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一夜明けて、遂に俺の大冒険が始まった
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翌朝、俺が目を覚ました時、何故か俺は室内にいた。
一瞬、知らない天井的な感覚に陥ったが、木組みの天井ですぐに何処かは分かった。
ここは長老の家だ。俺は藁で編まれた布団を押しのける。そして、不意に手を置くと、むにっと妙に柔らかい感触に襲われる。
視線を巡らすと、隣には何故かミリが眠っていて、俺の手はちょうど彼女の胸の位置に置かれて……
「うおぉぉぉあぁぁぉぉ~~~!!」
あまりに驚いて、思わず叫びその場を足を使わずに飛びのいてしまう。そんな滅茶苦茶な体勢で跳躍した割に、上手く着地できてしまうあたり、若返った肉体は優秀だなどと、とてもどうでもいいことが脳裏を過る。
「あ……う~ん。おはよ、ソーマー」
と、俺が騒いだせいか、ミリが目を覚ます。彼女はまだ眠そうに目を擦りながら体を起こす。
そんな彼女のあどけない顔を眺め、俺もやっとまともな思考が回復した。
「あ、おはよう。……その、なんか――ごめん」
同時に胸を偶然触ってしまった事に強い罪悪感を覚えて、とりあえず謝罪しておく。
その言葉に、ミリは『何が?』とあっけらかんと答える。どうやら気付いていないらしい。わざわざ自分の口から誤って胸を触ってしまったとか言うのも気が引けて、とりあえずもう一度謝って済ませた。
というか、こういうのって異世界ハーレムで言う所のラッキースケベって奴かな。おかしいな。初日に確認した時点では異世界ハーレム的なイベントは発生しないと思ってたんだけど。まぁ、今のところ、まともに知り合った女の子は一人だからハーレムではないと、信じたい。まじめな話、解消無しの拗らせ童貞メンタルな俺にそんな甲斐性はないので、二人以上の女の子の相手とかできる気が皆無だし。
それから、俺は着替えるというミリの言葉に慌てて家の外へと逃げ出した。
すると、澄んだ空気が俺の肺の中に流れ込んできた。その清涼感にわずかに落ち着きを取り戻した俺は、雲一つない空を見上げる。
これからどうするか。昨日ミリに言った通り、俺と同じ人間族―であってるかは分からない―の暮らす街を探そうと思っている。この世界の事は分からないが、昨日の事やミリの話を聞く限り、魔獣や魔族って言われる敵みたいな連中がいるらしい。
ゲームや漫画の設定などに照らし合わせるに、普通の牛や馬みたいな動物とは違う、人に害を与える魔物みたいな奴が魔獣で、それ以外にも魔族っていう、こってこての敵が存在するらしい。
自分の使えるあの能力、例の黒い光の力は戦い以外には役に立ちそうもないから、当面はその魔獣駆除とか魔族達と戦う事をしていこうかと思っている。魔獣ってのがそこいらに溢れてるような事はないかもしれないが、ともかく自分に出来る仕事を探しに旅をしていこうかと思う。
ついでにこの能力の使い方も色々試してみようと思う。今のところ、接近して殴る蹴るしか出来てないが、もっと色々な使い方もあるかもしれない。
制御についてももっと上手くならないといけない。昨日みたいな失敗はこりごりだから。
「おお、起きられましたか、英雄殿」
と、そんな事を考えていたら、不意に声がかかって、長老が近づいてくる。
「ああ、長老。おはよう。いつの間にか家の中にいて驚いたよ。村の誰かが運んでくれたんだと思うけど」
「ええ。まだ春とは言え、まだ寒い時期。外で寝ては風邪をひくと村の者が儂らを家に運んでくれたんじゃ」
