3 / 41
誕生日会
しおりを挟む
◆
「なあ、修二、あそこのアパートに変なおっさんがおるやろ?」
あくる日、学校でクラスメイトの修二にアパートで見た男のことを話すと「あれ、銭湯の親父や」と返事がすぐに返ってきた。
風呂に入っていないと勝手に思い込んでいたけれど、毎日入っているじゃないか。
「村上、知らへんのか、あのおっさん、この町では有名なおっさんやで」
「あのボロアパートに住んでるんか?」
「ちゃうみたいやで。アパートには知り合いがおるらしくて、よく行ってるみたいや」
あのシュミーズの女のことだろうか?
「いつも原動付きのバイクに乗ってるで。見たことあるやろ?」
あ、見かけたことがある。どんぶりみたいなヘルメットをかぶって、へらへら笑いながらいつも子供たちに話しかけている、あのおっさんだ。顔がだらしなく緩んでいる、僕にはそう見えた。ヘルメットのせいでアパートで見た男だとは気づかなかった。
「あのおっさん、子供を見つけたら、バイクで寄ってきて話しかけてくるらしいぞ」
銭湯は何度も行っているところだ。家に風呂はあるけれど、たまに父に連れていってもらう。
あの男はいつもあの銭湯にいるのだろうか? 番台にいるのは見たことがない。あの体で一体どんな仕事をしているんだろう? あの緩みきった体では力仕事なんてできないに違いない。
僕は大人の男という存在は自分の父しか知らない。
父の言うことは絶対正しく、僕が間違ったことをすれば、絶対に怒られる。逃げても黙っていても怒られる。そんな厳しい存在だった。
だから、あの男がだらしない笑みを浮かべて、子供たちにからかわれても決して怒ることなくいやな顔ひとつせず相手をしているのは、ある意味信じられないことなのだ。
あの男は貧乏なのか? そして風呂に入っているのに本当は汚いのか?
「そんなことより、村上、明日は長田さんの誕生会やで」
修二がいきなり話を変えた。
「そうやな・・」
それは僕にとってあまり考えたくない話題だった。
「村上、プレゼント、もう買うたか?」
「今日、買うつもりや」
明日は学校の帰りに同じクラスの女の子、長田さんの誕生会に二人とも呼ばれている。
長田さんは町の東を流れる川の上流に住んでいる金持ちのお嬢さまで、西洋人との混血らしく髪の色が金色で目が青い。
学校に大きな自動車が迎えに来ていたのを見たことがある。参観日の時、母親が来てたけど若くてまるで女優さんみたいだった。少なくとも僕の母とは全く違う人種に見えた。
女の子の誕生会なんて呼ばれるのは初めてのことだ。長田さんはクラスのほとんどの生徒に声をかけているらしい。そんなに大勢、家に入れるのだろうか?
「村上くん、これ、招待券よ、絶対来てね」
長田さんはまるで女の子の遊ぶ人形のような髪を揺らしながら招待券を差し出した。断れない、というか断る隙がなかった。長田さんは誰にも断られたことなどないのだろう。
もう一ヶ月も前に長田さんから誕生会の招待券を渡されている。
まだ一ヶ月もある、と思っていたら、もう明日だ。
プレゼントの用意をしなくてはならない。面倒くさいし、行くのは嫌だ。
そう考えながら夜も眠れなかった。どうして、世の中には誕生会などというものがあるのだろう。少なくとも僕の家は誕生会なんてしたことはないし、する予定もない。
長田さんはどうしてそんなことをするのだろう?
僕は昨日買っておいた女の子の喜びそうなアニメのキャラクターもののカードを包装もせずポケットに入れ同級生の書いてくれた地図を見ながら長田さんの家を修二と探した。
辿り着くと僕の家の数十倍はあるかのような、それはテレビでしか見たことのないような大邸宅と呼ぶべきものだった。これならクラスの生徒全員入ってもまだ余る。
既に先客が来ているらしく賑やかな声が大きな窓から漏れている。子供ばかりか大人たちもいるようだった。
「金持ちやと聞いとったけど、ここまでやとは思わんかったな」
僕の横で唖然としている修二が呟いた。
「もう帰ろか?」続けて僕が言った。
「なあ、修二、あそこのアパートに変なおっさんがおるやろ?」
あくる日、学校でクラスメイトの修二にアパートで見た男のことを話すと「あれ、銭湯の親父や」と返事がすぐに返ってきた。
風呂に入っていないと勝手に思い込んでいたけれど、毎日入っているじゃないか。
「村上、知らへんのか、あのおっさん、この町では有名なおっさんやで」
「あのボロアパートに住んでるんか?」
「ちゃうみたいやで。アパートには知り合いがおるらしくて、よく行ってるみたいや」
あのシュミーズの女のことだろうか?
