「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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 女子のクラス対抗のリレーではアンカーの香山さんが健闘して二位になった。
 香山さん、運動神経抜群だ。
「あとは村上くんよ。まかせたわ」
 香山さんは走り終わると僕にバトンを渡すように言った。

 そしてクラス対抗リレーが始まった。僕がアンカーだ。
 最高のタイミングで文哉くんのバトンを受け取った。
「村上っ、いけえっ!」文哉くんの声が耳に響くのと同時に僕は地面を蹴った。
 二組のアンカーは藤田さんの息子だ。
 ほとんど同時に走り出す。
 今度こそ負けられない。
 地面を駆けていく音が頭に響く。
「村上くーんっ」僕を応援する声だ。
「陽一っ!頑張れえっ」母の大きな声だ。
 カーブを曲がる。倒れ込みそうだけど、遠心力で倒れることは絶対にない。スピードが少し落ちる。
 直線に入ると叔母さんの顔が見えた。
「陽ちゃーん!」叔母さんはそう言いながら父兄席の後ろを僕に合わせて走っている。
 ラストスパートだ!
 僕の周りに吉水川の風景が浮かんだ。いつも練習をしていた川伝いの土手だ。
 川の向こう岸を叔母さんが同じように走りながら手を振っている。
 そうだ。このままの時間がずっと続けばいいんだ。
 僕の後ろにいるだろう藤田さんの息子の呼吸する声が遠のく。
 目の前にゴールのテープが見えた。まだ誰も切っていなかった。



「村上くん、リレー、格好よかったよ」
 小川さんがフォークダンスをしながら僕にそう言った。
「クラスのみんな、村上くんのこと、見直してるよ」
 小川さんも同じ血を引いているせいか、香山さんと同じようにダンスも上手かった。
「でも村上くん、ダンスは今ひとつやね」
 大人しい小川さんにそう言われると香山さんよりきつく感じてしまうから不思議だ。
「ごめん、小川さん、僕、音痴やねん」
 そう謝りながら僕は小川さんと離れた。
 そして、僕の前に長田さんの右手がスッと差し出された。
 フォークダンスの順番が長田さんに回ってきたのだ。
 少し前から長田さんに当たるとわかってたけど、緊張も半端ではない。
 どうかダンスの円が反対側に回りだしますように、と祈っていたけれどそのままだった。
 僕も同じように手を出して長田さんの手を取った。ごく自然に体が動きはじめた。
 あれ、不思議な感覚だ。
 何の違和感もない。これを相手をリードするっていうのだろうか? リードしているのは当然ながら長田さんの方だけど。
 音痴の僕を、いつもすぐに音楽から外れてしまう僕の体を音楽から外れてしまわないように長田さんは僕をしっかり導いていっているのがわかった。
 僕は今ちゃんとダンスをしている。こんな感覚は初めてだった。
 すごく楽しい。
 長田さんはどうしてこんな風にダンスで人を楽しくさせることができるのだろう?
 小さい時から社交パーティとかで相手をリードすることを訓練されてきたのだろうか?
 これはもうフォークダンスなどではないと思った。テレビで見た社交ダンスのようだった。

「私の言ったとおりだったわ」
 くるりと長田さんの体が回転して僕の元に戻ってくる。相手に何も言わせない動作だ。
「村上くんがアンカーでよかった」
 長田さんは青い瞳で僕を見つめながら小さな声だけどそう言った。
 長田さんに話しかけられただけで体が緊張する。
 他の事を考えていると足が絡まりそうだ。
「長田さん、何でそう思うたんや?」
 勇気を出して聞いた。
 長田さんには人を寄せつけないような何かがあるので、そう言うのにも勇気がいった。
 人を寄せつけない・・
 それは人が寄りつかない、と同じことなのではないだろうか?
 長田さんには友達がいない、そういえばそんな存在を見たこともなければ聞いたこともない。
 なぜだろう。長田さんは何不自由なく暮らしているようなお嬢さまには違いないけれど、周りには誰もいないのではないのだろうか?