「そっか。あとで礼を言わないとな」
答え、俺は続けて問いかけた。
「ところでさ。聞きたい事があるんだけど、俺みたいな人間がいる街って、ここからどっちに行けばいい?」
「おお。人族の暮らす街ですかな。ここからだと、村の西、ちょうどそこに見える街道をまっすぐ進めば商業都市アルザンに着きますぞ」
「そっか。なら、次はそこを目指してみるかな」
当面の行き先を聞く事が出来、とりあえず向かう先に思いを巡らせる。
さて、この世界の商業都市ってのはどんな感じだろう。前、ちらっとアニメで見た時は厚い城壁に囲まれたデッカイ都市だった。まぁ、今までその手の異世界ラノベ的な要素が多いし、現実世界でも昔はそんな感じだったらしいし、あんまり変わらないかもしれない。
「……ほぉ。やはり、旅を続けられるので」
すると、長老が尋ねてくる。見れば、長老は神妙な雰囲気でこちらを見つめていた。
「あ、ああ。俺は昨日言った通り、武者修行中なんだよ。あと、人の役に立とうって思ってる。昨日ここに来たばかりで土地勘も何も無いから道を教えてくれてありがとな、長老」
「いえ。それぐらいは別に。ですが、正直あまり旅は勧められんのじゃ……」
そう、少し言いにくそうに長老が告げる。
「ん? 何かあるのか? もしかして、昨日の魔獣の件とかにも関係があるとか」
「その通り。実は今、また魔族の動きが活発かして、そこいらで魔族が跋扈しているらしいのですじゃ」
「魔族……魔族って、デーモンとか吸血鬼とか、そういう種族の事か?」
「ええ。奴らは十数年前、人族と激しい争いを起こし、その戦いに敗れて敗走しましたのじゃ。ですが、昨今は新たな魔族の勢力が再び戦乱を起こそうと画策しているという事で。最近では人族の王都に魔族が影で入り込んでるなんて噂もあって。近くまた大きな戦が始まるという事なのですじゃ。だから今、人族達の暮らす領域に近づくのは危険が多くて……英雄殿は旅慣れていないご様子ですし、あまりお勧めできませんのじゃ」
「そっか。色々物騒になってきたんだな。でも、俺も一応武者修行中だし、ここに留まる事は考えられないや。危険があっても何とか自力で乗り切れるよう、用心するよ。心配してくれてありがとうな、長老」
そう俺は努めて明るく告げた。心配してくれてる事が何か嬉しくて、自然と笑顔になっていた。
そうこうしていると、背後の扉から着替えを終えたミリが出てきた。
「お待たせー、ソーマ。あ、じっちゃん」
「おお、ミリ。おはよう」
「うん。おはよ、じっちゃん。今日はあたしの誕生日だよ。これであたしも大人の仲間入りだね」
そう言って、ミリは何故か得意気に胸を張る。
確かに昨日、今日が誕生日だって聞いたな。
「ああ、そうじゃの。今日からお前も大人の仲間入りじゃ。村の仕事により一層精を出すんじゃぞ?」
「え?じっちゃん。あたし、成人したらあたしの両親を探す旅に出るって約束だよ?」
首を傾げ、ミリは長老に尋ねる。それを聞き、長老はぎくりと体を痙攣させた。
ああ。この反応を見る限り、その事は忘れてて欲しかったんだろうなと、手に取るように分かる。
「あ、そんな約束したかの?わし、歳じゃから忘れてしもうたわい」
「えー。したよー。絶対にしたって」
とぼけだした長老に、ミリが非難めいた視線を向ける。まぁ、昨日の話を聞く限り、ミリは両親をずっと探したかったんだろう。そんな事だけに、ここは譲れまい。
一方、長老も長老で、旅を認めたく無いのだろう。何しろ通りすがりの俺にさえ、警告してくれたぐらいだ。それが家族なら尚更かもしれない。
