ヴァルドとローゼの長い冬

はやしかわともえ

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おまけ④

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「ローゼ、コーヒー飲む?」
「あぁ、もらおうかな。外もすっかり暖かくなったね」
「ふふ、本当だね」
「兄様、火が点きました」
早朝、ローゼたちは近くの山の麓でキャンプをしに来ていた。そばには小さな湖があり、空には薄く霧がかかっている。ローゼは簡易式の椅子に座り、コーヒーを飲みながら眼前に広がる湖を見ていた。太陽の光を受け、湖面がキラキラと輝いている。少しだが風が吹いている。気温もほどよく、過ごしやすい。コニーは焚き火に拾ってきた枯れ枝を足している。火は勢いよく燃え、時折枝が爆ぜる音がしていた。他に周りから聞こえるのは鳥たちの囀りだけだ。
「静かだね」
「本当に。たまにはいいよね、こういうのも。
コニー、お前の分もあるから取りにきて」
「はーい。わ、ココアだ!」
コニーが嬉しそうにカップを手に取り一口飲む。
「甘いー」
「お前、カフェイン摂ると眠れなくなるんでしょ?」
「はい、そうなんです。眠れないと仕事に支障が出ますからね」
コニーの仕事は王族としての公務と、陰から国王と国家を守るための狗としての仕事だ。特に狗の仕事はハードだ。それらをこなしながら学校にも通っている。その大変さを知っているローゼたちは自然とコニーに甘くなる。
「あーあ、ずっとここでこうしていられたらなぁ」
コニーがぼやく。普段から忙しい彼だ。今日は貴重な休日である。
「でも、ここだけじゃ飽きるんじゃないかい?僕としては時々、パティスリーに新作のケーキを食べに行きたくなるよ」
ローゼがそう言うとコニーがハッとしたように言った。
「姉様とお茶、僕もしたい!」
「でも、お前はずっとここにいたいんでしょ?」
「兄様!意地悪はやめてください!!」
むうう、とコニーが頬を膨らませている。今日もローゼは堪えきれず吹き出してしまった。
「姉様、笑い過ぎです!」
「すまなかったね。なんていうか、2人の掛け合いが毎回絶妙でつい…」
ローゼは笑い過ぎて溢れた涙をハンカチで拭った。
「ねぇ、ローゼ。この間、伯爵様から何かもらってたでしょう?」
ヴァルドの言葉にローゼはそういえばと思い出していた。ローゼは椅子から立ち上がり、首に掛けていたネックレスを外す。それをヴァルドに手渡した。
「この指輪を頂いたんだ。君との婚姻の証にどうかなと」
指輪に付いている石がほのかに光っている。
「わぁ、素敵な指輪だね。これに、ローゼの好きな石をもう一つつけてサイズを直そうよ」
「ひいお祖母様ともう一度話せたら良かったのだけど…」
ローゼはため息をついた。
「仲良しだったんだね」
「あぁ。僕が学校に通っていた頃は毎日顔を見に行っていたものさ。ただ、ひいお祖母様も段々衰弱してしまってね。もう亡くなられて7年か」
「それは辛かったね。ならこの指輪は形見なんだ」
「あぁ。そうだよ。すごく大事なものなんだ。だから僕としては今のこの形でも構わないと思っている」
「ローゼ…そうだね。指輪はまた新しく作ればいいんだしさ」
「ヴァルド、君は優しいね」
「でも、姉様のひいお祖母様は、姉様にその指輪を嵌めてもらいたいんじゃ?」
コニーが口を尖らせて言う。
「そうだね。…それならリサイズだけしてもらおうかな。ヴァルド、僕は結婚指輪が2つ欲しい。構わないかい?」
「もちろんいいよ。今度見に行こうね」
「あぁ。2人ともありがとう」
ローゼはヴァルドとコニーに向かって笑った。

