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おまけ⑥
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「ナディア、見えるかい?」
ローゼはこの間シフォンから貰ったドールを自分の肩の高さで掲げている。ここはヴァルドが管理する畑だ。
「ローゼ、何やってるの?」
「あぁ、ヴァルド。ちょうどいい所に。このお嬢さんに僕の家を案内しているんだ」
「なるほど。その子の名前はナディアっていうの?」
「そうさ。こんなに可愛らしいお嬢さんに名前を付けられる経験なんてなかなかないだろう?僕は一生懸命考えたんだ」
「ローゼが一生懸命考えてくれたからこの子も喜んでいるね」
ローゼは嬉しくなった。ナディアを抱えたままくるっと回る。
「ふふ、それなら嬉しいよ。ただナディアは少し汚れてしまっていてね。僕には何をどうしたらいいのか分からないのさ」
「そうだね。その子、からくり人形だし。直接濡らすのが無理なら水で濡らした布で拭えばいいんじゃないかな?ドレスなら俺が繕うよ。油を差せばからくりも動くんじゃない?」
「本当かい?」
「うん、任せて。ローゼ、早速やってあげようか?
仕事一区切りついたし」
「ヴァルド、ありがとう」
「なら家に戻ろうか。クーフ、おいで」
「ウォン!」
ヴァルドに呼ばれてクーフは尻尾を振りながら付いてきた。
*
「お嬢さん、僕には断じて下心がないとあらかじめ断っておくよ」
ローゼは一言人形に謝り、服を脱がせ始めた。
「ローゼは紳士だなぁ」
それを隣で見ていたヴァルドがのんびり言う。
「こんな可愛らしいお嬢さんの裸をこんなタイミングで見ることになるなんてね」
「人生って色々あるんだね」
「よし脱げたね。お嬢さん、ついでだし身体も拭いておこうか。ヴァルド、油の差し方を教えてくれるかい?」
「うん、ナディアちゃん嬉しそうだしね」
ヴァルドに油の差し方を習い、ローゼはゼンマイの接合部に油を流し込んだ。身体は布を濡らし丹念に拭いてやる。
「せっかく綺麗なブロンドなのに埃が付いてしまってるね」
「ローゼ、髪の毛も布で優しく拭いてあげたら大丈夫だよ」
「やってみるよ」
ローゼは丁寧に髪の毛を拭いた。
「わあ、綺麗になった!」
「ローゼ、上手く出来たね。ドレスも破れた所は繕えたけど新しいのも作ってあげようか?」
「いいのかい?」
「いいよ。靴下とか下着も作るね」
「ヴァルド、ありがとう」
*
「青い瞳はなにを映すの?」
ローゼはベッドにうつ伏せになってナディアを撫でていた。適当に作った歌を歌いながら。
「ナディア、僕は今度海に遊びに行くのさ!君も行くだろう?」
ナディアの瞳はキラキラと輝いている。小さなダイヤが数粒埋め込まれているのだ。
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ。そろそろ寝なくてはね。僕は朝に滅法弱いんだ」
ローゼは起き上がって布団の中に潜り込んだ。
*
「姉様、お久し振りです!」
「コニー、久しぶりだね!」
コニーの身長が伸びていてローゼは驚いてしまった。
「大きくなったね」
「そうなんです。姉様、その子は?」
コニーが示したのはもちろんナディアだ。
「ああ、ナディアっていうんだ。色々あってね、ある方から頂いたんだよ」
「姉様とドレスがお揃いなんですね」
「ああ、ヴァルドが作ってくれてね」
「ローゼ、そろそろ行くよ。コニーも」