「あたし、忘れてないから。誕生日を迎える度に、あたしのお父さんとお母さんを探しに行きたいって言ってきたもん。毎年、欠かさず。それでじっちゃんが成人したらってずーっと言ってた。だから今日までずっと我慢して仕事したり、拳法だって学んだんだから」
「いや、その……な。今は外の世界は危険だから、もう少し安全になってからでも遅くないんじゃないかのう」
頑として譲らないミリと、苦しいながらも何とか言いくるめようとする長老。議論は平行線を辿って泥沼とかし始める。
「今じゃ無きゃ駄目なの。子供の頃からずーっとずーっと待ってたんだから。それにあたし、昨日ソーマと約束したんだ。ソーマとこれからずっと一緒にいるって。一緒にいて、幸せにしてみせるって」
とか思って聞いていたら、何か急に話題に巻き込まれる。というか、その話はマジだったのか?聞き方によっては、色々誤解を生みそうだが。
「な!ミリ!お前、いつから英雄殿とそんな間柄に!」
「昨日の夜、約束したんだ。ソーマは今まで散々辛い目にあってきたから、一緒に楽しい事、嬉しい事を見付けて、幸せになろうって」
「な!馬鹿者!許さんぞ!まだ成人したばかりでそんな事を」
やいのやいのと言い合うミリと長老。
その会話の流れからして、間違いなく長老は勘違いしてて、ミリはその事を分かってない。
このままだと、あらぬ方向の誤解が広がって面倒になるな。
「あー、あのさ長老。ミリは俺の旅についてきて、一緒に面白いモノを探してくれるってだけだから。ただの旅の仲間。多分、長老が想像してるような関係では談じてないから」
そう思い、言い淀みながらも、明確に否定しておく。話の流れからして男女の関係を疑うような言い回しなのは確かなのだが、そこまでは考えてないと思う。ミリの性格的にも、俺をそんな目では見てないはず。多分……
「あ、う、そ、そうなのですか。それなら安心……って違う。ミリ、お前の旅、許可する事は出来ん。昨今では魔族の暗躍も噂され、近く戦が起こるかもひれぬ。そんな中でお前を旅には行かせられん」
「なんで?じっちゃん、約束したのに。一度約束した事は必ず守れっていつも言ってるのに」
ああ言えばこういうと言った具合で、ミリは即座に反論する。その言葉には、またしても長老がうっと言葉を詰まらせた。
「それに、ソーマが一緒なら大丈夫だよ。ソーマはすごく強いんだから。真っ黒な光を操って、悪い奴らをばったばったと凪ぎ払うんだよ!」
長老が言葉を詰まらせている間に、ミリが続けて告げた。
が、その言葉に、長老は弾かれたように顔を上げる。そして、驚いたように目を剥いた。
「黒い、光?」
長老は譫言のように呟いた。そのまま、俺にの肩口に掴みかかる。
「英雄殿。黒い光とは、黒い光とは誠ですか?」
「え?あ、ああ。確かに俺は黒い光を纏うことが出来るけど……」
それが何か?と首を傾げる俺。
「漆黒の輝きを放つ者、混沌の闇を払い、秩序の輝きを取り戻さん」
対して、長老は譫言のように呟いた。それは何だか伝承とか伝説の一説を諳じているように聞こえる。
「? なんだ、それ……」
「わしがミリを引き取った時、ミリの両親とおぼしき相手が言っていたのです」
疑問符を浮かべる俺に、長老が説明してくれた。
「もしも混沌の闇が現れたなら、この子を旅立たせなさい。逆にもし、漆黒の輝きを宿す者が現れたなら、この子を共に行かせなさい。この子は大いなる運命の子。そう、ミリを預かるときに言われたのです」
長老の言葉を聞き、俺は困惑する。漆黒の輝きとは、俺の与えられた力を意味するのだろうか?
