「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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「別れの曲」

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 目の前にたくさんの傘が浮かんでいる。
 秋雨のもたらす霧で傘を持つ人が霞み、色取り取りの傘が道に浮いているように見える。
 生徒の親たちが傘を持って来ていない子供のために傘を持って迎えに来ているのだ。
 僕は校門前で叔母さんが傘を持ってきてくれるのを待っていると、たくさんの傘の中から叔母さんの傘をすぐに見つけることができた。
「陽ちゃん、遅なってごめん」
 叔母さんは僕を見つけると駆け寄ってきた。
 やっぱり、叔母さんも僕を見つけるのがはやい。
「どの傘にしようかな、って考えてたら遅なってしもうてん」
 叔母さんは僕に持ってきた方の傘を差し出した。
「叔母さん、この傘、女ものや!」
 明らかに女ものとわかる真っ赤な傘だ。
「ごめんね、私、選びすぎて最後は私の好みになってしまって・・どないしよう」
 叔母さん、絶対にわざとだ。
 僕は仕方なしに赤い傘を受け取って差した。
「でも、陽ちゃんに似合うてるよ」叔母さんはすごく楽しそうだ。
「こんなん似合ったらおかしいやんか」
 クラスの他の子に見つからないように傘を前に倒して顔が見えないようにした。
「叔母さん、はよ、帰ろっ!」
 僕と叔母さんは二つの傘をごつんごつんと互いに当てながら並んで歩き出した。
「ねえ、陽ちゃん、傘を一つにした方がよくない?」
「叔母さん、そういうのを相合傘って言うんや」
「それもそうやね。やめとく?」
 相合傘も見られたら恥ずかしいし、赤い傘を差しているのも格好悪い。
「叔母さん、やっぱり、この傘、格好悪いから、そっちに入れて」
 僕は赤い傘を閉じ足を横に踏み出した。
 叔母さんの体にぶつかっていくようで少し照れくさい。
 雨が本格的に降り出した。

 家に帰ると玄関まで出迎えた母が僕たちを見るなり「やっぱりそうや、優美子、陽一に女物の傘、持っていったでしょ」と半分怒ったように言った。
「ねえちゃん、ごめん、急いでて」
 相合傘は母には秘密にしておこう。また叔母さんが母に小言を言われそうだ。
「二人とも、濡れてるやないの。風引くから、はよ家に上がって着替えなさい」
 二人とも傘がかかってなかった方の肩がびしょ濡れだ。
「ねえちゃん、ちょっと早いけど、お風呂入らせて」
 叔母さんは長靴を脱いで髪をタオルで拭いた。
「ええけど、湯冷めせんようにね。羊羹を買ってるから、お風呂出たら、陽一と食べなさい」
 叔母さんは母の言葉を聞き「はーい」と元気よく言いながらお風呂に向かった。
 僕は髪を拭かず家に上がると母が「こら、陽一、床に水が垂れてるやないの。ちゃんと拭いてから上がりなさい」と言った。
 はい、はいと二度返事をしながら僕もタオルで髪を拭く。
「陽一も、はよお風呂に入りなさい」
「今、叔母さんが入った」
「かまへんやないの。子供やねんから、一緒に入っても」
「かまへんことない!」
 お母さん、僕、そんな子供じゃないよ。それに二人も入れるほど家の風呂は大きくないし。
「陽ちゃんも一緒に入るうっ?」
 風呂場から僕を呼ぶ叔母さんの大きな声が聞こえた。
 叔母さんまで僕を子供扱いだ!

「叔母さん、この曲、知ってる?」
 叔母さんがお風呂から出て髪を乾かしている時、僕は学校の音楽室の前を通った時に流れてきたピアノの曲を鼻歌で歌った。
「陽ちゃんの音痴っ!」叔母さんはけらけらと笑いだした。
「わからへんのやったら、もういい」僕は少しむくれる。
「ごめん、ごめん。いくら陽ちゃんが音痴でも、それ有名な曲やからわかるわ。ショパンの『別れの曲』やわ」
 今度は叔母さんが「別れの曲」を口ずさみはじめた。
 叔母さんは何でも知っている。やっぱり訊いてよかった。
「ねえちゃんも知ってるよね?」叔母さんが母に訊ねると「お父さんも知ってるわよ」と答えた。
 はいはい、知らなかったのは僕だけということだよな。
「私、それが入ってるレコード、持ってるよ。今度持ってこよか?」
「うん。家のステレオで聞かせて」
 家の居間には大きなステレオがある。二年前に父が買ったものだけれどあんまり使われていない。
 音楽は大抵ラジオかラジオカセットのテープで聴いたりするのがほとんどだ。
 音楽室から流れてきたのはすごく悲しい感じのする曲だった。
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