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大悟さんと
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次に向かうのはどこだろう。
行き先は黒猫まかせ。
さっき、泉さんにあったのは駅前だった。
今は……? あ、商店街の方に歩いて行っている。
ぼくは数回だけ訪れたことがあった。
普段は仕事帰りに近所のスーパーに寄るんだけど、極たまに、足を伸ばしてみようかなって思う時があったから。
つまり、マンションからはけっこう距離があるんだけど、この黒猫は案外行動範囲が広かったらしい。
「お前、こんなところまで来てたんだなぁ」
振り返った黒猫は、ふふん、と笑った気がした。
商店街とくれば、もうだいたい想像はつく。
目的地は、魚屋さんのはずだ。
━━ほらね。
魚屋さんの店舗らしきところには、大漁旗がひらめいている。
ド派手だな!
そうか、思い出した。いつも大盛況でお客が集っていたけれど、店主の声が元気すぎるのと特売のおばちゃんの殺気立った雰囲気が苦手で、近寄らなかったところだ。戦わず逃げたとも言える。
ここが大吾さんの店かぁ。「らしい」なって思った。
今となっては、その店舗めがけて、足が軽やかに進む。早く、早くって。
そういえば、他の店舗はすでにシャッターが閉まっている。
明かりがついているのは魚屋さんだけだ。
もう深夜と言っていい時間帯で、営業をしているはずもない。
どうしたんだろうか?
……怒号が聞こえてきた。
「よくもそんな良い加減な仕事ができたもんだなァ!?」
…………どうしよう行きたくないなー。
あっ!?
行くのか黒猫!?
「……もーー!」
仕方がなくぼくも追いかける。
黒猫はするりと中に入って行った。
ぼくは恐る恐る、店舗の中を覗き込む……。
魚屋らしい磯の匂いが、ふっと鼻に入りこんできた。
顔を真っ赤にした大吾さんが、背中を丸くしたおじさんに怒鳴っている。
すごい剣幕だ。
「魚が新鮮な状態で仕入れられなかったのは仕方ねぇ。夕方にしか届かなかったのも、交通状況もあるんだから仕方ねぇ。でもなぁ! 新鮮な魚の下に、傷もんを置いて、誤魔化そうとしたことには我慢ならねぇんだ!」
ビリビリと鼓膜に響く大吾さんの主張。
おじさんが何よりもまず背中を丸めてしまうのも頷ける。
一呼吸置いて、ぼくもやっと状況が頭に入ってきたくらいだ。
そして、背中を向けているあのおじさんに嫌悪感を抱いた。
……ナルホド。ミスを隠そうとしたのか。
大吾さんが、どしっ! と大きな手をおじさんの肩に置くと、彼はビクッと震えた。
「商売には誠実であれ。商売人同士で腹の探り合いをすることはあれど、お客さんだけは悲しませちゃならねぇ。例えばだ。俺が気づかずにこの魚を箱でまとめ売りしちまってたら、どうなってた? いざ食卓に出そうという時、魚の内臓が腐っていたら。焼き魚にしろ煮魚にしろ、台無しだ」
大吾さんは瞬きもせずに語る。
「魚は繊細だ。何度も触ってじっくり確かめてちゃ、鮮度がグングン落ちる。だから漁師や魚屋は目を育てる。一目でその魚の状態を見抜く。お客さんのために」
ゴクリ、とぼくも喉を鳴らした。
こんなに誠実に商売に向き合っている人を、初めて見たというか……。
いや、大吾さんが向き合っているのは商売じゃなくて、お客さんの方なんだろうな。
お客さんの目を見て、自信を持って魚を売り込んでいたから、あんなにお店が繁盛していたんだろう。
ぼくだってこんなに熱い人が店主なら、安心して魚を買えるもんな。
いつも頂いていた魚も素晴らしかった。
ウンウン、と頷いていると、おじさんが嗚咽を漏らし始めた。
な、泣かせた……。
「すみません……!」
「今回は俺が気づけた。そんでお前は謝って、反省したな。じゃあ次にやらなきゃ、それでいい!」
大吾さんはにかっと笑顔になって、おじさんの肩をバシバシと叩いた。
……大きい人だ……!