 しかし、僕は長田さんに言わなければならない。
 二組の芦田さんはクラスの子にひどいイジメを受けている。
 それは長田さんのせいだ!長田さんが女の子に配った押し花のせいだ。
「私にはわかるの」
 長田さんは僕の問いかけに応えた。
「それは・・思い上がりというもんや」
 ついに言ってやった。あとで何かあるかもしれないけどかまわない。
 僕はいつもその時の感情を勢いにまかせて言ってしまう。悪い癖だとわかっていても止まらない。
 そして、やっぱり僕は音痴だ。足を踏み出すとき自分の動きが変なのがわかる。
 全部合ってない!
 本当に音楽と合ってない。長田さんの動きとも合ってない。
 周囲の人たちの視線を感じた。
 足が絡まるっ!
 そう感じた瞬間、長田さんはしっかりと僕の手を掴んでいた。
 音楽から外れた僕の体はいつのまにか元通りになっていた。
「ほら、やっぱり、私の言ったとおり」
 何が言ったとおりだよ。意味がわからない。
 長田さんは僕にきついことを言われて怒っていないのか?
 何だか、僕はお釈迦様の手のひらの上で踊らされている孫悟空のような気がしてきた。



 それから、校長先生の挨拶があり運動会は無事に終了を告げた。
 大きな車が校門の前にいつものように長田さんを迎えに来ていた。
 その車の黒い色は透き通ったような今日の青空とひどく合わない気がした。
 そもそも長田さん自身がこの学校にいる生徒たちとの誰とも合わないような気がして、それはどれだけ寂しい現実なのだろう、と思った。

 母と叔母さんと三人で家に帰る。
 陽が沈みかけて二人の顔が夕陽に染まっていくのがわかる。
「お父さん、陽一が頑張ってクラスが一番になったって聞いたら喜ぶわ。100mも二位やったし」
 母が本当に嬉しそうに語らう。
「陽ちゃん、一年生の時はビリで、よう泣いとったもんねえ」
 叔母さん、そんな恥ずかしいことは覚えんといてくれ!
「陽ちゃん、すごくダンスの上手い子がおったね」
「叔母さん、見てたんか?」
「だって、陽ちゃん、音痴やから、叔母さん、心配やん」
 傷つく。叔母さん、その言葉は僕、一番傷つくよ。
「あの子が、前に話してた誕生会に僕がしょうもないプレゼントを持って行った時の金持ちのお嬢さんや」
 あとで叔母さんにすごく笑われたのを憶えている。
 誕生会にプレゼントがあったことは母には内緒だった。叔母さんに長田さんの名前を出さないように指でしーっと合図をした。
「ふーん。たしかアニメのカードやったね。叔母さん、あの時、笑ったわ」
 叔母さんもちゃんと憶えていた。母は何のことかわからない様子だった。
「でも、今の陽ちゃんやったら、もっとちゃんとしたプレゼントができるんとちゃうかな?」
 ちゃんとしたプレゼントって。そんなの来年のことやし、六年になったら同じクラスになるとも限らんし、大体、もう誘われても行かへんし。
「プレゼントって渡すのは誕生会だけとは限らへんよ。もうそれくらいは陽ちゃんはわかてるはずやん」
 叔母さんの言葉にどきりとしたけど、もう僕はわかってるつもりだった。
「今日のリレーだって、私への陽ちゃんの立派なプレゼントやんか」
「陽一、優美子叔母さんとそんな約束してたんか?」
 母が驚いたようにして訊いた。
「ねえちゃん、陽ちゃんが前に喫茶店で私に約束してくれてん。私のために走るって」
「そうなの。陽一も偉くなったわねえ」母は更に嬉しそうにしている。
 母にそう言われると母の前では僕はまだまだ子供のような気がした。

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