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【9】花火と金平糖
【9】花火と金平糖……③
しおりを挟む「なんて……、美しい」
ミアはうっとりとした表情を浮かべ、その首元に抱きついた。
「冬の王様だ」
「ミア、言った通り早くして。日暮れまでに山を越えたいんだ。あとで、いくらでもモフモフさせてあげるから」
「べ、べつにモフりたいわけでは!」
(――本当にしゃべった!)
先に旅立ったアルマが、こそっと教えてくれた。
周りが見えなくなるほどの怒りにかられたり、興奮状態で変化すると言葉を話せなくなるが、普通の状態であれば、獣になってもシャノンと話ができる、と。
洞窟でまったく言葉を話さなかったホッキョクギツネのことを思い出し、旅のあいだシャノンと話ができなくなるのではと不安に思ったミアは、アルマに相談していたのだ。
(……あの時は、興奮状態だったのか)
頬が赤くなるのを感じ、ミアは気づかれないようマスクを目元まで引き上げた。
床へ敷いたハーネスを跨いだシャノンが、背に乗りやすいよう身体を低くしている。引っ張っても痛くないと言っていたシャノンの言葉通り、ミアはふかふかの毛をひとつかみしてよじ登り、ハーネスをしっかりと留めた。そして、自分が入る鞣した革の袋、トランクも固定する。
「できました」
真っ白な毛に茶色のハーネスが似合っている。
「出発しようか」
「はい!」
ミアがぴょんと飛び降りると、シャノンはゆっくりと立ち上がった。預かった大聖堂の鍵をポシェットから取り出す様子を見ていたシャノンが出口へ向かって、ヒタリヒタリと歩いて行く。
はやる気持ちが抑えきれず、両開きの大きな扉まで走ったミアは冷たいドアノブに手をかけて振り返った。こちらへ向かってくる巨獣の姿は雄々しく、たとえがたい神々しさをまとっていて見惚れてしまう。
ゆっくりと扉を開ける。と、隙間から凍てついた空気が流れ込み、外の刺すような寒さにミアは口を真一文字に結んだ。大聖堂を出て行くシャノンの口元から吐き出される息は真っ白で、行きすがらにふざけたのか、ホッキョクギツネの大きな尻尾がミアの頬を撫でて行った。
(すごいモフ……モフモフだな)
うっすらと積もった雪の上で、伏せたシャノンがミアのことをじっと見つめている。
大聖堂の扉をしっかりと閉めたミアは鍵をかけ、ポシェットへしまった。そして、慣れない雪の上を恐るおそる歩くと、靴裏で踏みつぶす雪はふわっと空気をたっぷりと含んでいて、大きなホッキョクギツネと小さなブーツの足跡を残していた。
ミアはミトンに覆われた手をシャノンの鼻先に伸ばす。
「シャナ……、あなたに出会えてよかった」
爪先立ちでマスク越しの唇をそこへ寄せたミアは、再びホッキョクギツネの背中へよじ登って革の袋へ入った。
外は肺が凍るほどの寒さだ。
(あなたと過ごした時間は、幸せでした――)
ミアは修道院を出たら旅の終わりまで、笑顔を絶やさず過ごそうと決めている。
シャノンに覚えていて欲しいのは泣いたり怒ったりした顔よりも、笑った顔。笑うことは正直、苦手だ。慣れてない。しかし、シャノンがこれから先、ミアを思い出すことがあれば、今の幸せな気持ちを伝えるための笑顔を思い出してくれたら嬉しいと思ったのだ。
温暖な地域に入るまでは袋の中でじっとして、しゃべってはいけないと言われてる。が、シャノンの背中で、ミアは外の景色を目に焼き付けるように見続けていた。
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