「あなたがここに来られたのは運命かもしれませぬ。とすれば、わしは言いつけに従わねばなりませぬ。心苦しいですが」
そんな俺の疑問はさておいて、長老は苦しそうに続ける。ミリを預かった時の約束がこんなでは、従うしかないと彼は思うのかもしれない。だが、彼の心情的には行かせたくないが本音だろう。
まぁ、現実に俺がその漆黒の輝きをもっと人間かはわからないが。もしかしたら、違う人間の事で俺じゃない可能性がある。
「ミリよ。どうやらわしはお前を行かせねばならぬようだ。お前の両親からの頼み、無碍には出来んからな」
ただそんな俺の考えなど露知らず、長老はさっさと話を進めてしまう。
正直、ミリが着いてきてくれたら、それはそれで助かる。何しろ土地勘なんぞゼロ、一本道でも迷う危険は容易にあるし、分からない事情も多い。そういう点では現地の人が共にいるのはとても助かる。
「やったー! ありがと、じっちゃん」
そう言って、ミリは長老に抱き着いた。勢いよく行ったので、長老はバランスを崩し、ミリともども倒れこんでしまう。
「こ、こら、ミリ。子供じゃないんじゃから、すぐに飛びつくな~」
思い切り抱き着かれ、ちょっとほほを赤くして騒ぐ長老。よく見たら、ミリの胸がもろに顔に当たっている。
あ~、いくら身内でもやっぱりああやってスキンシップされると困るよね。
そのままわーわーとすったもんだを繰り返し、ようやくミリから解放された長老は、なんとか居住まいを正す。
「おほん。ま、まぁ、二人の旅は認めましょう。ただしくれぐれも羽目を外さないように。後、色々準備もありますゆえ、出立は明日でお願いします。ミリ、お前には旅の心得を伝える。ついてこい」
「うん。わかった。じゃあ、ソーマ。またね」
そう言い残し、ミリと長老は歩いて何処かへ行ってしまった。
残され手持ち無沙汰の俺は、とりあえずもう少し休む事にした。
俺達が旅立ったのは翌日の朝だ。やけに長い挨拶やらがあり、長老を始め、村の人達はミリや俺との別れを惜しんだ。こんなにも歓待された上、別れまで惜しまれるなんて経験無かったから、少しジーンとしてしまった。こちらの世界に来てから、今までに無い経験ばかりだ。
そうして、俺は獣人美少女ミリと共に未知の異世界へと踏み出した。
「ねぇー、ソーマー」
村を出て、時刻が昼にさしかかった頃、不意にミリが尋ねてきた。
「ソーマの使ってる黒い光、あれってあたしにも使えるのかな?」
「ん?いや、分からないけど。ここに来たとき、俺の怒りとか恨みが力に変わるとか聞いたけど。俺の場合は今まであった腹のたつこととか思い出して使ってるな」
「ふーん。じゃあ、あたしも頭に来た事とか思い出したら使えるのかな?」
そうミリが告げる。まぁ、神様曰く怒りと恨みが鍵とか言ってたし、誰にでも使える可能性はあるかもしれない。
「よーし。じゃあ、あたしも試してみるね」
言うや否や、ミリはそこら辺に生えてる木の前に立って腕をブンブンと振り回す。
「うー。じっちゃーん!あたしが楽しみにとっておいた木の実、勝手に食べたなー。怒ったぞー!えーーーーい!」
そして、ミリは肉球を木目掛けて突き出した。
が、例の黒い光は出なかった。
代わりにポテッという間の抜けた音が響いた。
一瞬の沈黙。
ミリはゆっくりと振り向き、あどけない笑みを浮かべた。
「駄目だった」
くそぅ。可愛いな、コンチクショウ!!
二次元でしか見られなそうなシチュエーションに身悶えしそうになりながら、俺はともかくこれから先の旅に思いを馳せた。
ああ、とりあえずこんな具合で癒される事沢山あったらいいなー。
ついでに、やっぱりこの能力は俺にしか使えないのでは?と思うようになった。きっと神様が、こっちの世界へ送る時に気を効かせて凄い力をくれたんだろう。そうに違いない!
