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千尋・加那太・真司・千晶

年末の夜(前編)

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今日は大晦日だ。僕も千尋も無事に年末年始の休みに入っている。でも僕はあることをすっかり忘れていた。そう、年賀状だ。大事な行事のはずなのに、新作のゲーム攻略に気を取られていた。慌てて無難で可愛いと思った絵柄を無地のインクジェットはがきに印刷して、宛名を印刷しようとPC内の住所録を探したら何故かデータが消えていて、死にそうになった。喪中は来ていなかったので、今年に来た年賀状を元に宛名書きを黒のボールペンで始める。ボールペンは100円ショップの時々文字が掠れてしまうという頼りない代物だ。書くのに苦戦する。

「ふぐぐ…」

「加那、俺が住所録作っとくぞ」

「ありがとう、お願いします」

千尋のキーボードを打つ音をBGMに僕は宛名をひたすら書き続けた。綺麗な文字というものを僕は今まで書けたためしがない。ようやく最後のはがきになって、僕はホッとした。枚数にして30枚。
社会人にしては多分少ない方なんだろうけど、宛名書きはしばらくやりたくない。裏面に一言添える。作業が終わったのは夕方だった。

「終わったー、ポスト行ってくる」

「おう」

コートを羽織ってスマホを持つ。僕はハガキを輪ゴムでとめて近くのポストに走った。やれやれ、元旦には間に合わないけど、ちゃんと謝ったし大丈夫だと思いたい。
帰ろうと思ったらスマホが鳴った。画面を見る。あきくんからだ。

