【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

文字の大きさ
42 / 128
第一章

38

しおりを挟む


まるで握り潰されたみたいに、心臓がいたい……。息が……、うまくできない……。



目の前の出来事が信じられず、でも目を逸らすこともできずにその場に立ち尽くした。自分の鼓動と吐息だけが鼓膜に響いて、ほかに何も聞こえない──。


そして気が付いたら、僕は道端で座り込んで、降りしきる雨に打たれていた。




昼食が終わって、お茶の時間になっても帰ってこないルークに、得も言われぬ不安が過った。いつもはどんなに遅くても、この時間には帰ってきているのに……。
気持ちを落ち着かせるために、僕は礼拝堂に向かった。外に出ると、あんなに晴れていた空が、今はどんよりとした雲に覆われている。
ピアノを弾いたら、気分も変わるかもしれない。そう思い、僕はピアノに触れた。

カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲──。少し切ないけど緩やかな旋律だから、不安を和らげるのにいいかも……。

胸につかえる一抹の不安を、曲にのせるようにゆっくりピアノを奏でる。すると、少し気持ちが落ち着いた。でもこの曲が使われている作品の場面を考えたら、さすがに縁起が悪かったかな…?
ピアノから離れて、飾り窓の向こうに見える<世界樹>をぼんやり眺めながら、そう思った。
しばらく長椅子に腰かけていると、さっきより外が暗くなってきてハッとした。

そろそろ、夕食の準備が始まる時間だ。

急いで孤児院のダイニングに行くと、ユアンとリリィが院長の手伝いをしていた。ダイニングテーブルではライルとアリスが一緒に本を読んでいて、ルークはまだ戻っていないようだった。

「ああ、ユイ!丁度いいところに来てくれたわ」
「遅くなってすみません。どうかしましたか?」
「実は、まだパンが届いていないのよ。いつもならサラがもう来てる時間なんだけど…」
「じゃあ僕、店まで取りに行ってきます」
「気を付けてね。雨も降りそうだし」

今にも雨が降りだしそうな空を見ながら、僕はトミーさんの店に急いだ。以前ルークと一緒に来たときも、この時間は店の扉は閉まっていたから、迷うことなく裏口に向かう。そして建物の角に差し掛かったとき、ふと話し声が聞こえてきて足を止めた。

この声……サラ?誰かと話してる…?

裏口はすぐそこだが、出ていって話の腰を折るのも気が引ける。しばらく待とうかと思っていた矢先、話し声が聞こえなくなった。

……終わったかな?

角からそっと覗いてみると、誰かと抱き合っている長い茶髪の後ろ姿が見えた。…サラだ。
相手の男性に目を向けると、……長身で銀色の髪と、空のような青い瞳をしていた。

………ルー…ク…?

あまりの衝撃に、息が止まった。
二人は抱きしめ合う身体を少し離すと、次は口づけを交わし始めた。角度を変えながら徐々に深くなっていくそれは、見たくもないのに、僕の目を釘付けにして離さなかった。
雨が降り始めるとようやくふたりは唇を離して、寄り添いながら裏口から中に入っていった。

二人が視界から消え、身体がやっと動くようになった僕は、孤児院に向かって息を切らしながらがむしゃらに走った。しかし、孤児院までもう少しというところで、石に躓いて転んでしまった。呼吸をするのに精一杯で、何とか身体は起こせたものの、足に力が入らず立ち上がることができなかった。
そうして、しばらく雨に打たれながら俯いて座り込んでいると、誰かが声を掛けてきた。

「ユイ?どうしたんだ!?」
「………アラン?」

顔を上げると、そこには傘を傾けて心配そうに見つめる、アランの姿があった。

「あっ……、ちょっと…転んじゃって……」
「立てるか?濡れてるし、早く中に入った方がいい」
「うん…大丈夫。すぐに、立つから」
「……いや、じっとしてろ」

アランがいきなり僕の身体を抱き上げ、孤児院に向かって足早に歩を進めた。

「わっ、ちょっ…、アラン!」
「動けないんだろ?こうする方が早い」

孤児院の玄関先に着くと、アランは僕を降ろして「待ってろ」とだけ言い残して中に入っていった。そしてすぐに、タオルを抱えた院長を連れて戻ってきた。

「ユイ!?大丈夫?怪我したの!?」
「あっ、あの!ちょっと転んだだけなんで…」
「でも座り込んでたって……。それに、こんなに濡れてるじゃない!アラン、この子を浴室まで抱えていってちょうだい」

院長は僕の頭にタオルを被せながら、アランに指示した。するとアランは、僕の制止も聞かず、再び僕を抱き上げて浴室へとズンズン進んでいった。脱衣所に入ると、そこに置いてあった椅子に僕をそっと降ろしてくれた。

「……大丈夫か?」
「…うん……」
「とりあえず、身体を温めろ。少しは気分が良くなる」

そう言って出て行こうとするアランを、慌てて呼び止めた。

「あっ、アラン!」
「ん?」
「あの…、ありがとう。……いろいろ」

アランはをきびすを返して戻ってくると、僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら笑った。

「…なんかあったら呼べ。話くらい、聞いてやる」
「……うん」

そしてアランは出ていき、脱衣所はしんと静まり返った。さっき目にした、ルークとサラのやり取りが頭から離れない。長衣を脱ごうとしても、視界がぼやけ、手が震えて思うようにいかなかった。
ようやく服を脱ぎ終えてシャワーを全身に浴びると、目に滲んだものが、お湯か涙か分からなくなった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。 ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。 俺、いつ死んだの?! 死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。 男なのに悪役令嬢ってどういうこと? 乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。 ゆっくり更新していく予定です。 設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。

処理中です...