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本編
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獅子王晶とイースター
「深見、お茶」
「はいはい」
僕の幼馴染、獅子王晶はいつでも偉そうにしている。いや、彼の家は世界屈指のお金持ちで、晶が13歳の時に彼は自分の会社を立ち上げた。それもまたとんとん拍子で大成功して今に至っている。こんな経歴を聞かされたら確かに偉いなと思ってしまうだろう。そんな晶だけど何故だか僕を気に入っているらしい。幼馴染だからだとも思うけど、どうもそれだけではない。何が彼の琴線に触れたのか当の僕にはさっぱり分からないのだ。
僕は晶専用のティーカップに紅茶を淹れた。僕もすっかりこの状況に慣れてしまっている。周りから引かれるくらいにはこの状況はおかしいらしい。でも晶はこう見えて寂しがりの甘えん坊さんだ。僕が彼にそっけなくしたらきっと全て投げ出してしまうだろう。そんな場面を僕は見たくない。せめて晶が大事にできるお相手を見つけて、人のために社会で戦えるようになるまでは僕が彼を守っていかなければ。勝手な使命感だけど僕は晶が大事で大好きなのだからしょうがない。
「うーん、やっぱり深見の淹れるお茶が一番だね」
「そう?他人が淹れても変わらないと思うけど」
「むー」
あ、晶が膨れ始めた。僕がよしよしと頭を撫でると晶がにぱっと笑う。本当に可愛いな。
「でね、深見。これを見て欲しいのだけど」
「何?」
今日は日曜日で高校はお休みだった。晶が手渡してきたのは真っ赤な封筒である。受け取って中身を見ると、パーティーの招待状だ。どうやらイースターにこじつけた催しらしい。会場内に隠されたたまごを見つけると何かがもらえるようだ。晶ほどのお金持ちになると物をもらってもそんなに喜ばないだろうけど、当の晶によれば是非やってみたいとのことだった。時間は今日の夕方5時からである。場所を確認すると車でないと厳しそうだ。もちろん晶にはお抱えの運転手がいる。
「深見、僕はそろそろ着替えてくるよ」
晶、張り切っているなあ。僕も着替えてきた方がいいかな。僕は離れに向かった。僕の家はドが付くほどの貧乏で、僕が晶と一緒にいるのは金目当てという人もいる。でもそんなのは関係ない。僕は晶が好きだ。そばにいられるなら、なんでもする。離れは僕がここから近い公立高校に通えるように晶が貸してくれたものだった。離れといってもちょっとしたお屋敷みたいになっている。使用人さんが常に玄関に立っている状態だ。
「涼介様、お着替えでしょうか?」
様はやめて欲しいと何度もお願いしている。でも晶から僕を丁重に扱えと言われているからと毎度のように返されてしまう。
「わぁ、着せられてる感」
姿見を見ながら僕は呟いていた。
「よくお似合いですよ」
本当かな?まあ晶を待たせてもよくないし行くか。
「じゃあ行ってきます」
「お風呂はどうされますか?」
「晶と入ると思います」
「畏まりました」
僕は離れを出た。
✢
「どうかな?深見」
晶は深紅のワンピースを見事に着こなしていた。まだ春先なので肌寒い。僕の上着を羽織らせたら晶は嬉しそうに笑った。そのまま車に乗り込む。
「晶は赤が似合うね」
「ふふ、僕はなんでも似合うんだよ」
自信満々だけど嫌味じゃない。それが晶なのだ。
「晶様、到着致しました」
運転手に告げられて晶はスマートフォンを鞄にしまった。
「ありがとう。また連絡するよ」
「はっ」
会場は某高級ホテルだ。僕には場違いだけど晶が気にせずにどんどん行ってしまうので慌てて追いかけた。受付で招待状を見せると中に案内される。
中の壁面にはうさぎとカラフルなたまごたちのイラストで飾られていた。風船や、お花も飾られている。
「可愛いね、深見」
「うん、この会場内にたまごが隠れてるんだって」
「早速探してみることにしよう」
周りの人を見ると会談中なのかたまごを探している人はいなかった。まぁ、小さい子ならともかく、大人は喜ばないか。晶は特別無邪気だから例外だ。
「深見!見つけたよ!」
晶が駆け寄ってくる。彼は3つカラフルなたまごを見せに来た。
「すごいね、晶」
よしよしと頭を撫でたら晶が嬉しそうに笑う。
「これで何がもらえるのだろうね。僕がこの会場内の全てのたまごを見つけるのも楽しそうだよ」
晶が得意げに笑う。
「晶様、ここにいらっしゃいましたか!」
「おや、鈴木じゃないか。久しぶりだね」
鈴木さんは晶の取引先の社長さんだ。どうも、と僕が頭を下げると気にしなくていいと言われた。
「このイベントに晶様が招待されていると聞きましてね」
「あぁ、今の所楽しんでいるよ。そうだ、何か飲まないかい?僕としては何か軽く摘みたいのだけど」
「でしたら向こうに料理がありますよ」
「ふむ、楽しみだよ」
大きなテーブルに料理が山盛りにされている。わあ、美味しそうだな。
「サンドイッチの中身はたまごなのだね。鈴木、君もいるかい?」
「あ、いや、私は卵アレルギーでして」
「なんだ、そうだったのかい?」
アレルギーは怖いもんなぁ。
晶があむ、とたまごサンドを頬張る。僕も貰ってみよう。そんなことをしているうちに司会の人が現れた。そういえば今日は企業の新企画の発表があるはずだ。晶も興味深そうに見ている。
「では、最後に、米粉を使用したケーキを皆様に食べていただきましょう!最近、アレルギーを持つ方が増えています。食事を最大限に楽しめる日々を送れるようにと我が社が考案したものです!」
出てきたのはウエディングケーキくらいの大きさのケーキだった。スタッフがさくさく切り分けていく。アレルゲンのあるもの全て不使用らしい。
「深見、貰いに行こう」
「うん」
鈴木さんも試してみようと付いてきた。アレルギー持ちだから尚更だろう。ケーキを受け取ってフォークで切り分けて食べた、瞬間だった。
「ぐ…うううっ!!!」
鈴木さんが倒れて苦しんでいる。まさか、毒?
「鈴木!どうしたんだい?深見、救急車!」
「分かった!」
僕は慌ててスマートフォンで救急車を呼んだ。もちろん警察も。毒物の可能性がある以上、事件を疑わないわけにはいかない。
救急車はすぐに来て、鈴木さんを素早く搬送していった。大丈夫だといいのだけど。
「獅子王くん、君もいたのか」
やって来たのは警部さんだ。僕たちに何かと縁がある人だ。
「警部、よく来てくれたね。鈴木は無事かい?」
「あ、あぁ。もちろん」
「毒物?」
晶が聞くと、警部さんが顔を曇らせた。
「どうやら食物アレルギーのようなんだ。たまごだったようで」
え、と僕たちはお互いを見合った。
「鈴木はたまごの入っているものを食べていないよ」
「あぁ、周りの人もそう言っている」
ますます不可思議だ。
いや、と晶は顎に手を当てた。
「鈴木はあのケーキを食べた。もしかしたら」
「ううむ、やはりそうか」
警部さんが言うには料理に使う分しかここにたまごを仕入れていないという。そしてスタッフはこの会場内に入るまでに身体検査があったのだそうだ。たまごを持ち込めるはずがないという。防犯カメラの確認もしたが不審なものは見つからなかったらしい。
「たまごをどうやって持ち込んだのかそれが分からないね。警部、ケーキを作ったスタッフを僕たちに紹介してくれないかい?」
「あぁ、分かった」
僕たちは厨房に入った。鑑識さんが忙しなく働いている。
「こちらの3人がケーキ作りを担当した方たちだ」
「名前を名乗ってもらえるかい?」
晶の態度が気に食わなかったのか、金髪の男がぎり、と歯を食いしばる。
「こんなガキに俺たちの何が分かる!練りに練ってきたプロジェクトにケチがついたんだぞ!!」
「橋くん、落ち着いて」
橋さんを止めた女の人は山田さんと言った。そしてもう1人。
「俺は川口だ。こんなことになるなんて」
ふむ、と晶が考える。
「たまごは割ると殻が残るだろう?深見」
「確かにね」
「その殻は見つかっていないようだけど、相違はないかな?警部」
「あぁ、見つかっていない」
晶はしたりとばかりに笑った。
✢
「警部、急だけど僕は証拠の在処を知っているんだよ」
「な、何だって?」
晶がにっこり笑う。
「たまごは既に会場内に隠されていたのだからね」
「な…!」
晶がバッグから先ほど見つけたたまごを差し出した。
「僕の持っているものは茹でてあるようだけど生卵を隠すことも可能だったはずさ」
「一体誰がそんなことを…?」
晶はある人を指差した。その指先にいた人物、それは川口さんだ。え、と皆が驚いた。
「あなたの指先に付いているのは僕の持っているたまごに付いているのと同じ、食紅じゃないかな?。たまごの準備をしたスタッフはまた別にいると聞いたのだけど」
「く…くそっ…」
川口さんが逃げ出そうとしたのを複数の警察官が抑えた。
「獅子王くん、お手柄だ。よくやってくれた」
警部さんの言葉に晶は不敵に笑う。
「僕でなくてもいずれ分かっていたさ。日本の警察は優秀だからね」
✢
「深見、お茶が欲しいな」
「はいはい」
僕たちの間にはまた日常が戻って来ている。いつもの通り紅茶を淹れながら僕はふと気になったことを晶に聞いてみた。
「晶、たまごの準備をしたスタッフさんの話なんて聞いていたっけ?」
晶が笑う。
「鎌をかけたのさ、まんまと引っかかってくれた」
さすが晶。やることが大胆なんだから。
「このゲームはつまらないね」
先程から晶はパーティーで貰ったゲームで遊んでいる。
「仕方ないよ、景品だもの」
「そんなものかね」
晶はそれでもそのゲームを完全にクリアしたらしい。あれ?晶って暇なの?
