら鼻をひくつかせた。
『血の匂いは消えず……か。かか、修羅道に堕ちるか? 修の字』

「う……う~ん……あ、あれ……?」
八橋を天井から受け取った瞬間、目を覚ました。
「ひゃっ!? しゅ、修ちゃん何やってんのお!?」
────……状況的には腰と足に手を回している。
「や、やだあ! どこ触ってんのよ!?」
八橋は思いっ切り暴れ出した。
「お、おおっと!?」
その勢いで、猫柳も引っ張られ、落下する。

暴れる八橋に突き飛ばされ、穴の中に足を滑らせた。
「う、うわ?」
「────修一郎!」

落下する途中に鉄骨のようなものがあった。
咄嗟に鉄骨にしがみ付く。
だが、耳をつんざく轟音がこちらに向かって近付いてくる。
「────!? ……何、この音!? 修一郎! 捕まって!!」

激しい轟音と共に、振動が腕全体に伝わり、手を滑らせた。
差し出された手もむなしく、身体は暗闇の向こう側に落ちていった。





……────数メートル程、浮遊状態を味わった後……水面に叩きつけられた。
「……水!?」
水の中でしばらくもがき、水上に顔を出すと目の前に巨大な鉄の柱がそびえ立っていた。
その鉄柱にかかった橋の上では、電車が走っている。
……河川敷だ。
「お~い! 修一郎ー!! 大丈夫ー!?」
鉄柱の上から楓姉の声が聞こえた。
程なくして、吽狛を負ぶった阿狛や、傘化け達が空から降って来る。
「ぎゃあああ!? もう、何よこれ!? 一体どうなってるのー!?」
「わ、わかったから落ち着け! 美生みお!! せーの、で飛び込むんだ!」
「やだやだ! 出来る訳ないじゃん! うわーん!」

八橋は混乱しまくって、泣き叫んでいるのを猫柳が何とかなだめている。
その後方から、四ノ原を抱きかかえた木葉が姿を現した。
木葉はそのまま水面に向かって飛び込んできた。
水しぶきがあがり、四ノ原が驚いたように目を覚ました。
「あ、あわわ!? な、何ですか?」

四ノ原は状況がまるで掴めず慌てふためいている。
だが、自分がしがみ付いている相手が木葉だと気付き────自分が水面に居る事よりもそっちの方に関心が行く。
「い、勇くん────!?」
四ノ原は目を見開いて、木葉の顔を見つめる。
「おはよう、志穂さん」
……天狗の口調ではなかった。
柔らかみのある、木葉本人の声だった。
「お、おはよう? じゃないですよ! 神社に居たのに……何で勇くんが? ? ?」
木葉は困った素振りも見せず、抱きかかえた四ノ原に微笑みかけた。
「まあ、そんな事どうでも良いじゃないですか」
「あ……う……う、うん……」
四ノ原は顔を真っ赤にさせながら、ずっと頷いていた。
あれだけの言葉でこの状況の何を納得させられたのだろう……。



河川敷から土手に上がり、ひとまずは落ち着いた。
木葉は大きく伸びをしながらこちらに来ると、隣に座り────話しかけてきた。
「お久しぶりです、稲生さん。……今、何日ですか?」
今日の日付を告げると、木葉は安心したように軽い溜め息をついた。
「ふふ、もっと長くなるかと思いましたが……どうやら試験には間に合ったようですね。でも……まだすべき事は残ってます」
そう言って、木葉は坂の上の……神社の方向を指さした。

「あなた達は────あそこから入って来た。どうも空間が……激しく歪んでいるようです。……また他の人間が迷い込まないとは限らない、元に戻さなければいけません」
「神社には……御堂がいるんだ」

そして鏡介さんも……。
二人が迷い込んでしまわないとは限らない。
……こうしてはいられない。
一刻も早く戻らなければ。
「────紗都梨さんが? ……待って下さい、僕も行きますよ」




