僕らのもう一つの物語

はやしかわともえ

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図書館にて

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それから一週間、僕たちは毎日お屋敷の裏庭で鍛錬をした。
千尋は刀の効率的な振り方を。僕はなるべく早い、呪文詠唱のやり方を学んだ。

こうしてこちらの世界にすっかり馴染んでしまっているけど、僕たちは大丈夫なんだろうか。

「千尋!もっと力強く踏み込め!」

チヒロさんの熱烈な指導で短時間の割に僕たちは強くなっているようだ。
千尋が刀に渾身の力を込めて、振り下ろす。
それをチヒロさんは木刀で軽く受け止めてしまうのだから、すごい。
こういった場合、僕は千尋を補助する魔法を使うのがセオリーだ。集中して詠唱する。

チヒロさんに、あまりにも敵わなくて、僕たちはだんだんチヒロさんにバトルで勝ちたいと思うようになってきていた。

「力、強化」

千尋の刀に魔力を込める。
重たく強く、鋭くなるように。

強化された千尋の剣撃を受けながらチヒロさんが僕に向かって笑う。

「加那太、いいタイミングだ」

でもな、とチヒロさんは千尋の剣撃をなんなくいなして、僕に剣先を向ける。あっという間だった。
チヒロさんはにっと笑う。

「ガラ空きだ。
加那太、惜しかったな」


「くやしーー!また負けた!」

浴場に向かいながら僕がプンスカしていたら、チヒロさんが向こうからやってきた。
なんだか慌てている。

「加那太、千尋。良いところに!少し俺は留守にする。
中央に呼ばれて行かなきゃいけないんだ」

いろいろ聞きたかったけれど、そこはぐっとこらえておいた。

「行ってらっしゃい」

「あとは頼んだ!」

チヒロさんが行ってしまったのを確認して、僕は千尋の右手を掴んだ。それを引っ張る。

「千尋、こっち」

「加那?!」

千尋を引っ張って来たところ、それは、彼方姫の部屋の前だ。

「加那?ここって」

「ちょっと用事がね」

「お前な…カムイに怒られるぞ」

呆れている千尋は放っておいて僕は入り口の壁をノックした。
今気がついたけれど、この部屋だけ造りが違う。

「どうぞ」

彼方姫の声。

「失礼します!」

中に入ってから一応外を見回す。よし、誰もいない。あまり時間はない。チヒロさんが帰ってくる前に済ませないと。

彼方姫もそれを察してくれたらしい。
小声でこう言った。

「加那太、待っていたわ」

「僕たちが来ること、わかっていたんですね」

「いいえ。未来は転じるもの。
あたしはあなたを信じた、ただそれだけ」

僕はチヒロさんのことを彼方姫に尋ねた。彼女はうつむく。
そしてこう言った。

「チヒロには確かに癒やしの魔法は使えない。
でも彼の生命力は人並み以上。
だからあたしの護衛が務まっている」

でも、と彼女は続けた。

「チヒロの生命力が失われつつあるのは事実。あたしが今研究しているのもそのこと」

「それが血の呪いなの?」

僕の問いに彼方姫は息を呑んだ。

「加那太、あなたはやっぱり選ばれた子。
今から半年前、ヴァーズは呪われてしまった」

彼方姫はそう言ったきり口をつぐんでしまった。

「加那、どうする気だ?」

彼方姫の部屋を出て、僕たちは再び浴場に向かっていた。

「僕にもわからない。でもその呪いについて調べる必要があるような気がするんだ」

「まぁ俺達には他に手がかりはないしな」

「それに、とりあえずお風呂に入ればアイデアがなにか出るかなって」

「....お前には敵わないよ」

いつものように体を洗って、広い浴槽に体を沈めた。

「あつー」

「そういや忘れてたけど、朝にカムイから小遣いもらったぞ」

「ホント?」

「明日、街を散策してみないか?」

「行きたい!」

ガララ、と引き戸を開ける音がする。
チヒロさんが服のまま浴場に入ってきた。

「二人共!留守番ありがとう。土産を買ってきた、あとで食べよう」

「わあ、やったあ!」

チヒロさんが買ってきてくれたお土産はお菓子だった。

「氷菓子だ。甘くて冷たい」

それはアイスクリームのように見える。
包み紙ごと手に持って一口噛じるとじゅわ、と甘みが広がる。不思議な食感だ。

「美味い」

「うん、美味しい」

「よかった」

「なぁ、カムイ?俺達、明日出掛けてもいいか?」

「いいに決まっている。
お前たちも随分強くなったしな。たまには休んだほうがいい。
それに、プラチナにはヴァーズ最大の図書館があるぞ。
元の世界に帰る手がかりがあるかもしれない。
確かこのそばから図書館直通のバスが出ているはずだ」

