家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎

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5-2 闇夜の東門②

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 その後も、神太郎とリエールの衝突? は度々起きた。あれほど怒鳴られても全く態度を変えない神太郎は見事であるが、それでも延々と怒鳴りつけるリエールもまた見事である。

 一方、そんな裏方の荒れとは裏腹に、東門の業務自体は順調だった。揉め事も起きず、人や物がスムーズに往来している。流石、優等生の門である。

 翌日も状況は変わらず。この日も神太郎はリエールからガミガミ言われていたが、それも夕方までの辛抱。閉門時刻になり門が閉まると、それもやっと収まった。……かと思われたが、

「は? 夜勤!?」

 何とこの日は、神太郎はそのちっちゃい上司から連続勤務を命じられた。

「たった七日間で貴様を更生させないといけないんだから、夜も働かせるしかないでしょう」

 夕食を取るため街へ出ようとするリエールが言った。その後を追いながら、神太郎が抗議する。

「どこが四つの門の内、一番優秀だよ。超絶ブラックじゃねーか」

「怠け者にとってはブラックよ。そして、その怠け者を監視するために一緒に残業する私たちにとってもね」

 更に、彼女に同行するジルストもこう忠告。

「神太郎、分かってると思うが、下級衛士であるお前の夕食は兵舎でと決まってるからな。早く済ませて仕事に戻れよ」

「ぐぅ……!」

 階級社会の厳しさを思い知らされた神太郎は、去っていくリエールの尻を睨みつけるので精一杯だった。

「あのケツ、いつか叩いてやるからなぁ……」

 やがて日が落ち、夜が来る。いつもなら同僚と博打に勤しむところだが、こんな堅い職場ではそれも叶うまい。仕方なく、彼は真面目に務めることにした。

 夜の城壁を見回る神太郎。北門は繁華街が近いこともあって夜も喧騒が聞こえてきたりするが、東門は貴族の邸宅が多いせいか実に静かなものである。しかし、静か過ぎるのも落ち着かないもので、彼は鼻歌を歌いながら城壁内の廊下を回っていた。

 すると、とある部屋の明かりに気付く。ユリーシャの執務室だ。覗いてみれば、いるのは勿論本人。公爵令嬢でも残業からは逃れられないのか。

「お? ユリーシャも残業か?」

「ええ、月末だから国に提出する書類の整理をね。ルメシアもしているでしょう?」

「そういえばそうか。やっぱり衛長って大変だな」

 そう言いながら、彼は勝手に入室すると勝手にソファに座った。ユリーシャもそれを笑って追認し、席を立ってコーヒーを入れる。

「私も少し休憩しよう。それでどう? ウチの職場は」

「正直、俺には合わんな。北門ぐらいが丁度いい」

「だからって、あまりルメシアに苦労させないでよ。彼女も必死に北門を良くしようとしてるんだから」

「分かってる。協力してるさ。自分の流儀で。……お、ありがと」

 上司が入れてくれたコーヒーに、新人はミルクと砂糖を入れた。やはり、これは自分でやらないと好み通りにはならない。一口飲むと、上手くいったと上機嫌になった。

 そして、ユリーシャも神太郎の向かいに腰を下ろすと、彼を出向させたもう一つの目的を実行する。

「それで、神太郎はルメシアのことどう思っているの?」

「どうって?」

「彼女が貴方を扱い辛いって困ってるから、神太郎の方はどう考えているのか知りたいのよ」

 それは、神太郎と面談してその本心を知ることだった。ルメシアでは上手くいかないようなので、第三者であるユリーシャが手を貸してくれたのである。

 ただ……、

「ルメシアのことは可愛いと思ってるよ。美人だし、品もあるし、胸もデカイ。俺好みだ」

 思っていた以上に本心を露にするので、ユリーシャは内心戸惑っていた。

「是非、ハーレムに加えたいね」

「は、ハーレム?」

「俺の野望は、美人を集めてハーレムを作ることなんだ。夢はやっぱり大きくなくっちゃな。そうだ、ユリーシャも入らない?」

「い、いえ、私は遠慮するわ」

 堂々とハーレムを公言する男。予想以上の大物ぶりに、ユリーシャは自分の手には負えないと早々に諦めてしまった。

 すると……。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 突然、何やら雄叫びのようなものが聞こえてきた。

「え? 何? 今の」

 神太郎も初耳のもの。野外からのようだが。

「魔獣よ」

 そう言って立ち上がるユリーシャ。その面持ちは少し険しいか。



 城壁上に出た二人は、篝火を頼りに城壁外を見渡す。だが、それでも暗い。城壁の高さも相まって地面の様子が伺えなかった。但し、ユリーシャには術がある。

「《ブライト》!」

 彼女が手を地面に向けてそう叫ぶと、掌から光の球が放出された。それが着弾すると、激しい光を辺りにばら撒く。閃光弾の魔術だ。

 そして、一瞬だが何か黒い影が複数映った。

「おー、あれか」

 神太郎も確認する。遠過ぎて大きさは判別出来なかったが、素早く暗闇に避難したことから身軽なことだけは分かった。

 一方、ユリーシャの方はその正体まで気づいた。

「バットリアという夜行性の食人魔獣よ。本来はこの辺には出ないはずなんだけど、人間の領域に迷い込んできたのね」

「凶暴なのか?」

「ええ、その上知性が高く、警戒心も強い。それが四匹ってところね。東門が比較的静かなところだから、目を付けてきたってところか」

 閑静な場所というのは、いいことばかりではないようだ。

「なら、とっとと駆除すれば?」

「簡単には言わないで。東門だけの戦力じゃ危険過ぎる相手なのよ。王国軍にも駆除要請を出したいんだけど、この間、魔軍七将襲来事件があったでしょう? そういうのに備えて、魔獣狩りに余計な労力を費やしたくないんだって」