「いつも原動付きのバイクに乗ってるで。見たことあるやろ?」
あ、見かけたことがある。どんぶりみたいなヘルメットをかぶって、へらへら笑いながらいつも子供たちに話しかけている、あのおっさんだ。顔がだらしなく緩んでいる、僕にはそう見えた。ヘルメットのせいでアパートで見た男だとは気づかなかった。
「あのおっさん、子供を見つけたら、バイクで寄ってきて話しかけてくるらしいぞ」
銭湯は何度も行っているところだ。家に風呂はあるけれど、たまに父に連れていってもらう。
あの男はいつもあの銭湯にいるのだろうか? 番台にいるのは見たことがない。あの体で一体どんな仕事をしているんだろう? あの緩みきった体では力仕事なんてできないに違いない。
僕は大人の男という存在は自分の父しか知らない。
父の言うことは絶対正しく、僕が間違ったことをすれば、絶対に怒られる。逃げても黙っていても怒られる。そんな厳しい存在だった。
だから、あの男がだらしない笑みを浮かべて、子供たちにからかわれても決して怒ることなくいやな顔ひとつせず相手をしているのは、ある意味信じられないことなのだ。
あの男は貧乏なのか? そして風呂に入っているのに本当は汚いのか?
「そんなことより、村上、明日は長田さんの誕生会やで」
修二がいきなり話を変えた。
「そうやな・・」
それは僕にとってあまり考えたくない話題だった。
「村上、プレゼント、もう買うたか?」
「今日、買うつもりや」
明日は学校の帰りに同じクラスの女の子、長田さんの誕生会に二人とも呼ばれている。
長田さんは町の東を流れる川の上流に住んでいる金持ちのお嬢さまで、西洋人との混血らしく髪の色が金色で目が青い。
学校に大きな自動車が迎えに来ていたのを見たことがある。参観日の時、母親が来てたけど若くてまるで女優さんみたいだった。少なくとも僕の母とは全く違う人種に見えた。
女の子の誕生会なんて呼ばれるのは初めてのことだ。長田さんはクラスのほとんどの生徒に声をかけているらしい。そんなに大勢、家に入れるのだろうか?
「村上くん、これ、招待券よ、絶対来てね」
長田さんはまるで女の子の遊ぶ人形のような髪を揺らしながら招待券を差し出した。断れない、というか断る隙がなかった。長田さんは誰にも断られたことなどないのだろう。
もう一ヶ月も前に長田さんから誕生会の招待券を渡されている。
まだ一ヶ月もある、と思っていたら、もう明日だ。
プレゼントの用意をしなくてはならない。面倒くさいし、行くのは嫌だ。
そう考えながら夜も眠れなかった。どうして、世の中には誕生会などというものがあるのだろう。少なくとも僕の家は誕生会なんてしたことはないし、する予定もない。
長田さんはどうしてそんなことをするのだろう?
僕は昨日買っておいた女の子の喜びそうなアニメのキャラクターもののカードを包装もせずポケットに入れ同級生の書いてくれた地図を見ながら長田さんの家を修二と探した。
辿り着くと僕の家の数十倍はあるかのような、それはテレビでしか見たことのないような大邸宅と呼ぶべきものだった。これならクラスの生徒全員入ってもまだ余る。
既に先客が来ているらしく賑やかな声が大きな窓から漏れている。子供ばかりか大人たちもいるようだった。
「金持ちやと聞いとったけど、ここまでやとは思わんかったな」
僕の横で唖然としている修二が呟いた。
「もう帰ろか?」続けて僕が言った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
人生最後のときめきは貴方だった
中道舞夜
ライト文芸
初めての慣れない育児に奮闘する七海。しかし、夫・春樹から掛けられるのは「母親なんだから」「母親なのに」という心無い言葉。次第に追い詰められていくが、それでも「私は母親だから」と鼓舞する。
自分が母の役目を果たせれば幸せな家庭を築けるかもしれないと微かな希望を持っていたが、ある日、夫に県外へ異動の辞令。七海と子どもの意見を聞かずに単身赴任を選び旅立つ夫。
大好きな子どもたちのために「母」として生きることを決めた七海だが、ある男性の出会いが人生を大きく揺るがしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる