僕の死亡日記

はやしかわともえ

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八話・退院

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あれやこれやあったけど、夕方になってお母さんと兄さんが病院まで迎えに来てくれて、僕は心底ホッとした。

「詩史。お母さん、先生とお話してくるわね。お兄ちゃんと売店でジュース飲んでいて」

「うん」

僕たちはお母さんから貰ったお金を持って、売店でジュースを買った。そばにある休憩スペースに座ってジュースを飲み始める。僕はサイダー、兄さんはコークを買っていた。

「詩史、博物館だけど、お前一人で行けないか?」

「え?兄さんは?」

兄さんは困ったような顔をする。

「実は夏休み、夏期講習に行くんだ」

「勉強で、僕に構ってられないんだ」

僕は思わず拗ねた態度を取ってしまった。兄さんがますます困ったという顔をする。兄さんが何か言う前に僕は言った。

「僕、博物館には一人で行くよ。大丈夫だから」

僕だって兄さんを困らせたいわけじゃない。大好きな大事な兄さんだから尚更だ。兄さんが泣きそうな顔で僕の頭を撫でた。今回のこともきっと関係している。きっと自分を責めているんだと思う。

兄さんの幼い頃からの夢は、医師だ。その為に小学生の時からずっと、死にそうな思いをしながら勉強している。それでも兄さんは、時間を作って僕と沢山遊んでくれる。今回のことだって僕は気にしていない。おばあちゃんを亡くしたのは悲しいけれど。
ふと、死亡日記の一文を思い出す。兄さまと遊んだというあの部分だ。あの子にも優しいお兄さんがいたんだ。なんだか、あの子と僕は似ている気がする。気のせいかもしれないけれど。

兄さんは自宅から博物館までのアクセスを細かく調べて、僕のスマートフォンに送ってくれた。兄さんは信頼できる人だ。そこにお母さんが戻ってくる。やっと家に帰れる。嬉しくて僕が立ち上がると、お母さんの目線と同じくらいになる。僕も成長してるんだ。僕も大人になる時が来る。子供から疑われるようになるんだ。そう思うとガラガラと足場が崩れ落ちたような気持ちになった。お母さんが僕の頬を触って、僕を抱き締めた。

「詩史、怖かったわね。ごめんね」

お母さんが泣いている。もしかして誰かに酷いことを言われたんだろうか?僕は頭の中で思い当たる人物の中から犯人を探した。それはすぐに分かる。犯人は間違いなく誰でもない僕なのだ。僕も悲しくなってきてしまって一緒に泣いた。ようやく家に帰ると、なんだか狭く感じた。それでもここはいつも僕を守ってくれる。夕飯は近くのファミリーレストランで済ませた。寝る前に痛み止めの薬を飲む。ベッドに寝転がると、僕は意識を飛ばしていた。博物館に行くのが、今から楽しみだなぁ、寝る寸前までそう思っていた。

気が付くと、僕は全力で走っていた。鵺が後ろから追いかけて来る。息が切れて肺が痛いくらいだ。でも走るのをやめるわけにはいかない。走るのをやめたら鵺に殺されてしまう。

「よう、運動不足のお坊ちゃんにしてはなかなかやるな!」

この子は誰だろう?

「お前は俺の主人になるんだぜ!詩史!」

よく言っていることが理解できない。気が付くと僕は左手に刀を持っていた。

「主人、お前は戦える!やっちまいな!」

刀から思念のようなものが浮かび上がる。戦うなんてとても無理だ。僕はすでに怖気付いていた。相手は妖怪だ。そして、僕は普通の人間。しかも人より劣っている。

「愚かな人間共め。この私をよくも殺してくれたな」

鵺から真っ黒なオーラがあふれている。あれは殺気だ。人間を憎んでいるんだ。

「主人、ここで逃げたら今までと何も変わらない」

「刀の君に言われたくない」

「お前は本当は強いんだ、大丈夫」

「無理だよ…無理だ」

僕はいつも地べたを這いつくばることしか出来ないんだよ。そうやってずっと生きてきたんだから。刀が僕をぐいと引っ張る。

「主人!いいか!!ここで死んじまったらおしまいなんだぞ!負けるんじゃねえ!」

僕はハッとなった。怖いけど、やるしかない。
僕は低く構えた。刀で戦ったことなんてもちろんない。でも何故か構えるとしっくり来た。

「いいぞ、主人」

「フン、ただのガキに何が出来る」

鵺が力いっぱい突っ込んでくる。それをなんとか躱す。そして斬撃を入れた。鵺は僕の反撃に驚いたらしい。元の姿に戻っている。禍々しい妖怪の姿に。

「忌々しい獅子め」

鵺はパッといなくなった。僕は刀を見つめた。この刀身、見覚えがある。

「もしかして君、獅子王なの?」

「あぁ!そろそろ鵺が蘇る頃だと思った」

獅子王はからから笑う。

「刀剣の俺はお前の力の付与で顕現出来る。またいつでも会えるさ」

気が付くと、獅子王の姿はもうどこにもなかった。それでも僕は、獅子王にぎゅっと抱き締められたような気がした。僕は改めて左手を握った。確かに僕は獅子王と一緒に戦った。運命に初めて逆らったんだ。それがこんなにも爽快であることを僕は初めて知った。僕ならやれるかもしれない、一握りでもそう思えた。

「獅子王!僕、戦うよ!」

僕は空に叫んでいた。
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