推しに認知されてしまいました!

はやしかわともえ

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遠くて近い①

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「ご予約の品はこちらでお間違いないでしょうか?」

店員にそう尋ねられ、すずは頷いた。今日、涼はブイズのコラボカフェに友達と遊びに来ている。コラボカフェの予約をした時間までまだゆとりがあったので、近くの店舗受け取りにしたブイズのグッズを先に受け取ることにしたのだ。

「こちら、特典のポストカードになります。袋はご入用ですか?」

ポストカードは裏面を向いている。誰が来たんだろうと涼はドキドキしながら言った。

「袋ください」

「かしこまりました」

店員が速やかに商品を袋に詰めて手渡してくれる。

「ありがとうございました」

涼は店舗内で商品を見ていた友達の元に戻った。

「あ、買えた?特典誰だったの?」

「まだ見てない。カフェで見よ?」

「あたしも持ってきてるから交換できたらいいね!」

「うん」

涼の友達は女子が多い。そもそも、ブイズのファンは女性の方が多いのだ。ビジュアルロックバンドなのだから無理もない。自然と女性と知り合う。
今日一緒に居たのは一番懇意にしている友達である。推しこそ違えど彼女とは気が合った。自分の性的指向が同性でなければ付き合っていたのかもしれない。もちろん彼女も涼のことを理解してくれている。

「カフェ、他の子とも行ったんだけど、すっごく楽しかったの」

「へえ、コラボメニュー食べ切れた?ちょっと量多めだよね?」

「あぁ、余裕だったよ?皆、沢山ドリンク頼むし。グッズで渋沢さんが余裕で吹き飛ぶの」

そりゃあそうだろうなぁと涼は笑ってしまった。
ドリンクにはランダムでコースターが付いてくる。皆、それ目当てで頼むのだ。

「絶対ジェイを引き当てるぞ!」

ふんす、と彼女が小さな拳を握る。
もしかしてと涼は思った。

「それ、お友達用?」

「そうそう。誘ったんだけど仕事休めないんだって」

「それは大変だね」

「涼ちゃんだって割と忙しいじゃん」

「まだ休めるだけマシだよ」

話している内に予約時間になったらしい。店の中に案内された。そこでルールを説明される。まず、フードやドリンクを先に注文する、その後、1回だけ物販を利用することが出来る。トレードも自由に出来るとのことだった。

「涼ちゃん、どれにする?」

「んー、やっぱり西くんのドリンクかなぁ。大輝くんも割と好きだけど」

「涼ちゃん、包容力に弱いよね」

「知ってる。よし、両方頼もう!」

「お、いったれいったれー!」

涼はふとスマートフォンが気になった。先程、西からメッセージが来ていた気がする。友達に謝ってスマートフォンを開くとメッセージがやはり来ていた。

「涼さん、たまには構って!!」

泣き顔の絵文字と共に書かれた文章に涼は参ったなと頬をかいた。

「なに?彼氏さん?」

「んー、厳密には違うけどそのようなもののような?」

「何それ」

涼が困りながら返信をしていると頼んでいたドリンクたちが来た。とりあえず西には「ごめんね」と一言だけ送っておいた。涼は少し反省している。西のことが大好きなのは変わらないのだが、急に距離が近くなって、どうしたものか分からなかった。
毎回、西からぐいぐい来てくれるのでなんとか今の関係が成り立っている。まるで人懐こいわんこのような西が自分に背を向けたら悲しいだろうとは思う。だが向こうは芸能人で自分はどこにでもいる一般人だ。吊り合うはずがないと涼は思ってしまう。そこはやはり自分の方が少し大人だからだろう。そんなことを思ううちに頼んでいたフードが来た。涼は甘党なのでパンケーキを頼んでいた。一枚一枚が厚めのパンケーキだ。そして、ホイップクリームが隣にでん、と置かれているのが印象的だ。涼はスマートフォンで写真を撮る。ブログに載せるためだ。
ドリンクも一口飲んでみる。西をイメージしたドリンクなので紫色の炭酸だった。思いのほかシュワッとして、涼は驚いた。

「涼ちゃん、コースター、西くんだったよ」

「えー!すごいー!」

「あたし、割と西くん、引けるんだよねー」

「俺もじゅうくん引けるかなー」

涼は願いを込めながらくるりとコースターをひっくり返した。誰かと思えば大輝である。

「お、大輝じゃん!あたしはもう交換でじゅうくん随分貯まってるんだよね。だからあげるよー」

「えぇ、いいの?ならグッズ買うよ?」

「もー、涼ちゃんは優しいんだから。そんなんじゃ彼氏さんに押し倒されちゃうよ?がおーって」

「な!そんなこと…」

ない、と言いたくなったが、何度かそんな雰囲気になったことを思い出した。それに顔が熱くなる。

「涼ちゃん、自覚ないんだねー。自分が可愛いって」

「かわ…?」

「ほらほらさくっと物販やろ。あたし、このブラインドのアクリルスタンドがいい。買ってくれるんでしょ?」

「分かった」

もう深く考えるのをやめて、涼は缶バッチを最大数とアクリルスタンドを最大数購入することにした。また飾るスペースを増やさなければいけないが、それを考えるのもまた楽しい。涼がホクホクしながら席に戻ると、彼女もまた推しグッズのトレードを行っていた。今日も日本国は平和らしい。

