9 / 9
09 丸山
しおりを挟む半年の間、俺はいつものようにただ絵を描いていた。
田中に拒絶された時、わざわざ俺に苦言を呈してくれたやつ――黒川とは、たまに話す関係になり、やつに言われた。
「丸山ってコミュニケーション能力が赤ちゃんレベルっすね。下々の者を見下してるから、口をきかないわけじゃないんだあ」
「いてもいなくてもかまわないが、見下すというほど興味がない」
「あっ!そこ!そこが嫌だなあ」
「……なんでだ」
「おれは、ただ好きなものを描くだけじゃない。この絵や思いを人に伝えて、感情を共有してもらうために、感覚を研ぎ澄まして技術を磨いてんの。他人ありきなの。
丸山の理論でいくなら、山奥にこもって一人絵を描いてればよくね?」
黒川は面白そうな顔をして笑った。
「例えば、田中。あいつに見せたいとか思わない?好きなんでしょ?
言葉で表せないなら、絵に込めて見せればいいじゃん。おれ、手伝うよ」
俺が田中入りの絵を描くようになってから、商業ベースの制作依頼が増えつつあった。
俺の描く荒々しい絵の中には、いつも点や線に姿を変えたちいさな田中がいた。
会わなくても、会話をしなくても、それでもまだ田中が好きだった。
その思いを、俺は世界に発信した。たくさんの人に俺の思いを見てほしかった。
ちいさな田中が、俺と人をつなぐのだろうか、俺の絵を好きだと言ってくれる人が増えていった。
夏が終わり、大学祭の実行委員になったという黒川が、ニヤニヤしながら、俺に話を持ってきた。
「学祭の最終日にある、ライブペインティング。丸山やらない?
最近の絵、かなりエモいよね。
そろそろ田中に告白しようよお」
「おまえ、面白がってるだろ」
「当然でしょお。今注目のアーティスト丸山夜が、ライブペインティングで告白!しかも男!
めっちゃ面白れー!いや、応援してるってば」
黒川はおちゃらけてはいるが、芯は優しいやつだった。やつの描く日本画の、虫や草木は雨上がりのようなしっとりした潤いに満ちていた。
俺がそう感想を述べると、やつは「ぎゃはっ!」と笑った。
「黒川、ライブペインティングの話を受けたいと思う。俺、田中に告白してもいいのだろうか」
「めずらしく弱気じゃん。とりあえず気持ちだけでも伝えたほうがいいと思うけど。あいつ知らないんでしょ?」
大学祭の準備が始まり、校内はにぎやかになった。
屋外では、屋台やイベントステージの設営で、運搬トラックの出入りもあり、人や機材が入り乱れている。
校内では、専攻科目の棟で作品展が開かれる。俺は彫刻科の様子を見に行った。
もう田中がどこの教室なのか知っている。
小柄な体に、似つかわしくないチェーンソーで、ぎゃりぎゃりと丸太を刻むのも、こっそり見て知っている。
形を取り出したあとは、ノミや彫刻刀で丁寧に彫っているのも、つるつるになるまで磨きあげるのも、今の俺は知っている。
今さらだけど、田中の作品もとても好きだと思った。
無人の教室には、前に田中が抱えていた鳥が設置されており、タイトルに『宇宙を見つめるタシギ』と書いてあった。
そんなタイトルすら、田中らしくて、俺は久しぶりに声を出して笑った。
学祭の日は、あっという間にやってきた。
俺は、そのまえに田中を探し出して、ライブペインティングを見に来てくれるように、声をかけていた。
田中の表情はにこやかに見えたが、他人行儀なものだった。
学祭最終日、ライブペインティングの準備をしながら、そばにいる黒川に弱音を吐く。
「田中が来なかったらどうしよう」
「ぷはっ!そんなしょぼくれた丸山初めて見るわ。おもしろー!来なかったら、来るまで呼び出すわ。それもまた一興!」
田中はほんとに来なかった。
俺は取り乱して、マイクを持って叫んだ。あいつが見てくれなきゃ意味が無いんだ。
黒川がすごい笑顔で言った。
「丸山、人間らしくなったなあ!今、呼び出してもらおうな」
しばらくすると、発見された田中が鳥の彫刻を抱えたまま、ステージの上に引っ張り出された。
俺はステージの真ん中に置いたパイプ椅子――特等席に田中を座らせて、絵の具を手に取った。
「よし、田中。見てろ……」
大きなキャンバスに、手を使って景色を描いていく。
それは、人を好きになる気持ちを教えてくれた田中への、感謝の花束だ。いろんな気持ちをこめて、キャンバスいっぱいに極彩色の花を咲かせる。
その真ん中には、静かに眠る田中。
俺が初めて見た、素の顔。
絵が出来上がるにつれ、田中の顔が真っ赤になっていく。見てくれ。伝われ。俺の気持ち。
「完成しました……」
「絵のタイトルをお聞きしても」
「……初恋」
田中が横であわあわしている。観客もざわざわしている。黒川は、ステージ脇で、腹を抱えて笑っていた。
司会者が田中にマイクをふった。
みんなの視線が、田中に集中した。
