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一話で完結、5分程度で読めると思う(謎解き要素は無い)
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「執行!」
その言葉と共に、俺は赤いボタンを押す。
仲間は黄色、そして緑のボタンを押した。
ガラス窓の向こうに見える顔に布が被せられた男が今、まさに首を吊った。
罪悪感を感じさないためにボタンを3にして、そのどれかが作動するようになってると聞いてる。
ボタンは毎回、ランダムで誰が殺したのかわからないようになってるとのこと。
医者が首を吊った男の脈を図る。
そして、完全に死亡したことを確認すると警察はその遺体を何処かへ片づけていった。
「お疲れ様。しかし、人が目の前で死ぬってのは何度やってもなれないものだな」
仲間の1人である、秀樹が俺に話しかけてくる。
「あぁ、本当にその通りだ」
幾度となく繰り返したその会話を今日も行う。
こうして繰り返すことで俺は日常というものを守ろうとしてるのだろう。
「そろそろ、昼だ。こんな場所でサンドイッチを食っても何となく嫌だろう。
そこでどうかな、外で食事でも?正則、圭吾」
圭吾ってのが俺の名前。
正則は、スキンヘッドが特徴の男。
今、こうして話しかけてくれる秀樹は男性にしては珍しく長い髪。
俺はその中間と言った所で短髪で眼鏡をしている。
「すまない、俺は別の用事があるんだ」
正則はどうやら来ないらしい
「そうか、残念だな。お前は?」
秀樹は俺に聞いてくる。
「行くよ」
「お前なら、そう言ってくれると思ったよ」
秀樹は少し嬉しそうだった。
古いけれど、何処か懐かしさを感じる喫茶店に俺たちは入る。
「いっらしゃいませ、何名様ですか?」
女性のウェイトレスにそう聞かれて俺は咄嗟に3人ですと答えた。
「いや、違うんだ2名だ」
「あっ、そうですよね。それではご案内します」
俺たち2人はウェイトレスに席まで案内される。
メニュー表を置いて、彼女は何処かへ消えていった。
「お前、まだ昔のことを・・・」
秀樹は俺の事情を知ってる。
その事情とは、俺はかつて妻が居たことを。
そして、子供の1人居たんだ。
俺はその時の癖で、つい、3人と言ってしまった。
「忘れられる訳がないだろう」
「それも、そうだな・・・」
妻は綺麗な人で、俺は秀樹の紹介で知り合った。
妻の名前は美野里。
仕事は看護師だった。
俺は最初こそ、乗り気ではなかったが秀樹にかわいい子が来るんだと言われて食事の席についてきてしまった。
いざ、食事の場に来てみると彼女は本当に可愛いと思ってしまった。
俺は緊張しながらも彼女に話しかけると、彼女は俺の話を聞いてくれて、それが何だか心地よかった。
今まで知り合ってきた女性の多くは自分の話が中心で俺のことなど興味ない感じだったからだ。
彼女たちは自分の話を聞いてくれる人を探してるのであって、俺個人のことなどどうでもよかったのだろう。
俺はそういう理由で女性とは距離を置いていた。
けれど、この日だけは違ったんだ。
この食事の席で俺は美野里さんと次の約束を取り付けることに成功した。
最初の食事ということで俺は気合を入れていて、魚を鑑賞しながら食事できるレストランを見つけて招待した。
食事の値段は2000円ほどで、それほど高価でも無くて互いに気を使わないだろうと思ったのだ。
「来てくれてありがとう」
「誘ってくれたのが嬉しくて」
「君ほど可愛いと、すぐ誘われるだろう?」
「全然、私なんて大したことないもの」
俺たちは食事をしながら、他愛もない話をしていた。
それが何よりも俺の仕事への癒しだった。
死刑を執行するという仕事は命を奪う仕事だ。
何も考えずにしてしまうと、命に対して失礼な気もする。
けれど、色々考えてしまうと自分という人間がいかに罪深いかを感じてしまい自分自身が死に近づいてしまう。
そんな葛藤を俺は胸のなかにいつも秘めていて、それがとても憂鬱だった。
俺は彼女に自分が死刑執行官だということを中々、話せずに居た。
俺達は何度も会っていた。
そうしていく中で、仕事のことを何度も聞かれることがあった。
水族館でデートをしてる時に、クラゲのコーナーでふと、こんなことを聞かれる。
