100万ℓの血涙

唐草太知

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そこは不思議なbarだった。
雰囲気こそ赤レンガ調のお洒落なbarだが、
世の中に探せばないって感じだ。
それでも不思議だと思えるのは、バーテンダーが居ないからだろうと思えた。
「ここよ」
ルルに案内される。
「バーテンが居ないじゃんか、酒はどうするんだよ」
「ここは各々が勝手に取って、勝手に飲む場所なの」
「盗むやつが居るんじゃないの?」
「だからバーテンダー・・・オーナーと知り合いじゃないと店に入れて貰えないの」
「鍵か」
「そうよ」
ルルはカギを見せてくれる。
「へぇ」
「オーナーに1か月いくらって料金を支払って、
その間に店に来たら飲み放題って話」
「なるほどね」
店の仕組みは理解できた。
オーナーに金を払うことでカギを借りれるのだろう。
それで特別な人だけがこうして飲みに来れる。
「あと・・・これは暗黙の了解なんだけど」
「なんだ?」
「鍵が閉まってたら、その日は諦めろ」
「なんだそりゃ」
「1人で飲みたい人が来る場所だから」
「オーナーの気遣いか」
そうやってこの独特な雰囲気の店が出来上がった訳か。
「だから2人で秘密の話をするにはいい場所でしょ?」
「確かにな」
「何か飲む?」
「そうだな、オレンジジュースでも貰おうか」
「ここはbarよ酒にしなさいよ」
「冗談だ、ワインでも貰おうか」
「OK」
ワイングラスに注ぐ。
人によっては薄いと感じるだろうが、
俺はそれに炭酸水で割る。
しゅわしゅわが好きなのだ。
「それで何の話だ、まさか俺に告白でも?」
「しないわよ、ふられるのが分かってるのに告白しても無駄でしょ」
「何だ分かってるじゃないか」
「嫌でもね」
くぃと酒を飲む。
「ブランデー?」
「テキーラ」
「随分と高い方を行くんだな」
確かブランデーの度数は40%だ。
でも、テキーラは高い奴だと80%行く。
高ければ美味いって訳じゃないが、
酔いたいのならば高い方がいいのかもしれない。
俺は低い方が身の程を弁えてる気がして、
カッコいいと思うが。
そこは人によるだろう。
「これでも・・・酔えないけど」
「酒に強いんだな」
「まぁね・・・でも・・・うちが気づいてないだけで酔ってるかも」
「酔って何しようってんだ、一夜の過ちでも犯そうってか?」
「それも・・・いいかも・・・」
「こりゃ酔ってるな」
「酔ってない!」
「普段のお前は俺にそうやって甘えてこない」
「うるさい!」
ぐいぃと酒を飲む。
「飲みすぎたら運ぶの俺なんだぞ」
「運べぇ、おらぁ!」
「置いて行こうかな」
俺はワインを嗜む程度に飲む。
「味変、味変」
テキーラにブランデーを混ぜる。
「ちゃんぽん止めろ」
「うるさい」
そして、輪切りにしたレモンを載せる。
「何作るんだ?」
「口内カクテル」
「あぁ」
俺は納得する。
「んぁ~」
ルルは小瓶に入った角砂糖を口の中に何個か入れる。
そして、輪切りのレモンを口に加えながら、
ちゃんぽん酒で流し込む。
「二コラシカもどきだな」
「いいんだよ、美味ければモドキでも・・・うへへ」
ルルは口元が崩れるように笑う。
これで酔ってないというのだから酒飲みは信用ならない。
「全く」
俺はワインを少し飲む。
「ね~ぇ、楽しい?」
「楽しいよ」
「本当に言ってる?」
「言ってるって」
「本当はうちと一緒に居てもつまんないけど、
お世辞で言ってるじゃないのぉ?」
「さぁな」
「そこは楽しいって言えよぉ!」
拳が飛んでくる。
「痛いって」
といっても怪我するほどでなくて、
じゃれあいレベルの話だ。
「旅さぁ・・・ここが終着点でいいんじゃないかな」
「ルル?」
「エナトリア居なくても・・・うちが居るじゃん?」
ルルが潤んだ上目遣いで見つめてくる。
「バカなことを言うな、酔ってるぞ」
「酔ってないもん」
「素面ならそんなこと言わないだろう」
