ヴァルドとローゼの長い冬

はやしかわともえ

文字の大きさ
10 / 12

おまけ⑤

しおりを挟む
「ふぅ、困りましたな」
「住んでいた方も見つからないですしね」
ヴァルドともう一人、白髪の老人がなにやら話している。いつもの作業を終えたローゼは何事だろうと彼らに近付いた。
「こんにちは。テラーさん」
ローゼがそう言ってぺこっと頭を下げると、テラーも応じる。
「やや、ローゼ嬢。作業着姿も美しいですな」
「ありがとうございます。何かありましたか?」
ローゼが微笑みながら尋ねると、テラーが教えてくれた。
「それがですな、ハド領の隅に空き家がありまして」
「空き家?あぁ」
ローゼは最近、近所に住む子供たちから外れにお化け屋敷があると教えてもらっていた。一応どんなものかとぞろぞろ見に行ったのだ。子供たちには罪になるから絶対に中に入ってはいけないと注意しておいた。
「ローゼ、知ってるの?」
ヴァルドが驚いた様子で聞いてくる。
「お化け屋敷として子供たちの間で有名だよ。僕も彼らから教えてもらった。時々、中から物音がするという噂があるそうだよ」
「何それ?本当にお化け屋敷じゃない」
ヴァルドが目を瞠る。
「一応子供たちには中に入らないようにと言ってあるけれどね。迷い込んだ動物でもいるのかな?」
「うーん、ますます面倒だな」
「ヴァルド、僕には全然話が読めないのだけど」
「そうだよね。とりあえず帰ってから話すね。今日はありがとうございました、テラーさん」
「は!いやいやそんな。では、失礼します」
テラーを見送り、ローゼたちは自宅に戻って来た。
「まず、お茶を淹れるね」
「なら着替えてこようかな」
「うん、そうして」
ローゼは自室に戻り、お気に入りのネグリジェに着替えた。階下に戻ると、ヴァルドが茶を淹れてくれていた。
「で、何があったんだい?」
「うん、最近その空き家が倒壊しそうっていう通報があったんだ。でも一応誰かの所有物だから勝手にどうにか出来ないの」
「その誰かが見つからないのだね?」
「そう。頑張ったんだけどね。ぱったりといなくなってて」
「それは恐ろしい話だね」
「まぁ長いこと放置されていた建物だから、所有者が亡くなっててもおかしくないんだけどね」
「じゃあどうするんだい?」
「1回、中に入ってみようかと思う」
「鍵は?」
「一応確認したら開いてた」
ローゼは考えた。
「僕が娯楽小説を読みすぎているのかもしれないけれど、もし、金目の物品が見つかったらどうなるんだい?」
「そうだね、警察に預かって貰う形になるのかな」
「なるほど…」
ローゼはカップを手に取り一口茶を飲んだ。
「中に入る時は僕も行っていいかい?」
「いいけど。床が抜けたり、危ないかもよ?」
「ふふ、それも込みで覚悟しておくよ」
「もう…最近のローゼは御転婆なんだから」
そうぼやいて、夕食を作るとヴァルドはキッチンに向かった。ローゼも手伝うとついていく。
いつもの光景だ。

夕飯を食べ、ローゼは愛猫ノーラのブラッシングをしていた。季節の移り変わり時は毛が抜け替わるので、ブラッシングは欠かせない。ノーラは気持ちがいいのか先程からうつらうつらしている。
「ノーラ、もうすぐ終わるからね」
「なぁぁ」
そんな時だった。呼び鈴が鳴る。
「誰だろう?こんな時間に」
ヴァルドが玄関に向かったので、ローゼも手を止めて追いかけた。
「すみません。ヴァルド男爵のお屋敷はこちらで合っていますか?」
外にいたのは気の弱そうな青年だった。色白なのでそばかすが目立つ。髪の毛は鳥の巣のようだ。目元まで隠している。
「あなたは?」
「あの、空き家の所有者の孫です」
「え?」
ヴァルドが固まるのは無理もない。あまりに出来過ぎていたからだ。
「君がレナードさんのお孫さん?」
「はい。祖父が遺言を遺して先日旅立ちました」
「それはご愁傷様でした。なにか名前が確認できる書類はありますか?」
「はい。僕もどうすればいいか分からなくて。遅くなってすみません」
青年が取り出した書類をヴァルドはよく確認し始めた。
「うん、間違いない。とりあえずお茶でもどうですか?詳しい話を聞きたいので」
「分かりました」