春編~完結~
獅子王晶と七夕
「深見、見てご覧」
いつものように学校から帰ってくると晶に呼び止められた。晶は今日、仕事で学校を休んだらしい。朝は学校に行けなくてつまらないと膨れていたけれど上手く気分転換出来たのかな。ニコニコしてるし。
「わぁ、大きな笹だね」
僕がそう言うと、えっへんと晶が胸を仰け反らせる。
「じいにとってきてもらったのさ。もうすぐ七夕だろう?一緒に飾りを作らないかい?」
「いいよ。そう言えば七夕に近くでお祭りがあるんだってね」
「なんだって?」
晶はお祭りが大好きだ。
「一緒に行く?」
「行くとも!」
晶は今日も全開で可愛い。一旦制服から着替えて、僕は晶のもとに戻った。晶はハサミをおっかなびっくり使っている。
「晶、大丈夫?」
「深見、僕は自力で鶴すら折れないことを忘れていたよ」
「大丈夫、簡単な飾りもあるからね」
「本当かい?」
僕は晶と共に七夕飾りを作った。最後に短冊を書くことにする。
「何がいいかな」
「晶にもお願いあるの?」
僕が茶化すと、ぷうと晶が膨れる。
「あるに決まっているだろう。僕は欲深い人間なんだからね」
「ふふ、そうなんだ」
晶が短冊に何を書いたかは敢えて見ないことにした。
✢
七夕祭り当日、僕が晶のいる屋敷に向かうと、晶が浴衣を着て立っていた。淡いピンク色の可愛らしいものだ。晶はなんでも似合うな。
「深見!待っていたよ!」
「お待たせ。行こうか」
「あぁ!」
晶と手を繋いで歩く。屋台を見つけた瞬間、晶が声を上げた。
「深見!僕はたこ焼きが食べたいよ」
お財布は晶の執事さんから預かってきている。
「いいよ、買ってくるね。晶はここにいて」
「心得たよ!」
僕がたこ焼きを買って戻ると、晶は近くにあった笹の飾りを見ていた。
「晶、買ってきたよ」
「深見」
晶の声が固い。どうしたんだろう?
「飾りが切られてしまっているんだ」
「え?」
晶が示したのは明らかに切り裂かれたと思われる七夕飾りだった。笹は切られていないから故意に飾りだけ切られていることがわかる。
「本当だ、こっちも」
「すみません、その笹、片付けるんです」
後ろから声を掛けられて、僕たちは振り返った。若い女の人だ。晶がずいと進み出る。
「お嬢さん、何があったか僕たちに話してくれるかい?」
「え…?」
✢
「すみません、急に」
僕と晶は七夕祭りの本部にやってきている。テントの中にテーブルとパイプ椅子が置かれていた。
僕たちが椅子に座ると先程の女の人がペットボトルのお茶を前に差し出してくれる。彼女は微笑んだ。
「いえ、獅子王様からはかなり寄付をして頂いていますし」
出た、金持ちの特権。
「一体何があったんだい?飾りを切られるなんてとても暴力的だけれど」
「はい。理由は分からないんですが、最近連続でこういう事が起きていて、警察にも警備をお願いしているんですが、なかなか犯人を捕まえられないんです」
「まあ警察も事件にならなければ人員を割けないだろうからね」
「はい。でも何かあってからじゃ遅いんです」
女の人は田辺さんというらしかった。近くの幼稚園で教諭として働いているらしい。彼女がぐ、と拳を握る。
「子供たちが一生懸命作った飾りを切り裂くなんて許せません」
確かにその通りだ。
「それにエスカレートして誰かが傷付けられたりしたらと思うと怖くて…」
「ふむ、早急な対応が必要だね」
晶がそうだと笑った。
「なら僕らが調査してみよう」
「え?獅子王様にそんな…」
田辺さんは困惑していたけれど、晶はやると言ったらやるのだ。
「深見、君もいいかい?」
「いいよ。晶が行くなら」
「もちろんさ」
というわけで僕たちはあちこち見回ってみることにした。
「ふうむ…」
晶が見ているのはお祭りで配られている地図である。彼は被害のあった笹飾りの位置をマークしていた。
「おやおや」
「なにかあったの?晶」
晶が地図を見せてきたので隣から覗き込んだ。
「偶然かな?この神社を囲むように犯行が行われている」
はじめの事件は6月のはじめだ。そこから1週間くらいおきに事件は発覚している。
「神社かぁ。確か七夕祭りの最後に特別に飾った笹を奉納する儀式があるって聞いたことがあるよ」
「ふぅん、とりあえず行ってみようか」
僕たちは神社に向かった。小さいけれど由緒ある神様らしい。鳥居前で頭を下げて中に入る。
「深見、本堂はこちらみたいだね」
「行ってみよう」
そこにも浴衣姿の人が複数いた。もう夕方の6時を過ぎている。お祭りもクライマックスだ。
「深見」
晶にそっと呼ばれて僕は顔を寄せた。
「あそこにある笹が奉納するものかな?」
綺麗に飾られた笹が軽トラの荷台に載っている。
「そうかもしれないね」
「ならば少し潜むことにしよう」
「潜むんだ」
晶の作戦が始まったようだ。どうするんだろう。
✢
すっかり日が傾いて、境内の照明が点き始めた。遠くで花火が打ち上がる音がする。
「深見」
晶に鋭く呼ばれて僕はハッとなった。黒い帽子にメガネ、マスク姿の人物が現れたのだ。どう見ても不審者なのだけど、最近こういうひともいるからなぁ。
その人の右手に握られているのはカッターナイフだった。僕は気配を殺して、彼女の背後に近寄った。
武術の心得が多少はある。だからこそ僕は晶と2人で出掛けられる。
「そのナイフ、どうするつもりだい?」
晶の急な出現にその人は驚いたらしかった。逃げようとして僕に気が付く。その人物は自棄になったらしかった。カッターナイフを振り上げながら僕に突進してくる。でも素人の動きだ。僕は手首を殴ってカッターナイフを落とさせた。晶がすかさず回収している。
「く…どけえぇ!!!」
「そういうわけにはいかないよ。僕は晶ともっとお祭りを楽しみたかったんだからね」
言いながら僕は我慢していたんだなと気が付いた。
腕を捻り上げて地面に押し付ける。体つきから女性だと分かる。
「新村さん?!」
騒ぎを聞きつけた人が通報してくれたんだろう。警察官と共に田辺さんがやって来た。
「知り合いかい?」
晶の言葉に彼女が頷く。
「園で預かっている子の保護者様です」
なんだって?
「そうか、なるほどね」
晶は不敵に笑った。
「この笹飾りが君は気に入らなかったのだね?」
新村と呼ばれた女が呻いた。
「なんでうちの子の飾りが選ばれないのよ!あんなに頑張って作ってるのに!」
なるほど、奉納する笹の飾りは上手に出来ているもんな。
「それはすみません。でも去年、誠くんは選ばれましたよね?」
「なによ!また選ばれたって、良いじゃないのよぉぉ!!!」
後の彼女は落ち込んだ様子で警察に連行されていった。
「お二人ともありがとうございました」
田辺さん、落ち込んでるなぁ。気にしてしまうのも無理はない。
「いいかい、お嬢さん。今回のケースは滅多にないことだ。君の責任ではないし、ましてや園の不手際でもない。安心するといい」
「獅子王様」
「何かあれば僕に連絡してくれ。名刺を渡しておくからね」
「ありがとうございます。あの、これから奉納の儀式があるので見て行ってください」
僕たちはその言葉に頷いた。奉納の儀式があんなに見応えがあるものだとは知らなかった。
✢
「深見、お茶」
「はいはい」
僕はふと笹飾りに気が付いた。これ、いつまで飾るんだろう?短冊の文字が目にはいる。晶の角ばった文字でこう書かれていた。
「深見とずっと一緒にいられますように」
と。晶は本当に可愛いな。僕はお茶を持って晶の元に戻った。
夏編~完結~
幕間・深見涼介の日常
「深見、何を作っているんだい?」
ここは獅子王家の厨房だ。ぴかぴかのそこで僕はあるものを作っている。
さっきから晶が背伸びをして僕の肩越しから覗いてくる。晶はいつも好奇心旺盛で可愛いな。
「試作のクッキーだよ。晶の分もあるから落ち着いて」
「クッキー!」
晶がほわわ、と幸せそうな顔をする。晶は甘いものが大好きだ。度々彼は甘いものを欲するので、こうして僕が用意する。僕の夢は恥ずかしながらパティシエなので、高校を卒業したら専門学校に進もうかと考えている。晶は僕の夢を応援してくれるつもりらしい。学費は任せろと言われている。でも僕は晶と対等でいたい。必ず働いて返すからと約束している。
「深見のクッキーはほろほろさくさくで美味しいんだよ。早く食べたいな」
晶は食いしん坊でもあるな。
「社長!こんなところに!早くお仕事してください!」
あ、晶の秘書さんがやってきた。
「でも、深見のクッキーが」
「晶、クッキーが出来たらすぐ持っていくから」
「深見、約束だよ?」
「うん、約束」
ゆびきりげんまんをして晶はようやく仕事に戻った。僕は型抜きでクッキー生地を抜いていく。
余った分はもう一度こねて生地を抜いていく。お菓子作りはひたすら根気がいる。温めたオーブンにクッキー生地を並べた。良し、あとは上手く焼ければ完成だ。頑張ってくれよと声を掛ける。
クッキーを焼いている間、使った道具を洗う。
こんな素敵な厨房をただで使わせてもらってるのだ。スタッフの皆さんにもお礼がてらクッキーを渡したい。
オーブンを覗くといい感じに焼けてきている。
いよいよクッキーが焼けたという通知音が響いた。ミトンをはめて鉄板を取り出す。うん、いい出来だ。
「涼介、クッキー焼いたのか?お、すげえ量だな」
匂いを嗅ぎつけたのかここの厨房の長である柴田さんがやってくる。
「はい、晶が食べたいなって言ってたんで。練習にもなりますし」
「ウチで勤めればいいのに。ノウハウ教えるぞ」
「ええ?、でもさすがに悪いですよ」
獅子王家にはすさまじくお世話になっているからなおさらだ。
就職までさせてもらったらさすがに悪すぎる。
「そんなの晶坊ちゃんは気にしないと思うがな」
それも分かっているつもりだけど、いいのかな?