「貴方って何の仕事をしてるのか話してくれないのね」
「すまない、話しにくくて」
「いいの、ただ少し気になっただけだから」
互いに30を超えた年齢ということもあって結婚を俺は意識してした。
この人と共に生きるとなると、いつかは話さなくてはならない。
このことを無視して結婚なんて出来ないからだ。
俺はタワーの夜の展望台エリアで住宅街を背景に、俺はついに秘密を打ち明けることにした。
「美野里、俺はずっと隠していたことがあったんだ」
「なぁに?」
俺は意を決して、話した。
人の命を奪うという残酷なことをして金を稼いでるのだと。
でも、それは必要な仕事なのだということを訴えるために。
俺は必死になって話した。
彼女は、ただ黙ってその話を聞いていた。
「俺は、お前と結婚したいんだ。だから、その、俺が何の仕事をしてるのかはお前に聞いてほしかったんだ」
「何となく気づいてた」
「そうなのか?」
「看護師って仕事をしてると、どうしても人の死を目の当たりすることがあるもの。
そのとき、見守ってる人が居るけれど何処か貴方と似た雰囲気を持っていたから」
「そう・・・だったのか・・・」
「あくまで勘だけれどね。聞いてみないことには確証は無かった」
「でも、俺の仕事が、そういうことだって知ったうえで一緒に居てくれたんだな」
「そういうことになるわね」
「理解はあるってことだよな?」
「まぁ、そうかも」
「その、良かったら何だが、結婚とかって考えられないか?」
「いいよ」
「本当か?」
「・・・」
美野里はこくりと頷いた。
俺は内心やったという思いでいっぱいだったが、自分が大人だという立場であることもあって表には出さなかった。
冷静でいることが正しいと考えていたから。
それからしばらくして俺と美野里の間に子供が出来た。
可愛い娘で、名前は妻の名前から取って、美里(ミリ)という名前にした。
子供も出来て、俺はより一層仕事を頑張ろうと思ったんだ。
娘が出来た時には、小さなアパートだったが、友達の正則や秀樹が来てくれた。
ベビーカーとか、おむつとか、そういうベビー用品を買ってくれたのは有難かった。
娘が6歳になって、子育ても大分落ち着いてきたかなって思った時だった。
この日は、妙な胸騒ぎがしたんだ。
でも、いつもと変わらない日常だと思った。いや、思い込んだという方が正しいだろう。
いつもと同じように妻は看護師の仕事を休んで美里の面倒を見ていた。
「いってらっしゃい、アナタ」
「ああ・・・」
美野里は子供を抱きかかえながら、俺の頬にキスをしてくれた。
そうして俺は仕事に向かうことが出来たんだ。
でも、この心のざわつきを、自分の心に素直に従って家に居ればよかったんだ。
いつもと変わらない。
今日も仕事をして、ただ帰るだけなのだと。
自宅に帰ったとき、俺は帰りに買ったスーパーの袋を落としてしまった。
中の卵が割れてしまっただろうが、そのことに頭を割く余裕は無く家の中に急いで入っていった。
部屋の中の窓は空いていて、風がびゅうびゅうと吹き荒れていた。
この日は妙に月が綺麗で、それも満月だった。
暗闇の中でも、月明かりのお陰ですぐに異常だと気づけた。
俺はすぐさま駆け寄る。
「美野里!」
「けいくん・・・」
「何があった!」
「知らない人が上がってきて、私を急に・・・」
BBQなどで使われるであろう巨大な肉を焼くための長く、丈夫な鉄串が彼女の胸を貫通して背中から出ていた。
これでは心臓まで到達してるに違いない。
まるで、ろうとのように一点を目指して血が垂れていた。
それは鉄串の先。
時間が、かなり経過していたのか血の水たまりになっていた。
「くそっ、美里は、美里は何処だ!」
「・・・」
弱弱しい指先で、美野里は外を指さした。
俺は、まさかと思い。アパートの外をベランダから確認する。
すると、真下の道路に不自然に広がる液体があった。
その中央に居たのは、俺がずぅっと可愛がってきた愛しい愛娘の無残な姿だった。
俺は泣きたいのをぐっと堪えて最善を尽くすべきと考えて行動に移した。
今すぐ救急車を呼んで、希望の展開になることを神に祈った。
しかし、現実は残酷で俺の祈りは届くことは無かった。
医者は最善を尽くしたと言っていたが、そんな言葉は耳に届くことは無く。