後ろからヴァルドに呼ばれ、ローゼたちは返事をした。今日は海沿いにあるヴァルドの別邸に向かうことになっている。コニーも一緒ということもあって、ローゼは嬉しい気持ちでいっぱいになった。
いつものように、ヴァルドが操る馬車にコニーと乗り込む。
「姉様、海に行ったことは?」
「実は初めてなんだ。どんな感じなんだい?」
「海は大きいですよ。姉様もびっくりすると思います」
「それは楽しみだね」
「向こうに着いたら遊覧船に乗るんでしょう?」
「あぁ、近くの小島を周るんだってね」
「楽しみですね!」
ローゼは馬車の揺れにだんだん眠たくなってきた。そこから記憶が途切れている。
*
「ん?ここは?」
ローゼが気が付くとベッドの上だった。いつの間にかネグリジェを着がえさせられていた。隣にはナディアがいる。ローゼは慌てて起き上がり部屋を出る。
「あ、ローゼ。起きた?」
「着いたのかい?」
「着いたよ。ローゼ、よく寝てたね。もうすぐ夕方だよ」
「海は?」
ヴァルドが微笑む。
「二階のバルコニーに行ってご覧」
言われた通り、ローゼはバルコニーに繋がる扉を開けてみた。
「わあ!!」
目の前に広がるのはもちろん海である。夕日が海をオレンジ色に染めていた。ローゼはしばらく海を見つめていた。風が吹いてくる。潮の匂いがした。初めて感じる香りにローゼはただ黙っていた。
「ローゼ、海はどう?」
振り返るとヴァルドがやってきた。
「あぁ。なんだか見ていると胸の中がスッキリするよ」
「分かる気がする。とりあえず夕飯を食べに出かけようか」
「コニーは?」
「今、散歩から帰ってきたよ」
ローゼは部屋で持ってきたワンピースドレスに着替え、革でできたピンク色のポシェットを肩に掛けた。
「ナディア、ちょっと行ってくるよ」
ナディアはキラキラした瞳でこちらを見つめてくる。ローゼは彼女の頭を撫でた。
*
夕方、ローゼたち3人は適当に選んだ店に入り夕食を楽しんでいた。人気店なのか席は埋まっている。
店の真ん中には大きな水槽が置かれ、魚が泳ぎ回っている。店頭には貝も置かれていた。どれも大きい。
「イカって焼くと美味しいのだね」
「そうだね、旨味も強いし塩気がちょうどいいかも」
「この串に刺さっているのも大胆だね」
「あぁ、歩きながら食べられるみたいだよ」
「食事を歩きながら?」
ローゼは驚いた。
「うん、お酒を歩いて飲みながら楽しむみたい」
「そうか。色々あるものだね。これは?」
「タコの唐揚げだって」
「なんだって?」
「姉様、美味しいですよ」
コニーに言われて、ローゼは恐る恐る唐揚げを食べてみた。
「ん、美味しい。こりっとしたね」
「ローゼ、牡蠣フライもあるよ」
3人は食事を楽しんだ。
*
「ふう、よく食べたよ。お腹がパンパンだ」
ローゼは腹を擦りながら部屋に戻って来た。
「ナディア、一人で寂しくなかったかい?明日は遊覧船に一緒に乗ろうね」
ローゼはナディアを抱き締めた。
「さて、明日は朝から観光があるし、早く眠ることにしようか」
ナディアをベッドの脇に置き、ローゼは着替えを持って風呂に向かった。
*
「速いね、コニー」
「本当ですね」
ローゼたちは遊覧船に乗っている。風を切って走る船はローゼの心をあっさり射止めてしまった。
ガイドによる案内のアナウンスも新鮮で楽しい。
「ローゼ、お昼はお肉食べようか」
「あぁ。そうだね」
「やった!」
コニーの喜びようにローゼは笑ってしまった。
「ナディア、楽しんでるかい?」
ローゼがナディアを撫でる。
「姉様はナディアさんを大切にしているんですね」
「あぁ。可愛くてね、大事なんだ」
「ローゼのお姫様だからね」
