平凡な俺が異世界送りとかありえない

最果ての気球

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第一章 こうして俺は少女を救い、魔王と戦うハメになった

決着!?

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 ※

 アイシャが神殿を飛び出した時、既に形成は決まっていた。
 血だらけで満身相違の次郎の目前には、剣を携えた魔人が無傷のまま立っていた。
 あまりにも絶望的な光景。
 そして、割って入ろうにも、自分と彼らの間にはあまりにも距離が離れすぎていた。
 やはりダメだった。
 運命は変えられなかった。
 彼女の見た夢の結末、死という結果からは誰も逃れる事は出来ないのだ。

「ジロー、逃げて!」

 そう思いつつも、無限にも思える距離を詰めようと走り、彼女は叫んでいた。
 彼女はそうせざるを得なかったのだ。
 どうあっても変わらないとしても、足掻かずにはいられなかった。誰かが自分の変わりに死んでいくのが、もうこれ以上耐えられそうも無かったから。

 しかし、彼女の思いも虚しく、魔人は無慈悲に次郎に剣を振り下ろす。
 最早どうしようも無い。
 そう思った時だった。

「……っけんな!!」

 次郎が搾り出すように呟く。

「誰が逃げるかよ!」

 くわっと大きく目を見開きながら、次郎が勢いよく立ち上がり叫ぶ。

「勝つんだよ! 俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」

 瞬間、次郎の体から青い光が迸る。
 光は急速に広がり、次郎の全身を包み込む。

「ッ!?」

 突然の事に魔人の顔が驚きに変わる。が、振り下ろした剣の勢いは止まらず発光する次郎に激突。
 そのまま鮮血の刃は粉々に砕け散ってしまった。

「何だとッ!」

 突然の事に更なる驚愕の声を上げる魔人。同時に剣戟の勢いのまま大きく体が流れていく。
 その顔には、まるで事態を飲み込めていない様子がありありと浮かんでいた。
 それはアイシャも同様。
 あまりに突拍子も無い事態に、足を止めて立ち尽くす。

「ぜぇってぇぇぇぇにぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!」

 一方、その不可思議な事態を起こした当事者は、尚も叫びつつ左腕を大きく振り被り――

「勝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~つ!!!!!!!!!!!!」

 腕に填めた盾を、魔人の顔面を思い切り叩き付け、後方へ大きく吹き飛ばした。

 ※

「あれ?」

 気がついた時、俺は左腕を前に思い切り突き出していた。
 そして、目の前にいた筈の蝙蝠野郎は離れたところで倒れている。

 ……え~と。
 何でこんな事に?

「うぉ!?」

 などと首を傾げていたら、猛烈な疲労感に襲われる。まるでマラソンを全力疾走した時と同じような感じとでも言えば良いのか、高熱を伴った激しい痛みが全身を駆け巡り、立っている事も出来ずに崩れ落ちてしまう。
 なんだこれ。どうしたんだ、急に……。

「ジロー!」

 うずくまって悶える俺に、ここ最近聞きなれた声がかかる。
 僅かに顔を上げると、神殿から飛び出してきたアイシャが駆け寄りしゃがみ込んできた。
 俺の顔を覗き込む彼女の顔には、これまた見慣れた不安気な表情が浮かんでいる。

 ……まったく、コイツは。
 お前、人の心配してる場合じゃないだろ。

「大丈夫、ジロー!」
「馬鹿。何で出てきたんだよ? 隠れてろって言ったろ」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 痛みに耐えながらもどうにか喉を絞ると、彼女もぴしゃりと言い返す。そのまま俺の手を自分の肩に回してヨタヨタと立ち上がろうとする。

「おい。何すんだよ!」
「何って。今の内に逃げるんだよ」

 俺の問いに必死の形相で答えるアイシャ。鬼気迫るとはまさにこの事かと、暢気に考える。

「逃げる?」
「そうだよ。逃げないと、魔人に殺されちゃう! 魔人が倒れてる今の内に……」
「クソガキィィィィィィィィィィ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!」

 と、俺達が場にそぐわない間抜けなやり取りをしていると、少し離れた場所から耳障りな呻きが響き渡る。視線を向けると、蝙蝠野郎がゆっくりと立ち上がっていた。
 奴は幽鬼のようにユラユラと顔を上げると、鋭い伸びる犬歯をギシギシと噛み締め、酷く血走った目で此方を睨みつける。その左頬は赤黒く腫れ上がり、一部皮が剥げて下の肉や骨が見えている。
 なんか、気づかない内に大変な事になってるな。いつの間にあんなになったんだろ、アイツ?