この日は、自分が大人だという立場を忘れて泣き叫んだ。
美野里と、美里のベットの前で。
話はこれで終わらなかった。
事件は、難航したのだ。
警察は、犯人を見つけることが出来ず、今でも何処かに隠れてるということに。
俺は腹立たしかった。
罪は裁かれるものだと信じてきて死刑執行を行ってきた。
けれど、俺の身近で起きた罪は裁かれることはないではないかと。
これでは何のための死刑制度なのだと俺は疑問を感じずには居られなかった。
俺は、そういう経験をして、独身のまま今も同じアパートに住んでいた。
秀樹はその話を知っている。
だから、俺が3人だと言った時に妻のことを思い出したのだと気づけたのだ。
「お待たせしました、ナポリタンです」
ウェイトレスが俺たちの前に2皿置いた。
「ありがとう」
俺は礼を告げる。
「では、ごゆっくり」
そう言ってウェイトレスは他のお客さんの所へと向かっていった。
「元気出せよ、なっ?」
秀樹は、そうやって俺を励ます。
「昔のことだ、大丈夫だよ」
俺は彼に気を遣わせないように、そんな風に告げた。
「そうか・・・」
秀樹と食事をしてしたが、話が盛り上がることは無く終始暗いままだった。
申し訳ないと思いつつも、俺はこの世界の無常さにどうしようもない苛立ちを感じながら生きていってる。
きっと俺が幸せだと感じる日は来ないのだろうと思って。
ある日のことだった。
それは何の因果だろう。
今日は新人の男が入ってきたのだ。
「よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく名前は?」
「和也です」
「よろしく」
俺は握手を交わした。
「あの、やっぱりこの仕事って大変ですか?」
「行為自体は大したことない。ただ、心の問題は大変だがな」
「そうですよね・・・」
新人の男は緊張していた。
「そう、固くならなくてもいい」
「は、はい」
緊張をほぐそうと言ってみたが、そう簡単にはほぐせなかった。
死刑を執行するのだ。
緊張しないという方が無理がある。
ましてや、この後輩はまだ若そうだ。
こんなに若いのに、こんな仕事をさせられるとは大変だなと俺は思っていた。
通常、死刑を執行する相手の情報は執行官には明かされないものだ。
素性を知ってしまえば、そこに同情の余地だったり自分が共感してしまえば執行という行為の罪悪感が底知れないからだ。
だが、運命は俺に何かをしろと訴えてるとしか思えなかった。
新人だからか、死刑執行官だと知られてなかったのかもしれない。
そして、仮に素性を知ってても俺に知らせるなんて規則に従って行わなかったかもしれない。
ガラス窓の向こう側で警察に挟まれた男が顔に布を被せられ死刑台に運ばれていく。
そして、今まさに首に縄が掛けられようとしている。
そんな様子を見て、新人の子はこんなことを呟く。
「それにしてもこの男、綺麗な奥さんを殺しておいて娘をアパートから突き落とすって死んでも仕方ない野郎ですね」
「何だって?」
妻が殺されたという話だけだったら変に思わなかったかもしれない。
だが、娘がアパートから突き落とされて殺されるという犯行はレアケースだと思った。
「きっと旦那さんは、さぞかし辛い思いをしてるだろうな」
「おい、どういう意味だ?」
俺は思わず、この新人の子に詰め寄ってしまう。
「えっ、どういう意味も何も、この野郎は死んで当然だって・・・。執行官がこんなこと言うの不味かったですか?」
「な、名前は?」
「えっ」
「名前は何て言うんだ」
俺は執行官としては失格なことをしようとしていた。
名を聞いて、どうしようって言うんだ・・・。
「村上昭雄って聞いてますが」
「どうして捕まった」
「10年前の事件で警察が捕まえられなかったのを何処かで聞きつけたのかネットで騒がれるようになって
昔の人が犯した汚点を払拭するために動き出したとか、何とか。居酒屋で酒を飲んでる所を近隣の住民が
指名手配の顔とそっくりだって通報したのがキッカケみたいです」
「そうか」
10年前、時期が一致する。
では、やはり・・・。
俺は心の中で確信めいたものがあった。
何の因果か、犯人は逃げだすことに成功したが、この土地に戻ってきたんだ。
妻が天国で何かしてくれたのだろうか?
