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忙しい日々

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「これでラスト!」

本田加那太ほんだかなた、29歳は現在、中学校の司書教諭として、非常勤で働いている。
少し前まで、図書館で司書として働いていたのだが、縁あってこの中学校にやって来た。
赴任したばかりの頃は慣れない仕事や難しい年頃の子供たちの相手に苦労したが、今では少しずつ職場に慣れて来ている。
他の教師ともそれなりに打ち解けて来ていた。加那太はどちらかと言えば人当たりが良い。軽く雑談するくらいなら初対面でもできた。

今、加那太は一人で図書室内の蔵書点検をしている。
月末には必ず行う業務である。
生徒に手伝ってもらうという手もあるのだが、今はちょうど夏休み前。
大会を控えている生徒も多い。

そのせいか図書室も閑散としていることが多い。だがもうすこししたら夏休みの宿題である読書感想文の課題を探す生徒で図書室は溢れかえるはずだ。そのためには図書室内を綺麗に整理しておく必要がある。
加那太は貸し出されている蔵書以外の本が全てあることを確認した。

いつもの不思議な現象も最近はなりを潜めている。だがまたいつ巻き込まれてもおかしくないので、とりあえず冷静でいようと心掛けている。

「ふー、終わった。喉乾いたー」

もう既に放課後だ。生徒の大半は部活に出ているか、帰宅している時間である。加那太は図書準備室に置いた自分のリュックから水筒を取り出して飲んだ。
中には冷たい麦茶がたっぷりの氷と共に入っている。
同性でパートナーである千尋がいつも作って持たせてくれる。もちろん弁当も一緒にだ。
千尋の作る弁当は加那太の好みを完全に把握して作られている。
それが毎日の楽しみの一つだ。
今日も大きなハンバーグがごろっと二つ入っており、加那太は夢中になって食べた。
今日も美味しかったとメッセージを送ると可愛らしいスタンプが返って来た。
加那太は千尋が大好きだ。千尋も加那太を愛してくれる。
もちろん、愛という感情には揺らぎがある。
それは自分達が人間であるという証でもある。
千尋とはこれからもずっと仲良くしていたい。今まで喧嘩らしいこともしたことがない二人だが、これからのことは誰にも分からない。
今の自分に出来ることは全てしよう、と加那太は決意している。

蔵書点検を終えた加那太は帰る支度をした。
非常勤なのでそこは気楽なものだ。
ふとスマホを見ると、親友の千晶からメッセージが届いている。
それは家に帰ってから確認することにして、加那太は学校を後にした。

***

加那太はバスに乗って職場に通勤している。
図書館で働いていた時は千尋に車で送迎してもらっていた。
大学の勉強があまりにハードで、加那太には教習所に通うゆとりすらなかった。
司書になり、ようやく車の免許も取得したが、未だにペーパードライバーだ。
今はそれでいいかと放置している。

「加那、夕飯ピザでいいか?」

ふとスマートフォンの画面を見ると、千尋からメッセージが来ている。ピザは大好きなので大歓迎だ。加那太はオッケーというスタンプを送った。
ついでに千晶からのメッセージも読んでみることにする。
それにはURLが貼られている。
加那太はそれを開いてみた。リンク先はプラモデルの祭典が行われるという夢の企画ページだった。
今までならひっそりと行われていただろう。
だが最近の日本は、オタク文化に寛容になってきている。誰もがアニメを視聴し、ゲームをプレイしている時代になった。

「すごい企画だね!」

千晶にそう返信するとすぐ既読がつく。そして返信がきた。千晶はとにかくタイピングが早い。ブログをやっている彼ならではだろう。

「このイベント、期間の前半と後半で物販の内容が変わるらしいんです。俺は後半に行きますが、かなさんはどうですか?」

加那太は改めて日にちを確認してみた。自分はもうすぐ夏休みだ。千尋も年休を取るかと言っていた。
旅行に行きたいね、と二人で話していたのだ。

「まだはっきりとはしないけど、前半なら行けるかも」

「ありがとうございます、連絡待ってます!」

千晶の無邪気な返答に頬が緩んでしまう。
千晶とはブログで知り合い、仲良くなった。
人の縁はどこで繋がるかわからない。
気が付くともうじき最寄り駅だ。
加那太は慌てて降車ボタンを押した。
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