「このバジルス様をここまでコケにしといて、今更逃がすと思うか! ぜってぇぇに殺してやる!」

 奴が叫ぶと、臨海を越えた怒りの感情が殺気となって俺の全身を突き刺してくる。最早単純な怒りとか憎悪などの言葉で片付けられない、狂気すらも孕んだ強烈な念は、それだけで人を殺せそうなくらいなものにも思えてくる程だった。その証拠に、俺に肩を貸そうとしていたアイシャは、力を失ったように地面にすくんでしまった。

 が、俺自身はそんなモノ、何処吹く風。突き刺さる殺気にも何ら動じる事もなく、極めて落ち着いた気分だ。我ながらこんなに度胸があったのかと人事のように思ってしまうのだが、散々挑発して何度も致命的な攻撃を防いできた今となっては、この程度でどうこうなるようなものでも無い。

「誰が逃げるって言ったよ。ざけんなよ」

 俺はアイシャを振り解き、痛む体を無理矢理起こして立ち上がって啖呵を切る。

「俺はテメェに勝つんだよ! ここまでやって逃げてたまるか、腐れ蝙蝠が!」

 そうだ。
 折角ここまで追い詰めたのだ。確かに体はきつく満身創痍も良いところだが、先程までは完全に此方側のペースだったのだ。今この段階で引き下がれば、ここまでやった意味も無い!
 絶対に勝つ!
 それ以外に結末はありえない。

「言ったな、劣等種」

 俺の啖呵を受け、蝙蝠野郎は右腕を大きく振って巨大な剣を出現させる。そのままゆっくりと此方へ向けて歩き出した。

「だったら、望みどおり殺してやるよ!」
「誰が殺されるか! 勝つのは俺だって言ってんだよ!」
「抜かせ、雑魚ガァァァァァ~~~~~~~~~~~~~!!!」

 互いに罵詈雑言をぶつけ合いながら、俺と蝙蝠野郎の距離は確実に近付く。俺はその場に留まり、痛む体に更に鞭を打って身構えた。

「待て!」

 と、俺達の戦いは唐突に現れた乱入者の出現によって停められた。
 俺と蝙蝠野郎の間に先ほど乱入してきた村人達が立ちはだかっていた。両手を一杯に広げた彼らは、丁度俺を庇うような体勢で、蝙蝠野郎の進路に立ちはだかる。
 唐突な彼らの行動に、俺もアイシャも、そして蝙蝠野郎すらも固まってしまった。

「え!?」
「……何の真似だ、ゴミ屑ども」
「ここから先は通さんぞ、化け物!」

 苛立ち紛れに発せられた蝙蝠野郎の言葉に、先頭に立っているアルベールさんが宣言する。

「そうだ。好き勝手はもうさせんぞ!」
「アタシラがこの子を守る!」
「化け物め! これ以上この人を傷つけさせはしない!」
「命に代えても、この少年は守り通す!」 

 口々に告げられる村人達の言葉。そこには断固たる決意が漲っていた。
 呆然とその様子を眺めていると、彼らは不意に小さく振り返り、申し訳なさそうに俺を見詰める。
 ……えっと。

「すまんかったな、異国の少年」

 戸惑う俺に、アルベールが呻くように告げた。

「コレは元々ワシらの問題だったのに、無関係なアンタを巻き込んじまって。本当にすまなかった」「アタシラ、アンタに恐ろしい役目を押し付けちまった」
「もう貴方を傷つけさせるわけにはいかない!」
「……アンタラ」