ヴァルドが言いながらナディアの頭を撫でる。
「ふふ、ヴァルドも気に掛けてくれていることは僕も知っているのさ」
「そりゃそうでしょ。俺はローゼが大好きなんだから」
「兄様、急に惚気ないでください」
ローゼは吹き出してしまった。やはりこの兄弟のやりとりはおかしい。船が港に横付けする。ローゼたちは船を降りた。
「姉様!!」
コニーが咄嗟にローゼを庇い前に出る。ローゼは驚いてナディアから手を離してしまった。男がナディアをキャッチする。
「ナディア!!」
ローゼの呼び声虚しく男が走っていく。
「姉様、ここにいてください。必ずやつを捕まえます」
コニーが男を追いかける。ローゼはただただ立ち尽くしていた。
「ローゼ、大丈夫。コニーは速いから」
「あっ…ひっ…」
ローゼは我慢出来ず泣き出してしまった。しゃくりあげていると、ヴァルドに抱き締められる。
「大丈夫。コニーを信じてあげて」
「ぼくの…っ…せいで…」
「違うよ、ローゼは悪くないの。ぶつかってきたあいつが悪いんだよ」
「でも…っ…」
「ローゼ、落ち着いて」
ヴァルドに背中を優しく叩かれローゼも落ち着いてきた。
「ごめんなさい」
「ローゼ、謝らなくていいんだよ。怖かったね」
「ありがとう、ヴァルド」
ローゼはほうと息を吐いた。
「姉様ー!」
コニーが向こうから走ってくる。手にはナディアが握られていた。ローゼはそれにホッとした。
「ごめんなさい、姉様。ナディアさんが壊されていました」
「あぁ…ナディア…」
ナディアのゼンマイ部分がへし折られ顔にはヒビが入っていた。ローゼが力なく彼女を抱きしめる。
「姉様、本当にごめんなさい」
「コニー、取り返してくれてありがとう。大変だっただろう?」
「姉様…」
「ローゼ、とりあえず邸に帰ろうか?疲れちゃったよね」
「そうするよ」
ローゼはしょんぼりしながら別邸に戻った。
*
「ナディア、僕があの時、手を離したせいで怖い思いをさせてしまったね」
ローゼは毛布の中で丸くなりナディアを抱きしめながら泣いていた。
「ローゼ、ここにお茶置いてくから」
「ありがとう、ヴァルド」
涙声でなんとか答える。ローゼは泣き疲れてそのまま眠っていた。
*
「ローゼ、大丈夫?」
ローゼは目を覚ました。毛布の中にずっといたので暑い。顔を出すとヴァルドと目が合った。
「ヴァルド…」
「大丈夫だよ、ローゼ。帰って人形を直せる人がいないか探そう」
「本当かい?」
「うん。レナードさんが収集していた人形師さんっていう手掛かりがあるからね」
「そうか。ありがとう、ヴァルド」
次の日、予定を繰り上げてローゼたちは自宅に戻ることにした。
*
「え?亡くなっている?そうですか…はい…」
ヴァルドが電話をしている。ローゼにはナディアを抱きしめている事しか出来なかった。
「ローゼ、人形師さん見つかったよ!」
「本当かい?」
ヴァルドがローゼの前で屈む。何かあるのだとローゼは身構えた。
「ただねその人、すごく気難しい人みたいなんだ」
「でも、ナディアを直せるのだろう?」
「腕は一流だって」
「なら一度お願いに行ってみるよ」
「ローゼ…そうだね。今、地図を見せるね。ここからそこまで離れてないみたい」
「本当だね。明日にでも行ってみるよ」
ローゼの気持ちはもう固まっていた。
*
「駄目だ、駄目だ!!」
翌日、ローゼはナディアを手に人形師の家を訪ねていた。呼び鈴もなく、仕方なくドアを叩いてみたが反応はない。ローゼは裏に回って職人の姿を見つけ窓を叩き、ようやく中に入れてもらったのだった。
