「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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ウサギの餌

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 また見つけた。これで二回目だ。
 前を歩く智子の背中に張り紙がテープで貼られてあった。
 汚い字で「バカ」とマジックで書かれている。
 張り紙を剥がしながら「これで二回目よ、いったい誰がこんなひどいことを!」と言うと「えへへ。私ってそんなに隙だらけなのかなあ」と笑いながら答える。
「笑ってる場合じゃないわよ。このまま家に帰ったりしたら。下校中にも人に見られるわよ」
「ちょっと恥ずかしいかも・・」
「それにさっきの体育の授業、ドッジボールを思いっきりぶつけられてなかった?」
 気のせいかもしれないけどクラスの女子が智子だけを標的にしていた気がした。
「そっかなあ。私って当てられやすいのかも」
「智子、私に何か隠してる?」
 思い切って訊いてみる。
「加奈ちゃんに隠し事なんてしないよ。それより、家からミニ羊羹持ってきたんだ。給食の時、一緒にこっそり食べようよ」
 絶対、はぐらかされた。
「わかった、隠してなかったらいいわ。羊羹、私も食べる」
 その日、給食を食べ終わって食べた羊羹はとても甘かった。
「甘い。甘いけど美味しい」
「よかったあ。それが新作の羊羹なんだよ」
「芦田堂」の商品を食べたのはこれが二回目だ。一回目はどら焼き。
 何でもないことだけど、小さな幸せだ。発表会が終わったら「芦田堂」の和菓子をもっと食べてみよう。

「スープの中に何か入ってる!」
 急に女の子の大きな声が教室中に響き渡った。
 私も智子も声の主の方を見る。声の主は橋本さんだった。
「やだあ、それ、ウサギの餌よ!」橋本さんの隣に座っていた赤坂さんが言った。
 給食のスープにウサギの餌が入っていたっていうこと?
「なになに、赤坂さん、どうしたの?」
 川田さんが赤坂さんに何事が起こったのか、と訊ねている。
「橋本さんのスープにウサギの餌が入っていたのよ」
 川田さんは教室で起こったハプニングが面白くて仕方ないみたいだ。
 男の子たちが「ウサギの餌やって、そのまんま食べたらええやん」とか適当に言って騒いでいる。
「今日の給食当番、誰なの!」川田さんが全員に聞こえるように大きな声で叫んだ。
 今日の給食の当番は確か伊藤さんと智子で、スープを入れていたのは伊藤さんだったはずだ。川田さんはそれを知っていてわざと言っている。
「わ、私です」伊藤さんがおずおずと手を上げる。
「伊藤さん、どういうこと!」川田さん、すごい剣幕だ。
「私、入れたときには、そ、そんなもの・・」たどたどしく伊藤さんが答える。
「こんなもの入れて、私たちに食べろって言うの?」
 餌が入っていたのは橋本さんのスープなのに、川田さんはまるで全員のスープに入っていたかのように言って伊藤さんに迫っている。
「入っていたのは、川田さんのじゃなくて橋本さんの・・」
 伊藤さんはきっちりと言っているけど弱い。
「何が言いたいのっ!」
 伊藤さんは大人しい子だ。そんなに責めて楽しいのだろうか?
「何が目的でウサギの餌なんて入れたのよ」
 川田さんは前にも智子の前に足を出して転ばせたのを私は覚えている。
「それ、私だよお!」
 一緒にいた智子が手を上げたまま立ち上がった。クラス全員が智子の方を見た。
「スープを入れてたの、私だよ」もう一度言った。
「ちょっと、どういうこと!」川田さんと赤坂さんが智子に詰め寄ってきた。
「でも、おっかしいなあ。私が入れたときには、そんなの入ってなかったはずだよ」
 智子はとぼけて言っているけど、完全に伊藤さんをかばっている。
 かばう理由なんて智子にはないけれど、智子はそういう子だ。
「橋本さんに恨みがあったんじゃないの?」
 赤坂さんが憶測で言っている。赤坂さんは川田さんより意地悪な感じがする。
「橋本さんに恨みなんてないよ」
 智子が辛そうだ。
「先生に言った方がいいんじゃない?」
 周囲の二、三人の女の子が囁いている。
 先生なんか来たって仕方ないことは私にもわかる。悪い方向にいけば智子が悪者になってしまう可能性がある。
「橋本さん、ごめんなさい。私が不注意だったよ」
 智子は餌がスープに入っていたと言う橋本さんに向かって頭を下げた。
「あの、芦田さん、スープをみんなに入れたのは私なんだけど」伊藤さんが小さな声で智子に言う。橋本さんは何も言わず俯いている。
「あ、謝って済む問題なのっ」川田さんが怒鳴る。
 私は理解した。赤坂さんと川田さんは言いがかりをつけているんだ。
 橋本さんのスープにウサギの餌を入れたのはおそらく橋本さん自身か、隣に座っていた赤坂さんだろう。
 赤坂さんと川田さんは普段から仲がいいからきっとグルだ。
 この二人は伊藤さんや智子のような弱い子を責めるのがきっと好きなのだ。