 続々と口にされる突然の懺悔に、俺は目前に並ぶ人達を呆然と見回した。

「何を言い出すかと思えば」

 俺が答えあぐねていると、やり取りを黙ってみていた蝙蝠野郎が怒りの溜息と共に呟いた。ヤツは人相の悪い顔を真赤に染め、俺達を睨みつける。

「無力な虫けら風情が、俺様を止めるだ! どいつもこいつも舐めてんじゃねぇ! お前らなんざすぐ殺せんだよ! 良いから大人しく道を空けろ、ゴミ屑どもが!」
「誰が通すものか」
「殺されたってここはどかんぞ!」
「やるならやれ、化け物!」

 両者は互いに譲らず、自らの苛立ちと決意を表明する。
 そのやり取りを眺め、俺の中にある感情が湧き上がっていくのを感じた。沸々と、腹の底から頭の天辺まで熱い何かが駆け抜ける。
 コイツラ……。

「そうかよ。だったら、まずはテメェらから始末して――」
「ちょっと待て、お前ら!」

 そして、その感情は叫びとなって容赦なく大爆発した。

「え?」
「さっきから聞いてりゃ、俺を無視して何勝手に話進めてんだ」

 それから数秒の後、唖然とした顔の村人達と蝙蝠野郎に、俺は思うまま畳み掛けた。
 そうだ。俺は今、猛烈に怒っていた。

「いきなりノコノコ出てきたと思ったら、俺を守るだ? 何言い出すんだ、アンタらは。誰が頼んだんだよ、そんな事を?」
「ぁ、え? その……え?」
「頼んでねぇぞ! 助けてくれとか、俺は一度も口にしちゃいねぇだろうが! 頼まれてもねぇのに、しゃしゃり出てくんじゃねぇよ! ついでに、化け物相手にしてる戦場にノコノコ丸腰でとか、どういう了見だ! 死にてぇのか、ど阿呆!」

 俺は思うままぶちまけた。それはもう口汚く、考えるよりも先に、条件反射の領域でガンガン捲くし立てる。
 頼んでも無いのに助けに入って横槍が入る。この状況がどれだけムカつくかは、今ようやく実感を持って理解できた。俺も三日前にやらかしたが、自分がやられるとどんだけありえないかが分った。

「あ、あの……ワシらはアンタを逃がそうと、時間稼ぎに」
「そうだよ。アタシラがコイツを足止めしてる間に、アンタはお逃げ」
「化け物の相手なんてしなくて良いから、逃げてください!」

 そんな俺に、村人達はしどろもどろになりながらも言い訳する。ご丁寧に俺が大嫌いな言葉を交えて。
 ったく、逃げろ逃げろって。どいつもこいつも、喧嘩売ってんのか!

「やかましい。逃げるとかありえないんだよ! ってか、アンタラいきなり俺を助けようとか一帯どういう風の吹き回しだよ?」
「ソレは……」

 苛立ち紛れの質問にたじろぐ村人達。彼らは顔を伏せ、ぽつぽつと語り始める。

「ワシらは恐ろしい事から逃げてばかりだったから」
「元々私達の問題だったのに、アンタは魔人と戦ってくれた」
「それなのに、アタシらはアンタに酷い事を」
「だから少しでも役に立てればと」
「はぁ~……」

 その答えに、俺は思い切り溜息をつく。湧き上がった怒りは息と共に空気に溶けた。
 まったく、この連中は。そんな事気にしてたのかよ。こちとら、言われたすら忘れてたのに。つーか、気にするなら最初から言うな。
 大体、アイシャ攫った時に村長殴ってるってのに、助けに来たりするか、普通? 下手すりゃ自分の命だって危ないかもしれない事しでかしたのに。

「アンタラの気持ちはよ~く分った。でも、下がっててくれ。危ねぇから」
「でも……」
「でもも糸瓜もあるか! 気持ちだけ受け取っとくから大人しく見てろ」

 そう言って、俺は神殿の方に目を向ける。

「お前もだ、アイシャ! ノコノコ出てきて危ねぇだろうが! 大人しく隠れてろ。お前が捕まったら、何の意味も無ぇんだよ!」
「ジロー……」
「心配しなくても負けやしねぇよ。絶対勝つからそこで大人しく見てろ!」