「ウチで修業して自分の店を持つっていうルートもあるし、涼介がここにいてくれれば坊ちゃんも安心するだろう」
なるほどなと僕は思っていた。
晶は時々僕を見て寂しそうな顔をする。僕が晶から離れていくとでも思っているんだろうか。
晶が幸せになるのを僕は手伝いたいだけだ。それは晶が大好きだからである。
「涼介、お前、坊ちゃんには寂しいこと言うなよ?坊ちゃんはああ見えて繊細だし」
「分かっているつもりなんですけどね」
この間の七夕祭りのことを僕は思い出していた。
晶はずっと僕と一緒にいたいらしい。それは僕も同じだ。
「晶は僕でいいのかな」
もしかしたらもっといい人もいるかもしれないのに。
「晶坊ちゃんにはお前だけだ、自信持てよ」
*
晶にクッキーを持っていたら幸せそうに頬張っていた。
「晶」
さくさくと晶は上機嫌でクッキーを咀嚼している。
「どうしたんだい?深見」
「僕は君とずっと一緒にいていい?」
晶は僕に向かって飛び込んできた。僕は彼を抱き留める。小さくて軽いな。
「やだ、深見。寂しいことは言わないで」
「大丈夫。晶のそばにずっといるからね。
「約束してくれるかい?」
「うん」
晶、僕は君が好きだ。
~完結~
獅子王晶と文化祭
「ふふっ!明日は特別早起きをするよ」
もう夜なのに、晶がいつになくるんるんしている。何故かと言うと明日は僕の通う高校の文化祭があるからだ。誘ったら晶は嬉しそうに笑った。
「晶、くれぐれも無理はしないでね」
「いいや、早起きしてさくっと仕事を終わらせてやるのさ」
晶、そう言うけどそんなに上手く行くかなあ?
晶は社長だし、なにかと雑事があるはずだ。
「社長特権の発動タイミングは明日だね」
晶、お願いだから職権乱用しないでね?
「たまにはわがままだって言わなくてはね?」
澄まし顔でそんなこと言ってるけど、君、いつもわがまま言ってるよね?
「仕方ないじゃないか」
むすーと晶が膨れる。
「晶、明日仮装をしてきたらお菓子が貰えるよ。パンケーキも頑張って焼くからね」
「なんだって?本当かい?パンケーキ!」
晶は食べることに目がないからなぁ。なんの仮装をしようと秘書さんと仲良く話している。秘書さんからしたら明日が早いから不安だろうけど。
「晶、早朝に女性を呼び出すのはよくないよ。もうやるべきタスクをもらっておいたら?」
「そうか。そうしたら僕もすぐに仕事が始められるね。美嘉それでいいかい?」
秘書の美嘉さんがほっとしたような表情で頷いている。晶に無事、仕事が割り振られたようだ。
「いいかい?美嘉。明日は帰ってきたら僕に連絡をくれよ?」
「はい」
晶の秘書さんも優秀だからなあ。まあ一日くらいなら何とかなるか。
「さて、深見。僕はもう眠ることにするよ。最近忙しくてね、疲れているんだ」
確かに晶は最近、遅くまで仕事をしていた。
「うん。おやすみ、晶」
「おやすみ」
晶が抱き着いてくる。僕も彼を抱きしめた。
晶は本当に小さいな。
*
「涼介君、メニュー表をラミネートしてみたんだけど」
眼鏡女子、久保さんに声を掛けられた。彼女が持っていたのは可愛らしいデザインのメニュー表だ。僕は受け取ってそれを見た。
「わあ、センスいいね。可愛いし、これなら狙っている客層の女性たちに刺さると思う」
「よかった。ありがとう」
メニュー表は六席あるテーブルに配置した。これで良し。今日の僕は午前中、調理要員だ。午後からなら晶と文化祭を回れるはずだ。ふとスマホを見ると晶からメッセージが来ていた。何かあったんだろうか?不安になったけど他のクラスメイトに呼ばれてメッセージを読めなかった。
「涼介君は今日は誰か呼んでいるの?」
「うん、母さんと晶が来るよ」
「晶って獅子王家の?」
普通に引かれた。まあそうだよなあ。獅子王家の名前を知らない人の方が少ない。
「そんなにお金持ちの人がこんな文化祭で喜ぶのかな?」
あ、そこは問題ない。晶は子供舌だ。
今がチャンスだと僕はスマートフォンを見てみた。晶の写真が添付されている。
「お姫様だ」
僕は思わず呟いてしまった。
*
「深見!」
いつも結っている長い藍色の髪を縦に巻いてやってきたのはお姫様もとい晶だった。僕は心配になって校門まで迎えに来たのだ。
晶が僕に向かって歩いてくる。長い裾を握ってやってくる様は完全にお姫様だ。
「お待たせしたね」
「晶、それ可愛いドレスだね」
歩きながら晶が胸をのけ反らせる。
「母様に頼んだら用意してくれたのさ」
獅子王家の財力恐るべし。あ、教室に着いた。
「で、僕はここでどうしたらいいんだい?」
あ、そっか。晶は外でご飯を食べた回数が圧倒的に少なかったな。
「では、お席にご案内いたします」
「うむ」
僕が席に晶を通すと、周りのお客様が驚いている。まあ突然、ガチ仮装の子が現れたらこうもなるだろう。
晶は鼻歌を歌いながらメニュー表を見つめている。お、注文が決まったようだな。
「深見、パンケーキはお土産に出来ないのかな?」
「うーん、ちょっと難しいかな」
「なら僕が食べてちゃんと美嘉に食リポすることにするよ」
結果、晶はパンケーキを二人前とアイスティーを頼んだ。
「晶、全部食べきれる?」
「大丈夫さ。お腹がペコペコだからね」
晶は体が小さいからなあ。
と思いながら僕は調理に戻った。
「涼介君、あの子が?」
「女の子だっけ?」
口々に言われるのももう慣れている。
「晶だよ。男なんだけど女装が好きなんだ。可愛いでしょ?」
さっきまで好奇心丸出しで呟いていた生徒が黙る。これだから僕は友達が出来ないんだよね。
「晶さん、自分のスタイルを貫いているんだね」
久保さんがそう感心したように言ってくれて、僕の心は随分救われた。
さて、パンケーキを焼こう。晶がお腹を空かせているんだし。僕は集中してパンケーキを焼いた。次々に注文が入って忙しい。
*
パンケーキを焼いていたら午後の係の人たちがやってきた。
ああ、疲れた。
店内に戻ると晶が頑張ってパンケーキと格闘していた。っていうかまだ食べてたんだ。
「晶?お腹いっぱいなんでしょ?無理しないで」
慌てて声を掛けたら晶が涙目で僕を見てくる。
「残すなんてルール違反だ」
「大丈夫。僕が食べるから。お姫様が泣いていたら皆悲しむよ」
「そうなのかい?」
晶にはパンケーキ半人前じゃなきゃいけなかったな。僕は残ったパンケーキを食べた。うん、我ながら美味しく出来てる。試作の時にあれこれこだわった甲斐があったな。
「深見?すまないね。美味しいんだけど」
「うん、美味しいね。でも晶には量が多かったね」
「うぐぐ」
晶、悔しそうだなあ。そういうところも可愛いな。
ぺろりとパンケーキを平らげて、僕たちは席を立った。晶には無料券を渡している。
会計を済ませて晶と校舎内を巡ることにした。
「深見、どこでお菓子がもらえるのかな?」
そういえば晶はお菓子を楽しみにしていたな。僕は彼の手を掴んで緩く引いた。
*
「嫌よ、そんなの」
「でも本当よ?」
ん?向こうで女子たちが騒いでいる。晶も首を傾げた。
「お嬢さんたちどうしたんだい?」
晶の急な出現に女子たちは驚いたらしい。後ろへたじろいだ。
「大丈夫。僕はしがない姫でね」
あ、その設定は守ってるんだ。
「君たちが困っていることを聞かせて欲しいのだけど」
女子たちは顔を見合わせて言った。
「この文化祭にかぼちゃをくり抜いてジャックオランタンを作ったの。でも、それが急に動いたりするようになって」
「ふむう?」
なんだそれ、怪奇現象かな?僕たちは件のジャックオランタンを見せてもらった。特に変わった部分は見当たらない。晶がん?と声を上げた。
「深見、この傷」
僕が顔を近づけて見ると、うっすらと傷らしき線が見える。よく気が付いたな。
「何かを仕込んだ痕かもしれないね」
「でも一体なんのために?」
僕が言うと晶は不敵に笑った。教室のプレートを指さす。
「この教室は女子更衣室だ。おそらく盗撮が狙いだろう。カメラの位置を動かすために小さな装置をつけたのではないかな?」
盗撮だって?犯罪じゃないか。女子たちがざわめきだす。
「それってカメラが仕込まれてたってこと?」
「今の技術があれば限りなく小さいものが作れるからね」
「でも一体誰が?」
晶はウインクして見せた。
「そういうのに強いのを僕は知っているよ」
*
「晶、なんだそのカッコ」
僕たちはスマートフォンで画面越しに話している。今、彼は引きこもりながら動画配信をしてなんとか暮らしているらしい。
「ふゆみ、僕たちに協力してほしいんだ。礼として生活費を渡すよ」
「お金貰えるならやるわ」
ふゆみくんは思いのほかゲンキンだった。僕たちはことの顛末を彼に話した。
「あー、なるほどね。多分もう画像売却してるんじゃね?」
ふゆみくんが言うには盗撮の画像に値段を付けて売っているのではとのことだった。酷いことをする人も中にはいる。
「まあ俺にかかればすぐ特定できる。その間にもう少し情報を集めて犯人見つけろよ」
「分かった」
ふゆみくんが情報を特定できるまで僕たちは聞き込みに行かなければ。
「晶、疲れてない?」
「大丈夫だよ。僕だって男さ」
僕たちは更衣室の周りで不審な人物がいなかったか聞いて回った。
「生活指導の松芝が女子更衣室に入っていくのを見かけたよ」
「あ、それ俺も見たわ。まあ女子はいない時間だったから気にもしてなかった」
どうやらこの件に松芝先生が関わっているようだ。
そこに晶のスマートフォンが鳴りだす。晶はワンコールで応答した。
「どうだい?」
「うん、画像見つけた。これ」
その写真にはモザイクがかけられている。どうやらふゆみくんの配慮らしい。教室の形からしてうちの学校だ。
「このアドレスを辿ったらこいつに行きついた」
その人物は松芝茂夫だった。間違いなくうちの生活指導の教師である。
「これは追い詰め方を気を付けなければね」
学校は隠ぺいを図ろうとするかもしれない。
「SNSで追い詰める?」
ふゆみくんが今どきの方法を提示してくれた。晶が笑った。
「女子生徒を脅かした罰を与えてやろうじゃないか」
晶の悪だくみが始まってしまった。
*
晶がさらさらと書いたのは一通の手紙だった。
「あなたの秘密を知っています。放課後、理科室に来てください」
こんなことが書かれていたら誰だって慌てるだろう。
松芝先生もそれは一緒だった。
放課後、僕たちは理科室に潜んだ。
そこに現れたのはもちろん松芝先生だ。
「おい、誰かいるのか?俺の秘密って」
カタカタと骸骨の模型が動き出す。松芝先生固まっているな。
動かしているのはもちろん隠れている晶だ。
「なんだ?誰かいるのか?」
「ユルサナイ」
大きな音で声がする。これはふゆみくんの加工で作ったものだ。
「ひ、ひいっ」
松芝先生ビビってるな。しりもちをついて後ずさっている。
ふっと理科室の電気が消えた。これは先ほどの女子たちに頼んだ。
晶がふらりと進み出る。晶はドレス姿だ。いつもより体が大きく見える。
「君が本当のことを言って裁きを受けるなら解放してあげよう」
「あ・・すんませんー!!もう二度とやりません!ひいいい」
松芝先生、気絶しているぞ?やりすぎたかな?
