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遠野静子①
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◇
「トオノシズコと申します」
智子とお店の前で別れて踏切の方に向かっていると私の前に一人の女性が立っていた。
私と目が合うと丁寧に一礼した。
ピアノの発表会の時に長田さんといた綺麗な女の人だ。
「遠いに野原の野、静かな子と書きます」聞いてもいないのにそう説明した。たぶん自己紹介に慣れているのだろう。
遠野さんは大人の女性らしいきちんとした黒のスーツを着ていた。
「申し訳ありません。石谷さん、学校の帰りにあなたがここを通ること、調べさせてもらいました」
調べた、私のことを・・何で?
「石谷さんとはこれで二回目ですね」
あの時はカメラの使い方を知らないか、と訊かれた。
「たしか長田さんの家の方ですよね?」
最初は長田さんの母親だと勘違いしていた。それはすぐに違うとわかった。
「私は長田さまの家に四年ほど仕えさせてもらっています」
お手伝いさん? 秘書?
「石谷さん、少しお時間を頂けませんか?」
遠野さんの話はきっと長田さんの話だろう。少し興味が沸いた。
私は遠野さんについて行き駅前の喫茶店に入った。
家には店から電話をかけて少し駅前で買い物をしてから帰ると言った。
喫茶店の一番奥の席に座ると、遠野さんはコーヒーを頼み、私はオレンジジュースを頼んだ。智子と来たかった場所だ。
「石谷さんに折り入ってお願いがあるのです」
注文をするとすぐに話を切り出した。
遠野さんは綺麗な人だけど大人の女性だ。周りから見れば母娘に見えるかもしれない。
「これは私の独断で動いていることです。恭子さまには今日、石谷さんにお会いすることは言っていません」
ずいぶんとご大層な言い方だ。
「石谷さん、率直に言います。恭子さまのお友達になって頂けないでしょうか?」
友達?長田さんと?いきなり何を言うの?
「おっしゃってる意味がよくわかりません」
何で私が長田さんと友達にならないといけないのよ。
「恭子さまがピアノの発表会が終わったあと、あなたにカメラの撮り方を訊いて欲しいと言っていたのを思い出したのです。恭子さまがそう言うのなら、何か理由があるのではと思ったのです」
それだけで?何か特別な理由があるのかと思った。
「どうしてそんなことを私に頼むのですか?」
どうして遠野さんはそんなお願いを私に。
「他に恭子さまのお友達になってくれそうな人を私は知りません」
すごく金持ちなのに、私の帰り道を探すくらいなのに、少し情けない気がした。
「長田さんに友達はいないんですか?」
「恭子さまに友達は一人もおられません」
遠野さんは強く断定的に言った。
私にもわかっていたけれど、こうして改めて聞くとひどく残酷な言葉に聞こえる。
ウエイトレスが飲み物を運んできたので会話が途切れた。
ウエイトレスが勘定書をテーブルに置くと遠野さんはそれをすばやく自分の方に引き寄せた。
遠野さんはコーヒーに砂糖は入れず、ミルクだけを少し垂らした。
「遠野さん、その前に私は話したいことがあります。本当は直接長田さん本人に話すべきなのでしょうけど、クラスも違うし、そんな機会はありそうにもないですから」
「お聞きします」
遠野さんは静かに答えた。色んな人との接触にすごく慣れている感じがする。
小学生の女の子相手に丁寧に受け答えをしている。なかなかできるものではない。
私は長田さんがここに越してきた際に学校の女の子に押し花を配ったこと、それが原因で友達がいじめられたことを話した。
「私には押し花のことはよくわかりません」
私が話し終わると遠野さんはゆっくりとそう言った。
「ただ、恭子さまはここに越してきた時からお部屋でスミレの花を綺麗に押し花にしておられました。たくさんあったと思います。押し花を作っている時の恭子さまとても楽しそうに見えました」
「理由は訊かなかったのですか?」
「当然、訊きました」
「長田さんは何て答えたんですか?」
「恭子さまは『この花でたくさんのお友達ができるのよ』と言って笑顔を浮かべておられました」
「たくさんの友達?」
「ええ、恭子さまは大勢の友達が欲しかったのではないかと思います」
押し花で友達ですって? それは違う。そんなの有り得ないわ。
「学校の女の子たちには『これを受け取ったら私の配下になるのよ』と言っていました。私も確かに長田さんにそう言われました」
「恭子さまにとっては同じだったのではないでしょうか?」
「全然違います! それに花言葉は『忠実』です。忠実な配下と言っていたんです」
声を荒げる私に対して、遠野さんは全然動じず静かに話しだした。
「恭子さまは『忠実』という言葉を使われていましたか?」
あっ!・・長田さんは「忠実」とは一言も言っていなかった。受け取った私たちが勝手にそうだと決めていたんだ。
「スミレの花言葉はたしか『誠実』だったと思います。もともと花言葉なんて色んな意味があとでつけられていますから、学校のみなさんも恭子さまも『忠実』と『誠実』の違いもわかっていなかったのだと思います」
「そんなことがわからないって・・お金持ちだったら、それなりの教育が・・」
少し、失礼なことを言っているのはわかっている。でも言いたい。
「教育と一言で言いますけど、花言葉の意味まで教えたりしますか?」
そんな事を聞いて納得できるものではない。智子は長田さんの押し花が原因でいじめられたのだ。智子がいくらそんなことないと言っても私には到底理解できない。
「石谷さん、今、お聞きして思ったのですけど。『配下』ってお言葉、小学生なのに、おかしいと思われませんか?そんな関係など成立しないと思いますが・・」
忠実な配下・・誠実な友達・・
「私もそう思っていますよ。でも長田さんがそう言ったんです」
「トオノシズコと申します」
智子とお店の前で別れて踏切の方に向かっていると私の前に一人の女性が立っていた。
私と目が合うと丁寧に一礼した。
ピアノの発表会の時に長田さんといた綺麗な女の人だ。
「遠いに野原の野、静かな子と書きます」聞いてもいないのにそう説明した。たぶん自己紹介に慣れているのだろう。
遠野さんは大人の女性らしいきちんとした黒のスーツを着ていた。
「申し訳ありません。石谷さん、学校の帰りにあなたがここを通ること、調べさせてもらいました」
調べた、私のことを・・何で?