「餌が動いているね」
「姉様、つけられますか?」
ローゼとコニーは山中にある川のほとりにいた。水は透き通り、魚が泳いでいるのを目視できるほどだ。
ヴァルドが火の番をしてくれるとのことで、2人は食料調達のために釣り竿を持ってここまでやって来た。釣りをするなら餌を竿の先端の釣り針に付ける必要がある。うようよと蠢く餌をローゼは怯むことなく摘んだ。
「こうかい?」
ローゼがぶす、と餌を遠慮なく釣り針に差し込む。
「姉様、お上手です」
「こんなので本当に釣れるのかい?」
「やってみましょう!」
コニーに励まされ、ローゼは釣り竿を川に垂らしてみた。すぐに当たりが来る。
「どうすればいいんだい?!」
「姉様!引いて!!」
ローゼはぐんと竿を引っ張った。魚が川面から飛び出してくる。ビチチチチと魚が地面で跳ねている。
ローゼは魚を釣り針から外し、水の入ったバケツに放った。
「なるほど、作業工程は理解したよ」
「さすが姉様!」
「コニー、どちらが多く釣れるか勝負しないかい?」
「負けませんよ!」
釣果はどちらも入れ食いでローゼは途中から数えるのを諦めてしまった程だった。
「こんなに食べきれないので川に返しましょう」
コニーがそう言って魚たちを川に放す。ローゼはそれを傍で見ていた。
「焼いて食べたらさぞかし美味しいのだろうね」
「兄様、外で魚焼くの上手だからなぁ」
うーん、とコニーが唸る。
「…コニーはヴァルドとキャンプに行ったことがあるのかい?」
「うーん、厳密には違うんです…でも兄様はキャンプしてましたよ」
「…どういうことか話してくれるね?」
「姉様には敵いませんね。帰り途がてらお話しますね」
コニーは語りだした。

コニーが狗として働き始めたのは、今から2年ほど前の9歳の時だ。まだ世間ではヴァルドが国王になると思われていた頃である。コニーからすれば腹違いの年の離れた兄の存在は恐ろしかった。兄とは王城内ですれ違うくらいで話すことも滅多にない。これからも接点はないだろうとコニーは思っていた。
ある日、コニーは任務のため、夜に城を抜け出し騎士隊の詰め所に向かった。そこにいたのがヴァルドだったのである。
「兄様?なんでここに?」
「お前に仕事を教えに来た」
その様子は気怠く、コニーは一気に緊張してしまった。
「なに緊張してるの?もしかして俺が怖い?」
にやぁと意地悪く笑われて、さすがのコニーもカチンと来た。
「怖いわけないですよ!僕だってちゃんと仕事をこなせるんですから!」
「そ、ならいいけど」
ヴァルドがあっさり引いたので、コニーはおっとっと、と心の中でよろめいた。
「俺は明日から学校の行事でキャンプに行く。お前とはそこで、夜合流する。分かった?」
「分かりました」
「ふーん、お前いい感じだね」
「?!」
ぽむぽむとコニーの頭を撫でヴァルドは行ってしまった。
「いい感じってどうゆうこと?!」
周りにいた騎士たちに聞いて回ったが結局理由は分からずじまいだった。

「それはヴァルドから君への称賛だったんだろうね」
ローゼは呟いていた。
「兄様に褒められたのあの1回きりなんです。僕、もう悔しくて!」
「ふふ。それで無事、合流出来たのかい?」
「それがですね」
コニーは続きを話し始めた。