一瞬、知らない天井的な感覚に陥ったが、木組みの天井ですぐに何処かは分かった。
ここは長老の家だ。俺は藁で編まれた布団を押しのける。そして、不意に手を置くと、むにっと妙に柔らかい感触に襲われる。
視線を巡らすと、隣には何故かミリが眠っていて、俺の手はちょうど彼女の胸の位置に置かれて……
「うおぉぉぉあぁぁぉぉ~~~!!」
あまりに驚いて、思わず叫びその場を足を使わずに飛びのいてしまう。そんな滅茶苦茶な体勢で跳躍した割に、上手く着地できてしまうあたり、若返った肉体は優秀だなどと、とてもどうでもいいことが脳裏を過る。
「あ……う~ん。おはよ、ソーマー」
と、俺が騒いだせいか、ミリが目を覚ます。彼女はまだ眠そうに目を擦りながら体を起こす。
そんな彼女のあどけない顔を眺め、俺もやっとまともな思考が回復した。
「あ、おはよう。……その、なんか――ごめん」
同時に胸を偶然触ってしまった事に強い罪悪感を覚えて、とりあえず謝罪しておく。
その言葉に、ミリは『何が?』とあっけらかんと答える。どうやら気付いていないらしい。わざわざ自分の口から誤って胸を触ってしまったとか言うのも気が引けて、とりあえずもう一度謝って済ませた。
というか、こういうのって異世界ハーレムで言う所のラッキースケベって奴かな。おかしいな。初日に確認した時点では異世界ハーレム的なイベントは発生しないと思ってたんだけど。まぁ、今のところ、まともに知り合った女の子は一人だからハーレムではないと、信じたい。まじめな話、解消無しの拗らせ童貞メンタルな俺にそんな甲斐性はないので、二人以上の女の子の相手とかできる気が皆無だし。
それから、俺は着替えるというミリの言葉に慌てて家の外へと逃げ出した。
すると、澄んだ空気が俺の肺の中に流れ込んできた。その清涼感にわずかに落ち着きを取り戻した俺は、雲一つない空を見上げる。
これからどうするか。昨日ミリに言った通り、俺と同じ人間族―であってるかは分からない―の暮らす街を探そうと思っている。この世界の事は分からないが、昨日の事やミリの話を聞く限り、魔獣や魔族って言われる敵みたいな連中がいるらしい。
ゲームや漫画の設定などに照らし合わせるに、普通の牛や馬みたいな動物とは違う、人に害を与える魔物みたいな奴が魔獣で、それ以外にも魔族っていう、こってこての敵が存在するらしい。
自分の使えるあの能力、例の黒い光の力は戦い以外には役に立ちそうもないから、当面はその魔獣駆除とか魔族達と戦う事をしていこうかと思っている。魔獣ってのがそこいらに溢れてるような事はないかもしれないが、ともかく自分に出来る仕事を探しに旅をしていこうかと思う。
ついでにこの能力の使い方も色々試してみようと思う。今のところ、接近して殴る蹴るしか出来てないが、もっと色々な使い方もあるかもしれない。
制御についてももっと上手くならないといけない。昨日みたいな失敗はこりごりだから。
「おお、起きられましたか、英雄殿」
と、そんな事を考えていたら、不意に声がかかって、長老が近づいてくる。
「ああ、長老。おはよう。いつの間にか家の中にいて驚いたよ。村の誰かが運んでくれたんだと思うけど」
「ええ。まだ春とは言え、まだ寒い時期。外で寝ては風邪をひくと村の者が儂らを家に運んでくれたんじゃ」
「そっか。あとで礼を言わないとな」
答え、俺は続けて問いかけた。
「ところでさ。聞きたい事があるんだけど、俺みたいな人間がいる街って、ここからどっちに行けばいい?」