こんな感じで文化祭は終わったのだった。母さんは母さんで文化祭を楽しんだらしい。晶と一緒にいたと言ったら彼によろしくねと返ってきた。
*
「むー」
その日の晩、晶が膨れている。お菓子を貰い損ねてしまったからだ。
「晶、僕が明日いちごタルトを焼くから」
「本当かい?」
晶は果物も大好きだ。
「僕は言ってみたかったんだよ」
「何を?」
「トリックオアトリートとね」
晶は今日も可愛い。
秋編~完結~
獅子王晶とプレゼント
「うぅ、寒いね深見」
夕方になってだんだん冷えてきた。今日は雪が降りそうだ。
「そりゃあ冬だからね。今、温かいお茶淹れるから」
「やっぱり深見は一家に1台だよ」
「僕は家電じゃないよ?」
いつものように軽口を叩きながら僕はお茶を淹れた。ティーカップを机に置くと、晶が嬉しそうにカップを持ち上げる。
「今日のおやつはシフォンケーキなのだね」
「うん、ずっと練習していてね。なかなかふんわり感が安定しなくてさ」
「シフォンケーキに僕は目がないからね。感想を聞くだろう?」
「もちろん」
晶がフォークでシフォンケーキを切り分ける。一口大になったそれを晶は頬張った。
「むうう、美味い。紅茶の香りがするね」
「そう、茶葉を練りこんでいるからね」
「これは止まらなくなりそうだよ」
「晶、夕飯もちゃんと食べなくちゃだめだよ」
「む、そうだね」
言いながら美味しそうにシフォンケーキを食べている。
「晶、クリスマスはどうしようか?」
「そんなの決まっているだろう。僕の店の視察さ」
晶は玩具製品を取り扱う会社を運用している。商品はいつでも爆売れだ。会社のスタッフも有能だしなあ。話によると開発スタッフはかなりの精鋭ぞろいらしい。
それを取りまとめている晶もすごいのだ。
「深見、クリスマスプレゼントは何か希望があるかい?」
「そうだね、一度食べてみたいケーキがあって。とてもお高くて僕には手が出ないんだ」
「なるほど、後学のために美味しいケーキを食べておきたいと」
「そう」
ふふっと晶が笑う。
「承知した」
「晶はなにか欲しいものないの?」
「深見とデートしたい」
「いいけど」
晶がやったあと可愛らしく喜んでいる。どこに行きたいのかと聞いたらクリスマスマーケットに行きたいらしい。晶は本当にお祭りが好きだなあ。
*
学校ももうすぐ冬休みだ。周りはなんだか浮かれている。12月はイベント目白押しだし僕も同じように浮かれている。学校に友達がいなくてもイベントは楽しい。
「深見!お前、クリスマス空いてる?」
こう声を掛けてきたのはクラスメイトだった。僕は笑って答えた。
「ううん、空いてない」
「な、そんなにべもなく」
「事実だもの」
「お前って本当そっけないっていうか」
「よく言われる」
クラスメイトに無視されてるわけじゃないんだよな。ただ獅子王家と深く関わってるという理由で遠巻きにされているだけだ。獅子王家がそれだけ大きな力を持つ家なのは間違いない。でも晶は普通の男の子だ。僕と何も変わらない。
「また晶様かよ」
「晶は悪い子じゃないよ」
「そうかもしれないけど」
クラスメイトがため息をついて行ってしまった。晶は学校でうまくやれているんだろうか。ちょっと心配になってきたぞ。
*
放課後になって僕は料理サークルに顔を出している。知り合いがいて時折ケーキやクッキーを一緒に作っているのだ。
「深見君、本当に上手」
「毎日やってるからね」
僕はケーキにクリームを塗っていた。綺麗にかつ素早く塗るのがみそだ。
「美味しそう」
「うん、皆で作ったし美味しいんじゃないかな」
ケーキを切り分けて皿に盛りつけた。すかさず周りの子たちがケーキの写真を撮り始める。記録は大事だ。僕も撮っておこう。
「美味しい」
お茶も用意して僕たちはケーキを食べ始めた。うん、まあまあかな。
晶が聞いたら自分もケーキが食べたいと駄々をこね始めるだろうからここで食べたことは黙っていようと思う。
「深見君、高校卒業したら専門行くんでしょ?」
「うん。一応そう思って学費を貯めているよ」
「偉いなあ」
いやいやそんなと僕は手を振った。
料理サークルは基本的に緩い。でも時折プロの先生に来てもらって料理を教わったりもする。意外と本格的な活動をしているのだ。
ケーキを食べ終えて僕たちは食器を片づけていた。
「ああ、美味しかったあ。今日も来てくれてありがとう」
「僕こそ。いつも誘ってくれてありがとう」
じゃあねと僕は帰路に就いた。
晶の屋敷に戻ると晶がPCを相手に格闘している。
「お帰り、深見」
晶が顔を上げてそう言ってくれた。
「忙しそうだね」
「ああ。新商品が間もなく出るし、社長なりにやることがあるんだ」
へえと僕は思った。
会社の方針は社長が決めるのだと聞いたことがある。
「深見、明日から冬休みだろう?用事がないなら僕と来てくれないか?」
「いいけど」
どこにいくんだろう?と思ったけど僕は聞かなかった。
*
僕たちは児童養護施設に来ている。そう、晶の会社は恵まれない世界中の子供たちに惜しみなく寄付をしている。そしてこれもその一環で、クリスマスプレゼントを配るとのことだった。今日の晶は深緑のワンピースを着ている。完全にクリスマスカラーだ。持ってきたプレゼントを子供たち一人ひとりに職員が手渡ししている。子供たちが嬉しそうでほっとした。晶も微笑んでいるな。
「嬉しそうな顔をしているひとを見ると嬉しいんだよ」
晶らしい言葉だ。いつも楽しさや安心を追い求めている晶だからこそ言える言葉だと思う。
「あれ?」
職員がふと声を上げた。晶も異変を察知したらしい。
「どうしたんだい?」
「プレゼントに手紙がついていて」
「なんだって?」
晶は問題のプレゼントを手に取った。
「お誕生日おめでとう?今日誕生日の子がいるのかい?」
「いえ。心当たりありません」
職員さんは本当に心当たりがないらしい。困惑しているようだった。
「ふむ」
晶が顎に手をあてて考え出す。
「このカード、見覚えがあるよ」
「え?」
晶はしばらく考えていた。はっと顔を上げる。
「そうだ。先日新聞に載っていたよ」
僕もおぼろげながら思い出していた。
ついこの間、美術館に怪盗が忍び込んだと話題になっていた。その時の犯行予告のカードにそっくりだったのだ。
「怪盗は子持ちなのかい?」
「それはどうだろう」
晶は考えた挙句、プレゼントを開封してみることにしたらしい。開けてみると可愛らしいクマのぬいぐるみだった。晶がそれを探る。特に変わったところもない普通のぬいぐるみのようだった。ただ変わっている所と言えば、タグに今日の日付が入っている所だろうか。
そう、今日は晶の誕生日でもあった。
「これはもしかして僕への挑戦状というやつなのかな」
晶が不敵に笑う。
「晶、どうするの?」
「もちろん、受けて立つさ」
怪盗は何を狙っているんだろう。僕に晶を守り切れるのか?