次の日の夜になっている。コニーは山中を走り、ヴァルドの泊まるキャンプ場に来ていた。
「コニー」
呼ばれた方を見るとヴァルドがいる。コニーは彼に駆け寄った。
「もっと姿勢を保て。走るのが速くなる」
「はい」
「行くぞ」
2人は走り出した。
「今日のターゲットはこの国の情報機関部にいたやつだ。隣国に情報を流してるらしい」
「即抹殺ですね!」
「いや、生きて捕らえるように言われている」
「承知しました」
2人は走った。ターゲットはこの近くの国境を越えようとしている。
「兄様が狗の仕事をしているの知りませんでした」
「…俺もだよ。お前みたいなチビにこんなことやらせてるなんて」
「チビは余計ですふが!」
急にヴァルドに口を塞がれてコニーも身を屈めた。誰かいる。コニーは囁いた。
「あれが?」
「そう。こいつの出番だな」
ヴァルドが背中に背負っていたものを下ろした。ケースから出てきたのはライフル銃である。ヴァルドはあっさりと組み立てた。
「狙撃するんですか?」
「そ。やつの足を狙う。見てて」
「はい」
ヴァルドがスコープを覗く。コニーも目を凝らした。タァンという軽い音と男のうめき声がする。
「コニー」
「はい」
2人は茂みをかき分け男の元に向かった。
「ひ、なんだ、お前たちは?うぅ、足が」
「スペード・イェットマン捕縛」
ヴァルドが手際よく男を縛り上げる。そして軽々と男を持ち上げた。
「コニー、あと1時間もしたら騎士隊が来るから、その間に腹ごしらえしよう」
コニーは耳を疑った。
「え?兄様?キャンプに戻らないんですか?」
「言ったでしょ、お前に仕事を教えるよって」
「はぁ…?」
「腹ごしらえは立派な仕事だよ。来て」
「は、はい!」
もう空が白み始めているので辺りが良く見渡せる。コニーが連れて行かれたのは近くの川だった。これでもかと魚がいる。
「これくらいいればお前でも手掴み出来るでしょ?」
「余裕ですよ!?兄様、いちいち意地悪言わないでください!!」
「ふ…馬鹿だね。お前は」
「僕は馬鹿じゃありません!コニーです!すぐ魚を捕まえます!」
コニーは靴を脱いで清流の中に入った。
「魚はね、岩陰にいるのがいいよ」
「やってみます!」
コニーは持ち前の俊敏さであっという間に魚を10匹捕まえた。
「うん、まぁまぁだね」
「まぁまぁ…?」
ヴァルドはコニーに気を留めることなく魚の腸をナイフで取り除いている。
「コニー、お前もやって。やり方見てたよね?」
「はい」

「そんな感じで火の熾し方から魚の捌き方、焼き方まで教わったんです」
「君たち兄弟は本当にすごいね」
「姉様、だから美味しい焼き魚が食べられるのは、もう確定なんです」
「楽しみになってきたよ。あ、ヴァルドー!」
ローゼが向こうにいるヴァルドに手を振る。
ヴァルドも振り返してきた。このあと、ローゼが美味しい焼き魚にありつけたのは言うまでもない。

「おや?なにかのプリントが落ちているね」
ある日、ローゼはコニーが使っているテント内の掃除をしていた。コニーは普段からテントを綺麗に使ってくれているが、忙しいと段々散らかってくる。ローゼはそんな時、そっと片付けを手伝うようにしていた。自分がコニーと同じ年の頃は1人ではとても生活出来なかった。環境が違うといえばそれまでだが、ローゼとしてはなるべく手助けしてやりたいと思っている。拾ったプリントには文化祭の準備の日程が書かれていた。
「文化祭…つまりお祭りだね!」
ローゼはそのプリントを手にヴァルドのいる畑にるんるんしながら向かった。
「ローゼ、お疲れ様。どうしたの?なんかいいことあった?」
「ヴァルド、朗報さ。お祭りが僕たちを待っているよ」
「お祭り?」
ローゼはヴァルドにプリントを渡した。
「ほら、お祭りだろう?」
「なるほど、コニーの学校の文化祭か。でもコニー、大丈夫かな?」
ローゼはその言葉でハッとなった。
「そうだったよ。コニーは忙しいものね。僕としたことが、不謹慎だったよ」
「ローゼ、そんなに落ち込まないで。あいつ、今日任務から帰ってくるし、明日聞いてみたらいいよ」
「怒られないかい?」
すっかりしょぼくれたローゼの手をヴァルドは優しく握った。
「大丈夫。あいつはローゼが大好きだしね」
「なら聞いてみるよ。ヴァルド、ありがとう」
ローゼはそっとプリントをコニーの使っている机に置いておくことにした。さりげなく話題に出してみようというローゼの作戦だ。
「ローゼ、お茶にしようか」
「そうだね」