「おお。人族の暮らす街ですかな。ここからだと、村の西、ちょうどそこに見える街道をまっすぐ進めば商業都市アルザンに着きますぞ」
「そっか。なら、次はそこを目指してみるかな」
当面の行き先を聞く事が出来、とりあえず向かう先に思いを巡らせる。
さて、この世界の商業都市ってのはどんな感じだろう。前、ちらっとアニメで見た時は厚い城壁に囲まれたデッカイ都市だった。まぁ、今までその手の異世界ラノベ的な要素が多いし、現実世界でも昔はそんな感じだったらしいし、あんまり変わらないかもしれない。
「……ほぉ。やはり、旅を続けられるので」
すると、長老が尋ねてくる。見れば、長老は神妙な雰囲気でこちらを見つめていた。
「あ、ああ。俺は昨日言った通り、武者修行中なんだよ。あと、人の役に立とうって思ってる。昨日ここに来たばかりで土地勘も何も無いから道を教えてくれてありがとな、長老」
「いえ。それぐらいは別に。ですが、正直あまり旅は勧められんのじゃ……」
そう、少し言いにくそうに長老が告げる。
「ん? 何かあるのか? もしかして、昨日の魔獣の件とかにも関係があるとか」
「その通り。実は今、また魔族の動きが活発かして、そこいらで魔族が跋扈しているらしいのですじゃ」
「魔族……魔族って、デーモンとか吸血鬼とか、そういう種族の事か?」
「ええ。奴らは十数年前、人族と激しい争いを起こし、その戦いに敗れて敗走しましたのじゃ。ですが、昨今は新たな魔族の勢力が再び戦乱を起こそうと画策しているという事で。最近では人族の王都に魔族が影で入り込んでるなんて噂もあって。近くまた大きな戦が始まるという事なのですじゃ。だから今、人族達の暮らす領域に近づくのは危険が多くて……英雄殿は旅慣れていないご様子ですし、あまりお勧めできませんのじゃ」
「そっか。色々物騒になってきたんだな。でも、俺も一応武者修行中だし、ここに留まる事は考えられないや。危険があっても何とか自力で乗り切れるよう、用心するよ。心配してくれてありがとうな、長老」
そう俺は努めて明るく告げた。心配してくれてる事が何か嬉しくて、自然と笑顔になっていた。
そうこうしていると、背後の扉から着替えを終えたミリが出てきた。
「お待たせー、ソーマ。あ、じっちゃん」
「おお、ミリ。おはよう」
「うん。おはよ、じっちゃん。今日はあたしの誕生日だよ。これであたしも大人の仲間入りだね」
そう言って、ミリは何故か得意気に胸を張る。
確かに昨日、今日が誕生日だって聞いたな。
「ああ、そうじゃの。今日からお前も大人の仲間入りじゃ。村の仕事により一層精を出すんじゃぞ?」
「え?じっちゃん。あたし、成人したらあたしの両親を探す旅に出るって約束だよ?」
首を傾げ、ミリは長老に尋ねる。それを聞き、長老はぎくりと体を痙攣させた。
ああ。この反応を見る限り、その事は忘れてて欲しかったんだろうなと、手に取るように分かる。
「あ、そんな約束したかの?わし、歳じゃから忘れてしもうたわい」
「えー。したよー。絶対にしたって」
とぼけだした長老に、ミリが非難めいた視線を向ける。まぁ、昨日の話を聞く限り、ミリは両親をずっと探したかったんだろう。そんな事だけに、ここは譲れまい。
一方、長老も長老で、旅を認めたく無いのだろう。何しろ通りすがりの俺にさえ、警告してくれたぐらいだ。それが家族なら尚更かもしれない。