楓姉に言付けて、一足先に神社に向かう事にした。
混乱している皆に対する状況説明は、楓姉が引き受けてくれた。
すると……吽狛がよろめきながら近付いてきた。
だいぶ塞がりはしたものの、まだ生々しい傷が残っている。
神社の方角を見て、力を振り絞り雄叫びをあげた。

……吽狛とは霊的に心で繋がっている。
吽狛を拾い上げ、連れて行く事にした。


この場所ではタクシーもなかなか捕まらない。
距離もそう遠くないので、雨が止んでいる隙に駆け足で移動した。
……途中、時計塔の時刻を見て驚いた。
神社の前で車を降りてから、30分程しか経過していなかった。
「そんな……確実にもっと時間が経っていた筈なのに」
「異界は時の流れが現世に比べてゆるやかなんですよ」

「……じゃあお前は、今までかなりの長い期間────異界に居たと言うのか?」
「ええ、体感ではかれこれ十数年程……同じくらいの時を向こう側で過ごしているんじゃないでしょうか」
「そんな……無茶苦茶な、だったらお前は……かなりの年齢を重ねている事になるぞ」
「逆に向こう側では────なかなか老いないんですよ。おかげでこちら側では実年齢より幼く見えるんじゃないですかね」

……背が低いんじゃなくて、歳をとってなかったのか。
それだけで、向こう側がかなり異質な世界である事がわかった。


五年前に異界に旅立った木葉は、強くなる事を目指し────天狗に付き従い、旅を続けた。
強靭な肉体を得た見返りに、天狗の現世での憑人としての身体を提供したのだと言う。
土地の氏神代行として、人為的ではない災厄を調査と解決を図るのが目的らしい。
木葉は天狗を神様のように崇拝し、その勅命には絶対的に従ってると言う……。


「強くなりたかったんですよ。僕もトシゾーさん……稲生さんのように」
「……充分に強くなりすぎだろう」
「いえいえ、稲生さんには敵いませんよ。いくら鍛錬を重ねても僕個人では心技体の限界があります。神様の力を借りるにしてもこちら側では思うように身体が動きません。……電波の届き難い携帯電話のようなものでしょうか。だから、御降臨なされても極僅かな時間のみです」

「……まるでテレビや漫画のヒーローだな」
「あはは! そうそう、僕はヒーローになりたかったんですよ!」
そう言って、木葉は心底おかしそうに無邪気に笑った。
「無力な自分を変えたかった。変身ヒーローの様に、変わりたいと思ってました。……でも、子供の頃の憧れだった稲生さんと真剣に勝負して……何だかそれも少しどうでも良くなりました」
「あ、憧れって……」


昔のソウシの事を思い出す。
目を輝かせて縋るような目付きで、俺を見ていた。
何となく苦手だったのは……間違ってはいなかった。


「はあ……はあ……」
神社の前まで辿り着くまでに、木葉の息が上がってきた。
途中、肩で大きく息をしながら、呼吸を整える。
「はあ、はあ……稲生さん、スタミナありすぎですよ……悔しいなあ。久しぶりの現世は堪えますね。先に行って下さい」

木葉は先程まで天狗が憑依していたので、体力回復に少し時間がかかるとの事だった。
いつも余裕の表情を見せていると思っていたが……、あらためて見ると、木葉の行動には常に真剣さが滲み出ていた。



神社に辿り着き、境内を見上げる。
御堂鏡介は、この場所に目的があって訪れていた。
二人がまだこの場所に留まっている可能性は低くはない。
……再び逢うのは危険だった。

だが、同じ場所には御堂もいる。
例え何があっても無事を確認しなければいけない。
『あの影女……厄介だぞ。心してかかれ』
負傷した吽狛も境内を睨みつけ、唸っていた。