職人の名はジュペットといった。ヴァルドの話によればかなりの人間嫌いらしい。むすりとした表情の老翁だ。ローゼの依頼を聞くやいなやそう騒ぎ出した。
「でも、もうあなたにしかお願い出来ないんです。この子を製作した人形師の方はもう亡くなっていて」
ローゼの言葉にジュペッタは片眉をあげた。
「何だって?あいつが死んでいる?」
「ご存知なんですか?」
「ふん、知っているも何もアイツは儂の天敵よ。アイツはいつも儂に仲良くしようとへらへらして近付いてきた」
ローゼはナディアを抱き締めた。
「本当に仲良くしたかったんだと思います」
「お前みたいな恵まれたやつに何が分かる?どうせたかが庶民だと儂らを馬鹿にしているのだろう!」
「そんなことありません。確かに僕はずっとわがままを言って生きてきました。でもそんな僕に大事な人が出来て僕は変わったんです」
「口だけは達者なようだな!」
ローゼは泣きそうになった。だがナディアの為に負けられないと思った。ふと部屋を見回して気が付く。
「そこの人形…クレールさんが制作したものでは?」
ジュペットの表情が焦りに変わる。ローゼは気を引き締めた。ここで逃がすわけにはいかない。
「あ、あいつの人形にはダイヤが付いている。資産だよ!そもそもあいつが勝手に渡してきたんだ」
「資産なら貨幣でも構わないのでは?人形として置いておく必要はないと思います」
「く…そ、それは」
「本当は同じ人形師としてリスペクトしていたのでは?あなたも一流の腕をお持ちだと聞いています。だからこそ同じ一流の腕を持つクレールさんをライバルだと認めていた、違いますか?」
「……唯一のライバルだったよ。あいつは。儂はいつも一番になれなかった。悔しかったよ」
「ジュペットさん…お願いです。一流の腕を持つあなただからこそ、ナディアを直していただきたいんです」
「分かった…」
「本当ですか?」
ローゼが弾んだ声を上げると、ジュペットは頷いた。
「人形師としてきっちりやらせてもらう」
「ありがとうございます!!」
ローゼはホッとした。
*
「ナディアちゃん、直ってよかったね」
「あぁ!」
ローゼはすっかり元通りになったナディアの頭を撫でた。
「そういえばナディアちゃんのゼンマイを巻くと、どうなるの?」
ローゼもそれは試したことがなかった。ジュペットから、からくりについて但し書きがあったはずである。それを見るとこう書いてあった。
【からくりはもう壊れていた。直しておいた】と。
ローゼはワクワクしながらゼンマイを巻いた。オルゴールが流れ出す。誕生日を祝う短いフレーズの曲だ。ローゼたちはそれに聞き入った。
ナディアの瞳はキラキラと輝いている。
ローゼはこの間シフォンから貰ったドールを自分の肩の高さで掲げている。ここはヴァルドが管理する畑だ。
「ローゼ、何やってるの?」
「あぁ、ヴァルド。ちょうどいい所に。このお嬢さんに僕の家を案内しているんだ」
「なるほど。その子の名前はナディアっていうの?」
「そうさ。こんなに可愛らしいお嬢さんに名前を付けられる経験なんてなかなかないだろう?僕は一生懸命考えたんだ」
「ローゼが一生懸命考えてくれたからこの子も喜んでいるね」
ローゼは嬉しくなった。ナディアを抱えたままくるっと回る。
「ふふ、それなら嬉しいよ。ただナディアは少し汚れてしまっていてね。僕には何をどうしたらいいのか分からないのさ」
「そうだね。その子、からくり人形だし。直接濡らすのが無理なら水で濡らした布で拭えばいいんじゃないかな?ドレスなら俺が繕うよ。油を差せばからくりも動くんじゃない?」
「本当かい?」
「うん、任せて。ローゼ、早速やってあげようか?
