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一柳がマスターに注文を入れて流れるようにグラスを磨き始めるのを確認しながら、ちなりは彼の横顔をそっと盗み見る。
――本当に綺麗な顔だなぁ。
女性的というわけではなく、男らしいのにとても整った顔立ちをしている。少しだけタレ目な目尻の隅に小さなホクロがどこか色っぽさを醸し出している。
「一柳さんは、どうして毎日ここにいないの?」
ふと、つい思ったことを口にしてしまう。一柳はグラスを磨く手を止めて、ふっと笑った。
「バイトなんですよ。本業は別にあるんです」
それは何? と続けようとして、その時に入口の扉が開いた。
「確かここだよ」
数人の若い男の声に思わずびくりと肩をすくまして、ちなりは体を縮こめた。そんなちなりの様子に一柳はそっと彼女を隠すように今入ってきた一団にいらっしゃいませと声をかけた。場違いな若い男が3人ほど。男たちは、ちなりが死角になる入口付近の座席に案内される。あきらかに住人ではないからである。
「ここ、成功した投資家とか、起業家がこぞってやってくるんだって」
「人脈作りに最高ってこと?」
「おれらの企画にすぐ金出してくれちゃったりして!」
そんなことを能天気に話をしている男たちに見覚えがあって、少し身を震わせる。
「どうされました?」
「あの、ごめんなさい。私、今日は帰る……」
「ちなりさん、顔色が……」
そっと住民用の出入り口側に向かうちなりを、一柳が追いかけてくる。大丈夫と言おうとするが、体がこわばって言葉が発せられない。扉を出るとコンシェルジュも心配そうに受付から出てくるが、それより先に一柳がちなりの足を掬うようにして抱え込んだ。がんがんと脂汗が滲み出てくる。自分で歩けると言おうとするが、ぐるぐるとめまいがひどくなって言えるわけもなかった。
一柳がコンシェルジュに指示を出しているのが遠くから聞こえるが、ちなりは細身だとおもっていたのに熱くて硬い男の胸に抱え込まれ、その熱にどこか安堵をして、意識を手放した。
「気がつかれましたか?」
「あ……。なんで。――ああ……。私どれくらい?」
見慣れた天井なのに、そこに一柳がいることに違和感を感じたが、すぐに記憶が蘇ってきて、ちなりは枕に頭を深く押し付けた。一柳が手配してくれたのか、首元にはアイスノンが置かれていて冷たさが心地よかった。
「10分ほどです。急に気を失ったからびっくりしました」
そう言って一柳は心配そうに、額に手を当ててきた。
「ひんやりしてて気持ちいい……」
「熱はなさそうですけど、気分は?」
ちなりは首を横に振った。
「ちゃんと食べないから、貧血起こしたのかもしれませんね」
「あの……迷惑かけちゃってごめんなさい」
素直にちなりは詫びる。
「あんなの迷惑にもなりません。――しかし、すごい部屋ですね」
「――!」
一柳に言われて、自分の部屋の状況を思い出してがばりと身を起こす。
「や、あの、これは、私のではなくて……」
「わかります。これとかまだ作業中って感じですよね」
笑い混じりに一柳が指さしたものは、ミシンの横に置いた白いレースがふんだんに使われた、ブラジャーであった。
「えーーーーと、その……」
「ちなりさんのお仕事なんですか?」
彼が見回すのも非常にわかる。ちなりの部屋でランジェリーが所狭しと置かれており、しかも真ん中には大きな作業台と業務用のミシンが置かれている。正直足の踏み場もないと言っていい。
――よくこの部屋入って平気だな、この人。やはりこういう女の下着とかに慣れてるのかしら?