「あたし、忘れてないから。誕生日を迎える度に、あたしのお父さんとお母さんを探しに行きたいって言ってきたもん。毎年、欠かさず。それでじっちゃんが成人したらってずーっと言ってた。だから今日までずっと我慢して仕事したり、拳法だって学んだんだから」
「いや、その……な。今は外の世界は危険だから、もう少し安全になってからでも遅くないんじゃないかのう」
頑として譲らないミリと、苦しいながらも何とか言いくるめようとする長老。議論は平行線を辿って泥沼とかし始める。
「今じゃ無きゃ駄目なの。子供の頃からずーっとずーっと待ってたんだから。それにあたし、昨日ソーマと約束したんだ。ソーマとこれからずっと一緒にいるって。一緒にいて、幸せにしてみせるって」
とか思って聞いていたら、何か急に話題に巻き込まれる。というか、その話はマジだったのか?聞き方によっては、色々誤解を生みそうだが。
「な!ミリ!お前、いつから英雄殿とそんな間柄に!」
「昨日の夜、約束したんだ。ソーマは今まで散々辛い目にあってきたから、一緒に楽しい事、嬉しい事を見付けて、幸せになろうって」
「な!馬鹿者!許さんぞ!まだ成人したばかりでそんな事を」
やいのやいのと言い合うミリと長老。
その会話の流れからして、間違いなく長老は勘違いしてて、ミリはその事を分かってない。
このままだと、あらぬ方向の誤解が広がって面倒になるな。
「あー、あのさ長老。ミリは俺の旅についてきて、一緒に面白いモノを探してくれるってだけだから。ただの旅の仲間。多分、長老が想像してるような関係では談じてないから」
そう思い、言い淀みながらも、明確に否定しておく。話の流れからして男女の関係を疑うような言い回しなのは確かなのだが、そこまでは考えてないと思う。ミリの性格的にも、俺をそんな目では見てないはず。多分……
「あ、う、そ、そうなのですか。それなら安心……って違う。ミリ、お前の旅、許可する事は出来ん。昨今では魔族の暗躍も噂され、近く戦が起こるかもひれぬ。そんな中でお前を旅には行かせられん」
「なんで?じっちゃん、約束したのに。一度約束した事は必ず守れっていつも言ってるのに」
ああ言えばこういうと言った具合で、ミリは即座に反論する。その言葉には、またしても長老がうっと言葉を詰まらせた。
「それに、ソーマが一緒なら大丈夫だよ。ソーマはすごく強いんだから。真っ黒な光を操って、悪い奴らをばったばったと凪ぎ払うんだよ!」
長老が言葉を詰まらせている間に、ミリが続けて告げた。
が、その言葉に、長老は弾かれたように顔を上げる。そして、驚いたように目を剥いた。
「黒い、光?」
長老は譫言のように呟いた。そのまま、俺にの肩口に掴みかかる。
「英雄殿。黒い光とは、黒い光とは誠ですか?」
「え?あ、ああ。確かに俺は黒い光を纏うことが出来るけど……」
それが何か?と首を傾げる俺。
「漆黒の輝きを放つ者、混沌の闇を払い、秩序の輝きを取り戻さん」
対して、長老は譫言のように呟いた。それは何だか伝承とか伝説の一説を諳じているように聞こえる。
「? なんだ、それ……」
「わしがミリを引き取った時、ミリの両親とおぼしき相手が言っていたのです」
疑問符を浮かべる俺に、長老が説明してくれた。
「もしも混沌の闇が現れたなら、この子を旅立たせなさい。逆にもし、漆黒の輝きを宿す者が現れたなら、この子を共に行かせなさい。この子は大いなる運命の子。そう、ミリを預かるときに言われたのです」
長老の言葉を聞き、俺は困惑する。漆黒の輝きとは、俺の与えられた力を意味するのだろうか?