「あの、犯人とお知り合い何ですか?」
新人の子が、そんなことを聞いてくる。
そこに秀樹がやってくる。
「死刑の時間だろ。特に問題は無さそうか?」
「あぁ、いつも通り。何も変わらない」
新人の子は何か言いたそうだったが俺は目で睨みつけて新人の子を黙らせた。
そして、死刑執行の時間が訪れる。
俺は今まで、自分はギロチンのようにただ、裁判官が決めた死刑を執行する道具なのだと自分に言い聞かせてきた。
けれど、今日この日だけは違う。
俺は今から死ぬであろう男に対して特別な感情を抱いてる。
今日ばかりは道具としての俺ではなく、妻を愛した何処にでもいる旦那の1人として死刑を執行しようとしてる。
「執行!」
警察の1人がそう宣言する。
その瞬間、俺と新人の子と秀樹でボタンを押した。
神様、すまない。
俺は自分の欲求に従って死刑執行のボタンを押した。
法律では俺は無罪だろう。
けれど俺の精神は有罪に違いない。
け今日、確実に俺は醜悪な殺意を持って1人の男を殺した。
俺はきっと地獄に行くのだろう。
その言葉と共に、俺は赤いボタンを押す。
仲間は黄色、そして緑のボタンを押した。
ガラス窓の向こうに見える顔に布が被せられた男が今、まさに首を吊った。
罪悪感を感じさないためにボタンを3にして、そのどれかが作動するようになってると聞いてる。
ボタンは毎回、ランダムで誰が殺したのかわからないようになってるとのこと。
医者が首を吊った男の脈を図る。
そして、完全に死亡したことを確認すると警察はその遺体を何処かへ片づけていった。
「お疲れ様。しかし、人が目の前で死ぬってのは何度やってもなれないものだな」
仲間の1人である、秀樹が俺に話しかけてくる。
「あぁ、本当にその通りだ」
幾度となく繰り返したその会話を今日も行う。
こうして繰り返すことで俺は日常というものを守ろうとしてるのだろう。
「そろそろ、昼だ。こんな場所でサンドイッチを食っても何となく嫌だろう。
そこでどうかな、外で食事でも?正則、圭吾」
圭吾ってのが俺の名前。
正則は、スキンヘッドが特徴の男。
今、こうして話しかけてくれる秀樹は男性にしては珍しく長い髪。
俺はその中間と言った所で短髪で眼鏡をしている。
「すまない、俺は別の用事があるんだ」
正則はどうやら来ないらしい
「そうか、残念だな。お前は?」
秀樹は俺に聞いてくる。
「行くよ」
「お前なら、そう言ってくれると思ったよ」
秀樹は少し嬉しそうだった。
古いけれど、何処か懐かしさを感じる喫茶店に俺たちは入る。
「いっらしゃいませ、何名様ですか?」
女性のウェイトレスにそう聞かれて俺は咄嗟に3人ですと答えた。
「いや、違うんだ2名だ」
「あっ、そうですよね。それではご案内します」
俺たち2人はウェイトレスに席まで案内される。
メニュー表を置いて、彼女は何処かへ消えていった。
「お前、まだ昔のことを・・・」
秀樹は俺の事情を知ってる。
その事情とは、俺はかつて妻が居たことを。
そして、子供の1人居たんだ。
俺はその時の癖で、つい、3人と言ってしまった。
「忘れられる訳がないだろう」
「それも、そうだな・・・」
妻は綺麗な人で、俺は秀樹の紹介で知り合った。
妻の名前は美野里。
仕事は看護師だった。
俺は最初こそ、乗り気ではなかったが秀樹にかわいい子が来るんだと言われて食事の席についてきてしまった。
いざ、食事の場に来てみると彼女は本当に可愛いと思ってしまった。
俺は緊張しながらも彼女に話しかけると、彼女は俺の話を聞いてくれて、それが何だか心地よかった。
今まで知り合ってきた女性の多くは自分の話が中心で俺のことなど興味ない感じだったからだ。