冬編~完結~
「深見、お茶」
「はいはい」
僕の幼馴染、獅子王晶はいつでも偉そうにしている。いや、彼の家は世界屈指のお金持ちで、晶が13歳の時に彼は自分の会社を立ち上げた。それもまたとんとん拍子で大成功して今に至っている。こんな経歴を聞かされたら確かに偉いなと思ってしまうだろう。そんな晶だけど何故だか僕を気に入っているらしい。幼馴染だからだとも思うけど、どうもそれだけではない。何が彼の琴線に触れたのか当の僕にはさっぱり分からないのだ。
僕は晶専用のティーカップに紅茶を淹れた。僕もすっかりこの状況に慣れてしまっている。周りから引かれるくらいにはこの状況はおかしいらしい。でも晶はこう見えて寂しがりの甘えん坊さんだ。僕が彼にそっけなくしたらきっと全て投げ出してしまうだろう。そんな場面を僕は見たくない。せめて晶が大事にできるお相手を見つけて、人のために社会で戦えるようになるまでは僕が彼を守っていかなければ。勝手な使命感だけど僕は晶が大事で大好きなのだからしょうがない。
「うーん、やっぱり深見の淹れるお茶が一番だね」
「そう?他人が淹れても変わらないと思うけど」
「むー」
あ、晶が膨れ始めた。僕がよしよしと頭を撫でると晶がにぱっと笑う。本当に可愛いな。
「でね、深見。これを見て欲しいのだけど」
「何?」
今日は日曜日で高校はお休みだった。晶が手渡してきたのは真っ赤な封筒である。受け取って中身を見ると、パーティーの招待状だ。どうやらイースターにこじつけた催しらしい。会場内に隠されたたまごを見つけると何かがもらえるようだ。晶ほどのお金持ちになると物をもらってもそんなに喜ばないだろうけど、当の晶によれば是非やってみたいとのことだった。時間は今日の夕方5時からである。場所を確認すると車でないと厳しそうだ。もちろん晶にはお抱えの運転手がいる。
「深見、僕はそろそろ着替えてくるよ」
晶、張り切っているなあ。僕も着替えてきた方がいいかな。僕は離れに向かった。僕の家はドが付くほどの貧乏で、僕が晶と一緒にいるのは金目当てという人もいる。でもそんなのは関係ない。僕は晶が好きだ。そばにいられるなら、なんでもする。離れは僕がここから近い公立高校に通えるように晶が貸してくれたものだった。離れといってもちょっとしたお屋敷みたいになっている。使用人さんが常に玄関に立っている状態だ。
「涼介様、お着替えでしょうか?」
様はやめて欲しいと何度もお願いしている。でも晶から僕を丁重に扱えと言われているからと毎度のように返されてしまう。
「わぁ、着せられてる感」
姿見を見ながら僕は呟いていた。
「よくお似合いですよ」
本当かな?まあ晶を待たせてもよくないし行くか。
「じゃあ行ってきます」
「お風呂はどうされますか?」
「晶と入ると思います」
「畏まりました」
僕は離れを出た。
✢
「どうかな?深見」
晶は深紅のワンピースを見事に着こなしていた。まだ春先なので肌寒い。僕の上着を羽織らせたら晶は嬉しそうに笑った。そのまま車に乗り込む。
「晶は赤が似合うね」
「ふふ、僕はなんでも似合うんだよ」
自信満々だけど嫌味じゃない。それが晶なのだ。
「晶様、到着致しました」
運転手に告げられて晶はスマートフォンを鞄にしまった。
「ありがとう。また連絡するよ」
「はっ」
会場は某高級ホテルだ。僕には場違いだけど晶が気にせずにどんどん行ってしまうので慌てて追いかけた。受付で招待状を見せると中に案内される。
中の壁面にはうさぎとカラフルなたまごたちのイラストで飾られていた。風船や、お花も飾られている。
「可愛いね、深見」
「うん、この会場内にたまごが隠れてるんだって」
「早速探してみることにしよう」
周りの人を見ると会談中なのかたまごを探している人はいなかった。まぁ、小さい子ならともかく、大人は喜ばないか。晶は特別無邪気だから例外だ。
「深見!見つけたよ!」
晶が駆け寄ってくる。彼は3つカラフルなたまごを見せに来た。
「すごいね、晶」
よしよしと頭を撫でたら晶が嬉しそうに笑う。
「これで何がもらえるのだろうね。僕がこの会場内の全てのたまごを見つけるのも楽しそうだよ」
晶が得意げに笑う。
「晶様、ここにいらっしゃいましたか!」
「おや、鈴木じゃないか。久しぶりだね」
鈴木さんは晶の取引先の社長さんだ。どうも、と僕が頭を下げると気にしなくていいと言われた。
「このイベントに晶様が招待されていると聞きましてね」
「あぁ、今の所楽しんでいるよ。そうだ、何か飲まないかい?僕としては何か軽く摘みたいのだけど」
「でしたら向こうに料理がありますよ」
「ふむ、楽しみだよ」
大きなテーブルに料理が山盛りにされている。わあ、美味しそうだな。
「サンドイッチの中身はたまごなのだね。鈴木、君もいるかい?」
「あ、いや、私は卵アレルギーでして」
「なんだ、そうだったのかい?」
アレルギーは怖いもんなぁ。
晶があむ、とたまごサンドを頬張る。僕も貰ってみよう。そんなことをしているうちに司会の人が現れた。そういえば今日は企業の新企画の発表があるはずだ。晶も興味深そうに見ている。
「では、最後に、米粉を使用したケーキを皆様に食べていただきましょう!最近、アレルギーを持つ方が増えています。食事を最大限に楽しめる日々を送れるようにと我が社が考案したものです!」
出てきたのはウエディングケーキくらいの大きさのケーキだった。スタッフがさくさく切り分けていく。アレルゲンのあるもの全て不使用らしい。
「深見、貰いに行こう」
「うん」
鈴木さんも試してみようと付いてきた。アレルギー持ちだから尚更だろう。ケーキを受け取ってフォークで切り分けて食べた、瞬間だった。
「ぐ…うううっ!!!」
鈴木さんが倒れて苦しんでいる。まさか、毒?
「鈴木!どうしたんだい?深見、救急車!」
「分かった!」
僕は慌ててスマートフォンで救急車を呼んだ。もちろん警察も。毒物の可能性がある以上、事件を疑わないわけにはいかない。
救急車はすぐに来て、鈴木さんを素早く搬送していった。大丈夫だといいのだけど。
「獅子王くん、君もいたのか」
やって来たのは警部さんだ。僕たちに何かと縁がある人だ。
「警部、よく来てくれたね。鈴木は無事かい?」
「あ、あぁ。もちろん」
「毒物?」
晶が聞くと、警部さんが顔を曇らせた。
「どうやら食物アレルギーのようなんだ。たまごだったようで」
え、と僕たちはお互いを見合った。
「鈴木はたまごの入っているものを食べていないよ」
「あぁ、周りの人もそう言っている」
ますます不可思議だ。
いや、と晶は顎に手を当てた。
「鈴木はあのケーキを食べた。もしかしたら」
「ううむ、やはりそうか」
警部さんが言うには料理に使う分しかここにたまごを仕入れていないという。そしてスタッフはこの会場内に入るまでに身体検査があったのだそうだ。たまごを持ち込めるはずがないという。防犯カメラの確認もしたが不審なものは見つからなかったらしい。
「たまごをどうやって持ち込んだのかそれが分からないね。警部、ケーキを作ったスタッフを僕たちに紹介してくれないかい?」
「あぁ、分かった」
僕たちは厨房に入った。鑑識さんが忙しなく働いている。
「こちらの3人がケーキ作りを担当した方たちだ」
「名前を名乗ってもらえるかい?」
晶の態度が気に食わなかったのか、金髪の男がぎり、と歯を食いしばる。
「こんなガキに俺たちの何が分かる!練りに練ってきたプロジェクトにケチがついたんだぞ!!」
「橋くん、落ち着いて」
橋さんを止めた女の人は山田さんと言った。そしてもう1人。
「俺は川口だ。こんなことになるなんて」
ふむ、と晶が考える。
「たまごは割ると殻が残るだろう?深見」
「確かにね」
「その殻は見つかっていないようだけど、相違はないかな?警部」
「あぁ、見つかっていない」
晶はしたりとばかりに笑った。
✢
「警部、急だけど僕は証拠の在処を知っているんだよ」
「な、何だって?」
晶がにっこり笑う。
「たまごは既に会場内に隠されていたのだからね」
「な…!」
晶がバッグから先ほど見つけたたまごを差し出した。
「僕の持っているものは茹でてあるようだけど生卵を隠すことも可能だったはずさ」
「一体誰がそんなことを…?」
晶はある人を指差した。その指先にいた人物、それは川口さんだ。え、と皆が驚いた。
「あなたの指先に付いているのは僕の持っているたまごに付いているのと同じ、食紅じゃないかな?。たまごの準備をしたスタッフはまた別にいると聞いたのだけど」
「く…くそっ…」
川口さんが逃げ出そうとしたのを複数の警察官が抑えた。
「獅子王くん、お手柄だ。よくやってくれた」
警部さんの言葉に晶は不敵に笑う。
「僕でなくてもいずれ分かっていたさ。日本の警察は優秀だからね」
✢
「深見、お茶が欲しいな」
「はいはい」
僕たちの間にはまた日常が戻って来ている。いつもの通り紅茶を淹れながら僕はふと気になったことを晶に聞いてみた。
「晶、たまごの準備をしたスタッフさんの話なんて聞いていたっけ?」
晶が笑う。
「鎌をかけたのさ、まんまと引っかかってくれた」
さすが晶。やることが大胆なんだから。
「このゲームはつまらないね」
先程から晶はパーティーで貰ったゲームで遊んでいる。
「仕方ないよ、景品だもの」
「そんなものかね」
晶はそれでもそのゲームを完全にクリアしたらしい。あれ?晶って暇なの?
