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石谷さんの話
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◆
「村上くん、たまには一緒に帰らない?」
香山さんが下校時間になると声をかけてきた。
「小川さんは?」
「悠子は今日は井口さんと一緒に帰るの」
まさか、喧嘩でもしたんか?
「悠子も少しずつ、私から自立して友達を作らないとね」
井口さんはあの投書でもわかったけど、ちゃんとした考えを持っている子だと思った。
小川さんとならいい友達になれるかもしれない。
「親離れか?」
「親離れって、村上くん、ちょっと失礼よ!」
一緒に帰ると行っても僕の家は近いからそんなに長く一緒に話せるわけでもない。
「私、村上くんには本当に感謝してるの」
校門から出ると香山さんはいきなり話をそう切り出した。
僕、何か、したっけな?
「私のお父さん、悠子のお父さんでもあるわけだけど、昔と少し変わったのよ」
あのお父さんが?
「藤田さんが言うには『村上くんのおかげとちゃうかな?』とか言っていたわ。『詳しいこと言えへん、男同士の秘密や』とも。私にはよくわからないけれど、勇気をもらえたような、そんなことも言っていたわね」
僕もよくわからない。僕があの人たちのことを理解しただけなのに。
人は理解されたり、わかってあげたりすると変わるものなのだろうか?
「それに私も悠子のことやビー玉のこともお父さんに話したから」
香山さん、そんな話もお父さんにしていたのか。
「それで何がどう変わったんや」
香山さんは少し間をあけた後、こう言った。
「隣町にできたスーパーは香山グループの傘下になったの」
小川さんのお母さんがそこで働くようになったと聞いたのを思い出した。
「あそこは元々、長田さんの事業で作ることになっていたんだけど、私のお父さんが積極的に動き出して、事業に介入したらしいの。今では長田グループの発言権はほとんどなくなっているの」
それもよくわからない。会社のことなんて僕には関係ないし。
「それも、村上くんに一応、感謝した方がいいのかな・・って」
「僕、そんなこと感謝される筋合いはないよ」
「そうよね、ないわよね」
いつものつんつん顔でそう答えた。
何や、それ?
「長田さんの会社の社長はお父さんではなく、ご兄弟の方がなさっているらしいわ。それから少し傾き始めたらしいって、お父さんが言ってたわ」
「ふーん」
長田さんのお父さんはどうしているのだろう?
他のクラスの子が歩きながら僕たちをチラチラと見ている。あの子たちに僕たち二人はどう映っているのだろう? 香山さん、美人だし。
「でも長田さんって、少し、かわいそう・・」
「何でそうなるんや?」
「だって、いやな言い方だけど、長田さんって、クラスの中ではあまり話さないし、金持ちのお嬢さんだってことぐらいしか印象にない子だから」
それがそうでなくなったら長田さんに何が残るのか、ってことが香山さんは言いたいんだよな。
でも僕はその時、運動会の時の長田さんのダンスを思い出していた。
◆
「村上、おまえに用事があるって女の子が来てるで」
休み時間、修二に言われて廊下の方を見ると石谷さんが立っていた。
「おまえ、もてるなあ。香山といい、小川といい。それに長田さんまで」
修二、長田さんはちゃうやろ!
僕は他のみんなの注目を集めないようにこっそりと廊下に出て「石谷さん、優勝、おめでとう」と言うと「ありがとう」と言って石谷さんは喜ぶ表情を見せた。
「実は、村上くんにお願いがあるの」
次に石谷さんは真顔でそう言った。
「石谷さん、どないしたん?」
「カメラの使い方、教えてあげてっ」
「僕にカメラって、それに誰にや?」
「村上くん、カメラに詳しいんでしょう?お昼休み、校舎裏で待ってて、そこで詳しいことを話すわ」
誰から聞いたんや。そんなこと。
確かに僕の父がカメラ好きだったから、小さい時から、家には一眼レフが何台もあって、その内の何台かをいじらせてもらっていた。だから、詳しいことは詳しい。今年の誕生日には父のお下がりの一眼レフをお祝いにもらったけど。
いったい誰から聞いたんや?