「手強いのか。……もしかして不味い状況?」

「大丈夫、この高い城壁のお陰で襲っては来れないわ。ここ数日も現れてはこちらを伺っていた挙句、逃げちゃってたしね。けど、一応念のため警戒はしておかないとね」

 次いで、ユリーシャは集ってきたジルストやリエールら部下たちに指示を出す。ルメシアと同じく若いながらも堂々たる指導振りを発揮していた。上流階級は普段から人を使っているので、指導者としての才能を身につけ易いのかもしれない。

 神太郎もまた彼女の傍で警備に就く。しかし、自由気ままな男にとって来るかも分からない敵を待つのは苦痛だった。

「なぁ、ユリーシャ」

「うん?」

「待つのは時間掛かるから、俺が降りて駆除してこようか?」

「駄目よ。危険でしょう。なに、二、三十分で去ってくれるわ」

「だといいんだけど」

 されど、遠くから聞こえる雄叫びは一向に収まる気配がない。神太郎は早々にそれを聞き飽き、欠伸をしてしまう。

 そして、ユリーシャも張り詰めていた気をつい緩ませてしまった時だった。


「ぎゃあああああああああ!」


 初めて聞いた雄叫び。いや、悲鳴だ。その発声元は、雄叫びとは逆方向。城壁上である。

 そこにいたのは篝火照らされる巨大な影……バットリアだ。

 全長はゆうに三メートルはあろうか。筋肉質で毛むくじゃらの猿のような身体に、豚のような醜い顔。獣臭が鼻を突き、唸り声が人間たちを怯ませる。そして、その手にはぐったりしている衛士が……。

 既に侵入されていたのだ。今まで聞こえていた雄叫びは、まだ遠くにいると思わせるための仲間による囮。群れで狩りをする生き物というのは実に厄介である。神太郎も地面に降りなくて正解だったと考え直す。

「神太郎、お前は東衛長を護れ!」

 ジルストがそう命じたのは、出来の悪い下級衛士には荷が重いと思ったから。彼はリエールら部下たちに指示すると、バットリアを囲む。そして、

「《レイフィッシュ》!」

 一斉に掌から拳大の光弾を発射した。神太郎もそれに見覚えがある。前に遭遇した暗殺者たちが使っていた技だ。光弾魔術《レイフィッシュ》はこの世界での基本的な戦闘魔術なのだろう。捕まっている衛士諸共攻撃したのは、彼らのプロ意識の表れか。

 しかし、避けられた。バットリアは素早く光弾を避け、持っていた衛士を投げつけると、城壁の外へ飛び降りてしまった。

 逃げた? いや、よく見れば、垂直の壁に張り付いて横移動をしている。これほど器用ならば、奇襲されるのも止むを得ないか。

「追うわ、決して街に入れないで!」

 そう叫び、追跡の先頭を行こうとするユリーシャ。だが、ジルストがそれを止める。

「ここは我々にお任せを! 東衛長は後方で指揮を」

「私はここの長よ」

「貴女の身に何かあれば、公爵に顔向け出来ません」

「っ!」

 その言葉がユリーシャから戦意を奪ってしまう。

 十五人の部下たちは死地へ向かい、その場に残ったのは公爵令嬢と護衛という名の足手纏いの新人だけ。いや、彼女も足手纏いに入るか……。

 ユリーシャは沈黙した。

 黙った。

 一言も発せず。

 後ろにいた神太郎はその表情を伺えなかったが、心中は察していた。

 けれど、その消沈もほんの少しの間だけ。

「ここはジルストたちに任せましょう」

 彼女はすぐに気を取り直すと、自分に言い聞かせるように言った。

 しかし、足手纏いがいなくとも討伐は困難を極める。猿のように軽快に飛び回るバットリアに、光弾は中々当たらず。運良く命中しても、一発ではその厚い皮膚を前に効果は薄かった。ジルストたちは攻めあぐねてしまう。こうなれば、多少の危険も許容せねばならない。

「俺が足止めをする! リエール、お前が止めを刺せ!」

「はっ!」

 ジルストは策を使う。まず部下たちに光弾で獣を撃たせた。ただ、これは射撃で進路を固定させるのが目的。どれほど俊敏であろうとも、行く手が分かれば捉えられる。そして、ジルストは身体強化魔術《アッバーム》を使うと、バットリアに剣を立てて飛び掛かった。

「グギャ!」

 今度は間違いなく獣の悲鳴だ。

 バットリアの背に剣を突き刺し、必死にしがみ付くジルスト。獣の動きは否応にも鈍り、そこにリエールの渾身の一撃が放たれた。手に持った槍に魔力を加え、獣の額に目掛け全力で突き刺した。

 威力は申し分ない。タイミングも申し分ない。急所を突けば確実に仕留められる。今出来うる最善の攻撃だ。

 ……しかし、

「っ!?」

 死角から来た巨大な手が、リエールの小さな身体を弾き飛ばした。胸壁きょうへきに激しく叩きつけられる。

 その正体はもう一匹のバットリア。この奇襲のために今まで潜んでいたようだ。

 一匹でも手に負えなかったのに、それが二匹……。

 ジルストたちに死が迫る。
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