春編~完結~
獅子王晶と七夕
「深見、見てご覧」
いつものように学校から帰ってくると晶に呼び止められた。晶は今日、仕事で学校を休んだらしい。朝は学校に行けなくてつまらないと膨れていたけれど上手く気分転換出来たのかな。ニコニコしてるし。
「わぁ、大きな笹だね」
僕がそう言うと、えっへんと晶が胸を仰け反らせる。
「じいにとってきてもらったのさ。もうすぐ七夕だろう?一緒に飾りを作らないかい?」
「いいよ。そう言えば七夕に近くでお祭りがあるんだってね」
「なんだって?」
晶はお祭りが大好きだ。
「一緒に行く?」
「行くとも!」
晶は今日も全開で可愛い。一旦制服から着替えて、僕は晶のもとに戻った。晶はハサミをおっかなびっくり使っている。
「晶、大丈夫?」
「深見、僕は自力で鶴すら折れないことを忘れていたよ」
「大丈夫、簡単な飾りもあるからね」
「本当かい?」
僕は晶と共に七夕飾りを作った。最後に短冊を書くことにする。
「何がいいかな」
「晶にもお願いあるの?」
僕が茶化すと、ぷうと晶が膨れる。
「あるに決まっているだろう。僕は欲深い人間なんだからね」
「ふふ、そうなんだ」
晶が短冊に何を書いたかは敢えて見ないことにした。
✢
七夕祭り当日、僕が晶のいる屋敷に向かうと、晶が浴衣を着て立っていた。淡いピンク色の可愛らしいものだ。晶はなんでも似合うな。
「深見!待っていたよ!」
「お待たせ。行こうか」
「あぁ!」
晶と手を繋いで歩く。屋台を見つけた瞬間、晶が声を上げた。
「深見!僕はたこ焼きが食べたいよ」
お財布は晶の執事さんから預かってきている。
「いいよ、買ってくるね。晶はここにいて」
「心得たよ!」
僕がたこ焼きを買って戻ると、晶は近くにあった笹の飾りを見ていた。
「晶、買ってきたよ」
「深見」
晶の声が固い。どうしたんだろう?
「飾りが切られてしまっているんだ」
「え?」
晶が示したのは明らかに切り裂かれたと思われる七夕飾りだった。笹は切られていないから故意に飾りだけ切られていることがわかる。
「本当だ、こっちも」
「すみません、その笹、片付けるんです」
後ろから声を掛けられて、僕たちは振り返った。若い女の人だ。晶がずいと進み出る。
「お嬢さん、何があったか僕たちに話してくれるかい?」
「え…?」
✢
「すみません、急に」
僕と晶は七夕祭りの本部にやってきている。テントの中にテーブルとパイプ椅子が置かれていた。
僕たちが椅子に座ると先程の女の人がペットボトルのお茶を前に差し出してくれる。彼女は微笑んだ。
「いえ、獅子王様からはかなり寄付をして頂いていますし」
出た、金持ちの特権。
「一体何があったんだい?飾りを切られるなんてとても暴力的だけれど」
「はい。理由は分からないんですが、最近連続でこういう事が起きていて、警察にも警備をお願いしているんですが、なかなか犯人を捕まえられないんです」
「まあ警察も事件にならなければ人員を割けないだろうからね」
「はい。でも何かあってからじゃ遅いんです」
女の人は田辺さんというらしかった。近くの幼稚園で教諭として働いているらしい。彼女がぐ、と拳を握る。
「子供たちが一生懸命作った飾りを切り裂くなんて許せません」
確かにその通りだ。
「それにエスカレートして誰かが傷付けられたりしたらと思うと怖くて…」
「ふむ、早急な対応が必要だね」
晶がそうだと笑った。
「なら僕らが調査してみよう」
「え?獅子王様にそんな…」
田辺さんは困惑していたけれど、晶はやると言ったらやるのだ。
「深見、君もいいかい?」
「いいよ。晶が行くなら」
「もちろんさ」
というわけで僕たちはあちこち見回ってみることにした。
「ふうむ…」
晶が見ているのはお祭りで配られている地図である。彼は被害のあった笹飾りの位置をマークしていた。
「おやおや」
「なにかあったの?晶」
晶が地図を見せてきたので隣から覗き込んだ。
「偶然かな?この神社を囲むように犯行が行われている」
はじめの事件は6月のはじめだ。そこから1週間くらいおきに事件は発覚している。
「神社かぁ。確か七夕祭りの最後に特別に飾った笹を奉納する儀式があるって聞いたことがあるよ」
「ふぅん、とりあえず行ってみようか」
僕たちは神社に向かった。小さいけれど由緒ある神様らしい。鳥居前で頭を下げて中に入る。
「深見、本堂はこちらみたいだね」
「行ってみよう」
そこにも浴衣姿の人が複数いた。もう夕方の6時を過ぎている。お祭りもクライマックスだ。
「深見」
晶にそっと呼ばれて僕は顔を寄せた。
「あそこにある笹が奉納するものかな?」
綺麗に飾られた笹が軽トラの荷台に載っている。
「そうかもしれないね」
「ならば少し潜むことにしよう」
「潜むんだ」
晶の作戦が始まったようだ。どうするんだろう。
✢
すっかり日が傾いて、境内の照明が点き始めた。遠くで花火が打ち上がる音がする。
「深見」
晶に鋭く呼ばれて僕はハッとなった。黒い帽子にメガネ、マスク姿の人物が現れたのだ。どう見ても不審者なのだけど、最近こういうひともいるからなぁ。
その人の右手に握られているのはカッターナイフだった。僕は気配を殺して、彼女の背後に近寄った。
武術の心得が多少はある。だからこそ僕は晶と2人で出掛けられる。
「そのナイフ、どうするつもりだい?」
晶の急な出現にその人は驚いたらしかった。逃げようとして僕に気が付く。その人物は自棄になったらしかった。カッターナイフを振り上げながら僕に突進してくる。でも素人の動きだ。僕は手首を殴ってカッターナイフを落とさせた。晶がすかさず回収している。
「く…どけえぇ!!!」
「そういうわけにはいかないよ。僕は晶ともっとお祭りを楽しみたかったんだからね」
言いながら僕は我慢していたんだなと気が付いた。
腕を捻り上げて地面に押し付ける。体つきから女性だと分かる。
「新村さん?!」
騒ぎを聞きつけた人が通報してくれたんだろう。警察官と共に田辺さんがやって来た。
「知り合いかい?」
晶の言葉に彼女が頷く。
「園で預かっている子の保護者様です」
なんだって?
「そうか、なるほどね」
晶は不敵に笑った。
「この笹飾りが君は気に入らなかったのだね?」
新村と呼ばれた女が呻いた。
「なんでうちの子の飾りが選ばれないのよ!あんなに頑張って作ってるのに!」
なるほど、奉納する笹の飾りは上手に出来ているもんな。
「それはすみません。でも去年、誠くんは選ばれましたよね?」
「なによ!また選ばれたって、良いじゃないのよぉぉ!!!」
後の彼女は落ち込んだ様子で警察に連行されていった。
「お二人ともありがとうございました」
田辺さん、落ち込んでるなぁ。気にしてしまうのも無理はない。
「いいかい、お嬢さん。今回のケースは滅多にないことだ。君の責任ではないし、ましてや園の不手際でもない。安心するといい」
「獅子王様」
「何かあれば僕に連絡してくれ。名刺を渡しておくからね」
「ありがとうございます。あの、これから奉納の儀式があるので見て行ってください」
僕たちはその言葉に頷いた。奉納の儀式があんなに見応えがあるものだとは知らなかった。
✢
「深見、お茶」
「はいはい」
僕はふと笹飾りに気が付いた。これ、いつまで飾るんだろう?短冊の文字が目にはいる。晶の角ばった文字でこう書かれていた。
「深見とずっと一緒にいられますように」
と。晶は本当に可愛いな。僕はお茶を持って晶の元に戻った。
夏編~完結~
幕間・深見涼介の日常
「深見、何を作っているんだい?」
ここは獅子王家の厨房だ。ぴかぴかのそこで僕はあるものを作っている。
さっきから晶が背伸びをして僕の肩越しから覗いてくる。晶はいつも好奇心旺盛で可愛いな。
「試作のクッキーだよ。晶の分もあるから落ち着いて」
「クッキー!」
晶がほわわ、と幸せそうな顔をする。晶は甘いものが大好きだ。度々彼は甘いものを欲するので、こうして僕が用意する。僕の夢は恥ずかしながらパティシエなので、高校を卒業したら専門学校に進もうかと考えている。晶は僕の夢を応援してくれるつもりらしい。学費は任せろと言われている。でも僕は晶と対等でいたい。必ず働いて返すからと約束している。
「深見のクッキーはほろほろさくさくで美味しいんだよ。早く食べたいな」
晶は食いしん坊でもあるな。
「社長!こんなところに!早くお仕事してください!」
あ、晶の秘書さんがやってきた。
「でも、深見のクッキーが」
「晶、クッキーが出来たらすぐ持っていくから」
「深見、約束だよ?」
「うん、約束」
ゆびきりげんまんをして晶はようやく仕事に戻った。僕は型抜きでクッキー生地を抜いていく。
余った分はもう一度こねて生地を抜いていく。お菓子作りはひたすら根気がいる。温めたオーブンにクッキー生地を並べた。良し、あとは上手く焼ければ完成だ。頑張ってくれよと声を掛ける。
クッキーを焼いている間、使った道具を洗う。
こんな素敵な厨房をただで使わせてもらってるのだ。スタッフの皆さんにもお礼がてらクッキーを渡したい。
オーブンを覗くといい感じに焼けてきている。
いよいよクッキーが焼けたという通知音が響いた。ミトンをはめて鉄板を取り出す。うん、いい出来だ。
「涼介、クッキー焼いたのか?お、すげえ量だな」
匂いを嗅ぎつけたのかここの厨房の長である柴田さんがやってくる。
「はい、晶が食べたいなって言ってたんで。練習にもなりますし」
「ウチで勤めればいいのに。ノウハウ教えるぞ」
「ええ?、でもさすがに悪いですよ」
獅子王家にはすさまじくお世話になっているからなおさらだ。
就職までさせてもらったらさすがに悪すぎる。
「そんなの晶坊ちゃんは気にしないと思うがな」
それも分かっているつもりだけど、いいのかな?