彼女たちは自分の話を聞いてくれる人を探してるのであって、俺個人のことなどどうでもよかったのだろう。
俺はそういう理由で女性とは距離を置いていた。
けれど、この日だけは違ったんだ。
この食事の席で俺は美野里さんと次の約束を取り付けることに成功した。
最初の食事ということで俺は気合を入れていて、魚を鑑賞しながら食事できるレストランを見つけて招待した。
食事の値段は2000円ほどで、それほど高価でも無くて互いに気を使わないだろうと思ったのだ。
「来てくれてありがとう」
「誘ってくれたのが嬉しくて」
「君ほど可愛いと、すぐ誘われるだろう?」
「全然、私なんて大したことないもの」
俺たちは食事をしながら、他愛もない話をしていた。
それが何よりも俺の仕事への癒しだった。
死刑を執行するという仕事は命を奪う仕事だ。
何も考えずにしてしまうと、命に対して失礼な気もする。
けれど、色々考えてしまうと自分という人間がいかに罪深いかを感じてしまい自分自身が死に近づいてしまう。
そんな葛藤を俺は胸のなかにいつも秘めていて、それがとても憂鬱だった。
俺は彼女に自分が死刑執行官だということを中々、話せずに居た。
俺達は何度も会っていた。
そうしていく中で、仕事のことを何度も聞かれることがあった。
水族館でデートをしてる時に、クラゲのコーナーでふと、こんなことを聞かれる。
「貴方って何の仕事をしてるのか話してくれないのね」
「すまない、話しにくくて」
「いいの、ただ少し気になっただけだから」
互いに30を超えた年齢ということもあって結婚を俺は意識してした。
この人と共に生きるとなると、いつかは話さなくてはならない。
このことを無視して結婚なんて出来ないからだ。
俺はタワーの夜の展望台エリアで住宅街を背景に、俺はついに秘密を打ち明けることにした。
「美野里、俺はずっと隠していたことがあったんだ」
「なぁに?」
俺は意を決して、話した。
人の命を奪うという残酷なことをして金を稼いでるのだと。
でも、それは必要な仕事なのだということを訴えるために。
俺は必死になって話した。
彼女は、ただ黙ってその話を聞いていた。
「俺は、お前と結婚したいんだ。だから、その、俺が何の仕事をしてるのかはお前に聞いてほしかったんだ」
「何となく気づいてた」
「そうなのか?」
「看護師って仕事をしてると、どうしても人の死を目の当たりすることがあるもの。
そのとき、見守ってる人が居るけれど何処か貴方と似た雰囲気を持っていたから」
「そう・・・だったのか・・・」
「あくまで勘だけれどね。聞いてみないことには確証は無かった」
「でも、俺の仕事が、そういうことだって知ったうえで一緒に居てくれたんだな」
「そういうことになるわね」
「理解はあるってことだよな?」
「まぁ、そうかも」
「その、良かったら何だが、結婚とかって考えられないか?」
「いいよ」
「本当か?」
「・・・」
美野里はこくりと頷いた。
俺は内心やったという思いでいっぱいだったが、自分が大人だという立場であることもあって表には出さなかった。
冷静でいることが正しいと考えていたから。
それからしばらくして俺と美野里の間に子供が出来た。
可愛い娘で、名前は妻の名前から取って、美里(ミリ)という名前にした。
子供も出来て、俺はより一層仕事を頑張ろうと思ったんだ。
娘が出来た時には、小さなアパートだったが、友達の正則や秀樹が来てくれた。
ベビーカーとか、おむつとか、そういうベビー用品を買ってくれたのは有難かった。
娘が6歳になって、子育ても大分落ち着いてきたかなって思った時だった。
この日は、妙な胸騒ぎがしたんだ。
でも、いつもと変わらない日常だと思った。いや、思い込んだという方が正しいだろう。
