ぼくの終わりの話

まめ

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──ねえ、起きて。ゆう、起きてよ……
 耳元で聞こえる声に、ぼくはびっくりして飛び起きた。親友のひろくんだった。
 いつも、気がつくとそばにいる彼だけど、こんな朝早くにやってくることは今までになかった。
 まだ眠い目をこすりながら、ゆっくりベッドから降りた。

「ひろくん、おはよう。
 朝からいきなりどうしたの?
 ひどい顔色してるよ……」

 ぼくは、冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。
 喉を通るものの冷たさに、少しずつ頭が覚醒する。

「あのさ、……俺がたまに未来の夢を見るって話したことあったじゃん。
 先週あった大地震も、地震の数日前に夢で見たの覚えてるだろ?」

「うん、覚えてる。
 その夢見たとき、ぼく隣にいたもん。
 夜中に飛び起きて、もうすぐ地震が来る!って騒ぎ出すからびっくりしたよ。
 ひろくんの頭がおかしくなったのかと、心配になった。
 その後、ほんとに地震が来たのには、もっと驚いたけどね……

 で、今度は何が起きるの?
 地球が爆発する?
 ……なんてね。……あはは!」

「そうなんだよ……明日、地球が無くなるんだ……」

「まじ?……なんで、今回は明日ってわかるの?」

「夢で見えた、地震が起きたときの景色が、杉山神社の夏の大祭の最中だったから……
 大祭の日って明日だろ?
 雨天決行だから、日にちがずれることはないし……
 今まで夢を見てから実際に起きるまでのタイムラグは、一週間以内なんだ……」

「……そうかー、明日かー。
 で、どうやって無くなるの?」 

「難しいことはわからないけど、ごうって風が吹いて、ぷつんって世界が消えるんだ。
 祭りの人たちや御輿や建物が、柔らかく殴るような強風に、ぶわんってなぎ倒されて、起き上がることも出来ないまま、ぷつんってテレビのスイッチをきったみたいに、視界が真っ暗になるんだよ。それで終わり」

「ふーん、ひろくんの説明じゃまったくわかんないや。
 でも、丁寧に説明されても、ぼくのこの頭じゃわかんないだろうけど。
                                       最近周りがおかしいもんね。
 先週からずっと、ネットもテレビも見られないし、一昨日から電話もつながらない。水や電気もそのうち止まるのかと思っていたよ。

 ねえ、道を歩いてる人が少ないのは、真夏の暑さのせいじゃなかったのかな?
 ぼくは仕事もしていないし、家から出ることもほとんどない。どこにも属していないから、マスメディアが止まった今、どこからも情報が入らないし、真偽を見抜くことも出来ないや。

 でも、この状況、地球が無くなるんなら、納得だ……」

「……あれ?簡単に信じちゃうんだ……
 もちろん嘘はついてないよ。でも、もっと取り乱すと思ってた……
 ゆうは最後にやりたいことないの?……俺、手伝うよ……」

「信じるよ。
ひろくんのこと、世界でいちばん信じてるもん。

 そうだねえ、なにしよかな。
 久しぶりに外に出てみようかな。あと、セックスってのをしてみたいな」


***


 中学三年の夏休み、家族で旅行中に、高速道路でわき見運転の大型トラックに巻き込まれる大事故に遭った。あの日、ぼくも妹もこれから訪れる海辺のホテルにわくわくして、窓から青い海が見えてくると歓声をあげた。お母さんも笑って、お父さんは「うるさいぞ」って言いながら笑って──
 事故にあったときのことは、全く覚えていない。

 後部座席に乗っていたぼくは、ひしゃげた車から投げ出されて、頭と体を強く打った。
 それからずっと意識が戻らず、目覚めたのは、事故から一年近く経ってから。
 目を開いたら、知らない白い天井が見えて、「ラノベかよ……」ってくすくす笑ってたら、看護師さんが飛んできて、少し騒ぎになった。
 そのときから、ひろくんはずっとぼくのそばにいる。

 家族はその事故でみんな亡くなり、小さな骨になってしまった。ぼくが眠っている間に、全てのことが終わり、天涯孤独になったけど、保険金が入ってきたので、頭と体に障害は残ったけど普通に食べていけた。

 それからぼくは、かすみがかかった世界に住んでいる。事故で脳に損傷を受けたせいだった。
 たまにぼんやりしてしまうし、感情の起伏がなだらかになった。死んだ家族の顔はもう思い出せないし、文字は読めても文の意味がわかるのに時間がかかる。進学どころか、生活すら危うい。ひろくんが助けてくれなかったら、きっと悪い人に騙されて一文無しで野垂れ死んでる。

 今の状況は、傍目から見ると結構可哀想なんだけど、幸いにぼくの壊れた頭は、悲しいとか苦しいという感情がよく認識できない能天気仕様になってしまった。それはとてもよかったと思う。
 家族のことや学校のこと、ぼくが失ったたくさんのものは、ぼんやりとした薄い膜の向こう側にあるのだ。そこには手が届かないことをさみしく思うことはあっても、悲しくて涙がこぼれることはなかった。目をこらしてもはっきり見えることはない、違う世界のものだから。

 天国にいる家族も、ぼくが毎日泣き暮らすよりも、前向きに生きてるほうが安心するだろう。
 頭が壊れて、ほんとよかった。
 おかげで、ぼくは困ることはあれども、現状にあまり不満を感じることなく生きていける。


***


「で、ゆうは何からしたい?
 外に出てどこに行く?
 セックスは誰とするつもりなんだ?」

 目の前のひろくんが、立て続けに質問してくる。

「外に出たら、コンビニに行ってお菓子を買いたい。
 ネットで評判の超巨大ダブルシュークリームと生クリーム増し増しミラクルプリン、ポテトチップスの大袋も一気食いしてみたい。こういうのは覚えられるんだよね……ふふっ。

 でも、電話やネットがつながらないのに、入荷してると思う?」

「うーん、なんとも言えないな。
 せっかく外に出る気になったんだから、とりあえず行ってみればいいんじゃない?」

「うん!頑張る!
 あと、セックスはひろくんとしたい!無理かな?」

「……俺とひとつになりたいってか。出来るのかな?
 まあ、やってみるのもいいんじゃない?」

「ありがとう!ひろくん大好き!」

「俺も……ゆうのこと、大好きだよ」


***


 いつも食事は、週一で届く冷凍の定食セットをレンジで温めて食べている。毎回違ったおかずが入ってて、不満はない。お菓子もネットで注文すれば玄関先に届く。でも、たまには自分の目で見て、手に取って選びたい。
 コンビニまで行くのは、ちょっとした冒険だ。

 ぼくは、服を着替え、身だしなみを整える。伸ばしっぱなしの髪の毛を輪ゴムで一つにまとめ、帽子を被った。
 玄関に立てかけてあった松葉杖を手にする。右足に力が入らないから、一歩一歩気をつけてゆっくり歩かないといけない。
 ひろくんは、動きが遅いぼくのことを、ずっと待っていてくれた。
 彼は何も手伝わない代わりに、ぼくが出来るまでずっとそばにいてくれる。おかげでリハビリも頑張れたし、こうやって一人暮らしが出来る程度に回復できた。

「ひろくん、おまたせ!」

「おう!行こうか!」

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