「石谷さんとはこれで二回目ですね」
あの時はカメラの使い方を知らないか、と訊かれた。
「たしか長田さんの家の方ですよね?」
最初は長田さんの母親だと勘違いしていた。それはすぐに違うとわかった。
「私は長田さまの家に四年ほど仕えさせてもらっています」
お手伝いさん? 秘書?
「石谷さん、少しお時間を頂けませんか?」
遠野さんの話はきっと長田さんの話だろう。少し興味が沸いた。
私は遠野さんについて行き駅前の喫茶店に入った。
家には店から電話をかけて少し駅前で買い物をしてから帰ると言った。
喫茶店の一番奥の席に座ると、遠野さんはコーヒーを頼み、私はオレンジジュースを頼んだ。智子と来たかった場所だ。
「石谷さんに折り入ってお願いがあるのです」
注文をするとすぐに話を切り出した。
遠野さんは綺麗な人だけど大人の女性だ。周りから見れば母娘に見えるかもしれない。
「これは私の独断で動いていることです。恭子さまには今日、石谷さんにお会いすることは言っていません」
ずいぶんとご大層な言い方だ。
「石谷さん、率直に言います。恭子さまのお友達になって頂けないでしょうか?」
友達?長田さんと?いきなり何を言うの?
「おっしゃってる意味がよくわかりません」
何で私が長田さんと友達にならないといけないのよ。
「恭子さまがピアノの発表会が終わったあと、あなたにカメラの撮り方を訊いて欲しいと言っていたのを思い出したのです。恭子さまがそう言うのなら、何か理由があるのではと思ったのです」
それだけで?何か特別な理由があるのかと思った。
「どうしてそんなことを私に頼むのですか?」
どうして遠野さんはそんなお願いを私に。
「他に恭子さまのお友達になってくれそうな人を私は知りません」
すごく金持ちなのに、私の帰り道を探すくらいなのに、少し情けない気がした。
「長田さんに友達はいないんですか?」
「恭子さまに友達は一人もおられません」
遠野さんは強く断定的に言った。
私にもわかっていたけれど、こうして改めて聞くとひどく残酷な言葉に聞こえる。
ウエイトレスが飲み物を運んできたので会話が途切れた。
ウエイトレスが勘定書をテーブルに置くと遠野さんはそれをすばやく自分の方に引き寄せた。
遠野さんはコーヒーに砂糖は入れず、ミルクだけを少し垂らした。
「遠野さん、その前に私は話したいことがあります。本当は直接長田さん本人に話すべきなのでしょうけど、クラスも違うし、そんな機会はありそうにもないですから」
「お聞きします」
遠野さんは静かに答えた。色んな人との接触にすごく慣れている感じがする。
小学生の女の子相手に丁寧に受け答えをしている。なかなかできるものではない。
私は長田さんがここに越してきた際に学校の女の子に押し花を配ったこと、それが原因で友達がいじめられたことを話した。
「私には押し花のことはよくわかりません」
私が話し終わると遠野さんはゆっくりとそう言った。
「ただ、恭子さまはここに越してきた時からお部屋でスミレの花を綺麗に押し花にしておられました。たくさんあったと思います。押し花を作っている時の恭子さまとても楽しそうに見えました」
「理由は訊かなかったのですか?」
「当然、訊きました」
「長田さんは何て答えたんですか?」
「恭子さまは『この花でたくさんのお友達ができるのよ』と言って笑顔を浮かべておられました」
「たくさんの友達?」
「ええ、恭子さまは大勢の友達が欲しかったのではないかと思います」
押し花で友達ですって? それは違う。そんなの有り得ないわ。
「学校の女の子たちには『これを受け取ったら私の配下になるのよ』と言っていました。私も確かに長田さんにそう言われました」
「恭子さまにとっては同じだったのではないでしょうか?」
「全然違います! それに花言葉は『忠実』です。忠実な配下と言っていたんです」
声を荒げる私に対して、遠野さんは全然動じず静かに話しだした。
「恭子さまは『忠実』という言葉を使われていましたか?」
あっ!・・長田さんは「忠実」とは一言も言っていなかった。受け取った私たちが勝手にそうだと決めていたんだ。
「スミレの花言葉はたしか『誠実』だったと思います。もともと花言葉なんて色んな意味があとでつけられていますから、学校のみなさんも恭子さまも『忠実』と『誠実』の違いもわかっていなかったのだと思います」
「そんなことがわからないって・・お金持ちだったら、それなりの教育が・・」
少し、失礼なことを言っているのはわかっている。でも言いたい。
「教育と一言で言いますけど、花言葉の意味まで教えたりしますか?」
そんな事を聞いて納得できるものではない。智子は長田さんの押し花が原因でいじめられたのだ。智子がいくらそんなことないと言っても私には到底理解できない。
「石谷さん、今、お聞きして思ったのですけど。『配下』ってお言葉、小学生なのに、おかしいと思われませんか?そんな関係など成立しないと思いますが・・」
忠実な配下・・誠実な友達・・
「私もそう思っていますよ。でも長田さんがそう言ったんです」
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