仕事一区切りついたし」
「ヴァルド、ありがとう」
「なら家に戻ろうか。クーフ、おいで」
「ウォン!」
ヴァルドに呼ばれてクーフは尻尾を振りながら付いてきた。
*
「お嬢さん、僕には断じて下心がないとあらかじめ断っておくよ」
ローゼは一言人形に謝り、服を脱がせ始めた。
「ローゼは紳士だなぁ」
それを隣で見ていたヴァルドがのんびり言う。
「こんな可愛らしいお嬢さんの裸をこんなタイミングで見ることになるなんてね」
「人生って色々あるんだね」
「よし脱げたね。お嬢さん、ついでだし身体も拭いておこうか。ヴァルド、油の差し方を教えてくれるかい?」
「うん、ナディアちゃん嬉しそうだしね」
ヴァルドに油の差し方を習い、ローゼはゼンマイの接合部に油を流し込んだ。身体は布を濡らし丹念に拭いてやる。
「せっかく綺麗なブロンドなのに埃が付いてしまってるね」
「ローゼ、髪の毛も布で優しく拭いてあげたら大丈夫だよ」
「やってみるよ」
ローゼは丁寧に髪の毛を拭いた。
「わあ、綺麗になった!」
「ローゼ、上手く出来たね。ドレスも破れた所は繕えたけど新しいのも作ってあげようか?」
「いいのかい?」
「いいよ。靴下とか下着も作るね」
「ヴァルド、ありがとう」
*
「青い瞳はなにを映すの?」
ローゼはベッドにうつ伏せになってナディアを撫でていた。適当に作った歌を歌いながら。
「ナディア、僕は今度海に遊びに行くのさ!君も行くだろう?」
ナディアの瞳はキラキラと輝いている。小さなダイヤが数粒埋め込まれているのだ。
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ。そろそろ寝なくてはね。僕は朝に滅法弱いんだ」
ローゼは起き上がって布団の中に潜り込んだ。
*
「姉様、お久し振りです!」
「コニー、久しぶりだね!」
コニーの身長が伸びていてローゼは驚いてしまった。
「大きくなったね」
「そうなんです。姉様、その子は?」
コニーが示したのはもちろんナディアだ。
「ああ、ナディアっていうんだ。色々あってね、ある方から頂いたんだよ」
「姉様とドレスがお揃いなんですね」
「ああ、ヴァルドが作ってくれてね」
「ローゼ、そろそろ行くよ。コニーも」
後ろからヴァルドに呼ばれ、ローゼたちは返事をした。今日は海沿いにあるヴァルドの別邸に向かうことになっている。コニーも一緒ということもあって、ローゼは嬉しい気持ちでいっぱいになった。
いつものように、ヴァルドが操る馬車にコニーと乗り込む。
「姉様、海に行ったことは?」
「実は初めてなんだ。どんな感じなんだい?」
「海は大きいですよ。姉様もびっくりすると思います」
「それは楽しみだね」
「向こうに着いたら遊覧船に乗るんでしょう?」
「あぁ、近くの小島を周るんだってね」
「楽しみですね!」
ローゼは馬車の揺れにだんだん眠たくなってきた。そこから記憶が途切れている。
*
「ん?ここは?」
ローゼが気が付くとベッドの上だった。いつの間にかネグリジェを着がえさせられていた。隣にはナディアがいる。ローゼは慌てて起き上がり部屋を出る。
「あ、ローゼ。起きた?」
「着いたのかい?」
「着いたよ。ローゼ、よく寝てたね。もうすぐ夕方だよ」
「海は?」
ヴァルドが微笑む。
「二階のバルコニーに行ってご覧」
言われた通り、ローゼはバルコニーに繋がる扉を開けてみた。
「わあ!!」
目の前に広がるのはもちろん海である。夕日が海をオレンジ色に染めていた。ローゼはしばらく海を見つめていた。風が吹いてくる。潮の匂いがした。初めて感じる香りにローゼはただ黙っていた。
「ローゼ、海はどう?」
振り返るとヴァルドがやってきた。
「あぁ。なんだか見ていると胸の中がスッキリするよ」
「分かる気がする。とりあえず夕飯を食べに出かけようか」
「コニーは?」
「今、散歩から帰ってきたよ」
ローゼは部屋で持ってきたワンピースドレスに着替え、革でできたピンク色のポシェットを肩に掛けた。
「ナディア、ちょっと行ってくるよ」
