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第三話「トウマの想い〜イヴの過去」

旅路

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トウマからアメリアとイヴの話を聞いてからもう数日が経過していた。
今日はラウも仕事を切り上げて、早く帰って来てくれるらしい。
きっと泉の話をみんなでするのだろう。
今日もレイラはみんなのおやつを作っていた。
イヴも一緒に手伝ってくれている。

「ねえれいら?あたしもトウマみたいに勉強してみたいな」

こう言われることはレイラにとって想定内だった。
イヴには内緒でこっそり用意しておいたものがある。
レイラは本棚の引き戸を開けて、あるものを取り出した。

「イヴは虫が好きだろう?」

「うん!おはなもすき!」

レイラがイヴの前に置いたのは数冊の図鑑だった。どれもカラーの写真がどんと大きく載っている。この図鑑はすごく高かった。簡潔だが詳しい解説。細部に渡る写真など、レイラが知っている中で一番勉強になるものだ。
この図鑑はレイラが、ラウに頼み込んで買ってもらったのである。もちろんラウは二つ返事だったが、レイラからすれば高級品である。
ドキドキしながらこの図鑑が必要になる日を待ちわびていた。

「わぁぁ!!」

イヴが歓声をあげて図鑑を捲り始める。

「大切に使ってくれよ」

「うん、大切にする。トウマと一緒に読みたいなあ」

イヴがにっこり笑いながら言う。
この日からイヴとトウマはこの図鑑の虜になった。

「いただきます」

おやつを子供たちに食べさせているとラウが帰ってきた。
まだ暦上では秋になったばかりだが、北の大地ラクサスにはすでに初雪が降っている。
もうすっかり冬の装いのラウがマフラーを外しながら言った。


「レイラさん、もう外は真っ白ですよ」

「え?」

今日の朝、洗濯をしていた時はいい天気で雪さえなかった。改めて北の大地ラクサスの恐ろしさを思い知るレイラである。

窓を開けて外を覗くと、ラウの言った通り真っ白だった。

「急ですが明日の早朝、南地方に向かいましょう。このままでは山を下りられなくなりますから」

「分かりました」

子供たち二人にも南地方に向かうことを知らせると二人は驚いていた。

「なにしにいくの?」

イヴはどこか不安そうだ。
レイラは彼女を優しく抱きしめた。

「妖精の泉に行こうと思っているんだ。アメリアさんも泉のこと、心配していただろ?」

トウマから聞いたということは伏せておく。

「うん。アメリアも心配していたよ。やっぱりちゃんとした方がいいよね」

イヴが決意のこもった声で言う。レイラはイヴと目線を合わせた。

「イヴ、自分の準備をトウマと一緒にできるか?」

「できるよ」

イヴが誇らしそうに言う。
レイラもいろいろ準備をしたかった。子供たちやラウにに少しでも快適に旅をしてもらうためだ。

「レイラさん、本当に急になってしまってすみません」

「ラウ様のせいじゃありません。雪が降ってしまっただけですから」

レイラが笑ってそう返すとラウがほっとしたように笑った。

「カヤには連絡をしておきました。今日の昼間、電報を打ったので今頃届いています」

「よかった」

それからレイラ達は 早めに眠ることにした。明日は明け方には出発したい。
イヴがなかなか寝付けなさそうだったがレイラが隣で昔話を聞かせている間に眠ってしまった。

「イヴさんも寝ましたか」

「はい」

ラウは明日の道のりを考えているようだ。地図を睨んでいる。
レイラもその隣に加わった。
ラウが地図を指で示す。

「まだ南の方は雪が少ないと、行商の方に聞きました。夜はこれ以上は降らないようなので、大丈夫だと思います」

ラウが示した道のりは、なるべく緩い傾斜の道を通るというものだった。少し遠回りにはなるが、雪が少ないことが大事である。

「なるほど」

レイラなりに理解して、頷く。

「レイラさん、もう寝ましょうか。明日は早いですし」

「はい」



次の日はすぐだった。


「はやーい」

明け方、ラウが操る馬車に乗ってレイラ達は出発していた。
まだ完全に太陽が昇り切っていないため、辺りは暗かった。
ラウはわずかな明かりのなかでこれだけのスピードを出せるのだからすごい。

「兄さんは昔、父さんと母さんの送り迎えをしていたらしいから」

「そうなのか」

「よくは知らないんだけどね」

トウマが照れたように笑う。

「れいら、太陽が見えてきた」

太陽が見えるにはまだ早いはずだが、イヴが見つめていたのは確かに東の方角だ。
やはり彼女にはいろいろ視えるのだろう。

そこからしばらく走ってラウは馬を止めた。確かにこの辺りにはまだ雪が積もっていない。
どうやら情報通りのようだ。
辺りも明るくなってきている。
このまま走れれば、南地方には今日の夜辺りに着くだろうか。なかなか遠い旅路である。


「お疲れ様です。ラウ様」

「お腹が空きました・・・」

ラウが困ったようにやって来たのでレイラは思わず、笑ってしまった。

「大丈夫です。いっぱいご飯を作ってきましたから」

「いつもありがとう。嬉しいです」

レイラの両手をラウが優しく握る。
これもすっかり恒例になってしまった。
子供達も何も言わずに二人を見つめている。レイラは流石に恥ずかしくなって、ラウの手を振り解いた。

「ご、ご飯食べましょうか!!みんなで!!」

大きな声でレイラが言うとラウにくすりと笑われる。
そのせいで、ますますラウを意識してしまうレイラだった。

「美味しー!」

レイラが持ってきたのは保存用の干し肉とパン、そして水筒に入れてきた野菜のスープだった。
スープは昨日から仕込みをして、野菜が溶けてなくなるまで長時間煮込んである。

馬車から少し離れた場所に火を熾して、干し肉をあぶる。
それをパンに挟んで食べると塩気があってまた美味しい。ラウだけではなく、子供たちも沢山食べた。
レイラ自身もいつもより食が進んだ気がする。馬たちにも当然、野菜と水をたっぷり与える。
ここで休憩すれば馬を替えずに済む。
それを見越して、ラウはここで休憩を入れたのだろう。
彼は本当に頼りになる。

小一時間程休憩をして、一行は再び南地方に向けて出発した。
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