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おまけ①
ある日、ローゼは街の花屋にいた。もうすぐ春なので新しい野菜の苗を買う手筈になっている。本来ならヴァルドが来るはずだったが、どうしても外せない用事があり来られなかった。ローゼは苗の植え方や水のやり方を聞き、メモした。熱心なのはヴァルドの手伝いがしたいからである。苗をすべて箱に入れてもらい、ローゼはそれをカートに載せた。非力なローゼでも重量のある物を運べる一つの方法だ。
「ありがとうございました。またお越しくださいね」
「ありがとう」
ローゼはカートを押し、屋敷に向かって歩き出した。
「ローゼ様!!」
急に大きな声で呼び掛けられ、ローゼは慌てて振り返った。近付いてきたのは人懐こい笑みを浮かべた少年だった。
「コニー殿下?!」
コニーは学校帰りなのか、薄いベージュ色の制服を着ている。パンツとタイには濃いえんじ色にチェック柄が入っていた。靴も鞄も特注のものだ。優秀でなければ進級すら難しいとされる学校である。かつてはヴァルドも通っていた。コニーの身長はローゼより少し高い。このままではあっさり追い抜かれてしまうだろう。
「ローゼ様、これからお屋敷に帰られるのでしょう?僕も一緒に行っていいですか?」
急な頼みにローゼは困ってしまった。ヴァルドならなんて答えるだろうと考えてみる。だが、分からなかった。ローゼが黙っているのをコニーは了承と受け止めたらしい。笑顔で彼は言った。
「ローゼ様、そのカート僕が押しますよ。重たそうだし」
ローゼが呆気に取られていると彼はカートを押しながら先に歩き出す。
「行きますよ、ローゼ様」
「あ、あぁ」
ローゼは不安になりながらも歩き出した。
「城に帰らなくていいのかい?」
恐る恐るローゼが尋ねるとコニーが唸る。
「今日は兄様に頼みたいことがあるから」
「ヴァルドにかい?」
「うん。あとね、ローゼ様にお願いしたいことがあるんです」
「なんだい?」
「ローゼ姉様って呼んでいいですか?」
コニーが顔を真っ赤にしながら尋ねてきたので、ローゼも顔が熱くなった。
「その…僕は男…なのだけど」
「でも、姉様は姉様だし」
既にコニーの中で呼称が決まっているらしいと、ローゼは観念した。
「僕のことは好きに呼ぶといい。それで僕が壊れるわけではないからね」
ヴァルドから教えてもらった娯楽小説に、名前と魔力が直接関わる物があったのをローゼはぼんやり思い出していた。
「姉様は強いものね。僕の叔母様がご迷惑を掛けて本当に申し訳ないです」
「いや、もう僕はなんともないし、殿下は気にしなくても…」
「コニーって呼んでください!」
ずずい、と彼が顔を寄せてきたので、ローゼは驚いた。
「姉様にはちゃんと名前で呼ばれたい」
「すまなかったよ、コニー」
ローゼが言うと、コニーが嬉しそうに笑顔になる。
「姉様、大好き!」
その瞬間、コニーの頭に鋭い手刀が落ちてきた。
「コニー、ローゼになにやってんの?」
「いったぁ!兄様、後ろからなんてずるいですよ!」
ヴァルドはコニーを無視するとローゼの前に跪いた。
「ごめんね、ローゼ。なにか変なことされてない?ちょっと脈取らせてね」
「ちょっと!兄様!さすがに無視はひどいですよ!」
「お前、ローゼを困らせただろう?」
「う!」
はぁとヴァルドがため息をつく。
「ローゼ、本当にごめんね。ローゼのことが皆大好き過ぎちゃってさ」
「好かれるのはいいことだよ?」
ローゼがそう返すと、ヴァルドに手を取られ引かれた。若干ヴァルドの顔が赤い。
「俺が駄目なの。すぐ嫉妬しちゃうし」
「っ!!!」
ヴァルドの言葉にローゼも赤くなってしまう。
「兄様、置いていかないでー!」
結局コニーが屋敷までカートを一生懸命押してくれた。
「で、コニー。なんか用?ないなら帰って。しっしっ」
「ちょ、僕は野良犬じゃないですよ?あのですね、兄様に武闘を習いたいのです!」
「はぁ?そんなの俺じゃなくていいだろう?城にはいくらでも強い人がいるじゃない」
「でも兄様の武闘は相手を殺さないから」
「…」
ヴァルドが黙る。コニーが焦った様子で続けた。
「そ、そりゃ僕だって分かってますよ?戦いに情けなんてかけちゃいけないって。でも兄様はあの土壇場で誰も殺さなかった。僕みたいな弱いのでもなんとかなりませんか?」
「…手伝わなきゃ何も教えないよ?君はここではただの居候のコニーなんだから」
「なんでもやらせていただきます!」
「あと、ローゼにあんまり近寄らないで。可愛いローゼに馬鹿がうつるから」
「それはあまりにひどすぎないですか?!」
「ぷ…っ…あはははは」
ローゼはずっと堪えていたが限界が来た。普段あまり声を上げて笑わないローゼである。
「ローゼが笑うと本当に可愛いな」
「姉様…」
ローゼは目もとに滲んだ涙を指で拭った。
