「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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一人きりの教室

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 運動場の木陰にシートを敷いて母と叔母さんと三人で座ってお弁当を食べた。
「優美子と二人で作ったんや」母は嬉しそうにしながらお茶を入れている。
「陽一、昔、あんなに走るの速かったかな?」母は何度かそう言った。
 母の言葉がすごく嬉しい。少し実力を認めてもらえた気がする。

 僕たちの近くには苗字が変わった山中くんの家族が同じようにお弁当を食べていた。
 山中くんのお母さんはすごく若くて、長い髪が綺麗にカールされていた。
 他のお母さんとは違う雰囲気を持っていた。
 お父さんの方は結局、八百屋をやめて今は香山さんの家のグループ会社の一つに勤めているそうだ。
 僕は以前に山中くんと吉水川で会った時、前のお母さんが恋しい、と言っていたのを思い出した。
 今、見ているとそんなことは全く感じさせないくらい山中くんはとても楽しそうにしていている。
 しかし、人の心ってわからない。あんな楽しそうにしているのに山中くんはとても寂しいのかもしれない。前のお母さんに運動会で走るところを見て欲しかったのかもしれない。
 もし、山中くんがそんな心を隠しながら新しいお母さんと楽しそうに接しているのなら、今、山中くんはすごく辛い思いをしてお弁当を食べているのだろう。

 遠くの方に小川さんがお母さんと僕たちと同じように木陰でお弁当を食べているのが見えた。香山さんは小川さんとはすごく離れた場所でお母さんと一緒にお弁当を食べている。 おそらく自分のお母さんに気を使っているのだろう。
 電気屋の松下くんはお父さんと一緒だ。
 少し向こうには「芦田堂」の芦田さんがお兄さんらしい人とお弁当を食べている。すごく仲がよさそうだ。芦田さんの顔を見ればわかる。
 石谷さんは欠席なのかな?
 そして、僕は長田さんがどこにもいないことに気づいた。
 誕生会で挨拶をしに現れた長田さんのお父さんとお母さんはどこにいるのだろうか?
 そして、長田さん、本人はどこにいるんだ?

「陽ちゃんっ!」
 近くで声がした。
「もうっ、陽ちゃんって、さっきから呼んでるのにっ」
 目の前で叔母さんが少しむくれた顔になっていた。
「ごめん。ちょっと考えごとをしてた」
「どうせ、どの子がどのお母さんかって、興味津々で見てたんでしょ」
 すみません。当たりです。
「叔母さん、それで、何の話?」
「どれが叔母さんの作ったおかずか、わかる?」
「このタコさんウインナーや」全然わからないので適当に答える。
「違う、それはねえちゃんや。私は卵焼きや。こっちに来た時、いっつも作ってるのにわからへんの?」
 そういえばそうだ。これはよく食べてる叔母さんの卵焼きの味だ。
「今頃、わかったような顔して、もう遅い!」
「ごめん」と素直に謝る。
「もうっ、優美子もしょうもないこと言うとらんと早く食べなさい!」母が叔母さんを制する。
 少し母に助けられた。



 お昼の休憩時間、智子とお兄さんの仲睦まじいのを邪魔しても悪いな、と思って智子にぶらぶらしてくると言って。その場を離れた。
 朝食も遅かったのでお腹も空いていない。智子の出場するのを見終わったら家に帰ろう。
 お母さんも私が運動会に出ないことになって残念そうにしてたけど私は運動もあまり得意ではないので、これでよかったと思った。
 私はその時、校舎の階段を一人で上がる長田さんを見かけた。
 運動会をしている際には上に上がる用事のある人はまずいない。運動会が終わったあとに着替える時くらいだ。
 なぜか私は気になった。跡をつけようと思ったけれどさすがにそんなことはできないな、と思いながら、手洗い場でうがいをして手を洗い、私は階段を昇り一組の前を通り過ぎて二組の方に向かおうとしたけれどやっぱり一組の方が気になって廊下から中を覗いてみた。
 自分の席だろうか?長田さんは座って本を読んでいた。
 お昼はもう済ませたのだろうか?
 長田さんだけが教室にいると金色の髪が一際目立って、ここが異国のような感じさえする。元々、校舎の作りや窓の形が洋風なのでよけいにそう感じる。
 長田さんのような人がこの小学校の校舎の雰囲気に一番合っているのかもしれない。
 けれど、雰囲気には一番合っていても、一番この学校に合っていないのは長田さんなのかもしれない。
「ご両親、来ていないの?」
 思い切って私は教室に入って長田さんに訊ねてみた。
 長田さんは一瞬ビックリしたようだった。違う組の子が入ってきたのだから当然だろう。
 でも違うと思った。長田さんは自分が話しかけられたことに驚いたのだと思った。
「ちょっと待って」
 長田さんはカバンの中をごそごそと何かを探しだした。
「ごめんなさい。今日は押し花、持って来ていないの」
 探し終わると残念そうに長田さんは言った。
 押し花?
 ああ、あれのこと・・でも、それ、前にもらったわよ。長田さん、忘れているのかしら?
「今日は運動会だったから、用意してなくて」続けてそう言った。
 押し花を持って来なかったことを長田さんは自分のすごい落ち度のように悔やんだ顔をしている。
「私、別にいらないけど」
 その押し花のせいで智子はひどいイジメを受けることになった。長田さんに直接原因があるのかどうかはわからないけれど、一因だったのは間違いない。
「長田さん、それで、ご両親は?」
 最初の質問に戻った。
「どこかにいるわ」
 それはどこかにはいるだろう。私はそんなことを訊いているのではなかったけれど、何故か長田さんは私の質問にはこれ以上答えてくれないような気がした。
「今日はいい天気ね」
 やっぱり私の投げかけた質問をはぐらかしている。
 長田さんは本に栞を挟んで窓の外を見た。
 青い瞳の横顔が綺麗だ。少し羨ましい。けれど、近寄りがたい雰囲気だ。
「午後からはクラス対抗のリレーがあるわ」
 この人、そんなことが気になるのかしら? ちゃんと自分のクラスを応援したりするのかな?
「私、とても楽しみ」
 そう言って長田さんは微笑みを浮かべた。
「それ、カメラ?」
 長田さんの机の上には黒い高そうなカメラが置いてある。見たことがないようなカメラだった。一眼レフというのだろうか?
 お父さんが欲しがっていたカメラだ。お父さんは「高くて買えない」と残念がっていた。
 長田さんだから許されているのだろうか。こんな高価なもの、生徒が持ち込んではいけないと思う。父兄ならかまわないけど。
 そっか・・長田さんがカメラを持っているということは、やっぱりご両親は来ていないんだ。
「ええ、これで記念写真を撮るの」今度は私の質問にちゃんと答えた。
 記念写真って、誰かに撮ってもらうのかしら? それとも長田さんが誰かを撮るのかな? さっきの騎馬戦でこのカメラで誰かに撮ってもらったのだろうか?
「もうだいぶ撮ったの?」
 返ってくる返事は大体想像がついたけど私は訊いてみた。
「これからよ」
 予想通りだ。たぶん、今日はこのカメラは使われることはないだろう。
 彼女にそんな機会が訪れることはない。
 それに彼女はこのカメラの使い方を知らないと思う。操作が難しいからだ。
 おそらくこのカメラはまだ使われたことはない、私にはそんな気がした。

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