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【9】花火と金平糖
【9】花火と金平糖……④
しおりを挟むミアはカンガルーやウォンバットなど、有袋類の動物の赤ん坊になったような気分だった。平坦な道を選んで走っている、と言うシャノンの言葉通り、たまに舌を噛みそうになるが至って静かな乗り心地。そしてこの旅でのミアの楽しみはシャノンとの約束を破って、たまに袋の隙間から外を覗くことだった。
ツンドラは吹雪くことが多かったが南下するにつれ、まるで季節が逆戻りしているように冬から秋へ変わっていく。針葉樹ばかりだった木々が広葉樹になり、黄金色や赤い落ち葉が舞う森を駆け抜ける。
灰色だった世界は徐々に色を取り戻し、草原に生える穂先がふさふさのススキはシャノンが駆けるそばから風が起こり、まるで波紋のように広がっていくのだ。
「わあ」
「ミア、海を見るのは初めて?」
「初めてです!すごい、シャナ。海の向こうが丸く見えます」
今日の休息地へ着いたようだった。街を避けて走り、夜は温泉が湧き出る地で野営して体力を温存したいから、と変化したまま過ごすシャノンのふかふかの腹に身を預けてミアが眠る。そんな日が五日ほど続いていた。
いつものように袋から出たミアが、ハーネスを外す。そしてシャノンの背中を滑り降りて地面に降り立つと、そこはサラサラの白い砂浜だった。マスクを下ろすと昨日までと違って頬に触れる風が温く、潮の匂いが鼻先をくすぐる。
「ミア、その下り方するの好きでしょ?」
「シャナが大きいからです。海、もっと近くで見てもいいですか」
波は穏やかだった。砂浜はここだけで、その先には岩礁の海岸線が続いている。
「危ないから、少し待って」
シャノンは、砂浜の奥の方にある大きな岩の陰へ向かった。
(あ……)
人間の姿になるようだった。修道院を出てから人間のシャノンに会っていないから、なんだか急にソワソワしてしまったミアは髪に手櫛を通し、無意味に毛皮の帽子をかぶり直したりして大人しく待っていた。
が、いい加減でてきてもいい頃なのに一向にシャノンは姿を現さない。それどころか、岩陰から「あ……ッ」とか「どうしよう」とか心配になるような言葉しか聞こえてこない。
夕日に背中を照らされたミアの影が砂浜に伸び、止まっていた風が吹き始める。少し内陸に入った小高いところに街が見え、その家々にはオレンジ色の明かりがポツリポツリと灯り始めていた。
「ミア、お待たせぇ」
「ブッ」
「ちょうど良い葉っぱが飛んできて良かったよ」
シャノンが股間に大きな落ち葉をあて、岩陰から出てきた姿にミアは吹き出してしまった。
(えっと……。この方、たしか次期長老候補の辺境伯ですよね?!)
久々の再会に緊張していた自分が、馬鹿らしくなるほどの清々しさだ。
(仕方ない……。仕方ないよ、ミア。全裸で変化したのだから当然だ)
ミアはいろいろ言いたいこと満載のシャノンを見ないようにして、笑うのを堪えて肩を震わせていた。
「シャナ」
「何?」
「今、服を出します」
シャノンの着替えが入ったトランクを開けたが、何をどう選んだらよいのか分からなかった。
「ミア?」
「近い!」
「顔まっか」
「だって、シャナがそんな格好で……ッ」
隣りにしゃがみ込んだシャノンと距離を取ろうとしたミアは、傾斜のある慣れない砂浜でダンゴムシのようにゴロンと背後へ転がってしまった。自分に起こったことが良くわからず、綺麗に一回転して元のしゃがんだ体勢に戻ったミアを見て、シャノンが落ち葉を持った手を叩いて大笑いするから、股間は丸見え。ミアは、真っ赤になった顔を手で覆った。
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