石谷さんは僕を校舎の裏の銀杏の木が連なったところに連れ出した。以前、修二と松下くんと座り込んで話していた場所だ。今日はぎんなんが足元にたくさん落ちている。
女の子とこんな場所で二人きりなんてちょっと恥ずかしいな、とそう思う余裕も与えずに石谷さんは遠野さんという女性から聞いた話を話しはじめた。
カメラの話の前にこれだけは言っておかないといけない、と言った。
それは長田さんの両親についてだった。
彼女、長田さんは本当のお嬢さまだった。
身の回りのことはいつもお手伝いさんがやってくれていた。
いつも周りに大勢人はいるけれど「本当は誰もいない」というのが彼女の家だったらしい。
夏休み前の誕生会で見たお父さんとお母さんは、そうではなかった。
お父さんは外国人でお母さんは女優みたいに綺麗な人だった。けれど、お父さんと思っていた人はお父さんの弟で、女の人は遠野さんというお手伝いさんだった。
長田さんのお父さんは既に亡くなっていたのだ。
亡くなった長田さんのお父さんは日本を深く愛していて日本人の女性と結婚して長田さんが生まれた。
けれど、長田さんが小学校に上がる前に離婚し、また日本人の女性と結婚した。
この女性は事業のやり手だったらしい。長田さんのお父さんはいろんな仕事を彼女に任せるようになった。
新しいお母さんは仕事で忙しくなり、家にいることもほとんどなかった。
そして四年生になった頃、お父さんが病気で亡くなった。
新しいお母さんは夫が亡くなったこともあって家には寄りつかなくなった。東京のマンションに一人で住んでいるそうだ。
長田グループの事業の運営は長田さんのお父さんの弟と新しいお母さんが一切を仕切っていた。
あまりの家の変化に長田さんは叔父にも新しいお母さんにもなつくことはなかった。
それから長田さんは人とあまり話すことがなくなり、誰かと話しても上手く通じないことが多く、よく部屋で泣いていたと言う。
彼女にとって「家」は何のためにあったのだろうか?
長田さんの教育は遠野さんに一切任されていた。
僕にはあまり遠い世界の出来事すぎて、よくわからない。
長田さんの孤独は到底理解できない。
長田さんが押し花を配っていた理由も聞いた。
人は平等だと僕は思っていたけれど、同じ小学五年生の僕と長田さんには圧倒的な開きがあった。
それでもわかったことがある。
長田さんは女の子に純粋な意味な気持ちで押し花を配っていたのだ。
彼女には何の悪意もなく、もちろん爆弾のつもりなんかでは決してなかった。
長田さんは自分でちゃんと考えて押し花の花を選んだのだ。
押し花にするのなら、この花、スミレしかない、と。
スミレなら自分の気持ちが女の子たちの間にひろがっていく。きっと他の花ではダメだと思ったのだろう。
長田さんは「誠実」というスミレの花言葉を信じていた。
この花で友達がたくさんできることを。
けれど、スミレの花言葉の意味は長田さんの意思に反して「忠実」ととられ大きく誤解されることになった。
その結果、芦田さんのような何の罪もない子がいじめられることになった。
長田さんはそんなに悪いとは思わなくなったけれど、こんな人は友達なんてできっこない。
友達は押し花なんかで作るものではないからだ。
けれど、僕は運動会の時、長田さんはどうしてこんな風にダンスで人を楽しくさせることができるのだろう? と感じたことを思い出していた。
長田さんは上手く人と話すことができない。
そのかわりにダンスなど、話す以外のことであれば、十分に人を楽しませることができる。
決して長田さんは友達ができないことはないはずなんだ。
石谷さんは僕に「長田さんにカメラの使い方を教えてあげて欲しい」と頼んだ。
どうして僕でないとダメなのか、長田さんはその理由を言ってくれなかったそうだ。
「でも、村上くんがカメラに詳しいからって、長田さんがそう言っているの」
そして、石谷さんは長田さんのカメラについて話しだした。
カメラはお父さんが亡くなる年の前に娘の誕生日プレゼントとして買い与えたものらしい。まだ幼かった長田さんに難しいカメラをプレゼントしても使いこなすことはできない。
けれど、遠野さんが言うのには高級なカメラは一つの家の財産になるそうだ。
お父さんは娘に宝石を与えるつもりで買い与えたのだそうだ。
当然ながら忙しかったお父さんはその使い方も教えることはなかった。
長田さんにとってはお父さんの最後のプレゼントだったから、思い入れも深かったのだろう。
そして、使いたかった。そのカメラで友達を撮りたかったのだろう。
もしかしたら、僕はそのカメラを見たことがあるかもしれない。
「村上くん、私の家、遠くに引っ越すことになったの。私、転校しちゃうの」
石谷さんは全て話し終えるとそう言った。
「えっ」突然の言葉に僕は何と言って返事をしていいかわからなかった。
「せっかく村上くんと知り合えたのにね」
「それより、芦田さんと友達になったばかりやろ」
芦田さんの悲しむ顔が浮かんだ。でも泣いている顔が似合わない女の子だ。
「智子にもこれから大事なお願いをしないといけないの」
「村上くん、たまには一緒に帰らない?」
香山さんが下校時間になると声をかけてきた。
「小川さんは?」
「悠子は今日は井口さんと一緒に帰るの」
まさか、喧嘩でもしたんか?