ちらりと感心して周りを見ている男を眺めてそんなことを考えた。男のフラットな様子に少しだけ勇気が湧いてちなりは心に澱のように溜まっていることを聞いてみる気になった。
「変態だとは思わなかった?」
「え?」
「こんなに下着がいっぱいあって、しかもなんていうか……」
そう言いつつも、恥ずかしくて体の上にかかっているシーツをかき寄せながらうつむいてしまう。なのにそっと近づいてくる気配がしてちなりを下から優しくのぞき込んでくる。
「そんなこと――。誰かに言われたんですか?」
「一柳さん、それほどちゃんとあれ見てないんでしょ?」
「――」
さすがに一柳とはいえ、恥ずかしかったらしい。全てを超越して、なんでも達観してそうに見えるのに、さすがに女の下着が所狭しと置いてあるのは、彼なりに予想外のものであったらしい。
そっとちなりは自分のブラウスのボタンを外していく。
――本当に綺麗な顔だなぁ。
女性的というわけではなく、男らしいのにとても整った顔立ちをしている。少しだけタレ目な目尻の隅に小さなホクロがどこか色っぽさを醸し出している。
「一柳さんは、どうして毎日ここにいないの?」
ふと、つい思ったことを口にしてしまう。一柳はグラスを磨く手を止めて、ふっと笑った。
「バイトなんですよ。本業は別にあるんです」
それは何? と続けようとして、その時に入口の扉が開いた。
「確かここだよ」
数人の若い男の声に思わずびくりと肩をすくまして、ちなりは体を縮こめた。そんなちなりの様子に一柳はそっと彼女を隠すように今入ってきた一団にいらっしゃいませと声をかけた。場違いな若い男が3人ほど。男たちは、ちなりが死角になる入口付近の座席に案内される。あきらかに住人ではないからである。
「ここ、成功した投資家とか、起業家がこぞってやってくるんだって」
「人脈作りに最高ってこと?」
「おれらの企画にすぐ金出してくれちゃったりして!」
そんなことを能天気に話をしている男たちに見覚えがあって、少し身を震わせる。
「どうされました?」
「あの、ごめんなさい。私、今日は帰る……」
「ちなりさん、顔色が……」
そっと住民用の出入り口側に向かうちなりを、一柳が追いかけてくる。大丈夫と言おうとするが、体がこわばって言葉が発せられない。扉を出るとコンシェルジュも心配そうに受付から出てくるが、それより先に一柳がちなりの足を掬うようにして抱え込んだ。がんがんと脂汗が滲み出てくる。自分で歩けると言おうとするが、ぐるぐるとめまいがひどくなって言えるわけもなかった。
一柳がコンシェルジュに指示を出しているのが遠くから聞こえるが、ちなりは細身だとおもっていたのに熱くて硬い男の胸に抱え込まれ、その熱にどこか安堵をして、意識を手放した。
「気がつかれましたか?」
「あ……。なんで。――ああ……。私どれくらい?」
見慣れた天井なのに、そこに一柳がいることに違和感を感じたが、すぐに記憶が蘇ってきて、ちなりは枕に頭を深く押し付けた。一柳が手配してくれたのか、首元にはアイスノンが置かれていて冷たさが心地よかった。
「10分ほどです。急に気を失ったからびっくりしました」
そう言って一柳は心配そうに、額に手を当ててきた。
「ひんやりしてて気持ちいい……」
「熱はなさそうですけど、気分は?」
ちなりは首を横に振った。
「ちゃんと食べないから、貧血起こしたのかもしれませんね」
「あの……迷惑かけちゃってごめんなさい」
素直にちなりは詫びる。
「あんなの迷惑にもなりません。――しかし、すごい部屋ですね」
「――!」
一柳に言われて、自分の部屋の状況を思い出してがばりと身を起こす。
「や、あの、これは、私のではなくて……」
「わかります。これとかまだ作業中って感じですよね」
笑い混じりに一柳が指さしたものは、ミシンの横に置いた白いレースがふんだんに使われた、ブラジャーであった。
「えーーーーと、その……」
「ちなりさんのお仕事なんですか?」
彼が見回すのも非常にわかる。ちなりの部屋でランジェリーが所狭しと置かれており、しかも真ん中には大きな作業台と業務用のミシンが置かれている。正直足の踏み場もないと言っていい。
――よくこの部屋入って平気だな、この人。やはりこういう女の下着とかに慣れてるのかしら?
ちらりと感心して周りを見ている男を眺めてそんなことを考えた。男のフラットな様子に少しだけ勇気が湧いてちなりは心に澱のように溜まっていることを聞いてみる気になった。
「変態だとは思わなかった?」
「え?」
「こんなに下着がいっぱいあって、しかもなんていうか……」
そう言いつつも、恥ずかしくて体の上にかかっているシーツをかき寄せながらうつむいてしまう。なのにそっと近づいてくる気配がしてちなりを下から優しくのぞき込んでくる。
「そんなこと――。誰かに言われたんですか?」
「一柳さん、それほどちゃんとあれ見てないんでしょ?」
「――」
さすがに一柳とはいえ、恥ずかしかったらしい。全てを超越して、なんでも達観してそうに見えるのに、さすがに女の下着が所狭しと置いてあるのは、彼なりに予想外のものであったらしい。
そっとちなりは自分のブラウスのボタンを外していく。
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