「赤坂さん、ウサギの餌って、よくすぐにわかったわね?」
 私は立ち上がって最初にウサギの餌だと言った赤坂さんに向かって大きな声で言った。
「ちょっと、石谷さん、どういうこと?」
 赤坂さんと川田さんが揃ってこちらを向いた。智子も見ている。
「智子、謝る必要なんてないよ」智子に向かって言う。
「石谷さんには関係ないでしょ! ウサギの糞を入れた芦田さんと話しているのよ」
「川田さん、今、糞って言わなかった?入っていたのは餌なんでしょ」
「どっちでもおんなじよ」
 全然、違う!
「石谷さん、あなた、昼休みに音楽室に行ってピアノ弾いているわよね」
 赤坂さんが私の方に寄ってきた。
「わ、私はちゃんと音楽の先生の許可をもらって弾いているわ」
「あら、先生のひいきだからって、変なこと言わないでほしいわ」
 決してひいきにしてもらってはいないが、あまり大っぴらにできることでもない。
 しかし、これで赤坂さんと川田さんのことが少しわかった。
 川田さんは言葉が下手でぼろをすぐ出すが、赤坂さんは頭がいい。人の弱い部分を突いてくるのがきっと得意なんだ。
「別にひいきにしてもらったりなんかしてないわ」
 いつまで話しても埒があかない。
「加奈ちゃん、悪いのは私だよ」
「だから、智子は悪くないんだってば」
 私は気づいた。智子が悪くないのであれば、伊藤さんを悪者にすることになる。
「加奈ちゃん、みんなと仲良くしてよ」
 智子は自分が悪者になればこの場が丸く治まるとわかって言っている。
 こんな時、どうしたらいいの?

「うるせえなっ」
 大きな男子生徒の声がした。
 それは窓際の席でいつも一人で給食を食べている藤田くんだった。
「どれや。ウサギの糞は!」藤田くんはそう言いながら窓際の席から向かってきた。
「橋本さんのよ」川田さんは橋本さんの席を指した。
「糞じゃないわ、餌よ」橋本さんの席に向かった藤田くんに赤坂さんが言った。
「これか?」藤田くんがスープの容器を見て訊ねた。
 ウサギの餌が入っているのかどうか遠くでよくわからない。
「藤田くん、あなた、いったい何を!」
 川田さんと赤坂さんがそう叫んだ時には藤田くんは容器を持ってスープをゴクゴクと飲みはじめた。
 ウサギの餌も中にきっとあったのだろう。橋本さんは呆気にとられている。
「これで気が済んだか? 女子!」
 藤田くんはスープを飲み干すと教室中を見渡して大きな声で言った。
「もうええやろ、ウサギの糞はもうあらへん」
 川田さんと赤坂さんは何も言い返せないでいる。

「藤田くん、迷惑かけて、ごめんなさい!」
 智子が藤田くんに駆け寄って謝った。
「私の不注意で藤田くんにウサギの餌を食べさしてしまって」
 智子は何度もペコリペコリと頭を下げている。
「かまへんて。それに和菓子屋さんの娘さんのような食べ物を扱う女の子が、ウサギの餌なんてスープに入れるはずがないやろ」
 本当に藤田くんの言うとおりだった。
「ウサギの餌も食べ物やしな。食べたかって死にはせんよ」
 でも智子をかばい過ぎると伊藤さんが悪者になってしまうので藤田くんはそれ以上言わなかった。
 教室の騒ぎは藤田くんの行動で一旦治まった。
 川田さんと赤坂さんはこのことについてこれ以上言いにくくなったのか。自分の席についてしまった。
 智子が私の近くに戻ると「加奈ちゃん、ピアノを弾く時間、なくなっちゃったね」と消え入りそうな声で言った。
 そのあと「ごめんね」と続けて言った。
「何で智子が謝るのよ」私は小さな声で返した。
 私は智子の力になってあげられなかったことが悔しかった。
 藤田くんの方がよほど智子の力になってくれた。
 あとで智子に聞いたところによると藤田くんは「芦田堂」の隣の銭湯のご主人の息子さんで幼い頃からよく知っているらしい。
 あんまりしゃべらない男の子で暇さえあればお風呂に長い時間浸かっているということだ。
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