【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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最終章

116

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 西方辺境伯領から戻って来てからは、時はめまぐるしく過ぎていった。
 目覚めてから数日後、結婚の許可を得るためにルナシスさんと領主様の元を訪れた。二人とも何の反対もなく、あっさりと了承してくれたから、正直なところ拍子抜けしてしまった。結婚式の話が持ち上がると、僕は「しなくてもいい」と言ったが、ルークは「絶対に挙げる」と主張し、頑として譲らなかった。

「婚礼衣装を着たユイを見たい。もちろん、結婚指輪は俺が作る」

 彼の言い分はやや説得力に欠ける気もしたが、いろいろ話し合った結果、親しい人だけを呼んだささやかな式にすることに落ち着いた。
 年が明けてすぐに、僕とルークはシグルド司祭様とルーシー院長の元を訪れ、この教会で式を挙げたいとお願いした。すると二人は、涙を浮かべながら快諾してくれた。ルークが春に挙式したいと言うから、短い準備期間の中、周りの手を借りながら急ピッチで準備を進めた。

 そうして慌ただしくしているうちに、5ヵ月が経ち、季節は春を迎えた。空がどこまでも蒼く澄み渡った晩春の今日、僕とルークはかつて一緒に過ごした教会で結婚式を挙げる。

 僕は控室に仕立てた孤児院の一室で、トルソーにかけられた婚礼衣装をじっと見つめていた。上質で真っ白な生地を使用したセパレートで、足首まである上衣は両サイドの足の付け根あたりからスリットが入り、まるでアオザイのようなデザインだ。そして、袖や裾には銀糸で繊細な刺繍が施されている。この衣装は、クイントス家が後援している王都の工房で作ってもらったものだ。

 本当に、ルークと結婚するんだな。

 この異世界に来た頃は生活に慣れることに必死で、未来のことなんて考える余裕はなかった。それがたった数年で、生涯愛せると思える人と出会って家族になるなんて、にわかに信じられない。

 僕は、なんて幸運なんだろう…。

 感傷に浸りながら着替えを済ませると、ドアがノックされ、リリィの声が外から聞こえてきた。

「ユイお兄ちゃん、お着替え終わった?」
「うん。入っていいよ」

 返事をすると、リリィは取っ手のついた木箱を片手に部屋に入ってきた。しばし呆然と僕を見つめたあと、ハッとした顔をして持ち込んでいた鏡台の前に僕を座らせた。

「時間も迫ってきてるから、さっそく始めるね!」

 リリィは張りきった様子でそう言うと、慣れた手つきで僕の髪を結い始めた。もうすぐ9歳になるリリィは、成人したら領都で化粧師になりたいという夢を叶えるために勉強中なのだという。
 鏡越しにリリィを見ながら物思いに耽っていると、いつの間にかヘアセットが終わったようで、今度は「ユイお兄ちゃん、目を閉じてて」という指示が飛んできた。僕は言われるがままに目を閉じると、リリィは僕の顔にいい香りのする化粧水やクリームを塗り始めた。

「お化粧っている?」
「ルークお兄ちゃんに、『ユイを最高に綺麗にしてくれ』って頼まれたからね」

 ルークの希望かぁ。

 伴侶たっての願いなら、断るわけにもいかない。僕は目を閉じて、化粧を施すリリィに身を委ねた。やがて頬をくすぐるような感触が止まると、耳元でリリィが静かに声をかけてきた。

「できたよ。ゆっくり目を開いて」

 僕は言われたとおり、ゆっくりと目を開いた。目に飛び込んできた鏡の中の自分に、一瞬たじろいでしまった。肌は色々塗られたわりに自然な感じで、唇はほんのり艶がある程度だが雰囲気がいつもとまったく違う。

 自分が、自分じゃないみたいだ。

「……何というか、ほんと凄いねリリィ」
「でしょ?ここで結婚式をするって聞いたときから、いっぱい練習したんだから!」

 リリィは手鏡を使って、結った髪も見せてくれた。丁寧に編み込まれた髪のところどころに、青い勿忘草が差し入れられ、初めて孤児院で参加した収穫祭の時のことを思い出す。あの時は白い花だったが、今日は僕が好きな色の花をあしらってくれている。

「ユイお兄ちゃん…っ、綺麗すぎる……」

 涙ぐみながら感嘆の声を漏らすリリィに「ありがとう」と言ったその時、ノック音と共に三人の人影が部屋に入ってきた。祭服を着たユアンとコサージュを手に持ったアリス、そして白いタキシードに身を包んだルークだ。
 ユアンは僕が村を出た後、司祭見習いになってシグルド司祭様のサポートを始めたらしい。今日の結婚式も、進行を手伝ってくれている。

「伴侶をお連れしました」

 畏まった口調が微笑ましくて、自然と笑みがこぼれてしまう。

「ふふっ。ありがとう、ユアン。それにアリスも。ネモフィラでコサージュを作ってくれたんだね」
「だって、ユイお兄ちゃんは青色が好きなんでしょ?」
「うん、青が一番好き」