 そう言って、俺は傍らで呆然とする少女に視線を移す。

「お前もだ、アイシャ! ノコノコ出てきて危ねぇだろうが! 大人しく隠れてろ。お前が捕まったら、何の意味も無ぇんだよ!」
「ジロー……」

 俺が言うと、彼女は戸惑い半分不安半分と言った様子で此方を見返してくる。
 なんだよ、その心配そうな顔は。折角の綺麗な顔が台無しだ。そんな顔ばっかりしてないで、たまにはもっとまともな表情見せろっての。

「心配しなくても負けやしねぇよ。絶対勝つからそこで大人しく見てろ!」

 力強く言って、強引に村人達を押しのけると、もう目前まで迫った魔人と対峙する。

「茶番は終わりか、クソガキ?」
「ウルセェよ。もう勝った気になってるとか、案外テメェもおめでたいな」

 答えながら、相手の状態をさり気無く観察する。
 蝙蝠野郎は夥しい量の汗をかいており、呼吸する時にはうっすら肩が上下していた。青白かった顔は土気色に変化しだしており、相当の体力を消耗している様子が見受けられる。

 そして、そのにも著しい変化が見えていた。奴の姿は、先程までとは見る影も無くみすぼらしい姿に変わり、まるで貴族から貧乏人にでもなってしまったかのようだ。

 よし!
 まだ気付いても無いみたいだ。これなら、まだ付け入る隙は幾らでもある!

「さっさとかかって来いよ! 俺を殺すんだろ、クソ蝙蝠!」
「抜かせ! 死に損ないの劣等種族が!」

 その言葉をきっかけに、再び戦いが始まった。

 そこからの展開は酷く一方的なものになった。
 敵は間断なく斬撃を放ち、弾丸を飛ばし、隙あらば殴りつけてもくる。
 その攻撃をどうにか捌きつつ、俺は必死で防戦する。碌に反撃もままならない程、ダメージを負った体はきつかった。それでも、必死で食い下がる。

 もう少しだ。もう少し耐えれば……。
 心の中でじっと念じ、折れてしまいそうな心を何とか保つ。

「はぁはぁ……。オラ! どうした? 威勢が良いのは口だけかよ?」
「はっ! 言ってろ、間抜け。そっちこそ、息上がってんぞ?」
「やかましい! ウラァァァァ~~~!!」

 叫びと共に大上段から振り下ろし、そこからまた激しい攻撃が始まった。
 上下左右からの斬撃に超至近距離からの弾丸の嵐。更に、今度は拳打だけでなく蹴りも交えての攻防となった。
 受け止める度に確実に此方の体力を削いでいく。一撃一撃は重く、鈍い衝撃を全身に伝播していく。強固な鎧と盾に守られていても、スタミナまではどうにもならない。
 徐々に体が重くなっていく。体の反応が鈍くなり、鎧に当てて攻撃を防ぐ回数がドンドン増えていく。恐らく、コレ以上続けば手傷を負うのも時間の問題だろう。

「クソ! しぶといんだよ! いい加減、諦めろ!」
「誰が諦めるか、チンピラ蝙蝠!」

 互いに息を荒げながら、更に俺達の激しい攻防は続く。
 が、それもそう長くはもたなかった。
 飛来した弾丸を受け止めた瞬間、受け止めきれずに体勢が崩れた。

「オラァァァァ~~~!」

 その隙に、蝙蝠野郎の拳が飛んでくる。ギリギリ盾で受け止めたが、踏ん張りが利かずにそのまま後ろへ倒された。
 やべぇっ!