「すまないね。前に街で見掛けた漫談みたいでつい」
「ローゼが見たいならネタをこいつにも仕込むけど?」
「兄様、すぐ本気になるのやめて」
ローゼはこの日、笑いっぱなしだった。
「ありがとうございました。またお越しくださいね」
「ありがとう」
ローゼはカートを押し、屋敷に向かって歩き出した。
「ローゼ様!!」
急に大きな声で呼び掛けられ、ローゼは慌てて振り返った。近付いてきたのは人懐こい笑みを浮かべた少年だった。
「コニー殿下?!」
コニーは学校帰りなのか、薄いベージュ色の制服を着ている。パンツとタイには濃いえんじ色にチェック柄が入っていた。靴も鞄も特注のものだ。優秀でなければ進級すら難しいとされる学校である。かつてはヴァルドも通っていた。コニーの身長はローゼより少し高い。このままではあっさり追い抜かれてしまうだろう。
「ローゼ様、これからお屋敷に帰られるのでしょう?僕も一緒に行っていいですか?」
急な頼みにローゼは困ってしまった。ヴァルドならなんて答えるだろうと考えてみる。だが、分からなかった。ローゼが黙っているのをコニーは了承と受け止めたらしい。笑顔で彼は言った。
「ローゼ様、そのカート僕が押しますよ。重たそうだし」
ローゼが呆気に取られていると彼はカートを押しながら先に歩き出す。
「行きますよ、ローゼ様」
「あ、あぁ」
ローゼは不安になりながらも歩き出した。
「城に帰らなくていいのかい?」
恐る恐るローゼが尋ねるとコニーが唸る。
「今日は兄様に頼みたいことがあるから」
「ヴァルドにかい?」
「うん。あとね、ローゼ様にお願いしたいことがあるんです」
「なんだい?」
「ローゼ姉様って呼んでいいですか?」
コニーが顔を真っ赤にしながら尋ねてきたので、ローゼも顔が熱くなった。
「その…僕は男…なのだけど」
「でも、姉様は姉様だし」
既にコニーの中で呼称が決まっているらしいと、ローゼは観念した。
「僕のことは好きに呼ぶといい。それで僕が壊れるわけではないからね」
ヴァルドから教えてもらった娯楽小説に、名前と魔力が直接関わる物があったのをローゼはぼんやり思い出していた。
「姉様は強いものね。僕の叔母様がご迷惑を掛けて本当に申し訳ないです」
「いや、もう僕はなんともないし、殿下は気にしなくても…」
「コニーって呼んでください!」
ずずい、と彼が顔を寄せてきたので、ローゼは驚いた。
「姉様にはちゃんと名前で呼ばれたい」
「すまなかったよ、コニー」
ローゼが言うと、コニーが嬉しそうに笑顔になる。
「姉様、大好き!」
その瞬間、コニーの頭に鋭い手刀が落ちてきた。
「コニー、ローゼになにやってんの?」
「いったぁ!兄様、後ろからなんてずるいですよ!」
ヴァルドはコニーを無視するとローゼの前に跪いた。
「ごめんね、ローゼ。なにか変なことされてない?ちょっと脈取らせてね」
「ちょっと!兄様!さすがに無視はひどいですよ!」
「お前、ローゼを困らせただろう?」
「う!」
はぁとヴァルドがため息をつく。
「ローゼ、本当にごめんね。ローゼのことが皆大好き過ぎちゃってさ」
「好かれるのはいいことだよ?」
ローゼがそう返すと、ヴァルドに手を取られ引かれた。若干ヴァルドの顔が赤い。
「俺が駄目なの。すぐ嫉妬しちゃうし」
「っ!!!」
ヴァルドの言葉にローゼも赤くなってしまう。
「兄様、置いていかないでー!」
結局コニーが屋敷までカートを一生懸命押してくれた。
「で、コニー。なんか用?ないなら帰って。しっしっ」
「ちょ、僕は野良犬じゃないですよ?あのですね、兄様に武闘を習いたいのです!」
「はぁ?そんなの俺じゃなくていいだろう?城にはいくらでも強い人がいるじゃない」
「でも兄様の武闘は相手を殺さないから」
「…」
ヴァルドが黙る。コニーが焦った様子で続けた。
「そ、そりゃ僕だって分かってますよ?戦いに情けなんてかけちゃいけないって。でも兄様はあの土壇場で誰も殺さなかった。僕みたいな弱いのでもなんとかなりませんか?」
「…手伝わなきゃ何も教えないよ?君はここではただの居候のコニーなんだから」
「なんでもやらせていただきます!」
「あと、ローゼにあんまり近寄らないで。可愛いローゼに馬鹿がうつるから」
「それはあまりにひどすぎないですか?!」
「ぷ…っ…あはははは」
ローゼはずっと堪えていたが限界が来た。普段あまり声を上げて笑わないローゼである。
「ローゼが笑うと本当に可愛いな」
「姉様…」
ローゼは目もとに滲んだ涙を指で拭った。
「すまないね。前に街で見掛けた漫談みたいでつい」
「ローゼが見たいならネタをこいつにも仕込むけど?」
「兄様、すぐ本気になるのやめて」
ローゼはこの日、笑いっぱなしだった。
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