意を決して石段を登った。
石段には、所々自分の血痕が滴ってる。
やはり此処で起きた事が現実であった事を物語っていた。

石段を登り切り、鳥居をくぐる。
石畳には血痕が点在し、その先に……誰か倒れているのが見えた。
────御堂だ。
「御堂!!」
倒れている御堂に近付き、抱き起こす。

だが……その御堂の表情をみて驚愕する。
御堂は、眼を見開いたまま虚ろに遠くを見ていた。
呼びかけるが反応は無い。
まるで────抜け殻のようだった。

「御堂…御堂! そんな……返事をしてくれ!!」
だが、どれだけ必死に呼びかけても、反応はなかった。
『その娘、死んで……いるのか?』
傘化けの一言に、戦慄が走る。

そんな…そんな……はずがない。
御堂鏡介の標的は俺であって……御堂紗都梨ではない……はずだ。
兄妹なのに……何故だ……?
────何故御堂がこんな目に……?

「稲生さん! ────危ない! そこを離れて下さい!!」
木葉の声で我に返る。

見ると前方の神門から、じわじわと何かが迫ってきているのを感じた。
正面はいつもの景色と変わらない。
────だが、此処から先は異界へと繋がっていたという事を思い出した。
「紗都梨さん……? これは一体……? ……とにかく運びましょう。ここは危険です」
木葉が隣まで走ってきて、一緒に御堂を負ぶった。

鳥居の近くまで歩き、木葉は一旦振り返る。
「稲生さん、あなたが異界へと入り込んだ場所は何処ですか?」
「もっと……奥の方の筈だ。あそこの血痕の……」

だが、振り向いた神門までの道には────。
……血痕はなかった。
眉間の血が流れた一際大きな血溜りが、そこにはあったはずなのに……?
────おかしい。
それは御堂の側に寄った時にも確認したはずだ。
「血痕が……ない。確かにさっきまでは……」
木葉はポケットの中からコインを取り出す。
そして────門の方に向かって投げた。
投げられたコインは音も立てず……闇の中に消えて行った。

「異界への境界が……広がっています」
「な……何だって!?」
木葉は門の奥を見据えて、眉をひそめた。
「おそらく……此処の祭壇の中心点から円状に異界への入り口が広がっていると言えるでしょう────とにかく、此処を離れましょう。また異界へと迷い込んでしまいますよ」


二人で御堂を負ぶった状態で石段を降りると、楓姉がタクシーから降りて来るのが見えた。
「楓姉、他のみんなは……?」
「うん、巧い事言いくるめて、取りあえずは家に送って行ったわ……? ────!! 
ちょ、ちょっと紗都梨ちゃんじゃない!? どうしたの!?」
楓姉は、まるで動かない御堂の様子に愕然がくぜんとしていた。



ひとまず車の後部座席のシートを倒し、御堂を中に運び込んだ。
楓姉は御堂の脈を計り、心臓の音を確かめた。
「…………生きてるわね。……体温もある。でも……ただ、眠っている訳でもなさそうだわ」
……生きていた。
ただ、それだけでも────まだ救われた。
「病院に運ばなきゃ……それより救急車の方が良いかも」
楓姉が携帯電話を取り出す。

「……────待ってください。おそらくこれは……医学では治せない」
木葉が楓姉の連絡を制する。
そして御堂の顔に手をかざし……目を閉じた。
周囲の見守る中、木葉は静かに口を開く。
「これは……霊障れいしょうです。それとも……妖障ようしょうと言うべきでしょうか。妖が人に取り憑こうとして失敗するとこうなります」
その説明を聞いて、最後に見た御堂が────影女に囚われていたのを思い出した。
「妖障だって……!? 御堂は、影の妖に取り憑かれていた。まさか……それが原因なのか!?」
「影の妖……? かもしれませんね。妖の中には人を乗っ取る輩もいます。ふふ、僕の場合は少し違いますけど。でも……これがなかなか巧くいかないそうです。相性が悪ければ────このような結果にもなりえます」
「な……!? じゃ、じゃあ御堂はどうなるんだ!? 助かるのか!?」
「目立った外傷はありませんが……中身が……魂が相当傷付けられている……と思います。────おそらくこれは……自身の力のみでは回復の見込みはありません」
「そんな……! 頼む木葉! 天狗の力を借りて御堂を助けてくれ!! 神様なんだろう!? あいつなら……!!」