深夜になっている。ローゼはもうぐっすり眠っていた。
ヴァルドは自室で書類仕事をしていた。庭に人の気配を感じ、ヴァルドは庭に向かう。
「コニー。すごい血だね」
コニーの真っ白なシャツは鮮血で真っ赤に染まっている。コニーは困ったように笑った。
「張り切りすぎて相手の動脈切っちゃって」
「お前ね、自分の怪我を隠さないの」
「え?」
ヴァルドがコニーのシャツの袖をずらす。コニーの左腕には深い切り傷があった。止血はしたらしいが痛々しい。
「何したの?これ?」
「後ろから切られました」
「ふーん。何かを庇ったんだ?」
「言えませんが警護対象です。あと、姉様には言わないでください」
「ローゼは怪我に気付くと思うけど」
「…姉様って一体何者なんですか?」
ヴァルドは笑った。
「ローゼはね、俺の可愛いお姫様だよ」
「茶化さないでください!」
「コニー、ローゼはローゼなんだよ。ローゼが優秀な人なのは俺にもよく分かってる。でもローゼはそれに気がついていないから」
「教えてあげないんですか?」
コニーの不安気な双眸を見てヴァルドは頷いた。
「ローゼのことはローゼが自分で知るのが一番だよ。ゆっくりでいいの」
「兄様がそう言うなら…あ!こんなとこにプリントあった!」
先程ローゼが机に置いておいたものである。
「大事なプリント?」
「文化祭の準備のスケジュールが書かれてるので、ずっと探していたんです。よかったー」
「ローゼが文化祭、行きたがってたよ?」
「え!来てほしいです!僕、当日は校内の案内係なんですよ」
「ふーん、なら2人で行こうかな」
「やった!姉様に楽しんでもらえるようよく考えておきますね!」
「俺にも配慮してね?」
「善処します」
ううう、とコニーが唸っている。
「とりあえず手当てしようか。風邪引く」
「はい、お願いしマス」

翌日、ローゼはいつものごとくなんとか起き上がった。
「うぅ…眠い…」
だが目覚まし時計が鳴っている。ローゼは呻きながらベッドから降りて全てのベルを止めた。階下に向かうとコニーが朝食を摂っている。
「おはようございます、姉様」
「おはよう、コニー。ヴァルドは?」
「はい。ご近所さんに野菜を貰いに行きました」
いつものやつかとローゼはコニーの対面の席に滑り込んだ。今日も定番のトーストとオムレツとサラダだ。
「おや、今日はソーセージがあるじゃないか」
大きなソーセージが二本皿に置かれている。
「ただいま。おはよう、ローゼ」
ヴァルドが野菜を両手に抱え戻って来た。
「ヴァルド、おはよう。もしかしてこのソーセージ
、君が作ったのかい?」
「うん、試しにね。コニー、それ美味い?」
「はい、美味しいですよ」
「だって。今、お茶淹れるね」
「あぁ」
いただきますをして、ローゼはフォークでソーセージを刺し口に運んだ。
噛み切るとパキッといういい音がする。肉汁が溢れてきた。
「ん、美味しいね」
「よかった。お茶ここに置くね」
「ありがとう」
ローゼはお茶を一口飲んだ。ヴァルドが育てている茶葉で茶を淹れると鮮やかなグリーンになる。少し渋いが飲みやすい。カフェインが入っていないのもアピールポイントらしかった。
「コニー、左腕どうしたんだい?」
「狗の仕事でちょっと…」
コニーが言葉を詰まらせると、ローゼは頷いた。
「学校に支障はなさそうだね」
「はい。でも、なんで分かるんですか?」
コニーの言葉にローゼはふむ、と考えた。
「そういえばなんでなんだろうね。そうだね、僕は少々絵を嗜んでいるのだけど、人間というものは絶妙に繋がっているんだ。僕は人間の身体を嫌というほどデッサンしてきたから、分かるのかもしれないよ」
「ローゼ姉様、すごいです。あ、そういえば文化祭なんですけど」
ローゼはハッとなった。
「行きたいのだけど構わないかい?」
「もちろんです。ローゼ姉様が来てくれたら皆喜びますよ」
「それなら遠慮なく行かせてもらうよ」
「はい!」
朝食を摂り終えて、ローゼはいつものように作業着に着替えた。
「クーフ」
「ウォン!!」
クーフもローゼと一緒にいるのが当たり前になっている。リードを咥えてやって来た。
「なあぁ」
ノーラもやってくる。すり、とローゼの足に身体を擦り付けてくる。ローゼは彼女を撫でた。
「ノーラ、君はここでいい子にしているんだよ?」
「んなぁ」
ノーラは傍のソファに跳び乗り座り込んだ。大きな欠伸をしている。
ローゼは大丈夫そうだと判断し、野菜の入ったバケツを持って出掛けた。