「涼ちゃん、はい!」

「へ?」

友達が差し出してきたのは当然西のコースターだ。涼が驚いていると、手を取られて西のコースターを握らされる。

「あ、アクリルスタンド買ってきてくれたんだ!ほら、開けよ、開けよ!」

「う、うん」

フードを食べながらの開封の儀は忙しなかったが、なんだかんだ楽しかった。



涼は鼻歌を歌いながらアクリルスタンドを飾っている。もちろん西の祭壇には西のアクリルスタンドを飾った。

「ふふ、いい感じ」

涼はそこで、スマートフォンの着信音に気が付いた。ここ2、3カ月の間、涼の気持ちを掴んで離さない音だ。涼がスマートフォンを開くと、西からメッセージが着ていた。

「涼さん、会いたい。会いに行っていい?」

西のメッセージには毎回ドキドキしてしまう涼である。いいよ、と一言返すと、今から行くと書いてあった。あれから西は涼の家に泊まることも何度かあった。西の祭壇はまだ直接見せたことはないが、この間、写真を見られてしまっている。涼も最寄り駅で待っていようと家を出た。

「涼さん…!」

西がやってくる。黒いマスクに黒のキャップを目深にかぶっても、西からはなんだかオーラみたいなものが漂っているのか、周りの人からじろじろ見られた。だが、西はもう慣れているらしい。涼の腕を掴む。そのまま優しく引かれた。

「涼さん、今日女の子と歩いてたよね?」

歩きながらそう言われて、涼は驚いてしまった。

「涼さんのことだから彼女とかじゃないだろうし…どういう関係?」

涼はだんだん恥ずかしくなってきた。だが言わなければ西に伝わらない。

「ブイズ仲間…」

「涼さん、本当に俺たちが好きなんだね?」

「うん…コラボカフェでパンケーキ食べた」

「さすが、涼さん。ブレないね」

これではどちらが年上か分からない。涼は西を見上げた。自分ははっきり言わなければいけない。

「女の子の友達と会うのはもう、や、やめるから」

「えー?なんでー?涼さんのこと知ってるんでしょ?めちゃくちゃ馴染んでたし」

「そうなの?」

「うん。……良かったー、万が一恋人ですなんて言われたら立ち直れなかったよ」

「西くんはモテるのに?」

「好きなのは涼さんだけだもの」

涼は嬉しくなり俯いた。もうすぐ家に着く。そこにカメラを持った青年が飛び出してきてシャッターを押した。涼はびっくりして固まることしか出来なかった。
西はカメラを持った男を追いかけようとして、涼が固まっていることに気が付いたのか、慌てた様子で涼の元に戻って来る。

「涼さん!大丈夫?」

「あ…今、写真撮られて」

カチカチと歯がぶつかる。涼は震えていた。初めての経験に怖いと思ったのだ。

「大丈夫、別にチューしてたわけじゃないし、俺は既婚者でもないし」

「うん」

行こうと西に手を引かれる。涼たちは部屋の中に入った。涼は不安を忘れようと、ドカ食いをしようと決めた。油を温めて、唐揚げにしようと味付けをしていた鶏もも肉をジュワジュワ揚げた。

「わー、唐揚げ美味そう。すごい量だね?」

「今日はいっぱい食べて気絶する」

「気絶しちゃうの?」

西が笑っている。

「西くんは揚げ物食べられる?お肌に悪いかな?」

「ええ?普通に食べるけどね」

西の肌はつるりとして綺麗だ。そうこうしているうちに唐揚げが揚がっていく。
結果約1キロの唐揚げが出来ていた。

「お米も炊いてあるんだ」

「涼さん、自炊できるのすごいね」

「一人暮らしも長いしね」

涼は冷蔵庫からキャベツを取り出した。千切りにする。

「うわ、涼さん千切りめちゃウマ」

「ずっとやってれば出来るようになるよ」

涼は大皿にキャベツと唐揚げを盛り付ける。

「食べよう。西くん」

白米を多めに盛り付け食卓に運ぶ。涼たちは手を合わせて食べ始めた。

「わ、唐揚げ美味っ。カリカリだね!」

「良かった」

涼は先程のことを思い出して暗い気持ちになった。謝罪会見の様子が頭の中に広がっている。一体何に対しての謝罪かは分からないが、西はファンが多いのだし、反感を買う可能性もある。