「ま、丸山ぁ、おまえさぁ……。わけわかんねえよっ!バッカじゃねーのっ!」
会場がしんと静まりかえったあと、どっと笑いがわいた。
真っ赤な顔で、恥ずかしさに震える田中からは、もう堅苦しさはとれていた。
万感の思いを込めて、俺は答えた。
「……ああ、そうだな」
◇◇◇
それから俺は、また田中の部屋に通うようになった。
おまえ別人なんじゃないの?って言われるくらい、田中としゃべった。田中もきちんと言葉にしてほしいと言ったので、全てを吐き出した。
俺の知覚過敏の話も、田中に性欲を感じている話も、そして、一番ナイーブな作品の話も。
田中は全部笑って許して、「オレの鳥たちサイコーだろ」と言った。うん、俺もそう思う。
俺は、いつものように田中の背中に貼り付いて、やつの肩をかぷかぷと甘噛みしながら尋ねた。
「なあ、田中、俺のことどう思ってる……?」
「うーん、好きなんじゃないかな」
「俺はおまえのまるごと好きなんだが」
田中は俺の髪をワシャワシャとかきまわした。
「オレ、人とくっつくの苦手なんだよね。初めて丸山がふとんに入ってた日、心地よくて二度寝しちゃったんだけど、それって感覚的に好きってことだろ。今でもさ。
きっと俺、最初から丸山のこと好きだよ」
俺は、今まで自分を感覚的な人間だと思っていたが、もっと感覚的でつかみどころのないやつがここにいた。まいった。
「……キスしたいんだが」
「すればー」
「……セックスしたいんだが」
「それはまだやだー」
いつの間にか立場が逆転している。恋は落ちたほうが負けという言葉が、頭に浮かんだ。
とりあえず許可をいただいたものは、もらっておこう。
俺は、田中の顎に手を添えると、その柔らかい唇に押し付けるようなキスをした。
「……舌入れたいんだが」
「いいよー」
田中はくるりと向きを変え、俺と向かい合わせになった。
「どうぞー」
田中の顔がアップで近づいてくる。
俺の目に写る世界の全てが、田中で埋め尽くされた――
おわり
お読みくださり、ありがとうございました!
いつか番外編で初えっちを書くつもりです。
28
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
蒼と向日葵
立樹
BL
梅雨に入ったある日。新井田千昌は雨が降る中、仕事から帰ってくると、玄関に酔っぱらって寝てしまった人がいる。その人は、高校の卒業式が終わった後、好きだという内容の文章をメッセージを送って告白した人物だった。けれど、その返信は六年経った今も返ってきていない。その人物が泥酔して玄関前にいた。その理由は……。
おしまいのそのあとは
makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……
琥珀の檻
万里
BL
砂漠の王国の離宮「琥珀の間」で、王・ジャファルは、異母弟であるアザルを強引に抱き、自らの所有物であることを誇示していた。踊り子の息子として蔑まれ、日陰の存在として生きてきたアザルにとって、兄は憎悪と恐怖の対象でしかなかった。 しかし、その密事を見つめる影があった。ジャファルの息子であり、次期王位継承者のサリムである。サリムは叔父であるアザルに対し、憧憬を超えた歪な独占欲を抱いていた。 父から子へ。親子二人の狂おしい執着の視線に晒されたアザルは、砂漠の夜よりも深い愛憎の檻に囚われていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
この作品めちゃくちゃ好きです!!!!!!!
アルファポリスで読み始め、続きが気になりすぎて他サイトで完結まで読み、再びこちらで再読しております。
謎行動の多いマイペース男だと思っていたら、
丸山くんたらこんなにも暴れまわる恋心を秘めていたなんて…
くぅぅ、萌えるぅぅ♡
まめさんの表現力も本当に素敵で、創作に真面目に向き合う美大生BLを堪能させていただきました。
何卒彼らの「これから」も覗かせてくださいませ。
続編、切実に希望しております!
飴さま、お読みくださり、ありがとうございます!
このお話は、最初に田中編だけが存在しておりまして、よく意味が伝わらなかったのです。
追加で丸山編をいれたら、彼の設定が複雑なため、今度はかなり重くなってしまいました。
田中だけだと、なぜ専攻科を知らないだけであそこまで怒るのかわからない。丸山編で、おわかりいただけるとうれしいです。
美大生と友達になったら、何を作っているか聞いてあげてください。大事です。
番外編にいちおうR18を書くつもりではあります。
こちらでは、誰も読まないからやめようかと思ったんですが、飴さんがいるからアップしますね。
のんびりお待ちくださいまし。
感想ありがとうございました!