「ゼロワン、ハヤテ号、よしよし」
仕事を一通り終わらせ、ローゼは厩舎にいる馬たちを撫でている。
「ローゼ、お疲れ様」
「ヴァルドもお疲れ様。どうしたんだい?」
「午後指輪を見に行かない?」
ローゼはいよいよかと嬉しくなった。
「あぁ。行きたいよ。あとね、行きたい場所があるんだ」
「うん、そこも行こうか」
「ありがとう、ヴァルド」

ローゼとヴァルドは街のジュエリーショップにやって来ている。
「婚姻用でしたらこちらのデザインが人気ですよ」
ローゼは目の前の指輪を見つめた。小さいが確かな存在感のあるダイヤが3つ付いている。値段もなかなかだ。
「ローゼ、どう?」
「あぁ、素敵だね。上品に見えるし。こちらの指輪もリサイズしたいのだけど」
ローゼが店員に形見の指輪を見せると、店員がそっと指輪をもちあげて見つめた。
「希少な石ですね。承りました。10日から2週間程お時間かかりますが、よろしいでしょうか?」
「お願いします」
前金だけ支払い、2人は店を出た。
「ヴァルド、ありがとう」
「ローゼが喜んでくれて嬉しいよ。次はどこに行くの?」
「あぁ。ひいお祖母様のお墓参りがしたくてね。今のことを報告したいんだ」
「うん、いいね。なら花屋に行こうか」

ローゼの曾祖母の眠る墓は街の外れにあった。ローゼは花束を彼女の墓に手向ける。
「ひいお祖母様、僕にパートナーが出来たよ。ヴァルドっていうんだ。優しくて頼りになるいい人だよ」
今まで静かだったが、風が急に吹き始める。だがその風は暖かい。
「ローゼ、お祖母様がそばに来ているんじゃないかな」
「あぁ。いつも僕は心配をかけていたからね」
2人はただ祈った。ローゼの曾祖母が少しでも穏やかに眠れるように。
「帰ろうか」
「あぁ」
夕日が沈む中、2人は帰路に着いた。