なんか、感動してしまった。
おじさんは何度もぺこぺこ頭を下げて、トラックで帰って行った。
「ん? ユウレイぃ?」
大吾さんはやっと、ぼくと黒猫に気づいたようだ。
行き先は黒猫まかせ。
さっき、泉さんにあったのは駅前だった。
今は……? あ、商店街の方に歩いて行っている。
ぼくは数回だけ訪れたことがあった。
普段は仕事帰りに近所のスーパーに寄るんだけど、極たまに、足を伸ばしてみようかなって思う時があったから。
つまり、マンションからはけっこう距離があるんだけど、この黒猫は案外行動範囲が広かったらしい。
「お前、こんなところまで来てたんだなぁ」
振り返った黒猫は、ふふん、と笑った気がした。
商店街とくれば、もうだいたい想像はつく。
目的地は、魚屋さんのはずだ。
━━ほらね。
魚屋さんの店舗らしきところには、大漁旗がひらめいている。
ド派手だな!
そうか、思い出した。いつも大盛況でお客が集っていたけれど、店主の声が元気すぎるのと特売のおばちゃんの殺気立った雰囲気が苦手で、近寄らなかったところだ。戦わず逃げたとも言える。
ここが大吾さんの店かぁ。「らしい」なって思った。
今となっては、その店舗めがけて、足が軽やかに進む。早く、早くって。
そういえば、他の店舗はすでにシャッターが閉まっている。
明かりがついているのは魚屋さんだけだ。
もう深夜と言っていい時間帯で、営業をしているはずもない。
どうしたんだろうか?
……怒号が聞こえてきた。
「よくもそんな良い加減な仕事ができたもんだなァ!?」
…………どうしよう行きたくないなー。
あっ!?
行くのか黒猫!?
「……もーー!」
仕方がなくぼくも追いかける。
黒猫はするりと中に入って行った。
ぼくは恐る恐る、店舗の中を覗き込む……。
魚屋らしい磯の匂いが、ふっと鼻に入りこんできた。
顔を真っ赤にした大吾さんが、背中を丸くしたおじさんに怒鳴っている。
すごい剣幕だ。
「魚が新鮮な状態で仕入れられなかったのは仕方ねぇ。夕方にしか届かなかったのも、交通状況もあるんだから仕方ねぇ。でもなぁ! 新鮮な魚の下に、傷もんを置いて、誤魔化そうとしたことには我慢ならねぇんだ!」
ビリビリと鼓膜に響く大吾さんの主張。
おじさんが何よりもまず背中を丸めてしまうのも頷ける。
一呼吸置いて、ぼくもやっと状況が頭に入ってきたくらいだ。
そして、背中を向けているあのおじさんに嫌悪感を抱いた。
……ナルホド。ミスを隠そうとしたのか。
大吾さんが、どしっ! と大きな手をおじさんの肩に置くと、彼はビクッと震えた。
「商売には誠実であれ。商売人同士で腹の探り合いをすることはあれど、お客さんだけは悲しませちゃならねぇ。例えばだ。俺が気づかずにこの魚を箱でまとめ売りしちまってたら、どうなってた? いざ食卓に出そうという時、魚の内臓が腐っていたら。焼き魚にしろ煮魚にしろ、台無しだ」
大吾さんは瞬きもせずに語る。
「魚は繊細だ。何度も触ってじっくり確かめてちゃ、鮮度がグングン落ちる。だから漁師や魚屋は目を育てる。一目でその魚の状態を見抜く。お客さんのために」
ゴクリ、とぼくも喉を鳴らした。
こんなに誠実に商売に向き合っている人を、初めて見たというか……。
いや、大吾さんが向き合っているのは商売じゃなくて、お客さんの方なんだろうな。
お客さんの目を見て、自信を持って魚を売り込んでいたから、あんなにお店が繁盛していたんだろう。
ぼくだってこんなに熱い人が店主なら、安心して魚を買えるもんな。
いつも頂いていた魚も素晴らしかった。
ウンウン、と頷いていると、おじさんが嗚咽を漏らし始めた。
な、泣かせた……。
「すみません……!」
「今回は俺が気づけた。そんでお前は謝って、反省したな。じゃあ次にやらなきゃ、それでいい!」
大吾さんはにかっと笑顔になって、おじさんの肩をバシバシと叩いた。
……大きい人だ……!
なんか、感動してしまった。
おじさんは何度もぺこぺこ頭を下げて、トラックで帰って行った。
「ん? ユウレイぃ?」
大吾さんはやっと、ぼくと黒猫に気づいたようだ。
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