「行ってみます」

それから僕たちは夕飯をたっぷり食べて部屋に戻った。

「加那」

千尋が紫色の巾着を差し出してくる。
これは。

「これがお小遣い?」

「あぁ、相場が分からないから、いくらぐらいなのか全然わからないけどな。とりあえず500プランあるらしい」

「ふーん」

巾着を揺すると、チャリチャリと音が鳴る。思ったよりずっしりしていた。

「往復のバス代くらいはあるかな?」

「多分な」

巾着を千尋に返す。僕が持っていると落としそうで怖い。

「とりあえず寝よう。明日は早めに動かないと」

「うん、おやすみ」

最近鍛錬のせいか、ベッドに横になるとすぐ眠ってしまう。

(図書館かあ)

明日なにか新しいことが分かればいい。そんなことを考えているうちに眠っていた。

気が付くと朝だ。鳥の鳴き声がする。

「加那、おはよう」

「おはよう」

千尋はもう身支度を整えていた。僕も慌てて支度する。

「二人共、起きてるか?」

チヒロさんがやって来た。
なにかを持っている。

「これを渡しておこうと思ってな」

「これは?」

「通信用端末だ。何かあったら連絡しろ」

本当にチヒロさんにはあれこれお世話になってしまっている。

「何から何まですみません」

「子どもが遠慮なんてするな」

チヒロさんに頭をわしゃっと撫でられる。なんだか照れくさいような気持ちになった。お兄さんができたみたいだ。

「朝食ができたようだ。
弁当も作らせたから、忘れないように持つんだぞ」

「はーい」




「じゃあ、気を付けて行ってこい。バス停はこの道を真っ直ぐだ」

「分かりました、行ってきます」

僕たちはチヒロさんに頭を下げて歩き出した。

「チヒロさんってすごいよね」

「ホントだよな。俺達とそんなに年変わらないのに」

「え?チヒロさん、いくつ?」

「21って聞いた」

「若っ!」

「だろ?すげえよな、あいつ」

「うん、すごい」


何もない広い道を並んで歩きながら、僕たちは最近の出来事について話した。
他に誰もいないけど、バスなんて来るのかな。

「なぁ加那」

「なに?」

「カムイの血が呪われてるってお前は言われたんだろ?」

僕は頷いた。

「でも姫はヴァーズに呪いをかけられたって言ったよな?」

確かに彼方姫はそう言っていた。

「ヴァーズ全体の呪いなら、他にも呪いにかかってるやつがいるんじゃないか?」

「確かにそうだけど、どうやってそれを調べるのさ?」

千尋は黙り込む。そしてこう言った。

「まずは図書館に行ってからだな」

「やっぱりそれしかないよね」

向こうにようやく小さなバス停が見えてきてホッとした。
古びてかすれているバス停の表示を確認する。
どうやら、終着駅が図書館らしい。
バスは30分おきに出ているようだ。直に来るだろう。

「にしても、誰もいないな」

千尋があたりを見回しながら言う。僕も同じことを思っていた。

「大変!待って!!」

突然、女の人の甲高い声がした。
何か白いものが僕たちに向かって飛んでくる。
避ける間もなく、僕たちにそれはへばりついてきた。なんだ?
顔に貼り付いてきたものを引き剥がしてみる。

(紙?)

「きゃあ、大変!!」

女の人が駆け寄ってきて僕と千尋に貼り付いた紙を剥がしてくれた。

「誠に申し訳ありませんでした」

「いやいや」

バスに無事に乗車した僕たちはひたすら謝られていた。

(よく見るとすごく美人な人だな)

話していて分かったのは、彼女の名前が架良からさんということだ。
僕たちに貼り付いた紙は仕事で使う大事な書類だったらしい。
良かった、飛んでいかなくて。

「間違えて物を飛ばす魔法を発動させてしまって、私ったら」

架良さんは真っ赤になりながら言う。

「お二人はどこまで行かれるんですか?」

「図書館です」

「まぁ!私もです!」

架良さんは顔を輝かせて、大好きな本について語り始めた。
本当に本が好きなんだな、とほんわかしていると、架良さんは突然ぴたり、と止まった。

「架良さん?」

「ご、ごめんなさい、興味ないですよね!
私、その、つい夢中になってしまって」

「そんなことないですよ」

「お優しいんですのね」

架良さんはにっこりと笑った。

「お二人は学生さんですか?もしかして、レポートの宿題かしら?」

架良さんが首を傾げながら言う。
僕たちはそっと頷きあった。
チヒロさんに、異次元世界から来たことは伏せるように言われている。僕たちはあくまでこの世界にいるただの学生というわけだ。