ローゼは淡い青色のワンピースドレスに着替えている。今日はコニーの通う学校で文化祭が行われる。厳しいことで有名な学校だが、文化祭時は少しばかり緩くなるようだ。
「ヴァルド、僕は準備出来たよ」
「可愛いね、今日も」
ローゼは顔が熱くなった。ヴァルドに可愛いと言われると嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちでないまぜになる。
「ありがとう」
なんとか小声で返すと、ヴァルドに肩を抱き寄せられた。
「行こうか」
「あぁ」
今回も御者を雇い、ローゼとヴァルドは馬車に乗り込んだ。ヴァルドはこの御者を特に贔屓にしている。彼の馬車を操る腕が確かだからだ。
馬車はあっという間にコニーの通う学校前に着く。
ヴァルドの手を借りて、ローゼは馬車を降りた。
「旦那様、お時間になったらまた来ます」
「よろしくね」
ヴァルドがチップを渡すと御者の男は頭を深々と下げた。
「ローゼ、行こうか」
「あぁ」
2人は校門を潜った。
「お待ちしていました!兄様、姉様!」
「コニー、ずっと俺たちを待ってたの?」
コニーが唇を尖らせて言う。
「だって、皆自分で見て回るからいいって」
「お前ね、自分のアピールポイントをちゃんと探さなくちゃ」
「むうう」
「2人とも、まぁいいじゃないか。僕としてはコニーに案内してもらいたかったから嬉しいよ」
「姉様!!」
「ローゼがそう言うなら…ちゃんと案内してよ?」
「お任せください!僕の案内プランは完璧ですからね!では付いてきてください!」
「大丈夫かな?」
小声でヴァルドがぼやく。
「コニーに任せてみよう」
ローゼはそっと彼に囁いた。

コニーを先頭にローゼとヴァルドは校内を歩いていた。すれ違う人がチラチラとこちらを見てくる。
ローゼは隣を歩くヴァルドに囁いた。
「なんだか、僕たち目立ってないかい?」
「コニーは一応王子だしね」
「兄様、聞こえてますよ。まぁいつものことなんでいいですけど。こちらが僕のお勧めの展示です!」
コニーが教室を示す。教室の扉には【天文部・プラネタリウム】と書かれた紙が貼られていた。
「まずはここで星を見て癒やされましょう!」
コニーに促され、ローゼとヴァルドは教室内に入った。模造紙に星たちの説明が分かりやすくまとめられている。
「プラネタリウムはこちらです。ささ、どうぞ」
カーテンで覆われている中に入ると、椅子が3脚置かれていた。他に客はいないようだ。
「コニー!お客様を連れてきてくれたのか!ありがとな!」
「気にしないで。僕たちが作ったプラネタリウムを観てもらおうよ!さ、兄様たち、遠慮なくお座りください」
2人は言われるがまま椅子に座った。思いの外フカフカで座面が自分の体重で後ろに倒れるようになっている。
「いいな、この椅子」
「このままだと僕は寝てしまいそうだよ」
いつの間にか部屋が暗くなり、目の前のスクリーンに銀河の映像が映し出される。
「只今より天文部によるショーを開始いたします」
ブザーが鳴った。

ショーが終わり、部員と思しき生徒に感想を尋ねられた。
「なかなか面白かったよ。ローゼは?」
「いい音楽だったね」
ローゼは途中から眠ってしまった。正直なところ、ショーの記憶が殆どない。
「ヒーリングミュージックだったからね。癒やされるショーだったんじゃないかな?」
ヴァルドのフォローにローゼは慌ててこくこくと頷いた。
「兄様、姉様、お疲れ様でした」
コニーがやってくる。
「コニー、お前、ここの部員なの?」
「はい。皆と頑張って作ったんですよ」
「へぇ」
「では、次の場所へご案内しますね!喉が渇いているでしょう?」
コニーの言葉に2人は頷いた。

階段を上がると、テラスがあった。椅子とテーブルが置かれ、殆どが埋まっている。
「コニー、座れるの?」
「もちろんです。予約しておきましたから。ちょっとお待ちください」
コニーがテラスに入りエプロンを着けた生徒と話している。その生徒がローゼたちの元にきて、顔を紅潮させながら言った。
「2名様ですね、ご来店お待ちしておりました。お席にご案内致します」
「ありがとう」
席に着くとメニューが置かれている。2人はそれを覗き込んだ。
「チョコレートパンケーキか。紅茶もいいね」
「なら、俺はこのキャロットケーキと紅茶にしようかな」
オーダーを通すとすぐに品がやって来た。
「へぇ、美味しそうじゃない」
ヴァルドが感心したように言う。ローゼも早速食べようとナイフとフォークを持った。

