「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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踏切

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「智子、今日、お店に寄っていい?」
 学校の帰りにそう言った。
 智子のお店に遊びに行くのは発表会が終わってからにしようと思っていたけれど、練習を重ねたせいか、私に自信がついてきた。気持ちにも余裕が出来た。
「全然、いいよ、加奈ちゃん、大歓迎だよ」
 智子はこれ以上ないという位の笑顔を見せてくれた。
この笑顔を見るためにお店に行く、と言った気がするくらいだ。

「おでこの怪我、綺麗になったわね」
 私は歩きながら以前、転んだ怪我のことを話す。
「うん」そう返事すると智子はおでこをすりすりと自分で撫ぜた。
「でも顔に擦り傷がまたできたわ」
 何か引っかいたような傷だ。ほっぺに塗り薬を塗ってるので少してかっている。
 転んであんな風に顔を擦るものなんだろうか?
「えへへ、私って怪我と縁があるのかなあ」
 そんな縁、ちっとも嬉しいものじゃないよ。それに笑って言うことじゃない。

「ふーん、ここが和菓子屋さんの中かあ」
 私はあまりこういう所に来たことがなかったので店内にあるもの全てが珍しかった。
 壁には色んな張り紙やポスターがある。
 陳列棚にはきっちりとお饅頭やセットになった箱が小さいのから大きいのまで並んである。
「智子がいつもお世話になっています」
 智子のお母さんが丁寧に挨拶してくれた。

 店内で食べられるようにテーブルの喫茶コーナーもある。
 私はお客さんの待合所みたいな長椅子に座らされた。
「加奈ちゃん、ここに置くね。これ、待ってるお客さんに出すものだから気にしないでいいよ」
 智子は椅子の前の丸い小さなテーブルの上に草餅とお茶を出した。
「抹茶だよ」智子はそう言うとトレイを持って店の奥に入った。
 私は出された抹茶を静かに啜った。
 店の外は歩く人も多いし他の店の流す音楽も流れているので、店内の静けさが有難く感じられる。
 ここは音楽も流れていない。音楽が流れていると色々考えてしまう。
 ずっとこうして外を眺めていたら、勉強やピアノのことを忘れてしまいそうだ。
「これ、今日の私のおやつの分」
 智子は奥にもどったかと思うと大福餅を出してきた。
「頂いていいの?智子のおやつが減っちゃうよ」
「いいの、いいの。いっつも余ってるし、それにこんなの毎日食べてたら太っちゃうよ」
「でも高いんでしょ?」
「これ、商品じゃないの。だから、少し出来が悪いかも」
「わかった。じゃあ、お言葉に甘えて頂くわ」
 結構ボリュームがある。本当に毎日食べてたら太りそうだ。
 でも、美味しい。またお茶を啜って喉を潤す。
 ここでは本当に静かな時間が流れている。
「お客さんって、いつもこんなに少ないの?」
「夕方になったら込むの。帰宅するサラリーマンが家に持って帰ったりするから」
「ふーん。そんな家の家族はみんな太ってるかもね」
 そんな話をしながら二人は笑い合った。

「加奈ちゃん、踏切の方まで送っていくよ」
 私が店を出て帰ろうとすると智子も出てきてそう言った。
「うん。ありがとう」私は素直に返事した。
 少し、智子としゃべっていたい。
 踏切まではここから十五分ほどだ。丁度、私の家までの真ん中くらいの位置だ。
「加奈ちゃん、運動会、もうすぐだね」
 前から気になってたけど、なんだか智子の声に元気がない。
「私、運動会とか、好きじゃないの。体育の授業も」
「へえ、どうしてなの?」
「私、ピアノ弾くでしょう。もし突き指とかしたら、それで終わりよ」
「ごめん、加奈ちゃん、気づかなかった」
 智子はばつが悪そうにして謝った。
「そんなの誰もわからないからいいよ、私が変なんだよ」
 商店街の脇道を通り過ぎ踏切に近づいていく。
「ねえ、加奈ちゃん、天国ってあると思う?」
 突然、智子はそんな話を始めた。
「うーん。あるって考えた方が夢があっていいんじゃないかな」
 少し考えてそう答える。
「加奈ちゃんとだけ、天国で一緒だといいけどね」
「えっ、どういうこと?」
 智子の言っている意味がわからない。
「加奈ちゃん、この話、藤田さんに聞いたんだけど」
「藤田さん?」
「前に話した藤田くんのお父さんだよ」
「ああ、隣の銭湯のご主人」私は藤田くんのお父さんが「芦田堂」の隣の銭湯の主人だと前に智子に聞いたことを思い出した。
「天国ってちゃんとあるんだけど、そこではみんなバラバラで過ごすらしいの。バラバラで幸せになるらしいの」
「藤田くんのお父さんがそう言ってたの?」
「うん。藤田さんが何かの本で読んだんだって」
「それだったら、天国に行っても寂しいわね。そんなのちっとも幸せじゃないわ」
「それに天国では他の人と話すことができないらしいの」
「だったら、智子ともお話できないわね」
「うん、加奈ちゃんと話すことができないなんて、そんなの寂しすぎるよ」
 踏切が見えてきた。いつもよりはやく感じる。
「加奈ちゃん、もう踏切まで来ちゃったね」
 踏切の警告音が鳴り始める。少し、待つ時間が嬉しい。
「智子、天国は家族やクラスの友達とみんな一緒だといいのにね」
 智子は少し俯いた後、顔を上げた。
「でもね、天国、加奈ちゃんとだけならいいけどね。二人きりだけならいいけどね」
 踏切を電車が通過し始める。
「えっ、智子、何て言ったの?」少し電車の音で聞こえにくい。
「加奈ちゃんと二人きりだけならいいけど、そこに他の子がいたりしたら、私、天国でもイヤなんだよ!」
 智子の心の絶叫が聞こえた気がした。
 智子の丸い顔がぐちゃぐちゃになって、一瞬だけど泣いているように見えた。
 電車の音に耳を塞いで智子の丸い顔がこれ以上崩れないように何かを言いたかった。
 けれど、今、私が何を智子に言うべきか、わからなかった。
 踏切が上がると智子は「加奈ちゃん、また明日ね」と手を振りながら駆けて行った。
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