青年の名前はシフォンといった。ヴァルドの出した茶が気に入ったらしい。ヴァルドが畑で栽培していると知るやいなや、茶葉を買いたいと言い出した。
話から察するにシフォンの家はかなりの資産持ちのようだ。
「おじいさまが遺した家の地下に大事なものがあるらしいんです。ただ、それがなんなのかは分からなくて」
「なるほど。では明日早速見に行ってみましょう。ローゼもいい?」
「あぁ、構わないよ」
シフォンは街にある宿をとっているらしい。ローゼたちに礼を言って帰っていった。
「なんだかよく出来た物語のようだね」
「俺たちが創作物なんて思いたくないけどね」
ふむ、とローゼは顎に手をやった。
「僕たちが作り物だとて、ここに生きているのは間違いないんだよ」
「ローゼは前向きだなぁ。さて、必要な書類を作っておかないとね」
「遺言にはなんて書いてあったんだい?」
「うん、地下の部屋にある資産は全てシフォンさんの物になるって」
「ふむ…相当な資産家だったのだね」
「レナードさんは外国からここに移り住んできたんだ。爵位なんか全然興味なかったらしいよ」
「僕は少し分かるような気がするよ。お金に困ったことがないあたりがね」
「ローゼはどこにいても上手くやれそうな気がする」
「褒め言葉かい?」
「もちろん」
ローゼは嬉しくてにっこり笑った。

次の日になっている。今日もローゼは作業着に着替え、動物の世話をした。
「ローゼ、お疲れ様。そろそろ終わり?」
「ヴァルドもお疲れ様。あぁ。彼との待ち合わせは昼過ぎだったかな?」
「うん。俺は先に戻ってお昼作っておくね。ローゼは慌てずに来て」
「ありがとう」
ローゼは厩舎に向かいゼロワン、ハヤテ号に餌をやった。いつものようにブラッシングをして、沢山撫でてやる。
「いい子たちだね。さて、そろそろ戻ろうか、クーフ」
「ウォンッ!」
ローゼは相棒のクーフと共に屋敷に戻った。
「ローゼ、ちょうど良かった。お昼出来てるよ」
「今日はなんだい?」
「うん、トマトパスタだよ。今は甘いトマトがいっぱい採れるからね」
ローゼは食卓に着き、いただきますをして食べ始めた。
「ん、美味しいよ。ヴァルド」
「よかった。スープも飲んでね」
「ありがとう」
ヴァルドも対面で食べ始める。
「ねえ、ローゼ。あの家に何があるんだろうね」
「そうだね、貴金属の類いじゃないかい?資産にするなら分かりやすいほうがいいだろう?」
「うーん、レナードさんは着飾らないタイプだったみたい」
「へえ。では奥さまは?」
「奥さんを置いてここに来たみたいなんだ。別に不仲だったわけじゃないみたいなんだけど」
「そうなんだね。僕がヴァルドに置いていかれたら梃子でもついて行くけどね」
「ローゼを置いていくわけないでしょ」
2人は笑い合った。食事を摂り終えて出かける支度をする。ちょうど呼び鈴が鳴った。

「わあ、本当にボロボロなんですね」
「30年は放置されてましたから」
家の状況にシフォンは驚いたらしい。たじろいでいるようだった。
「入っている最中に家が壊れたりとか?」
「有り得ます」
「えぇ!?」
「なんなら僕たちで見てこようか?」
ローゼがそう申し出るとシフォンがお願いしますと頭を下げた。
「ヴァルド、行くよ」
「はいはい」
2人は家の中に足を踏み入れた。