「はぁはぁはぁ……どうやら、今度こそ俺の勝ちだな」

 慌てて立ち上がろうとするるが、もう魔人は俺の目前に立っていた。蒼白を通り越して既に病的なまでの白さの顔には、残虐な笑みが浮かんでいる。ボロボロの衣服を纏ったヤツはそのまま、天高く剣を持ち上げた。

「あぁ……」
「ジロー!」

 そんな俺達の様子に、村人達とアイシャの両方から声が届いた。わざわざ見るまでもなく、彼らの表情は想像できた。

「散々てこずらせてくれたが、今度こそ終わりだ!! シネェェェェ~~!!」

 振り下ろされる斬撃。大上段からの一撃は、一直線に俺の脳天目掛けて降り注ぐ。
 絶体絶命。
 誰もがそう思っただろう。

「はっ。誰が死ぬか、アホ」

 だが、諦めずにいたお陰で俺にはしっかり見えていた。大きく振りかぶったせいで、左の脇腹ががら空きになっているのが。
 ようやく条件が整った。

「待ってたんだよ、この瞬間をな!!」

 全身の苦痛を振り払うべく叫び、俺は体を相手に預けるように投げ出し左手を魔人の無防備な脇腹へ思い切り叩き付けた。
 その瞬間、俺達の間に流れていた時が止まった。魔人は意外そうに首を巡らし、自身の脇腹を見た。そこに刺さっていたのは一本の小ぶりなナイフだ。

「ふん。こんなナイフ一本で何が……ウッ!?」

 嘲るように告げた魔人だったが、その言葉は途中で止まった。そして、フラフラと二、三歩後ずさるとそのまま膝から崩れ落ちていく。

「な……なんだ? 何が起きた……」

 その様子を、フラつく体をどうにか踏ん張らせて俺は見下ろした。

「馬鹿な! この俺がこんな……こんな貧弱なナイフ一本で……」

 信じられないといった様子で呻き、蝙蝠野郎は睨みつけてくる。

「クソガキィ、何をしやがった!」
「何も。ソイツは正真正銘、何処にでもあるただのナイフだよ」

 信じられないと言った様子で呟く魔人。

「そんな筈無ぇ! ただのナイフで俺がこんな無様を晒すわけが無い」
「普段ならそうかもな。でも、今のお前は弱ってるのさ」

 苦しげに呻く相手に肩を竦めて言い返すと、蝙蝠野郎は大きく身を乗り出す。

「俺が弱ってるだと!? そんなわけが! まさかテメェ、何かしやがったのか!」
「いや、ソレに関しちゃお前の自爆だ。俺は何もしちゃいねぇよ」
「なん……だと!?」
「まだ気付いてねぇのかよ。テメェは今、血液不足を起こしてるのさ」
「なんだと! 吸血種たるこの俺が血液不足なんかに陥る筈……ッ!!」

 蝙蝠野郎は愕然と呟き、自身の背中を見る。そこにあった筈のモノを探して。
 が、どれだけ探してもそいつは見つかるわけが無い。
 吸血鬼を象徴する、あの仰々しいマントは随分前に綺麗に消滅していたのだから。

「まさか! 俺の蓄えた血がなくなっているだと!」
「戦ってる最中、お前は蓄えた血を使い尽くした。それでも攻撃を繰り返している内に、体内の血液総量が生命維持限界を超えた。フラついてるのはそのせいさ。そのナイフは、テメェの血液残量限界を超えさせる最後の一撃だったってわけだ」
「……まさかテメェ、俺に血を使わせる為に散々挑発してたってのか!」
「今更気付いたか、馬鹿め」

 愕然とする蝙蝠野郎に向けて、俺は会心の笑みで答えた。
 吸血種は非常に強力な種族だ。
 魔人達の中でも上位の敬意を畏怖を向けられる存在であり、それ故に自らを貴族種と呼んでいるらしい。その力の源は他の生物から集めた血であり、栄養素の塊である血液を介して様々な能力を操り、生命力も極めて高い。
 基本的に人間と似た性質を持つと言われながら、人間よりも遥かに強力な種として君臨していた秘密こそ、血そのものだったというわけである。

 そこで俺は一計を案じた。相手の攻撃は大半が血液を用いたモノであり、ソレらは大量に蓄えられた血によって賄われていると。一般的に彼らが好む攻撃や魔術の類、使い魔たちの使役などには血を使うのだ。
 その蓄えは血で生成されたマントを見れば分るらしいと知った俺は、敵を血液不足に追い込む事を思いついた。それ故、プライドの高い彼を散々挑発してムキにさせ、命の危険を承知の上で強力な攻撃を掻い潜る事でその血液を消耗させるという作戦にうって出たのだ。
 森に大量の罠を仕掛けたのも力を使わせておく為だったが、思わぬ成果を出してくれた。
 生きるか死ぬかの極めて危険な賭けだったが、どうにか勝利する事が出来たようだ。