「あなたがここに来られたのは運命かもしれませぬ。とすれば、わしは言いつけに従わねばなりませぬ。心苦しいですが」
そんな俺の疑問はさておいて、長老は苦しそうに続ける。ミリを預かった時の約束がこんなでは、従うしかないと彼は思うのかもしれない。だが、彼の心情的には行かせたくないが本音だろう。
まぁ、現実に俺がその漆黒の輝きをもっと人間かはわからないが。もしかしたら、違う人間の事で俺じゃない可能性がある。
「ミリよ。どうやらわしはお前を行かせねばならぬようだ。お前の両親からの頼み、無碍には出来んからな」
ただそんな俺の考えなど露知らず、長老はさっさと話を進めてしまう。
正直、ミリが着いてきてくれたら、それはそれで助かる。何しろ土地勘なんぞゼロ、一本道でも迷う危険は容易にあるし、分からない事情も多い。そういう点では現地の人が共にいるのはとても助かる。
「やったー! ありがと、じっちゃん」
そう言って、ミリは長老に抱き着いた。勢いよく行ったので、長老はバランスを崩し、ミリともども倒れこんでしまう。
「こ、こら、ミリ。子供じゃないんじゃから、すぐに飛びつくな~」
思い切り抱き着かれ、ちょっとほほを赤くして騒ぐ長老。よく見たら、ミリの胸がもろに顔に当たっている。
あ~、いくら身内でもやっぱりああやってスキンシップされると困るよね。
そのままわーわーとすったもんだを繰り返し、ようやくミリから解放された長老は、なんとか居住まいを正す。
「おほん。ま、まぁ、二人の旅は認めましょう。ただしくれぐれも羽目を外さないように。後、色々準備もありますゆえ、出立は明日でお願いします。ミリ、お前には旅の心得を伝える。ついてこい」
「うん。わかった。じゃあ、ソーマ。またね」
そう言い残し、ミリと長老は歩いて何処かへ行ってしまった。
残され手持ち無沙汰の俺は、とりあえずもう少し休む事にした。
俺達が旅立ったのは翌日の朝だ。やけに長い挨拶やらがあり、長老を始め、村の人達はミリや俺との別れを惜しんだ。こんなにも歓待された上、別れまで惜しまれるなんて経験無かったから、少しジーンとしてしまった。こちらの世界に来てから、今までに無い経験ばかりだ。
そうして、俺は獣人美少女ミリと共に未知の異世界へと踏み出した。
「ねぇー、ソーマー」
村を出て、時刻が昼にさしかかった頃、不意にミリが尋ねてきた。
「ソーマの使ってる黒い光、あれってあたしにも使えるのかな?」
「ん?いや、分からないけど。ここに来たとき、俺の怒りとか恨みが力に変わるとか聞いたけど。俺の場合は今まであった腹のたつこととか思い出して使ってるな」
「ふーん。じゃあ、あたしも頭に来た事とか思い出したら使えるのかな?」
そうミリが告げる。まぁ、神様曰く怒りと恨みが鍵とか言ってたし、誰にでも使える可能性はあるかもしれない。
「よーし。じゃあ、あたしも試してみるね」
言うや否や、ミリはそこら辺に生えてる木の前に立って腕をブンブンと振り回す。
「うー。じっちゃーん!あたしが楽しみにとっておいた木の実、勝手に食べたなー。怒ったぞー!えーーーーい!」
そして、ミリは肉球を木目掛けて突き出した。
が、例の黒い光は出なかった。
代わりにポテッという間の抜けた音が響いた。
一瞬の沈黙。
ミリはゆっくりと振り向き、あどけない笑みを浮かべた。
「駄目だった」
くそぅ。可愛いな、コンチクショウ!!
二次元でしか見られなそうなシチュエーションに身悶えしそうになりながら、俺はともかくこれから先の旅に思いを馳せた。
ああ、とりあえずこんな具合で癒される事沢山あったらいいなー。
ついでに、やっぱりこの能力は俺にしか使えないのでは?と思うようになった。きっと神様が、こっちの世界へ送る時に気を効かせて凄い力をくれたんだろう。そうに違いない!
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