その時────木葉の顔付きが変わった。
背中には翼が出現し、老獪な笑みを浮かべる。
『かか、苦しい時の神頼みか。昔のよしみじゃ、智恵ちえを授けてやろう。……この者の魂は、奥深くに入り込んでおる。救い出すには、この者の器の中に入り────引き出して来なければならぬ』
木葉の声だが天狗の口調だ。
この状況は全部、伝わっている様子だった。
「器の中に……?」
『そうじゃ、その妖は中に入り中身を壊した。ならば、逆もまた然りじゃ』
「そんな事……出来るのか? どうやって……」
『可能であろう。後は自分で考えろ。智恵とは内から沸き出で、閃くものよ』
そう言い残し、天狗の気配は消えた。





────……長い沈黙が流れた。
御堂のこの状態は、医学では治せない。
────天狗の言い残した言葉の意味を考える。
一体どこに、御堂を助ける方法が……?

「……出来るかもしれない」
しばらく黙り込んでいた楓姉が口を開き、その指を御堂の側に居る妖に向けた。
その妖は、心配そうに御堂を覗きこんでいる。
────“サトリ”だ。
「“覚”を……? でも、“覚”は心を読む事は出来ても、干渉は出来ないじゃないか」
「そうね……でも、ここにはもう一匹────掟破りな妖がいるじゃない」
そう言って、楓姉は車の中のばくを指差した。
獏は助手席で、もくもくとバナナを食べていた。

「……“覚”と獏……?」

「修一郎、親父とママが出逢った時の話を覚えている……?」
────母さんは、夢の中で……親父と出逢ったと言う話を聞いている。
「ああ……、親父は獏によって……母さんの夢の中に引きずり込まれたんだよな」
「そう、夢とは言っても、それは母さんの心の中だった。獏は……人の心の中に他人の心を入り込ませる事が可能なのよ」
「獏を使って────御堂の夢の中に……心の中に入る……。出来るのか、獏……そんな事が」
獏はゆっくりとこちら見て、いなないた。

「でも紗都梨ちゃんの心は現在……壊れている……壊れた世界に往く事になるわ。
その壊れた心を“覚”で読み取り、修復する手助けにする……。
────巧くいく保障なんてどこにもない。でも……今のところ、他に良い考えが思い浮かばないわ」

────御堂は、ただ虚ろに空を見つめていた。
その様子は、まるで心が壊れたかのようだった。


御堂………御堂……イサミ……。
目の前に居るのに。
ここに居るのに。
会話のひとつも交わす事が出来ない。
「…………」
獏の前に行き、頭を下げた。
「獏、力を貸してくれ……御堂を救いたいんだ!」
「修一郎、水を差すようで悪いけど、むしろ失敗したら、ミイラ取りがミイラで……もう、戻って来れなくなるかもしれない。それはわかってるわね?」
「それでも……御堂が元に戻る可能性があるなら、俺はそれに賭けてみたい」
「…………はあ……、いつの間にか男前の顔をするようになって……」
楓姉は諦めたように首を振った。
「でもこの役はきっと────あんたにしか出来ない。でも、絶対に深追いしないでね。
わたしはあんたを信じて、ここで待つわ」
“覚”を抱き起こし、憑かせる。
“覚”は懸命に、御堂を見つめていた。
そして獏に向かって訴えかけた。

「獏……連れてってくれるか? 御堂の……心の中に」
獏は大きくいななき、眠気を誘う息を吐いた。
……目の前が真っ白になり、ゆっくりと意識が遠のいていった。





《九日目④終了 九日目⑤に続く》
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