カラスの月夜

はやしかわともえ

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起きていたこと

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腰が痛い。目が覚めてまず思ったのはそれだった。いや、腰だけじゃない。
全身がとにかく痛い。

昨日したことを思えば仕方ないか。
ごろん、と向きを変えると茉莉也が眠っている。俺は彼のふわふわな髪をかき上げた。

「ん、もう朝ー?」

茉莉也がもぞもぞして目を開けた。

「おはよう、茉莉也」

「月夜、おはよ。体痛いでしょう?大丈夫?」

「大丈夫だ」

本当はこのまま倒れ込んでいたいけど、そういうわけにはいかない。
俺は元いた時代へ帰るんだ。 
茉莉也の精神は俺の持っている鍵の中にある。
俺が責任を持って茉莉也の体へ戻してやりたい。

「月夜、行っちゃうんだね」

ぽつ、と茉莉也が言う。

「大丈夫。俺は茉莉也とずっと一緒だ」

「うん」

「茉莉也」

茉莉也を見つめるとキスされる。

「またね、月夜」

支度を整えた俺は酒処・茜に向かった。
未来の世界にも店は変わらずにあった。
引き戸を開ける。

「やっときた!」

「アカネちゃん!」

彼女は変わらずにいた。
俺は店の中に入る。

「月夜、女将さんが来るまで少し待って。あ、朝ご飯食べた?」

「いや」

アカネちゃんがすぐ熱々のお茶漬けを出してくれた。
海苔の香りが食欲をそそる。

「いただきます」

もりもりそれを食べる。
アカネちゃんが楽しそうに見ていた。 

「ねえ、月夜。茉莉也くんを待つんでしょ?」 

「あぁ」

「茉莉也くん、幸せだね」

「アカネちゃん」

「アタシ、そんなアンタがやっぱり大好き」

にっこり笑ってアカネちゃんが言う。
彼女はいつもこうして俺の味方でいてくれる。

「待たせたね、二人共」

女将さんの声がしたと思ったら、もうここにいた。

「月夜、アカネ、今回はワッチに協力してくれてありがとよ。褒美をあとであげようね」

「女将さん、悪鬼は?」

あいつはどうなったんだろう。
どうして外界を襲ったんだ?
女将さんがカウンターの椅子を引き寄せて座った。すらりとした足を組む姿は色っぽい。

「月夜、アカネ、昔話をしてあげようね」

俺とアカネちゃんも椅子に座る。
女将さんは話し始めた。

「これはワッチが子供の頃の話さ」

女将さんは大きな力を持つ神様の娘さんだった。
その時にお目付け役として付けられたのが悪鬼だった。(この時は豆助と呼ばれていたらしい)
豆助さんは女将さんの面倒を良く見て誠実に働いていた。

「豆助は優しい男だったよ。
でも背負いすぎるところがあった」

天界には人間の負の想いを貯め込む瓶があるらしい。
その中の声に、豆助さんは唆された。
瓶の封印を解いてしまった豆助さんは悪鬼になってしまった。
それから戦いが始まる。長い戦いが。
悪鬼は天界だけでなく、下界の力を求めて襲いかかるようになった。

「豆助さんは大丈夫なんですか?」

「あぁ、もうすっかり元通りさ。
ワッチの大好きな豆助だよ」

そうか、女将さんは豆助さんのことが大好きなんだ。

「女将さん、なんで人間の負の想いを瓶に貯めているの?よくない気持ちなのに」

それは俺も思った。
それさえなければ、悪鬼は現れなかった。

「人間の気持ちはね、そのままワッチらの力になるのさ。負の想いも悪いことばかりじゃない。それがプラスになることもある。それに」

女将さんが俺に笑いかける。

「近頃は茉莉也姫が浄化をしてくれるのさ」

「茉莉也が?」

「あの子の力は癒やしにある。
優しいあの子だから成し得るんだよ」

茉莉也の顔を俺は思い浮かべていた。
鍵を取り出す。
茉莉也はしばらくこの中に居なければならない。
肉体が霊力に耐えられるようになるまで。

「月夜、茉莉也姫を守ってくれるかい?」

「はい、絶対守ります、茉莉也とずっと一緒にいます」

「ありがとう、月夜」

気が付くと俺は酒処・茜に一人で立っていた。
戻ってきたのか?
全然実感が湧かない。

「月夜?!帰ってきたの?」

振り向くとスーパーの袋を提げたアカネちゃんがいた。

「アカネちゃん、俺」

「よかった!」

アカネちゃんにしがみつかれる。

「茉莉也くんが神様になっちゃったの!」

「うん、知ってるよ。茉莉也はここにいる」

アカネちゃんに鍵を見せたら、きらりと光った。

「本当にずっと一緒にいたんだね」

アカネちゃんが呟く。
俺は頷いた。
茉莉也、お前は俺が守るよ。
これからずっと。

おわり

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