ナディアはキラキラした瞳でこちらを見つめてくる。ローゼは彼女の頭を撫でた。
*
夕方、ローゼたち3人は適当に選んだ店に入り夕食を楽しんでいた。人気店なのか席は埋まっている。
店の真ん中には大きな水槽が置かれ、魚が泳ぎ回っている。店頭には貝も置かれていた。どれも大きい。
「イカって焼くと美味しいのだね」
「そうだね、旨味も強いし塩気がちょうどいいかも」
「この串に刺さっているのも大胆だね」
「あぁ、歩きながら食べられるみたいだよ」
「食事を歩きながら?」
ローゼは驚いた。
「うん、お酒を歩いて飲みながら楽しむみたい」
「そうか。色々あるものだね。これは?」
「タコの唐揚げだって」
「なんだって?」
「姉様、美味しいですよ」
コニーに言われて、ローゼは恐る恐る唐揚げを食べてみた。
「ん、美味しい。こりっとしたね」
「ローゼ、牡蠣フライもあるよ」
3人は食事を楽しんだ。
*
「ふう、よく食べたよ。お腹がパンパンだ」
ローゼは腹を擦りながら部屋に戻って来た。
「ナディア、一人で寂しくなかったかい?明日は遊覧船に一緒に乗ろうね」
ローゼはナディアを抱き締めた。
「さて、明日は朝から観光があるし、早く眠ることにしようか」
ナディアをベッドの脇に置き、ローゼは着替えを持って風呂に向かった。
*
「速いね、コニー」
「本当ですね」
ローゼたちは遊覧船に乗っている。風を切って走る船はローゼの心をあっさり射止めてしまった。
ガイドによる案内のアナウンスも新鮮で楽しい。
「ローゼ、お昼はお肉食べようか」
「あぁ。そうだね」
「やった!」
コニーの喜びようにローゼは笑ってしまった。
「ナディア、楽しんでるかい?」
ローゼがナディアを撫でる。
「姉様はナディアさんを大切にしているんですね」
「あぁ。可愛くてね、大事なんだ」
「ローゼのお姫様だからね」
ヴァルドが言いながらナディアの頭を撫でる。
「ふふ、ヴァルドも気に掛けてくれていることは僕も知っているのさ」
「そりゃそうでしょ。俺はローゼが大好きなんだから」
「兄様、急に惚気ないでください」
ローゼは吹き出してしまった。やはりこの兄弟のやりとりはおかしい。船が港に横付けする。ローゼたちは船を降りた。
「姉様!!」
コニーが咄嗟にローゼを庇い前に出る。ローゼは驚いてナディアから手を離してしまった。男がナディアをキャッチする。
「ナディア!!」
ローゼの呼び声虚しく男が走っていく。
「姉様、ここにいてください。必ずやつを捕まえます」
コニーが男を追いかける。ローゼはただただ立ち尽くしていた。
「ローゼ、大丈夫。コニーは速いから」
「あっ…ひっ…」
ローゼは我慢出来ず泣き出してしまった。しゃくりあげていると、ヴァルドに抱き締められる。
「大丈夫。コニーを信じてあげて」
「ぼくの…っ…せいで…」
「違うよ、ローゼは悪くないの。ぶつかってきたあいつが悪いんだよ」
「でも…っ…」
「ローゼ、落ち着いて」
ヴァルドに背中を優しく叩かれローゼも落ち着いてきた。
「ごめんなさい」
「ローゼ、謝らなくていいんだよ。怖かったね」
「ありがとう、ヴァルド」
ローゼはほうと息を吐いた。
「姉様ー!」
コニーが向こうから走ってくる。手にはナディアが握られていた。ローゼはそれにホッとした。
「ごめんなさい、姉様。ナディアさんが壊されていました」
「あぁ…ナディア…」
ナディアのゼンマイ部分がへし折られ顔にはヒビが入っていた。ローゼが力なく彼女を抱きしめる。
「姉様、本当にごめんなさい」
「コニー、取り返してくれてありがとう。大変だっただろう?」
「姉様…」
「ローゼ、とりあえず邸に帰ろうか?疲れちゃったよね」
「そうするよ」
ローゼはしょんぼりしながら別邸に戻った。
*
「ナディア、僕があの時、手を離したせいで怖い思いをさせてしまったね」
ローゼは毛布の中で丸くなりナディアを抱きしめながら泣いていた。
「ローゼ、ここにお茶置いてくから」
「ありがとう、ヴァルド」
涙声でなんとか答える。ローゼは泣き疲れてそのまま眠っていた。
*
「ローゼ、大丈夫?」
