初恋

チギラ アキ

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第一章

2:肝試し

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「は~~い。じゃ―次は8番クジのペア、行ってらっしゃ~~い♪」

 二年の戸塚とつか先輩が嬉しそうに指揮を執る。

(8番、私だ! 相手は……?)

 スタート地点に立っていたのは宮坂だった。

「何だ、高梨か……。お前はお化けを怖がるタイプじゃないよなー」

(何だ、その露骨なガッカリ感は……)

 夏休み、地区大会に向け強化練習に励んでいたバスケ部は、その最終日、新入部員に対して毎年肝試しを企画していた。

「公平、お前どうする? 明日補欠とはいえ、ベンチ入りだろ?」

 肝試しの仕切り役である戸塚劉二りゅうじは、新入部員歓迎とその親睦を深める為のこの恒例行事への参加を明日試合を控えた選手に対して事前に確認した。

「こんな面白そうなイベントに参加しないなんて……、俺、一生後悔します!」

 後輩の前向きな力強い返事に、戸塚は思わず「よし!」と親指を立てた拳をベンチ入りした新人ルーキーに突き出した。宮坂もそれに応え、拳をぶつけ合った。ニヤリと不敵な笑みを浮かべる二人。

「ケガしないよう、充分注意するんだぞ」

 調子に乗り過ぎるきらいのある後輩に、戸塚は最後に副主将サブ・キャプテンとして釘を刺した。

 肝試しのルートは、西玄関口から校舎に入って直ぐの階段を四階まで上がり、踊り場直ぐの教室に入ってスタンプを押して帰ってくるという、何てことはないコースなのだが、これが暗闇というだけで夜の学校の不気味さが際立っている。

(ダメだ……。鳥目がちの私には殆ど何も見えない……)

 美久は幽霊に対する恐怖よりも、視覚が殆ど奪われていることに対する緊張がまさっていた。こちらの事情など露知らず、宮坂は貴重な光源である懐中電灯片手にずんずん先を行く。

(こら!)

 美久はいつもの感覚を思い起こして、手摺を頼りに階段を登ってゆく。その時、不意に足元が明るく照らし出された。

「ごめん……。大丈夫か?」

 真剣な声が直ぐそばで聞こえて、美久は逆に驚いた。宮坂の顔は、やはり見えない。だがその分息遣いを近くに感じた。

(顔、近くない? あぁ~~、間抜けヅラしてるんだろーな―(汗)

 一人焦る美久をしり目に、「手、引いてやる」と宮坂は有無を言わさず空いている手を取った。

 突然のエスコートに美久は戸惑った。いつもと違う宮坂に調子を狂わされる。四階の踊り場まで登り詰めても、宮坂は手を離さなかった。教室の段差に注意を促し、スタンプを押す時でさえ、絶対不自由だと思うのだが、掴んだその手を離そうとはしなかった。

(こいつ、もしかして手を握ってること忘れてる……?)

 美久の真面目な推測とは裏腹に、宮坂は次に繋いだ手を手摺に導き、今度は反対の手を取って階段を降り始めた。

 気まずい沈黙……。

(やっぱりお礼は言っておくべきだよね……。人として……)

 思い至って意を決するも、柄にもないことに対して踏ん切りがつかず、そんな葛藤を続ける内に、気付けばもう直ぐ一階。焦った美久は足元の注意がおろそかになり、不覚にも足を滑らせた。

「ひゃっ!?」

 バランスを崩した美久はぐいと身体からだを引き寄せられ、直ぐ近くに宮坂を感じた。免疫のない接触に心臓が飛び出そうなほど暴れている。

「ごめんっっ!!」

 我に返った宮坂が大慌てで離れる。

「こっちこそごめん……。ありがと……」

 先に謝られて、言い出せなかった一言がすんなり口をついて出た。

「もう大丈夫だよな……」

 宮坂は懐中電灯を拾ってまた足元を照らすと今度は少し距離を取った。

 家族以外の異性がこんなにそばに来たのは初めての経験ことだったので、驚いて心臓の鼓動が早まったけれど、嫌じゃなかった……。そのことが美久自身を戸惑わせた……。





 新学期、夏休み明けの教室はえも言われぬ甘い雰囲気が漂っていた。さぞ楽しい夏休みを過ごしたのであろう、彼氏カレ彼女カノの幸せオーラに満ちているのだ。

みんな、いつの間に……)

 部活と宿題に追われた美久の夏休みに、そんな余裕はなかった。宮坂も相変わらずのバスケバカだ。けどあれ以来、二人の間の沈黙が怖くなった。みんなと一緒にだべっている時は平気だけど二人でいて話が途切れてしまうと気まずくなってしまう……。いたたまれなくなって席を外す美久。

(宮坂、変に思ってるかな? ……いや、何とも思ってないか、バカでガキだし……)

 ちなみに、夏休みの肝試し企画はカップル成立率が高いらしく、男子バスケ部員はこれを伝統として固く受け継いでいるらしい。実際に、この時ペアになった岡部おかべ颯太そうたと付き合い始めた梓からこの内幕を聞いて、男子ってやっぱりバカだとつくづく呆れた。けど、幸せそうな梓の笑顔を見るに付け、結果オーライかと思い直した。

「ねぇ梓……」

 美久は躊躇いがちに問い掛ける。

「ん?」

 梓に真っ直ぐ見返され、美久は次の言葉に詰まった。

「ごめん。何でもない……」

 言えなかった。

「えぇ~? 何よ、それ―?」

 梓が軽く顔を顰めて抗議する。

「……、だから……、惚気ちゃってって言いたかったの!」

 返答に窮した美久はそう言ってごまかした。

「!」

 ボッと火が点いたように梓の顔が紅潮する。

「美久~~!!」

 右手を上げて威嚇する梓。

「ごめん、ごめん。ご馳走様」

 そう言って、我ながら上手く締めたと自己満足げにお弁当の蓋をした。

「……、もう」

 そんな美久の様子に梓も思わず苦笑して、振り上げた右手に持っていたお箸をそのままお弁当のミートボールにぶっ刺した。

「……っ」

 美久は黙々とお弁当を平らげる梓を少し申し訳なく思いつつ、少し羨ましく見つめた。

(ねぇ梓……、人を好きになるってどんな感じ?)

 それは、何だか自分が惨めになりそうで聞けなかった言葉。きっと「友達として好き」とは違う、「特別な好き」。だけどその違いがまだ分からない美久の心とは裏腹にある変化が訪れた――。
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