「ウチで修業して自分の店を持つっていうルートもあるし、涼介がここにいてくれれば坊ちゃんも安心するだろう」
なるほどなと僕は思っていた。
晶は時々僕を見て寂しそうな顔をする。僕が晶から離れていくとでも思っているんだろうか。
晶が幸せになるのを僕は手伝いたいだけだ。それは晶が大好きだからである。
「涼介、お前、坊ちゃんには寂しいこと言うなよ?坊ちゃんはああ見えて繊細だし」
「分かっているつもりなんですけどね」
この間の七夕祭りのことを僕は思い出していた。
晶はずっと僕と一緒にいたいらしい。それは僕も同じだ。
「晶は僕でいいのかな」
もしかしたらもっといい人もいるかもしれないのに。
「晶坊ちゃんにはお前だけだ、自信持てよ」
*
晶にクッキーを持っていたら幸せそうに頬張っていた。
「晶」
さくさくと晶は上機嫌でクッキーを咀嚼している。
「どうしたんだい?深見」
「僕は君とずっと一緒にいていい?」
晶は僕に向かって飛び込んできた。僕は彼を抱き留める。小さくて軽いな。
「やだ、深見。寂しいことは言わないで」
「大丈夫。晶のそばにずっといるからね。
「約束してくれるかい?」
「うん」
晶、僕は君が好きだ。
~完結~
獅子王晶と文化祭
「ふふっ!明日は特別早起きをするよ」
もう夜なのに、晶がいつになくるんるんしている。何故かと言うと明日は僕の通う高校の文化祭があるからだ。誘ったら晶は嬉しそうに笑った。
「晶、くれぐれも無理はしないでね」
「いいや、早起きしてさくっと仕事を終わらせてやるのさ」
晶、そう言うけどそんなに上手く行くかなあ?
晶は社長だし、なにかと雑事があるはずだ。
「社長特権の発動タイミングは明日だね」
晶、お願いだから職権乱用しないでね?
「たまにはわがままだって言わなくてはね?」
澄まし顔でそんなこと言ってるけど、君、いつもわがまま言ってるよね?
「仕方ないじゃないか」
むすーと晶が膨れる。
「晶、明日仮装をしてきたらお菓子が貰えるよ。パンケーキも頑張って焼くからね」
「なんだって?本当かい?パンケーキ!」
晶は食べることに目がないからなぁ。なんの仮装をしようと秘書さんと仲良く話している。秘書さんからしたら明日が早いから不安だろうけど。
「晶、早朝に女性を呼び出すのはよくないよ。もうやるべきタスクをもらっておいたら?」
「そうか。そうしたら僕もすぐに仕事が始められるね。美嘉それでいいかい?」
秘書の美嘉さんがほっとしたような表情で頷いている。晶に無事、仕事が割り振られたようだ。
「いいかい?美嘉。明日は帰ってきたら僕に連絡をくれよ?」
「はい」
晶の秘書さんも優秀だからなあ。まあ一日くらいなら何とかなるか。
「さて、深見。僕はもう眠ることにするよ。最近忙しくてね、疲れているんだ」
確かに晶は最近、遅くまで仕事をしていた。
「うん。おやすみ、晶」
「おやすみ」
晶が抱き着いてくる。僕も彼を抱きしめた。
晶は本当に小さいな。
*
「涼介君、メニュー表をラミネートしてみたんだけど」
眼鏡女子、久保さんに声を掛けられた。彼女が持っていたのは可愛らしいデザインのメニュー表だ。僕は受け取ってそれを見た。
「わあ、センスいいね。可愛いし、これなら狙っている客層の女性たちに刺さると思う」
「よかった。ありがとう」
メニュー表は六席あるテーブルに配置した。これで良し。今日の僕は午前中、調理要員だ。午後からなら晶と文化祭を回れるはずだ。ふとスマホを見ると晶からメッセージが来ていた。何かあったんだろうか?不安になったけど他のクラスメイトに呼ばれてメッセージを読めなかった。
「涼介君は今日は誰か呼んでいるの?」
「うん、母さんと晶が来るよ」
「晶って獅子王家の?」
普通に引かれた。まあそうだよなあ。獅子王家の名前を知らない人の方が少ない。
「そんなにお金持ちの人がこんな文化祭で喜ぶのかな?」
あ、そこは問題ない。晶は子供舌だ。
今がチャンスだと僕はスマートフォンを見てみた。晶の写真が添付されている。
「お姫様だ」
僕は思わず呟いてしまった。
*
「深見!」
いつも結っている長い藍色の髪を縦に巻いてやってきたのはお姫様もとい晶だった。僕は心配になって校門まで迎えに来たのだ。
晶が僕に向かって歩いてくる。長い裾を握ってやってくる様は完全にお姫様だ。
「お待たせしたね」
「晶、それ可愛いドレスだね」
歩きながら晶が胸をのけ反らせる。
「母様に頼んだら用意してくれたのさ」
獅子王家の財力恐るべし。あ、教室に着いた。
「で、僕はここでどうしたらいいんだい?」
あ、そっか。晶は外でご飯を食べた回数が圧倒的に少なかったな。
「では、お席にご案内いたします」
「うむ」
僕が席に晶を通すと、周りのお客様が驚いている。まあ突然、ガチ仮装の子が現れたらこうもなるだろう。
晶は鼻歌を歌いながらメニュー表を見つめている。お、注文が決まったようだな。
「深見、パンケーキはお土産に出来ないのかな?」
「うーん、ちょっと難しいかな」
「なら僕が食べてちゃんと美嘉に食リポすることにするよ」
結果、晶はパンケーキを二人前とアイスティーを頼んだ。
「晶、全部食べきれる?」
「大丈夫さ。お腹がペコペコだからね」
晶は体が小さいからなあ。
と思いながら僕は調理に戻った。
「涼介君、あの子が?」
「女の子だっけ?」
口々に言われるのももう慣れている。
「晶だよ。男なんだけど女装が好きなんだ。可愛いでしょ?」
さっきまで好奇心丸出しで呟いていた生徒が黙る。これだから僕は友達が出来ないんだよね。
「晶さん、自分のスタイルを貫いているんだね」
久保さんがそう感心したように言ってくれて、僕の心は随分救われた。
さて、パンケーキを焼こう。晶がお腹を空かせているんだし。僕は集中してパンケーキを焼いた。次々に注文が入って忙しい。
*
パンケーキを焼いていたら午後の係の人たちがやってきた。
ああ、疲れた。
店内に戻ると晶が頑張ってパンケーキと格闘していた。っていうかまだ食べてたんだ。
「晶?お腹いっぱいなんでしょ?無理しないで」
慌てて声を掛けたら晶が涙目で僕を見てくる。
「残すなんてルール違反だ」
「大丈夫。僕が食べるから。お姫様が泣いていたら皆悲しむよ」
「そうなのかい?」
晶にはパンケーキ半人前じゃなきゃいけなかったな。僕は残ったパンケーキを食べた。うん、我ながら美味しく出来てる。試作の時にあれこれこだわった甲斐があったな。
「深見?すまないね。美味しいんだけど」
「うん、美味しいね。でも晶には量が多かったね」
「うぐぐ」
晶、悔しそうだなあ。そういうところも可愛いな。
ぺろりとパンケーキを平らげて、僕たちは席を立った。晶には無料券を渡している。
会計を済ませて晶と校舎内を巡ることにした。
「深見、どこでお菓子がもらえるのかな?」
そういえば晶はお菓子を楽しみにしていたな。僕は彼の手を掴んで緩く引いた。
*
「嫌よ、そんなの」
「でも本当よ?」
ん?向こうで女子たちが騒いでいる。晶も首を傾げた。
「お嬢さんたちどうしたんだい?」
晶の急な出現に女子たちは驚いたらしい。後ろへたじろいだ。
「大丈夫。僕はしがない姫でね」
あ、その設定は守ってるんだ。
「君たちが困っていることを聞かせて欲しいのだけど」
女子たちは顔を見合わせて言った。
「この文化祭にかぼちゃをくり抜いてジャックオランタンを作ったの。でも、それが急に動いたりするようになって」
「ふむう?」
なんだそれ、怪奇現象かな?僕たちは件のジャックオランタンを見せてもらった。特に変わった部分は見当たらない。晶がん?と声を上げた。
「深見、この傷」
僕が顔を近づけて見ると、うっすらと傷らしき線が見える。よく気が付いたな。
「何かを仕込んだ痕かもしれないね」
「でも一体なんのために?」
僕が言うと晶は不敵に笑った。教室のプレートを指さす。
「この教室は女子更衣室だ。おそらく盗撮が狙いだろう。カメラの位置を動かすために小さな装置をつけたのではないかな?」
盗撮だって?犯罪じゃないか。女子たちがざわめきだす。
「それってカメラが仕込まれてたってこと?」
「今の技術があれば限りなく小さいものが作れるからね」
「でも一体誰が?」
晶はウインクして見せた。
「そういうのに強いのを僕は知っているよ」
*
「晶、なんだそのカッコ」
僕たちはスマートフォンで画面越しに話している。今、彼は引きこもりながら動画配信をしてなんとか暮らしているらしい。
「ふゆみ、僕たちに協力してほしいんだ。礼として生活費を渡すよ」
「お金貰えるならやるわ」
ふゆみくんは思いのほかゲンキンだった。僕たちはことの顛末を彼に話した。
「あー、なるほどね。多分もう画像売却してるんじゃね?」
ふゆみくんが言うには盗撮の画像に値段を付けて売っているのではとのことだった。酷いことをする人も中にはいる。
「まあ俺にかかればすぐ特定できる。その間にもう少し情報を集めて犯人見つけろよ」
「分かった」
ふゆみくんが情報を特定できるまで僕たちは聞き込みに行かなければ。
「晶、疲れてない?」
「大丈夫だよ。僕だって男さ」
僕たちは更衣室の周りで不審な人物がいなかったか聞いて回った。
「生活指導の松芝が女子更衣室に入っていくのを見かけたよ」
「あ、それ俺も見たわ。まあ女子はいない時間だったから気にもしてなかった」
どうやらこの件に松芝先生が関わっているようだ。
そこに晶のスマートフォンが鳴りだす。晶はワンコールで応答した。
「どうだい?」
「うん、画像見つけた。これ」
その写真にはモザイクがかけられている。どうやらふゆみくんの配慮らしい。教室の形からしてうちの学校だ。
「このアドレスを辿ったらこいつに行きついた」
その人物は松芝茂夫だった。間違いなくうちの生活指導の教師である。
「これは追い詰め方を気を付けなければね」
学校は隠ぺいを図ろうとするかもしれない。
「SNSで追い詰める?」
ふゆみくんが今どきの方法を提示してくれた。晶が笑った。
「女子生徒を脅かした罰を与えてやろうじゃないか」
晶の悪だくみが始まってしまった。
*
晶がさらさらと書いたのは一通の手紙だった。
「あなたの秘密を知っています。放課後、理科室に来てください」
こんなことが書かれていたら誰だって慌てるだろう。
松芝先生もそれは一緒だった。
放課後、僕たちは理科室に潜んだ。
そこに現れたのはもちろん松芝先生だ。
「おい、誰かいるのか?俺の秘密って」
カタカタと骸骨の模型が動き出す。松芝先生固まっているな。
動かしているのはもちろん隠れている晶だ。
「なんだ?誰かいるのか?」
「ユルサナイ」
大きな音で声がする。これはふゆみくんの加工で作ったものだ。
「ひ、ひいっ」
松芝先生ビビってるな。しりもちをついて後ずさっている。
ふっと理科室の電気が消えた。これは先ほどの女子たちに頼んだ。
晶がふらりと進み出る。晶はドレス姿だ。いつもより体が大きく見える。
「君が本当のことを言って裁きを受けるなら解放してあげよう」
「あ・・すんませんー!!もう二度とやりません!ひいいい」
松芝先生、気絶しているぞ?やりすぎたかな?