ローゼは目を覚ました。毛布の中にずっといたので暑い。顔を出すとヴァルドと目が合った。
「ヴァルド…」
「大丈夫だよ、ローゼ。帰って人形を直せる人がいないか探そう」
「本当かい?」
「うん。レナードさんが収集していた人形師さんっていう手掛かりがあるからね」
「そうか。ありがとう、ヴァルド」
次の日、予定を繰り上げてローゼたちは自宅に戻ることにした。
*
「え?亡くなっている?そうですか…はい…」
ヴァルドが電話をしている。ローゼにはナディアを抱きしめている事しか出来なかった。
「ローゼ、人形師さん見つかったよ!」
「本当かい?」
ヴァルドがローゼの前で屈む。何かあるのだとローゼは身構えた。
「ただねその人、すごく気難しい人みたいなんだ」
「でも、ナディアを直せるのだろう?」
「腕は一流だって」
「なら一度お願いに行ってみるよ」
「ローゼ…そうだね。今、地図を見せるね。ここからそこまで離れてないみたい」
「本当だね。明日にでも行ってみるよ」
ローゼの気持ちはもう固まっていた。
*
「駄目だ、駄目だ!!」
翌日、ローゼはナディアを手に人形師の家を訪ねていた。呼び鈴もなく、仕方なくドアを叩いてみたが反応はない。ローゼは裏に回って職人の姿を見つけ窓を叩き、ようやく中に入れてもらったのだった。
職人の名はジュペットといった。ヴァルドの話によればかなりの人間嫌いらしい。むすりとした表情の老翁だ。ローゼの依頼を聞くやいなやそう騒ぎ出した。
「でも、もうあなたにしかお願い出来ないんです。この子を製作した人形師の方はもう亡くなっていて」
ローゼの言葉にジュペッタは片眉をあげた。
「何だって?あいつが死んでいる?」
「ご存知なんですか?」
「ふん、知っているも何もアイツは儂の天敵よ。アイツはいつも儂に仲良くしようとへらへらして近付いてきた」
ローゼはナディアを抱き締めた。
「本当に仲良くしたかったんだと思います」
「お前みたいな恵まれたやつに何が分かる?どうせたかが庶民だと儂らを馬鹿にしているのだろう!」
「そんなことありません。確かに僕はずっとわがままを言って生きてきました。でもそんな僕に大事な人が出来て僕は変わったんです」
「口だけは達者なようだな!」
ローゼは泣きそうになった。だがナディアの為に負けられないと思った。ふと部屋を見回して気が付く。
「そこの人形…クレールさんが制作したものでは?」
ジュペットの表情が焦りに変わる。ローゼは気を引き締めた。ここで逃がすわけにはいかない。
「あ、あいつの人形にはダイヤが付いている。資産だよ!そもそもあいつが勝手に渡してきたんだ」
「資産なら貨幣でも構わないのでは?人形として置いておく必要はないと思います」
「く…そ、それは」
「本当は同じ人形師としてリスペクトしていたのでは?あなたも一流の腕をお持ちだと聞いています。だからこそ同じ一流の腕を持つクレールさんをライバルだと認めていた、違いますか?」
「……唯一のライバルだったよ。あいつは。儂はいつも一番になれなかった。悔しかったよ」
「ジュペットさん…お願いです。一流の腕を持つあなただからこそ、ナディアを直していただきたいんです」
「分かった…」
「本当ですか?」
ローゼが弾んだ声を上げると、ジュペットは頷いた。
「人形師としてきっちりやらせてもらう」
「ありがとうございます!!」
ローゼはホッとした。
*
「ナディアちゃん、直ってよかったね」
「あぁ!」
ローゼはすっかり元通りになったナディアの頭を撫でた。
「そういえばナディアちゃんのゼンマイを巻くと、どうなるの?」
ローゼもそれは試したことがなかった。ジュペットから、からくりについて但し書きがあったはずである。それを見るとこう書いてあった。
【からくりはもう壊れていた。直しておいた】と。
ローゼはワクワクしながらゼンマイを巻いた。オルゴールが流れ出す。誕生日を祝う短いフレーズの曲だ。ローゼたちはそれに聞き入った。
ナディアの瞳はキラキラと輝いている。
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