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第三話「トウマの想い〜イヴの過去」

妖精の泉

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「こっち」

イヴを先頭に一行は森の中を歩いていた。
レイラの手をイヴは引いている。
イヴは歩くペースをレイラに合わせてくれているらしい。
おかげで、レイラの持病である喘息の発作は出ずに済みそうだった。こんな芸当ができるのは、今のイヴが大人だからだ。
いつものイヴではとても考えられない。

「もう少しだよ。れいら」

「ああ。ありがとうなイヴ」

前に見えてきたのはぽっかりと口を開けた洞窟である。
レイラは前にもここに来たことがある。そこでイヴと初めて出会った。
中に入るととても暖かい。南の地方であるサヤトでもさすがに今は涼しくなっている。
どうやらここは前となにも変わっていないらしい。

「ここが妖精の泉か」

カヤがきょろきょろしながら言う。

「だれ?」

イヴが鋭く叫んだ。
レイラはそっと彼女の様子を窺う。なにかあったんだろうか?、レイラには分からなかった。

「いるんでしょう?出てきて」

イヴが囁くように言う。
そういうと小さな綿毛のようなものが沢山降ってきた。


「これは・・・」

ラウがその綿毛を手の平で受け止める。
レイラも同じことをする。その綿毛はすぐ手の平から消えてなくなってしまう。

「ここは暖かい、わたしのあたらしいおうちなの」

誰のものか分からない声がする。
レイラは辺りを見回した。
近くにいるのは間違いない。

「誰なの?」

イヴの問いかけにぼんやりと小さな綿毛が現れた。

「わたしここにいたいの」

「あなたは?」

綿毛がふよふよと漂う。

「私はポム。あなたがここの女神様?」

綿毛はそうイヴに尋ねた。

「あたしはもう女神じゃない。普通の人間だよ」

「でもここにも力を分けてくれているでしょう?」

その言葉にレイラは驚いた。イヴはずっと自分の力をここに注ぎ込んでいた。
泉の力の根元はイヴだったのだ。

「ねえポム。あなたからは計り知れない魔力を感じる。きっとあなたが成体になればここを管理できるはずよ」

どうやらポムはまだ子供らしい。イヴのそんな言葉が嬉しかったのか、ポムはぴょこんと跳びあがった。


「だからあなたが大人になるまでまであたしがここに力を分けてあげる」

「本当?」

「うん」

イヴがはっきり言う。彼女の面倒見の良さにレイラは改めて彼女をすごいと思った。
こうして彼女は沢山の幼い命を救ってくれていた。
そしてこれからも。

「女神様、その人たちは誰?にんげん、だよね?」

ポムが言う。

「あたしの家族だよ」

「家族、いいな」

「ポムももうあたしの家族だよ」

「嬉しい・・・」

ポムが消えていく。
イヴはそれを静かに見つめていた。

「イヴ、あの子は・・・ポムはどこに行ってしまったんだ?」

レイラが尋ねるとイヴが笑った。

「あの子はもともと実体がない。今もここにいる。大丈夫だよ」

「かー、なんか不思議な場所だなあ」

カヤが呻く。それにみんなで笑った。

「れいら。あたし、まだここを消すのはやめる。もしかしたらここを残すことがあたしの役目なのかも」

「イヴ・・・。そう、かもしれないな」

イヴがそう決断できたことがなによりもよかった。レイラがイヴの頭を撫でると彼女はくすぐったそうに笑う。


「ねえトウマ、あたしのこと怖くない?また仲良くしてくれる?」

イヴがトウマを見つめた。
トウマもイヴを見つめる。

「怖いわけない。イヴはずっと可愛いイヴだよ」

イヴはトウマに抱き付いた。ラウはやはりもどかしそうにしていてレイラは思わず吹き出してしまった。
まだ慌てなくていい。彼らは若いのだから。

「さあ、帰ろうか」

「うん!」

レイラは帰り道、考えていた。
もちろん自分のこともだが、イヴやトウマのこと、そしてラウのこともだ。
まだ物語は始まったばかりである。

レイラの実家に一行が戻ってくると、大きな籠を背負った青年が駆け寄ってくる。彼の髪の毛は鳥の巣のようだ。

「女神様!!」

彼はイヴの前に跪いた。

「えーと…あなたは?」

レイラが尋ねると、彼はハッと気が付いたように後ろへ下がった。

「貴族様に失礼なことを…申し訳ありません。
俺はトミー、親父と二人で山芋を作ってるんです。昔、女神様に助けて頂いて」

イヴが息を呑む。
どうやら思い出したようだ。

「あの、トミーなの?」

トミーは嬉しそうに頷く。

「そうです!子供の頃、動物避けの罠に足を取られちまって動けないところを助けて頂きました!」

子供では自力で罠を外せないだろう。

「トミー、大人になったんだね」

「はい!今の俺がいるのは女神様のおかげです!」

ここにもイヴに助けられた人がいた。
改めてイヴのすごさをレイラは思い知る。

「女神様、どうしてここに?」

トミーが首を傾げる。
イヴは笑った。

「あたしも人間になったの!」

「えぇー!」

トミーはひとしきり驚いたあと、泣き始めた。
なんだか忙しい人である。

「女神様、一人は寂しいって言ってましたもんね!本当によかった!ぐすっ」

トミーが籠を背中から降ろして中から立派な山芋を数本取り出した。

「これ、召し上がってみてください!
いつも市場に卸してるんです。女神様に食べてもらいたいから」

レイラはイヴの代わりに山芋を受け取る。
それは、ずっしりと重たかった。

「トミー、これからも元気で頑張ってね!あたしも頑張るから!」

イヴの言葉にトミーは何度も何度も頷いていた。
トミーを見送る。

「イヴはすごいな…」

こうトウマが呟くのをレイラは聞いていた。
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