 アリスが胸ポケットに差し入れてくれたネモフィラのコサージュは、真っ白な婚礼衣装によく映えた。ふとアリスの方からルークに視線を向けると、頬を染めて照れくさそうに視線を泳がせていた。

「さぁ、リリィにアリス。礼拝堂に移動しよう。ルーク兄さんたちは、教会の扉前で準備していてね。時間になったら扉を開けるから」
「ああ、わかった」

 ユアンがそう言い残してリリィとアリスを連れて部屋を出ると、ルークはコサージュが潰れないように僕をそっと抱きしめた。

「世界一綺麗だよ、ユイ」
「ありがとう。ルークもすごく素敵」

 差し出された手を取って立ち上がると、ルークは僕の手をそっと自分の腕に絡ませた。そして孤児院を出ると、思い出話に花を咲かせながら教会までの短い道のりを進み、出入り口で扉が開くのを緊張しながら待った。


 定刻になるとユアンが扉を開き、僕たちは教会の中に足を踏み入れた。するとピアノの美しい旋律がゆっくりと流れ始めた。演奏しているのは、なんとライルだ。
 礼拝堂の中にいる参列者はルークの家族とウィルさん一家、孤児院の子どもたちにルーシー院長、そしてアランだ。あまり大々的にやりたくなかったから、村の人たちに今日のことは内緒にしている。
 参列者たちから祝福に満ちた視線を送られながら、僕たちは身廊をゆっくり歩いた。歩くたびに長い上衣の裾がふわりとなびき、まるでウェディングドレスのようだった。
 祭壇の前で歩みを止め、祭服に身を包んだシグルド司祭様に一礼すると、祝福の言葉が述べられた。それが終わって結婚誓約書に僕とルークが署名すると、次はいよいよ指輪の交換だ。
 リングボーイを務めるアルが、二つの指輪を乗せたリングピローを持って、よちよちと僕たちに歩み寄ってくる。ウィルさんとディーンさんはハラハラした様子で見守っていたが、僕には一生懸命歩くアルの姿がとても微笑ましかった。

「ありがとう、アル」

 アルが僕たちの元に辿り着き、リングピローを差し出すと、僕たちは互いに嵌める指輪を手に取った。務めを果たしたアルは得意げに笑い、両親の元へ走っていく。

「本当に良かったの?あの魔法を付与して」

 ルークは指輪をまじまじと見つめながら、僕に尋ねてきた。
 教会に挙式の承諾を得に来た帰り、<秘密基地>に立ち寄った際にたまたま見ていた魔法書で、僕はある魔法を見つけた。その効果に心から惹かれ、僕が嵌める指輪の方にこの魔法を付与してほしいと、ルークにお願いしたのだ。 

「うん。だって───」

 ルークの手の中にある指輪を見つめ、いつか訪れるであろう未来に思いを馳せた。


「───君がいない世界で、僕は生きていけないから」


「俺も、ユイのいない世界では生きられない。だから、死の向こう側の世界へ行っても、俺はまたユイを見つけるから」

「ふふっ。じゃあ僕は、ルークに見つけてもらえるように、君の好きな歌を歌いながら待っているね」

 誓いの言葉にしては何とも厳粛さに欠けていたが、それでも十分すぎるほどの深い想いが込められた言葉だった。

「実は、ユイには内緒で手を加えた部分が、もう一つあるんだ」

 僕に嵌める指輪を手に取ったルークが、そう言いながら指輪の内側を見せてくれた。そこには、小さな文字が刻まれているが、なんて書かれているのかが分らない。

「古語で刻んでみた。意味は───」

 ルークの言葉が途切れ、不思議に思い、僕は指輪からルークに視線を戻した。ルークは慈愛に満ちたまなざしを、真っ直ぐ僕に向けて微笑んでいた。そのまなざしがと重なり、不意に胸が高鳴る。


「───『ただ、あなただけを。』」


 涙が込み上げてきた。まさかこの言葉を、指輪を通して二度ももらえるとは思っていなかったから。


 ……こんな近くで、見守ってくれていたんだね。


 愛しさが溢れて、すぐに言葉にできなかった。涙を零さないよう、そしてこのとめどない想いが伝わるよう、僕は懸命に言葉を紡いだ。


「君は、僕のすべてだよ」


 ルークは顔を綻ばせながら、僕の左手の薬指に指輪を嵌めた。僕もそれに倣ってルークの指に指輪を嵌めると、誓いの口づけを交わした。

 互いの唇が離れて飾り窓の外に視線を送ると、遠くに見える<世界樹>が、一瞬、いつもと違う温かい光を放った気がした。


 それはまるで、僕たちを祝福しているかのようだった。




*****

ここまで読み進めていただき、本当にありがとうございます!

次回の<エピローグ>で、本編は完結となります。よろしければ、最後までお付き合いください!


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