黒獣ダンジョン殺人事件

Sora jinNai

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パラディーゾ

アポローンと火天井

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グノートス遺跡 第8階層 08:19 a.m.(推定) フランチェスコ

 籠城4日目の朝。
 身体をゆすられて深い眠りから急に引き揚げられる。
 瞼は重く、薄く開けた瞳でキョロキョロと周りを見回した。オレンジ色の明かりにぼんやりと視界が開ける。フランチェスコの肩にアイディンが手を置いていた。オレンジ色はアイディンが持っていたオイルランプの光だった。

 起きたことを見とめると、ランプを床に置いて話しかけてくる。しかし、頭に靄がかかってなかなか内容がつかめない。
 急に起こされたためか体からひどい倦怠感を感じた。段々意識が通い始めて耳も聞こえるようになる。

「ベアトリーチェ卿がいらっしゃらないんですが、どこに行かれたかご存じですか」
 そこまで聞いてやっと話を理解した。上体を起こすと軽く咳きこんで喉の調子を整える。
「い…いないんですか。彼女」
 起きて南通路に出たとき違和感を覚え、部屋をのぞき込むとそこに彼女の姿はなかったとアイディンは説明した。

「一応他の部屋も伺うつもりですが」
「僕も一緒に行きます」
 フランチェスコは食い気味に答えた。慌ててファルシオンを腰に装備し、部屋を出る。

 まずは一番近いリュディガーの部屋に向かった。
 リュディガーは荷物を枕にして静かに横になっていた。オレンジ色の光を鎧がビカビカと反射し、思わず目を細めた。
 ゆすって起こそうとしたが、まるで起きそうにない。

 仕方なく隣のエーレンフリートの部屋を伺った。
 エーレンフリートは急に訪ねてきたことに驚いたが、冷静な口調で受け答えしていく。
「本当に彼女はいないのか。誰かの部屋で一緒に寝ているだけではないのか」
「それはない…とは云えないですけど」
 フランチェスコは言葉に詰まる。スッとアイディンが間に入る。
「エーレンフリート君は3番目の見回りを担当していましたね。その時ベアトリーチェ卿の姿を見ていないんですか」
「私が見たときにはまだいらっしゃいましたよ。部屋で寝ていて」

 アイディンは顎に手を当てた。
 念のため部屋の中を見せてもらったが、彼女の隠れられる場所などない。ベアトリーチェはいなかった。

「ねえ、これは何の騒ぎ」
「何かありましたか」
 騒ぎを聞きつけたのかロミーとダミアンが現れた。ベアトリーチェが見当たらないことを話すと目の色を変えて騒ぎ立てた。

「まさか、あの子1人で脱出したの」
 脱出という言葉にピクリと耳が動く。
「ロミーさん。脱出ってどういうことですか」
 フランチェスコは無表情に訊く。彼女は焦りつつ云った。
「だってそういうことじゃない。あたしが見回りをしたときにはもう彼女は部屋にいなかったのよ。夜中に姿を消すなんて、あたしたちを出し抜いてここを脱出したに違いないわ」

 4人目、最後の見回りを担当したロミーの時にはもう彼女は消えていた。つまり居なくなったのはロミーが階段の前で見張りをしていた間ということになる。
 しかし脱出という発想は少し突飛であるようにフランチェスコは思えた。憶測とはいえ1週間はクロウル・ドラゴンの狩りは続く。上の階が安全でないのに脱出を試みるなんて信じられない。まして頭の切れる彼女がそんな行動にでるとは到底考えられなかった。

「ベアトリーチェ卿がみんなを出し抜こうなんてするはずがありません。きっと何か事情があるはずです」
 フランチェスコは真剣な眼差しで言った。
「ところでリュディガーさんはいないんですか」
 ダミアンがその場にいた全員に質問する。

「なかなか起きなかったから置いてきたんです。パラヘルメースも呼んで、ついでに起こしましょう」
「俺を呼んだか」
 フランチェスコが言い終えた瞬間に後ろから声が響く。暗い南通路をパラヘルメースが歩いて来ていた。
 パラヘルメースは揃っている面々を見て顔色を変える。
「待て、ノーノさんはどこだ」
「見つからないんです。もしかしたら上に行ってしまったんじゃないかって」
 経緯を説明するとパラヘルメースは顔を歪めて憤りを露わにした。
「見張りは何やってたんだ。彼女は今、命の危機にさらされているんだぞ」
 そう云い放つとこちらに背中を向けて走り出す。

 まさか彼女を追って上の階に向かうつもりか。そんなのは死ぬようなものだぞ。
 フランチェスコはオイルランプをひったくると走った。

 パラヘルメースは案外足が遅く、第7階層へ上る階段の前で捕まえることができた。じたばたと頑なに抵抗したが、普段から鍛えているフランチェスコを振り払うことはできない。逆に組伏せられ、羽交い絞めにされた。
「あんた、今行かなければ間違いなく後悔するぞ。手遅れになってからでは遅い」
「そんなこと分かってます。僕だって彼女のことが心配です。でもあなたが行ったってモンスターの糞になるだけですよ」
「ならあんたも力を貸せ」
「なっ」
 思わずフランチェスコの拘束が緩み、すぽんと腕が抜ける。パラヘルメースは受け身を取れず、胸から倒れこんだ。

 パラヘルメースは胸を抱えて起き上がるとフランチェスコに迫って云う。
「俺には力はない。できるのは冴えわたる頭脳をフル回転させることだけさ。お前は逆だ、力はあっても頭脳が無い。だからお前なんだ。俺とお前で組めば互いに補い合えるだろう」

 力のこもった瞳に射抜かれる。あの時と同じだ。
 フランチェスコはベアトリーチェと手を組んだ時のことを思い出していた。
 ベアトリーチェもまたフランチェスコに無いものを補ってくれる存在だった。短いながらも共に行動して、2人なら困難に立ち向かえるような確信を得ていた。

 10年前に父が死んでから、フランチェスコは母を守れるような存在になるために必死に戦ってきた。来る日も来る日もモンスターと戦い、死をも恐れず研鑽を積んだ。
 流れに身を任せ、その時自分がやれることを正解だと信じて進んできた。
 ならば今、自分は新しい流れの渦中にいるのかもしれない。
 ぐるぐると遠回りをし続ける道かもしれない。けれど渦の先へ進めば、必ず中心というゴールにたどり着くことができる。
 ベアトリーチェを見つけるためにもここで立ち止まるのは、嫌だ。

「わかりました」
「決断の遅い奴だ。だがその選択は褒めてやる」
 シュッとファルシオンを抜く。持ち手が軋むほど強く握りこむ。意志の強さを剣に送り込むように。
「パラヘルメース。僕はあなたと同盟を結びます」
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