それからコニーの案内に任せ、2人は校内の展示物を見たり、ゲームに参加した。
「というわけで僕のツアーはここまでです!いかがでしたか?」
「楽しかったよ、ありがとう。コニー」
ローゼがそう言うとコニーがはにかむ。
「お前に友達がいてよかった」
「それは兄様には言われたくないですよ!」
むむ、とコニーが膨れる。
「まあよかったんじゃない」
ヴァルドも楽しかったのだとローゼは嬉しくなった。
「では、僕は片付けてから帰ります」
「気を付けて帰ってくるんだよ?」
「はい!」
コニーに見送られ、ローゼとヴァルドは馬車に乗り込んだ。
「あいつもこれから大人になるんだよな」
ヴァルドがぽつん、と呟く。
「ヴァルドは寂しいのだね。大丈夫。コニーのことだからまっすぐ育つよ」
「まあ少しくらいはずるくなってほしいけどね」
ローゼはその言葉に笑ってしまった。

「ローゼ、ただいま」
「!」
ローゼは今日、1人で留守番をしていた。動物たちの世話をいつもの通りこなして、自室ではなく階下の居間で客人を待っていたのだ。ヴァルドもすぐに帰ってくると、随分早くに畑に向かった。
「君が先でよかったよ」
「うん。まさか野菜を買い占められるなんて思わなかったからさ」
もちろんヴァルドは自宅で食べる分は別に作っている。
「皆で協力して作った野菜だものね。評価されて良かった。その人はまだ来ないけど大丈夫なのかい?」
そんな事を言っていたら呼び鈴が鳴った。ヴァルドが応答をしに玄関に向かう。ローゼも気配を殺してやりとりを窺った。声からして相手は複数人いるようだ。
とうとうローゼは堪えきれずに、玄関に向かった。
「ローゼも一緒に畑に行く?」
「あぁ」
ヴァルドは野菜を既に収穫して箱に詰めておいたらしい。それを男たちがトラックに載せている。ローゼは久しぶりに見た車の大きさに驚いた。野菜が全て積まれていく。
「ではこちらお代です。領収頂けますか?」
ヴァルドが金額を確認し、領収書を書き、渡した。
「ヴァルドさん、これからも定期的にうちに野菜を売っていただきたくて」
「是非」
ローゼは黙って話を聞いていた。どうやらレストラン用にここの野菜たちを使いたいらしい。かなりの人気店らしく、今度食べに来てほしいとヴァルドは頼まれていた。
「奥様もお手間おかけしました」
「いえ」
トラック2台に男たちが乗り込む。こちらに手を振ると走っていった。
「あー、驚いた」
ヴァルドの言葉にローゼは笑ってしまった。
「君が驚くなんて珍しいね」
「そうかな?レストラン、ここから少し遠いけど、今度行ってみる?」
ヴァルドが名刺を差し出してきたのでローゼは受け取り見た。店名は「ベジタブル」といった。
「そのお店にね、サラダバーっていうのがあるんだって」
「なんだい?それは」
「好きな野菜が好きなだけ食べられるんだって」
「な…なんだって?」
「面白いよね。基本的に高級路線みたいで、コース料理とかも楽しめるみたいだよ」
「それは美味しい食事が食べられそうだね」
「なら早速予約しておくね。せっかくだし行ってみよう」
ローゼは一気に楽しみな気持ちになった。

「え!レストランで食事?」
ローゼは早速、学校から帰ってきたコニーにレストランのことを話した。
「僕も一緒でいいんですか?」
「なんでだい?」
コニーがローゼに顔を寄せる。
「だって、兄様とデートじゃないんですか?」
「デート…思いつかなかったよ」
「コニー、お帰り。レストランは3人で行くよ。もう予約したし。ローゼとのデートは、ちゃんと考えてるから心配しなくていいの」
「そうなのかい?ヴァルド」
ローゼが驚くとヴァルドが微笑む。
「また2人で舞台を観に行こうね」
「あぁ!」
ローゼの日常は今日も幸せに満ちている。

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