いつもと同じように妻は看護師の仕事を休んで美里の面倒を見ていた。
「いってらっしゃい、アナタ」
「ああ・・・」
美野里は子供を抱きかかえながら、俺の頬にキスをしてくれた。
そうして俺は仕事に向かうことが出来たんだ。
でも、この心のざわつきを、自分の心に素直に従って家に居ればよかったんだ。
いつもと変わらない。
今日も仕事をして、ただ帰るだけなのだと。
自宅に帰ったとき、俺は帰りに買ったスーパーの袋を落としてしまった。
中の卵が割れてしまっただろうが、そのことに頭を割く余裕は無く家の中に急いで入っていった。
部屋の中の窓は空いていて、風がびゅうびゅうと吹き荒れていた。
この日は妙に月が綺麗で、それも満月だった。
暗闇の中でも、月明かりのお陰ですぐに異常だと気づけた。
俺はすぐさま駆け寄る。
「美野里!」
「けいくん・・・」
「何があった!」
「知らない人が上がってきて、私を急に・・・」
BBQなどで使われるであろう巨大な肉を焼くための長く、丈夫な鉄串が彼女の胸を貫通して背中から出ていた。
これでは心臓まで到達してるに違いない。
まるで、ろうとのように一点を目指して血が垂れていた。
それは鉄串の先。
時間が、かなり経過していたのか血の水たまりになっていた。
「くそっ、美里は、美里は何処だ!」
「・・・」
弱弱しい指先で、美野里は外を指さした。
俺は、まさかと思い。アパートの外をベランダから確認する。
すると、真下の道路に不自然に広がる液体があった。
その中央に居たのは、俺がずぅっと可愛がってきた愛しい愛娘の無残な姿だった。
俺は泣きたいのをぐっと堪えて最善を尽くすべきと考えて行動に移した。
今すぐ救急車を呼んで、希望の展開になることを神に祈った。
しかし、現実は残酷で俺の祈りは届くことは無かった。
医者は最善を尽くしたと言っていたが、そんな言葉は耳に届くことは無く。
この日は、自分が大人だという立場を忘れて泣き叫んだ。
美野里と、美里のベットの前で。
話はこれで終わらなかった。
事件は、難航したのだ。
警察は、犯人を見つけることが出来ず、今でも何処かに隠れてるということに。
俺は腹立たしかった。
罪は裁かれるものだと信じてきて死刑執行を行ってきた。
けれど、俺の身近で起きた罪は裁かれることはないではないかと。
これでは何のための死刑制度なのだと俺は疑問を感じずには居られなかった。
俺は、そういう経験をして、独身のまま今も同じアパートに住んでいた。
秀樹はその話を知っている。
だから、俺が3人だと言った時に妻のことを思い出したのだと気づけたのだ。
「お待たせしました、ナポリタンです」
ウェイトレスが俺たちの前に2皿置いた。
「ありがとう」
俺は礼を告げる。
「では、ごゆっくり」
そう言ってウェイトレスは他のお客さんの所へと向かっていった。
「元気出せよ、なっ?」
秀樹は、そうやって俺を励ます。
「昔のことだ、大丈夫だよ」
俺は彼に気を遣わせないように、そんな風に告げた。
「そうか・・・」
秀樹と食事をしてしたが、話が盛り上がることは無く終始暗いままだった。
申し訳ないと思いつつも、俺はこの世界の無常さにどうしようもない苛立ちを感じながら生きていってる。
きっと俺が幸せだと感じる日は来ないのだろうと思って。
ある日のことだった。
それは何の因果だろう。
今日は新人の男が入ってきたのだ。
「よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく名前は?」
「和也です」
「よろしく」
俺は握手を交わした。
「あの、やっぱりこの仕事って大変ですか?」