「悠子も少しずつ、私から自立して友達を作らないとね」
井口さんはあの投書でもわかったけど、ちゃんとした考えを持っている子だと思った。
小川さんとならいい友達になれるかもしれない。
「親離れか?」
「親離れって、村上くん、ちょっと失礼よ!」
一緒に帰ると行っても僕の家は近いからそんなに長く一緒に話せるわけでもない。
「私、村上くんには本当に感謝してるの」
校門から出ると香山さんはいきなり話をそう切り出した。
僕、何か、したっけな?
「私のお父さん、悠子のお父さんでもあるわけだけど、昔と少し変わったのよ」
あのお父さんが?
「藤田さんが言うには『村上くんのおかげとちゃうかな?』とか言っていたわ。『詳しいこと言えへん、男同士の秘密や』とも。私にはよくわからないけれど、勇気をもらえたような、そんなことも言っていたわね」
僕もよくわからない。僕があの人たちのことを理解しただけなのに。
人は理解されたり、わかってあげたりすると変わるものなのだろうか?
「それに私も悠子のことやビー玉のこともお父さんに話したから」
香山さん、そんな話もお父さんにしていたのか。
「それで何がどう変わったんや」
香山さんは少し間をあけた後、こう言った。
「隣町にできたスーパーは香山グループの傘下になったの」
小川さんのお母さんがそこで働くようになったと聞いたのを思い出した。
「あそこは元々、長田さんの事業で作ることになっていたんだけど、私のお父さんが積極的に動き出して、事業に介入したらしいの。今では長田グループの発言権はほとんどなくなっているの」
それもよくわからない。会社のことなんて僕には関係ないし。
「それも、村上くんに一応、感謝した方がいいのかな・・って」
「僕、そんなこと感謝される筋合いはないよ」
「そうよね、ないわよね」
いつものつんつん顔でそう答えた。
何や、それ?
「長田さんの会社の社長はお父さんではなく、ご兄弟の方がなさっているらしいわ。それから少し傾き始めたらしいって、お父さんが言ってたわ」
「ふーん」
長田さんのお父さんはどうしているのだろう?
他のクラスの子が歩きながら僕たちをチラチラと見ている。あの子たちに僕たち二人はどう映っているのだろう? 香山さん、美人だし。
「でも長田さんって、少し、かわいそう・・」
「何でそうなるんや?」
「だって、いやな言い方だけど、長田さんって、クラスの中ではあまり話さないし、金持ちのお嬢さんだってことぐらいしか印象にない子だから」
それがそうでなくなったら長田さんに何が残るのか、ってことが香山さんは言いたいんだよな。
でも僕はその時、運動会の時の長田さんのダンスを思い出していた。
◆
「村上、おまえに用事があるって女の子が来てるで」
休み時間、修二に言われて廊下の方を見ると石谷さんが立っていた。
「おまえ、もてるなあ。香山といい、小川といい。それに長田さんまで」
修二、長田さんはちゃうやろ!
僕は他のみんなの注目を集めないようにこっそりと廊下に出て「石谷さん、優勝、おめでとう」と言うと「ありがとう」と言って石谷さんは喜ぶ表情を見せた。
「実は、村上くんにお願いがあるの」
次に石谷さんは真顔でそう言った。
「石谷さん、どないしたん?」
「カメラの使い方、教えてあげてっ」
「僕にカメラって、それに誰にや?」
「村上くん、カメラに詳しいんでしょう?お昼休み、校舎裏で待ってて、そこで詳しいことを話すわ」
誰から聞いたんや。そんなこと。
確かに僕の父がカメラ好きだったから、小さい時から、家には一眼レフが何台もあって、その内の何台かをいじらせてもらっていた。だから、詳しいことは詳しい。今年の誕生日には父のお下がりの一眼レフをお祝いにもらったけど。
いったい誰から聞いたんや?