「そうです」

千尋が頷いたので僕も頷いた。学生なのは間違いない。

「でしたら私、レポート向けの面白い資料を知っていますわ。評定Aを狙えますよ」

架良さんは得意げに言う。
今はどんな些細な情報も欲しい。バスはもうすぐ終着駅に着くらしい。
架良さんが嬉しそうに降車ボタンを押す。



バスを降りた時には気が付かなかったけれど、図書館は思っていたよりはるかに大きかった。
ヴァーズのスケールはいちいち大きすぎる。

「こちらです」

ルンルンしながら歩く架良さんを先頭に、僕たちは通路を歩いていた。
全部の棚にぎっしりと本が詰まっている。こんなに本があるなら、異次元を超える方法も分かるかもしれないなんて、期待が膨らむ。

「この本ですわ!」

架良さんが差し出してきたのはまだ新しいA4サイズの本だった。フルカラーの写真がおおきく載っている。
タイトルは『地震統計早見表』とあった。

僕はそれを受け取ってパラパラめくった。
数字がびっしり羅列されている。
普段なら開きもしない類の本であることは間違いない。
架良さんが説明したくてたまらないとうずうずしているようだったので、僕は聞いてみた。

「この本、もしかして地震発生地の最新のデータなんですか?」

架良さんは嬉しそうに頷く。

「そうなんです。今からちょうど一年前くらいに遡ったものですわ。 
私、見つけたんです。半年くらい前から、地震が頻発している地域があって。ここですわ、エアリス周辺」

架良さんが本に載っている地図を指さした。

日本も地震が多い国だから、僕にもわかる。
頻発する地震は後に大災害を引き起こすこともある。
もしそれが世界に対する呪いだとしたら、十分効果的だ。
ちょっと回りくどいような気もするけれど。

「私、気になって気象庁に電話してみたんです。でも誰にも取り合ってもらえなくて」

架良さんはしゅん、とした。
半年前にヴァーズが呪いを受けたことを彼女は知らない。
きっとみんなが知ると、パニックになるから伏せているんだろう。
おそらくこのことを知っているのは、ヴァーズの上層部に位置する人だけだ。
僕たちもうっかり喋らないように気を付けないといけない。

「お勉強、頑張ってくださいね!」

架良さんは二階に用事があるからと言ってそこで別れた。

「話は聞いてみるもんだな」

「僕もびっくりした」

一応架良さんが言っていた部分を確認する。
エアリス周辺の地震の頻度は確かに半年前から高まってきている。
なにかある、と考えていいだろう。

こんな形で話が繋がるとは思わなかった。うまく行き過ぎて気持ち悪いくらいだ。
僕たちは他にも図書館の端末で呪いに関しての資料を調べて集めてみた。

そしてもう一つ。『半年前』というワードも気になった僕は過去半年前後の新聞も漁った。
それは些細な事件であったり、大きな事故だったりした。

(あれ?)

ふと、ある記事が気になった。

「加那、資料持ってきたぞ」

千尋が棚から本を持ってきてくれた。

「千尋、こっち来て」

なるべく周りに人がいない机を陣取る。

「どうしたんだ?」

「これ見て」

僕は新聞の記事を指で示してみせた。その新聞は今から半年前のものだ。

「これ、彼方姫だよね?」

新聞の記事に載っている写真には素顔を晒した彼方姫がにこやかに写っている。
その隣に大きな体躯のおじさんも写っていた。写真の下に、プラチナ国、彼方姫、エアリス国、ダイシャ氏と記されていた。記事にはこう書かれている。

プラチナ国の王女であり研究者である彼方姫は、エアリス国官僚のダイシャ氏が運営している治癒研究所と合同で、ある調査を行なった。
結果は未だ発表に至っておらず、他の国々が疑問を投げかけている。
調査のために使われた予算は一億超とも言われている。

「鳥肌立った」

千尋が体をさすりながら言う。

「僕もだよ」

彼方姫はこのおじさんと何を調査したんだろう?
しかもお金だって尋常じゃないくらいかかっている。

「彼方姫に直接聞いて答えてもらえるかな?」

「どうだろうな。まだ材料が足りないような気がするぞ」

「だよね」

もう少し情報が欲しい。
だとしたら。

「エアリスに乗り込む、とか?」

本当に思いつきで言ってみただけだ。千尋は僕を見つめる。

「本気なのか?」

「無理だよね、分かってるよ」

「俺達はただの学生だ」

千尋は面白そうに笑う。
わあ、なんかすごく嫌な予感がする。

「カムイを騙すのは気が引けるけどな」

「やっぱり」

それでも僕たちはやらなくちゃいけない。
この世界の僕たちを救えるかはまだ分からないけれど。



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