「行為自体は大したことない。ただ、心の問題は大変だがな」
「そうですよね・・・」
新人の男は緊張していた。
「そう、固くならなくてもいい」
「は、はい」
緊張をほぐそうと言ってみたが、そう簡単にはほぐせなかった。
死刑を執行するのだ。
緊張しないという方が無理がある。
ましてや、この後輩はまだ若そうだ。
こんなに若いのに、こんな仕事をさせられるとは大変だなと俺は思っていた。
通常、死刑を執行する相手の情報は執行官には明かされないものだ。
素性を知ってしまえば、そこに同情の余地だったり自分が共感してしまえば執行という行為の罪悪感が底知れないからだ。
だが、運命は俺に何かをしろと訴えてるとしか思えなかった。
新人だからか、死刑執行官だと知られてなかったのかもしれない。
そして、仮に素性を知ってても俺に知らせるなんて規則に従って行わなかったかもしれない。
ガラス窓の向こう側で警察に挟まれた男が顔に布を被せられ死刑台に運ばれていく。
そして、今まさに首に縄が掛けられようとしている。
そんな様子を見て、新人の子はこんなことを呟く。
「それにしてもこの男、綺麗な奥さんを殺しておいて娘をアパートから突き落とすって死んでも仕方ない野郎ですね」
「何だって?」
妻が殺されたという話だけだったら変に思わなかったかもしれない。
だが、娘がアパートから突き落とされて殺されるという犯行はレアケースだと思った。
「きっと旦那さんは、さぞかし辛い思いをしてるだろうな」
「おい、どういう意味だ?」
俺は思わず、この新人の子に詰め寄ってしまう。
「えっ、どういう意味も何も、この野郎は死んで当然だって・・・。執行官がこんなこと言うの不味かったですか?」
「な、名前は?」
「えっ」
「名前は何て言うんだ」
俺は執行官としては失格なことをしようとしていた。
名を聞いて、どうしようって言うんだ・・・。
「村上昭雄って聞いてますが」
「どうして捕まった」
「10年前の事件で警察が捕まえられなかったのを何処かで聞きつけたのかネットで騒がれるようになって
昔の人が犯した汚点を払拭するために動き出したとか、何とか。居酒屋で酒を飲んでる所を近隣の住民が
指名手配の顔とそっくりだって通報したのがキッカケみたいです」
「そうか」
10年前、時期が一致する。
では、やはり・・・。
俺は心の中で確信めいたものがあった。
何の因果か、犯人は逃げだすことに成功したが、この土地に戻ってきたんだ。
妻が天国で何かしてくれたのだろうか?
「あの、犯人とお知り合い何ですか?」
新人の子が、そんなことを聞いてくる。
そこに秀樹がやってくる。
「死刑の時間だろ。特に問題は無さそうか?」
「あぁ、いつも通り。何も変わらない」
新人の子は何か言いたそうだったが俺は目で睨みつけて新人の子を黙らせた。
そして、死刑執行の時間が訪れる。
俺は今まで、自分はギロチンのようにただ、裁判官が決めた死刑を執行する道具なのだと自分に言い聞かせてきた。
けれど、今日この日だけは違う。
俺は今から死ぬであろう男に対して特別な感情を抱いてる。
今日ばかりは道具としての俺ではなく、妻を愛した何処にでもいる旦那の1人として死刑を執行しようとしてる。
「執行!」
警察の1人がそう宣言する。
その瞬間、俺と新人の子と秀樹でボタンを押した。
神様、すまない。
俺は自分の欲求に従って死刑執行のボタンを押した。
法律では俺は無罪だろう。
けれど俺の精神は有罪に違いない。
け今日、確実に俺は醜悪な殺意を持って1人の男を殺した。
俺はきっと地獄に行くのだろう。
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