「何も考えずに馬鹿スカぶっ放してくれて助かったぜ」
「キサマァァァァ~~!」

 殺気のこもった声で叫ぶ蝙蝠野郎。フラフラ立ち上がり、脇腹に刺さったナイフを投げ捨て血走った目で此方を睨みつけてくる。

「ふざけた真似しやがって! たかが血を奪ったぐらいで、この俺を倒せるかと思ってんのか!」
「実際利いてるじゃねぇか。お前、もうフラフラだぜ?」

 そして、この作戦にはまだ続きがあった。
 奴のいうとおり、幾ら弱っていようと元からの抵抗力は人間よりも高い連中にとって、血の残量が多少足りなかろうがそれだけで致命傷にはなりえない。
 だから、コイツに勝つにはもう一押し必要だ。更なる大ダメージを与える必要が。

「俺を殺す殺す言っといて、やっぱ大した事無ぇ野郎だよ。テメェはよ!」
「黙れ、クソガキィィィ~~~~!」

 蝙蝠野郎は激しい怒りを露にして半狂乱気味に突進してきた。

「捻りつぶしてやる、劣等種がぁぁぁ~~~~~~~~!!!!!!!!!」

 とてつもない殺意を撒き散らしながらの突進。だが、明らかに足取りがおかしい。異変に気付いて驚愕する蝙蝠野郎の表情変化がスローモーションのように見えた。

 さぁ、仕上げだ!!
 そう思うや否や、俺は剣を捨て飛び掛ってくる相手の懐に潜ると、右袖と左襟首を掴んで此方へと引き寄せる。そして、背後に体を倒れこませながら、同じく倒れこむ相手の左足と臍に足を当てる。
 
「でぇぇぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!」

 気合と共に足を振りぬくと、蝙蝠野郎は逆様の体勢で急速に遠ざかり、そのまま地面に叩き付けられた。

「グゥェェェ~~ハァァァァァ~!」

 派手に地面へと打ちつけられ、苦しげな吐息を漏らす蝙蝠野郎。そのまま小刻みに痙攣し、咳き込みながら体を捩って悶絶する。
 それを見届け、俺は埃を払ってゆっくりと立ち上がった。

 よし! 決まった!
 柔道部主将直伝の大技!!

「なッ……なんだ今のは……急に天地がひっくり返って……」

 どうにか体を起こし、蝙蝠野郎は俺を睨みつけながら苦しげに呻きを漏らす。

「テメェ、今度は何を!」
「巴投げだよ。俺のいた国に伝わる由緒正しき戦闘技術の一つだ! 威力は見ての通り、相手が魔人だろうが一撃でこの結果さ」

 相手に力を使わせて弱らせ、貧血で動きを鈍らせてから懐に飛び込み、唯一使える格闘技、巴投げを叩き込む。これが俺の作戦だった。

 『野外での柔道は必殺の戦闘技術』と主将に教えてもらっていたからこそ思いついた作戦だ。
 ついでに、『自分に出来る事を最大限生かせ』という、旅人のアドバイスによるところも大きい。剣を扱ったどころか碌に喧嘩もした事が無い俺の唯一の武器。

 人間相手だったら実行はしなかったが、人間より遥かに強い化け物相手なら構わないかと思っての事だった。そして、この技が俺に目論見通りの結果を与えてくれた。

「そんな……人間如きの技で、俺がこんな……こんな無様を」

 苦しそうに呻く蝙蝠野郎。その声には怒りや悔しさが滲んでいた。
 が、どれだけ悔しがってももう遅い。激しく頭を打ち付けたせいで満足に体を起こすことさえ出来ない。

「諦めろ! いくらお前が化け物でも、そんな有様じゃ無理だ。俺の勝ちだ!」

 俺が宣言すると、魔人は力尽きて地面に倒れ伏し動かなくなった。
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