こんな感じで文化祭は終わったのだった。母さんは母さんで文化祭を楽しんだらしい。晶と一緒にいたと言ったら彼によろしくねと返ってきた。
*
「むー」
その日の晩、晶が膨れている。お菓子を貰い損ねてしまったからだ。
「晶、僕が明日いちごタルトを焼くから」
「本当かい?」
晶は果物も大好きだ。
「僕は言ってみたかったんだよ」
「何を?」
「トリックオアトリートとね」
晶は今日も可愛い。
秋編~完結~
獅子王晶とプレゼント
「うぅ、寒いね深見」
夕方になってだんだん冷えてきた。今日は雪が降りそうだ。
「そりゃあ冬だからね。今、温かいお茶淹れるから」
「やっぱり深見は一家に1台だよ」
「僕は家電じゃないよ?」
いつものように軽口を叩きながら僕はお茶を淹れた。ティーカップを机に置くと、晶が嬉しそうにカップを持ち上げる。
「今日のおやつはシフォンケーキなのだね」
「うん、ずっと練習していてね。なかなかふんわり感が安定しなくてさ」
「シフォンケーキに僕は目がないからね。感想を聞くだろう?」
「もちろん」
晶がフォークでシフォンケーキを切り分ける。一口大になったそれを晶は頬張った。
「むうう、美味い。紅茶の香りがするね」
「そう、茶葉を練りこんでいるからね」
「これは止まらなくなりそうだよ」
「晶、夕飯もちゃんと食べなくちゃだめだよ」
「む、そうだね」
言いながら美味しそうにシフォンケーキを食べている。
「晶、クリスマスはどうしようか?」
「そんなの決まっているだろう。僕の店の視察さ」
晶は玩具製品を取り扱う会社を運用している。商品はいつでも爆売れだ。会社のスタッフも有能だしなあ。話によると開発スタッフはかなりの精鋭ぞろいらしい。
それを取りまとめている晶もすごいのだ。
「深見、クリスマスプレゼントは何か希望があるかい?」
「そうだね、一度食べてみたいケーキがあって。とてもお高くて僕には手が出ないんだ」
「なるほど、後学のために美味しいケーキを食べておきたいと」
「そう」
ふふっと晶が笑う。
「承知した」
「晶はなにか欲しいものないの?」
「深見とデートしたい」
「いいけど」
晶がやったあと可愛らしく喜んでいる。どこに行きたいのかと聞いたらクリスマスマーケットに行きたいらしい。晶は本当にお祭りが好きだなあ。
*
学校ももうすぐ冬休みだ。周りはなんだか浮かれている。12月はイベント目白押しだし僕も同じように浮かれている。学校に友達がいなくてもイベントは楽しい。
「深見!お前、クリスマス空いてる?」
こう声を掛けてきたのはクラスメイトだった。僕は笑って答えた。
「ううん、空いてない」
「な、そんなにべもなく」
「事実だもの」
「お前って本当そっけないっていうか」
「よく言われる」
クラスメイトに無視されてるわけじゃないんだよな。ただ獅子王家と深く関わってるという理由で遠巻きにされているだけだ。獅子王家がそれだけ大きな力を持つ家なのは間違いない。でも晶は普通の男の子だ。僕と何も変わらない。
「また晶様かよ」
「晶は悪い子じゃないよ」
「そうかもしれないけど」
クラスメイトがため息をついて行ってしまった。晶は学校でうまくやれているんだろうか。ちょっと心配になってきたぞ。
*
放課後になって僕は料理サークルに顔を出している。知り合いがいて時折ケーキやクッキーを一緒に作っているのだ。
「深見君、本当に上手」
「毎日やってるからね」
僕はケーキにクリームを塗っていた。綺麗にかつ素早く塗るのがみそだ。
「美味しそう」
「うん、皆で作ったし美味しいんじゃないかな」
ケーキを切り分けて皿に盛りつけた。すかさず周りの子たちがケーキの写真を撮り始める。記録は大事だ。僕も撮っておこう。
「美味しい」
お茶も用意して僕たちはケーキを食べ始めた。うん、まあまあかな。
晶が聞いたら自分もケーキが食べたいと駄々をこね始めるだろうからここで食べたことは黙っていようと思う。
「深見君、高校卒業したら専門行くんでしょ?」
「うん。一応そう思って学費を貯めているよ」
「偉いなあ」
いやいやそんなと僕は手を振った。
料理サークルは基本的に緩い。でも時折プロの先生に来てもらって料理を教わったりもする。意外と本格的な活動をしているのだ。
ケーキを食べ終えて僕たちは食器を片づけていた。
「ああ、美味しかったあ。今日も来てくれてありがとう」
「僕こそ。いつも誘ってくれてありがとう」
じゃあねと僕は帰路に就いた。
晶の屋敷に戻ると晶がPCを相手に格闘している。
「お帰り、深見」
晶が顔を上げてそう言ってくれた。
「忙しそうだね」
「ああ。新商品が間もなく出るし、社長なりにやることがあるんだ」
へえと僕は思った。
会社の方針は社長が決めるのだと聞いたことがある。
「深見、明日から冬休みだろう?用事がないなら僕と来てくれないか?」
「いいけど」
どこにいくんだろう?と思ったけど僕は聞かなかった。
*
僕たちは児童養護施設に来ている。そう、晶の会社は恵まれない世界中の子供たちに惜しみなく寄付をしている。そしてこれもその一環で、クリスマスプレゼントを配るとのことだった。今日の晶は深緑のワンピースを着ている。完全にクリスマスカラーだ。持ってきたプレゼントを子供たち一人ひとりに職員が手渡ししている。子供たちが嬉しそうでほっとした。晶も微笑んでいるな。
「嬉しそうな顔をしているひとを見ると嬉しいんだよ」
晶らしい言葉だ。いつも楽しさや安心を追い求めている晶だからこそ言える言葉だと思う。
「あれ?」
職員がふと声を上げた。晶も異変を察知したらしい。
「どうしたんだい?」
「プレゼントに手紙がついていて」
「なんだって?」
晶は問題のプレゼントを手に取った。
「お誕生日おめでとう?今日誕生日の子がいるのかい?」
「いえ。心当たりありません」
職員さんは本当に心当たりがないらしい。困惑しているようだった。
「ふむ」
晶が顎に手をあてて考え出す。
「このカード、見覚えがあるよ」
「え?」
晶はしばらく考えていた。はっと顔を上げる。
「そうだ。先日新聞に載っていたよ」
僕もおぼろげながら思い出していた。
ついこの間、美術館に怪盗が忍び込んだと話題になっていた。その時の犯行予告のカードにそっくりだったのだ。
「怪盗は子持ちなのかい?」
「それはどうだろう」
晶は考えた挙句、プレゼントを開封してみることにしたらしい。開けてみると可愛らしいクマのぬいぐるみだった。晶がそれを探る。特に変わったところもない普通のぬいぐるみのようだった。ただ変わっている所と言えば、タグに今日の日付が入っている所だろうか。
そう、今日は晶の誕生日でもあった。
「これはもしかして僕への挑戦状というやつなのかな」
晶が不敵に笑う。
「晶、どうするの?」
「もちろん、受けて立つさ」
怪盗は何を狙っているんだろう。僕に晶を守り切れるのか?
冬編~完結~
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