「別に言います、言えまーす」
「どうかな」
俺と2人きりになりたかった理由が理解できた。
この旅を終わらせようとしてるのだと。
そう、思えた。
「鎮痛剤・・・あげようか?」
「なんだよ、鎮痛剤って」
「痛みを和らげる薬のことだよ」
「そういうことじゃないだろ?」
「恋の処方箋でクルバスの痛みを和らげよーぅ」
「あのなぁ」
「お気に召さない?」
「あぁ」
「残念」
ルルは酒を飲む。
「そんな鎮痛剤なら欲しくない」
「待ってよ、さっきのは冗談。
今から言うのが本題」
ルルの目がすっと鋭くなる。
先ほどのような酒で蕩けた目をしていなかった。
「冗談?」
「うちの魔法でクルバスの記憶を消してあげる。
それが本当に言いたかった方の鎮痛剤」
「記憶・・・消去?」
「そう」
「記憶を消して何の意味があるってんだ」
「意味はあるよ」
「どういうことだ」
「恋人だった記憶を無くせば、クルバスは戦うことが辛くなくなる。目の前に居るのは恋人ではなく、ただの世界の敵なのだから」
「そんなことをしても意味は無い、だって、エナトリアが本物か偽物か見分けがつかなくなる」
「いいじゃん、見分けつかなくても」
「はぁ?」
「君は恋人を殺したんじゃない。
世界の敵を殺したんだ、旅の目的がそうなる」
「それで俺が幸せだと?」
「うちはそう考えてる・・・ねぇ・・・クルバス。
記憶を忘れよう?そうすれば痛みが和らぐよ?」
「断る」
俺はハッキリと伝える。
「どうして・・・痛みが和らぐんだよ。
辛くなるより、ずっといいじゃんか」
ルルは少し怒ったように言う。
「確かに、お前の言う通り記憶を忘れてしまえば、
俺は幸せになれるかもしれない。だが、ルル。
お前はどうなる?」
「うち・・・?」
「辛い秘密を抱えて、1人生きて行くのか?
俺にバレないようにするにはギルシュバイン、レスキィにも・・・そして世界のどの誰にも秘密を打ち明けることなく・・・死ぬまで抱えて生きて行くんだぞ。それはお前が辛いんじゃないのか?」
「うちはいいもん、耐えられる」
「俺の痛みを心配するお前に、どうして自分だけは大丈夫だって言い切れるんだ」
「うちは大丈夫だもん、うちは大丈夫なんだから!」
ルルは必死になる。
「ルル・・・」
「うちは秘密を抱えるのは別にいい。
でも、クルバスが恋人を殺して歩いて、自分の感情に蓋をして生きてるのを見てる方が辛いよ。それなら、うちが出来る優しさとして、忘れさせてあげたいって思うんだ。ねぇ、クルバス。全てを忘れて生きよう?大丈夫だよ・・・もしも全てを忘れたとしても・・・クルバスはうちが面倒みるから・・・すべてが終わったら湖の近くに家でも買おう・・・そこで2人で船に乗ったりして・・・時々山に行って果物を取ってきて・・・アップルパイでも作ろうよ・・・夜にはキャンドルをつけて湖にうつった月を眺めるんだ・・・きっと楽しいよ」
「それは出来ない」
「なんで・・・そんなに頑固なの?」
「そこにはエナトリアが居ないだろう?」
「あっ・・・」
「仮にだ、俺がもしも記憶を失ったとする。
その秘密をお前が我慢できるかもしれない。
ギルシュバインも、レスキィも、共に戦ってくれるかもしれない・・・でも・・・エナトリアは幸せになれないじゃないか。彼女を忘れて・・・置いていくなんて俺には出来ない・・・幸せになるのならば彼女と一緒が良いんだ」
「クルバス・・・」
「今日はもう、お開きだ。
俺は帰る・・・一緒に話せたことは楽しかったよ。
お世辞じゃないぞ・・・お前の気持ちが聞けたからな。
その優しさは嬉しかった」
「クルバス・・・それじゃ」
「でも、ごめんな、俺はエナトリアを忘れられない」
俺はbarを出るのだった。
「やっぱり、エナトリアを忘れさせるなんて無理だったなぁ・・・手ごわいや」
一人ルルはbarで酒を飲むのだった。

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