『かなさん、みんなで初詣に行きませんか?』

僕はその文章にドキドキした。もしかして。

『夕飯をみんなで一緒に俺たちの家で食べて、そのままお詣りに行きたいんです』

「千尋が良ければ僕は良いよ。お願いしてみるね」

僕はそう返信して、走って家に帰った。千尋は住所録を作ってくれている。しかも印刷しやすいように表を綺麗に整えてくれているようだ。有り難い。

「千尋!あきくんからメッセージ来た?」

「ん?初詣、行くだろ?」

千尋は分かってる。あきくんにも連絡しておいてくれたみたいだ。

「夜は寒いぞ、多分」

確かに灰色の雲がかかっているから今にも雪が舞ってきそうだ。多分、神社までは電車か徒歩なんだろう。車で行ったら大混雑で駐車場にすら停められないよね。

「でもすごく楽しみ!!」

「とりあえず飯の準備しよう。あきのことだから用意してくれてるとは思うけど」

「僕もやる!何作るの?」

「ミートパイ」

その言葉にごくん、と思わずつばを飲み込んでしまった。千尋の作るミートパイが好きすぎて、条件反射で体が動くようになってしまっている。

「加那、ミートパイ好きだよな」

「う、うん。大好きだよ。千尋のミートパイって、お肉がぎしってしててチーズがトロってなるから」

「そりゃあよかった。なら今日も美味しく作るからな」

千尋がエプロンをして、腕まくりをする。その仕草にドキッとしてしまうのは僕が欲求不満なだけなんだろうか。むむむ。

千尋の手際は毎度鮮やかだ。たっぷりのバターで炒めた挽き肉とチーズを交互に挟んでパイシートで包む。
これで予熱したオーブンに入れて焼けば完成。

「わぁぁ、もういい匂いするー!」

「おにぎりも握ろうか?」

千尋が冷蔵庫から取り出したのは昆布とたらこだった。当然のように海苔も出してきた。思わずじゅる…ってなってしまうから困る。

「今一つ食べても良い?」

「あ、やっぱり昼飯足りなかったか?」

今日のお昼はスパゲッティだった。千尋は考えて、たっぷり作ってくれるんだけど、時々こうなる。サラダも食べているから糖化ではないと思うんだけど。

「ううん、スパゲッティは大盛りで美味しかったよ。でもお腹空いちゃった!」

僕のお腹が空いていないほうが、珍しいよね。
千尋はひょいひょいとおにぎりを大きめに握って、海苔を巻いてくれた。

「とりあえず一個にしとけよ」

「はーい。頂きます」

おにぎり美味しいなぁ。中身はたらこだった。僕がもりもりおにぎりを頬張っている間に、千尋はおにぎりをすいすい握って、タッパーに詰めていた。

「千尋、おにぎり握るの上手だね」

「ん?ある意味職人だからな」

「おにぎり職人かぁ」

なんだか可愛いなと思って僕は笑ってしまった。そこでオーブンが焼き上がりを報せてくれた。

「おし、焼けた」

「わぁ!」

千尋がミートパイを取り出す。
パイ生地がサクサクしていて美味しそうだ。
千尋はアルミホイルでそれを包んでバッグに入れた。
おにぎりの入ったタッパーもだ。

「よし、そろそろ行こうか」

「うん!」

千尋の車の助手席に座る。そういえば…。

「千尋、あれ、本当にあきくんに渡すの?」

千尋は頷く。うーん、自信満々だ。今年のクリスマス、千尋からのプレゼントは可愛いことで有名なブランドのルームウェアだったのだ。女の子のファンが多いブランドである。僕みたいなおじさんがそれを着て良いのか、正直憚られる。千尋は可愛いし似合うから着ろって言ってくれるけど。千尋はあきくんにも同じブランドのルームウェアを買ったらしい。僕は真司さんには吸水性の高い上等なバスタオルを買ったのだ。
あきくんが怒らないといいなぁ。車は間もなくあきくんたちの住むマンションに着く。メッセージでもうすぐ着く旨を送ったら、返信が来た。

「準備完了です!気を付けて来てくださいね!」

何がなんだか分からないけど、どうやら準備完了らしい。千尋はいつもの通り、車を駐車場に停める。
マンションのエントランスでインターフォンを鳴らすとあきくんがすぐ出てくれた。

「今、開けますね」

あきくんの家は三階にある。僕たちはエレベーターに乗って、そこを目指した。


部屋に入ると猫のナキちゃんが玄関にちょん、と座っている。お出迎えしてくれたのかな。

「なぁ」

「よしよし、ナキちゃん。可愛いね」

僕がナキちゃんを撫でていると、あきくんが駆け寄ってきた。ん?なんかいい匂い。

「いらっしゃいませ!お待ちしてました」

「こんばんは、これ作ってきた」

千尋がバッグを差し出すと、あきくんはパッと顔を輝かせた。

「ありがとうございます!早速食べましょうか」

あきくんがルンルンしているのがよく分かる。
中に入ると食卓にこれでもかとご馳走が並んでいた。ポテトサラダに唐揚げ、エビチリ、フライドポテト、お刺身まである。全て僕の好きなものだ。準備完了ってこれかー。

「わぁ!美味しそうなものがいっぱい!」

「よく作ったな」

「冷凍の物も結構あるんですよ。わ、ミートパイ!」

「お、いらっしゃい」

真司さんが僕たちの後ろからやってきたから驚いた。手にはビールを持っている。どうやらわざわざ買いに行ってくれていたらしい。

「千晶、ビール買ってきたぞ。冷やしておくか?」

「ありがとうございます。はい、お願いしていいですか?」

「分かった」

あきくんに食卓の前に座るように促された。キンキンに冷えた缶ビールを持たされる。どうやら真司さんが買ってきたのは足りなくなることを予測した分だったらしい。

「今ミートパイ温めますね!真司さんも先に食べててください」

「あぁ。あ、そうそう」

真司さんが一度奥に引っ込むと何かを持ってきた。2つの大きな包みだ。

「これ、クリスマスプレゼント。俺と千晶から」

「俺たちも二人に」

今年のクリスマスはなんだか忙しかったから通話するので精一杯だったのだ。

「ミートパイ温まりましたよー」

あきくんがミートパイを食卓に出してくれる。おにぎりもだ。

「食べましょうか」

僕たちは乾杯して食べ始めた。もう夜なのに、今日はなんだかワクワクする。
12月31日は子供の時から楽しいが詰まっている。

つづく
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