石谷さんは僕を校舎の裏の銀杏の木が連なったところに連れ出した。以前、修二と松下くんと座り込んで話していた場所だ。今日はぎんなんが足元にたくさん落ちている。
女の子とこんな場所で二人きりなんてちょっと恥ずかしいな、とそう思う余裕も与えずに石谷さんは遠野さんという女性から聞いた話を話しはじめた。
カメラの話の前にこれだけは言っておかないといけない、と言った。
それは長田さんの両親についてだった。
彼女、長田さんは本当のお嬢さまだった。
身の回りのことはいつもお手伝いさんがやってくれていた。
いつも周りに大勢人はいるけれど「本当は誰もいない」というのが彼女の家だったらしい。
夏休み前の誕生会で見たお父さんとお母さんは、そうではなかった。
お父さんは外国人でお母さんは女優みたいに綺麗な人だった。けれど、お父さんと思っていた人はお父さんの弟で、女の人は遠野さんというお手伝いさんだった。
長田さんのお父さんは既に亡くなっていたのだ。
亡くなった長田さんのお父さんは日本を深く愛していて日本人の女性と結婚して長田さんが生まれた。
けれど、長田さんが小学校に上がる前に離婚し、また日本人の女性と結婚した。
この女性は事業のやり手だったらしい。長田さんのお父さんはいろんな仕事を彼女に任せるようになった。
新しいお母さんは仕事で忙しくなり、家にいることもほとんどなかった。
そして四年生になった頃、お父さんが病気で亡くなった。
新しいお母さんは夫が亡くなったこともあって家には寄りつかなくなった。東京のマンションに一人で住んでいるそうだ。
長田グループの事業の運営は長田さんのお父さんの弟と新しいお母さんが一切を仕切っていた。
あまりの家の変化に長田さんは叔父にも新しいお母さんにもなつくことはなかった。
それから長田さんは人とあまり話すことがなくなり、誰かと話しても上手く通じないことが多く、よく部屋で泣いていたと言う。
彼女にとって「家」は何のためにあったのだろうか?
長田さんの教育は遠野さんに一切任されていた。
僕にはあまり遠い世界の出来事すぎて、よくわからない。
長田さんの孤独は到底理解できない。
長田さんが押し花を配っていた理由も聞いた。
人は平等だと僕は思っていたけれど、同じ小学五年生の僕と長田さんには圧倒的な開きがあった。
それでもわかったことがある。
長田さんは女の子に純粋な意味な気持ちで押し花を配っていたのだ。
彼女には何の悪意もなく、もちろん爆弾のつもりなんかでは決してなかった。
長田さんは自分でちゃんと考えて押し花の花を選んだのだ。
押し花にするのなら、この花、スミレしかない、と。
スミレなら自分の気持ちが女の子たちの間にひろがっていく。きっと他の花ではダメだと思ったのだろう。
長田さんは「誠実」というスミレの花言葉を信じていた。
この花で友達がたくさんできることを。
けれど、スミレの花言葉の意味は長田さんの意思に反して「忠実」ととられ大きく誤解されることになった。
その結果、芦田さんのような何の罪もない子がいじめられることになった。
長田さんはそんなに悪いとは思わなくなったけれど、こんな人は友達なんてできっこない。
友達は押し花なんかで作るものではないからだ。
けれど、僕は運動会の時、長田さんはどうしてこんな風にダンスで人を楽しくさせることができるのだろう? と感じたことを思い出していた。
長田さんは上手く人と話すことができない。
そのかわりにダンスなど、話す以外のことであれば、十分に人を楽しませることができる。
決して長田さんは友達ができないことはないはずなんだ。
石谷さんは僕に「長田さんにカメラの使い方を教えてあげて欲しい」と頼んだ。
どうして僕でないとダメなのか、長田さんはその理由を言ってくれなかったそうだ。
「でも、村上くんがカメラに詳しいからって、長田さんがそう言っているの」
そして、石谷さんは長田さんのカメラについて話しだした。
カメラはお父さんが亡くなる年の前に娘の誕生日プレゼントとして買い与えたものらしい。まだ幼かった長田さんに難しいカメラをプレゼントしても使いこなすことはできない。
けれど、遠野さんが言うのには高級なカメラは一つの家の財産になるそうだ。
お父さんは娘に宝石を与えるつもりで買い与えたのだそうだ。
当然ながら忙しかったお父さんはその使い方も教えることはなかった。
長田さんにとってはお父さんの最後のプレゼントだったから、思い入れも深かったのだろう。
そして、使いたかった。そのカメラで友達を撮りたかったのだろう。
もしかしたら、僕はそのカメラを見たことがあるかもしれない。
「村上くん、私の家、遠くに引っ越すことになったの。私、転校しちゃうの」
石谷さんは全て話し終えるとそう言った。
「えっ」突然の言葉に僕は何と言って返事をしていいかわからなかった。
「せっかく村上くんと知り合えたのにね」
「それより、芦田さんと友達になったばかりやろ」
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