ぎいぃと床が軋む音がする。薄暗い中をヴァルドがランタンで辺りを翳しながら先導してくれる。
「ローゼ、気を付けて」
たたっと小さな足音がする。
「どうやらネズミがいるようだね」
「ローゼってそういうの嫌がらないよね」
「なんで嫌がるんだい?僕たちと同じ生き物じゃないか」
「ローゼのそういうとこ、尊敬する。あ!」
ヴァルドが床を翳した。なにかある。
「地下に繋がる梯子だね。降りてみるかい?」
「気を付けてね」
2人は木で出来た梯子を降りた。ヴァルドが地下室をランタンで翳す。そこには木箱が山積みにされていた。埃がたまっている。
「うーん、これは人を呼んで全部外に持っていくしかないか」
「いっぱいあるね。1つ開けてみていいかい?」
「うん、許可はもらってるから」
ローゼは適当な箱を開けてみた。中から出て来たのは可愛らしい人形だ。
「わぁ、可愛いね」
「聞いたことがある。人形を作る職人さんがこの近くに住んでるって」
「じゃあ?」
「レナードさんはそれを収集するためにこの街に来たんだ」
「でも彼はこれらを置いて何処かに行ってしまった」
「それは祖母が倒れたからで」
2人が見上げるとシフォンがいた。
「おじいさまはおばあさまを愛していたんだ。だからコレクションを置いて帰った。でも今度は自分が病気で倒れてしまったんだ」
「なるほど。シフォン、僕たちでこの子たちを外に出してあげないかい?」
「はい」
それから3人は集中してドールの入った箱たちを運び出した。
「次で最後だよ」
「ローゼ、危ないから出ようか」
先程からパラパラと木屑が天井から落ちてきている。建物の限界が近いのだろう。
「あぁ」
ローゼはヴァルドの手を借りて地下から地上に上がった。そのまま家屋から出るとその瞬間バラバラと家屋が崩れた。
「あぁ、壊れちゃった」
悲しそうな顔でシフォンが言う。
「きっと、レナードさんの大事なものを守ってくれてたんですよ」
ヴァルドの言葉にシフォンは鼻をすすった。
「ヴァルド様、ローゼ様、危ないのに本当にありがとうございました」
シフォンが頭を下げてくる。彼は顔を上げると意を決したような表情をしていた。
「お礼にドールを好きなだけお持ちください。見たところダイヤが各所についています。売ればそれなりの価値がつくかと」
ヴァルドとローゼは顔を見合った。お互いに同じ気持ちだと悟る。
「なら一体頂きます」
「え!いいんですか?」
驚くシフォンにヴァルドが頷く。
「シフォンさんは全員可愛がるつもりなんでしょう?」
「どうしてそれを」
「君が優しい子だからレナードさんは君にドールたちを託したんだ」
「祖父とは幼い頃、よく遊んでもらいました。僕は人形で遊ぶのが大好きで」
「優しいおじいさまですね」
「はい…!あの、ローゼ様。どの子を連れていきますか?」
ローゼは先程見たドールを選んだ。シフォンのドールは業者に頼み運んでもらうことになった。シフォンも今夜の船で故郷に帰るらしい。慌てた様子で帰って行った。帰り際、茶葉を送るとヴァルドは約束していた。
「なんだか、急に静かになったね」
「うん、空き家だったがれきも片付けなきゃだし、まだまだやらなきゃいけないことはあるけれど、とりあえず一段落かな」
「ふふ。こんな可愛い子が家族になったんだ。今日は宴会だ!」
ローゼは人形を掲げた。
「ローゼ、言っておくけど、普通の葡萄ジュースだよ?」
「帰ろう、ヴァルド!」
「はいはい」
ローゼがヴァルドに左手を差し出す。薬指には2つの指輪が輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

処理中です...