「涼さん、心配かけちゃってるね」

西にはよく分かっているようだ。

「西くん、俺はどうすればいいの?」

「涼さんは気にしなくていいんだよ。もうこの際、一緒に暮らしちゃう?」

「え…!」

びっくりした涼である。

「多分さっきの、雑誌に載るんじゃないかな」

「えぇ…」

涼は心配になった。西は人気ミュージシャンだ。

「大丈夫。ちゃんと俺からファンに伝えるから」

「西くん…今日なんだか大人だね?」

いつもわがままを言う西と同一人物とはおもえない。

「今日はね」

ふふ、と西が笑う。

「さ、唐揚げ食べよ?」

一緒に暮らしたらどうなるのだろう、と涼は考えた。幸せになれるのだろうか。




涼は出勤の準備をしている。弁当を持ち、忘れ物をしていないか確認した。ふとテレビに視線を移すと、西が映っている。涼は慌ててテレビに集中した。どうやら西の言っていた通り、あの写真は雑誌に掲載されたらしい。西は大事な人です、とインタビューに答えていた。涼は自分がいつの間にか泣いていることに気が付いた。西にこんなに愛してもらえて嬉しいという気持ちだ。スマートフォンが鳴る。涼が確認すると、西からだ。

「今日夕飯一緒に食べよ?」

涼はちゃんと自分の気持ちを西に伝えなければと決めていた。



夜、仕事を終えた涼は駅で西を待っていた。

「涼さん!」

声がしたかと思うと西に抱き締められていた。涼は慌てた。また写真を撮られては敵わない。涼がキョロキョロしていると、西が笑う。

「大丈夫。ちゃんと説明したし」

行こっかと西に手首を掴まれて引かれる。

「涼さん、ハンバーグ好き?」

「うん」

「良かった。そこ、いちごミルク美味しいからご馳走するね」

「え、そんなの悪いよ」

アワアワしていると西が笑った。

「涼さん誘ったの俺だもん。この間怖い思いさせちゃったしね」

「…西くん、あのね」

涼は今しかないと口を開いた。

「涼さん?」

「お、俺、西くんともっと仲良くなりたくて」

「えー、嬉しい。てっきりもう会いたくないって言われるのかと思った。焦ったー」

「そんなこと言うわけない。俺、西くんが好きだもん」

「え、なら恋人になってくれる?」

「恋人になったら何か変わるの?」

涼はドキドキしながら聞き返した。

「そりゃあ変わるよ。チューするし」

「チューするんだ?」

「他にも色々するよ」

涼は顔中が熱くなってきた。もしそんなことをしたら恥ずかしくて爆発してしまいそうだ。

「涼さん、可愛い。まぁ今は親友ってことで」

西は優しい。涼はそれにホッと息を吐いた。店に入ると喫茶店のような雰囲気だった。どうやら個人が経営している店らしい。

「お、俊哉くん、久しぶりー」

中から出てきた男性は体格がいい。

「おじさん、久しぶり。ハンバーグプレート二つといちごミルクとレモンスカッシュ」

「はいよー」

「ここのハンバーグ、本当に美味しいんだよね」

2人は席に座った。店内自体はそこまで広くないが、通路は広い。車椅子のひとが不便しないようにという配慮らしい。他に客はおらず貸し切り状態だった。

「涼さん、どうする?これから」

「西くんが泊まりに来るなら片付けるけど」

ふふ、と西が笑った。どうやら自分が見当違いのことを言ったのだと気が付く。

「指輪買う?」

「えぇ…」

涼は驚いてしまう。

「だって涼さん、可愛いじゃん。狙ってる人結構いるんじゃない?」

「そんなことないと思うけどなぁ」

涼は考えた。だが思い当たらない。

「涼さん、特別鈍感だからなぁ」

「そんなことない」

むう、と膨れたら西に謝られる。

「ごめんって、でも涼さんが心配なんだよ」

「そうなの?」

「そうなの」

西が安心してくれるなら指輪もいいかもしれないと涼は思った。

「はーい、ハンバーグプレートね!今飲み物も持ってくるから」

「ありがとう!」

ハンバーグが鉄板の上でジュワジュワいっている。鼻をくすぐる匂いがなんとも心地いい。

「美味しそう」

「美味しいよー」

飲み物も無事にやって来て、涼はいちごミルクを一口飲んでみた。クラッシュされたいちごの果肉が美味い。

「わぁ、美味しい」

ハンバーグも箸で切り分けて口に運ぶ。溢れる肉汁に涼は感激してしまった。口の中に甘みが広がり、溶けるようになくなってしまう。

「美味しい…気絶する」

「涼さん、気を確かに」

西が笑いながら言った。確かに気絶している場合ではないと涼も頷いた。

「西くん、指輪買う」

「本当?」

「うん。あんまり高いのは無理だけど、俺、貯金少ないし」

「また2人で見に行こうか」

「うん」

2人きりの甘い空間は居心地がいい。涼は恐る恐るだが一歩踏み出せたような気がしていた。
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