血を吸うかぐや姫

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

文字の大きさ
8 / 133

淫行幻視

しおりを挟む
◆淫行幻視

 松村の怪我は大したことはなく、順調に回復しているということだ。
 ただ、顔が歪んでいるらしく、頬に大げさな包帯を当てている。それに頬の肉がおかしくなっていると人伝てに聞いた。
 そんな状態で大したことがない、というのかは分からないが、松村は学校に出てきて、休憩時間に僕の席まで来ると、
「屑木、この前はありがとな」と言った。ごく普通の口調だが、左の顔が痛々しい。
 僕が「顔、大丈夫なのか」と訊ねると、
 松村は「ああ、たいしたことはない。すぐに元に戻るよ」と答えた。
 すぐに元に戻るって・・あの瞬間、けっこうへこんでいたぞ。
 それとも、人間の体っていうのは一瞬へこんでも、何日かすれば元に戻るっていうのか。

 しばらくすると、松村にデッドボールを当てた近藤がやって来た。
 近藤に松村は、「近藤、病室までわざわざ見舞いに来てくれてすまん」と言った。
 近藤は松村の見舞いに行っていたようだ。
 近藤は学校に出てきた松村を見て「もういいのか。学校に来ても」と不安そうな顔で訊ねた。
 包帯顔の松村は「ああ、大丈夫だ。体育の授業以外なら」と答えて、
「僕も悪かったよ。ちょっとぼうっとしてしまったんだ」と言った。
 ぼうっとしていた・・
 目撃したある男子によると、普通はかわせるはずのボールだったという話だ。
 松村は迫りくるボールを意識しないくらいぼうっとしていたというのか。

「でも、ぼうっとするもんじゃないってわかったよ」
 松村は普通に反省するように言った。
 近藤が「そりゃそうだ」と笑った。自分の落ち度を和らげたいのだろう。
 
 だがその後、松村は、
「でも、ボールがぶつかった瞬間、変な光景を見たんだ」と言った。
 そう言った次の瞬間には話を続けるのを躊躇うような表情を見せた。
 変な光景?
 僕が「幻覚でも見たのか?」と訊ねると、
 近藤まで「女の子と裸とかかよ」と茶化すように訊いた。
「いや、女の子は、女の子なんだけど」と松村は小さく言った。
 近藤が即座に「やっぱり、女の子じゃんか」と嬉しそうに言った。
 近藤は更に「それで、松村、女の子はやっぱり裸か」と、くどく訊き始めたので僕は「もういいじゃないか」と制した。
 すると、松村は、
「女の子は・・上半身裸だった・・」と小さく言った。
 近藤は吹き出すように笑うと、「そりゃ、ボールが飛んできてもわかんないよな」と言った。
 しかし、松村はその先を言いたそうにしている。
 僕が「その女の子って、もしかして松村の知ってる子なのか」と訊ねると、松村はコクリと頷き、
「僕の知っている子、というより、ここにいるみんなが知っている」と言って、
「このクラスの津山静香だ」と言った。
 津山静香・・クラスの中では目立たなく大人しい女の子だ。

 近藤は津山静香の名を聞くと「おまえ、あいつのことが好きだったのか」と笑った。
 品のない近藤の声を遮るように松村は、
「違うんだ」と大きな声を出した。
 憤った松村の声に僕と近藤は、真面目に聞く姿勢を見せた。
 そんな僕と近藤に松村はこう言った。
「そこに、あいつがいたんだ」
「あいつ、って誰だよ」と僕。
「体育教師の大崎だ」と松村が答えた。
「意味がわからん」と近藤がうなる。

 すると松村は声のトーンを落とし、
「大崎先生が彼女に、無理やりにいかがわしいことをしていたんだ」と言った。
 性的な内容の話に僕は周囲の目をうかがった。おそらく誰も聞いていない。
 
 近藤は「それ、リアルな幻覚だな」と感想を言った。
 だが、松村は首を振り「幻覚なんてものじゃない・・見えたんだ。実際にしているところを・・」と小さな声だが、強く言った。
 近藤が、「その幻覚、俺のボールが当たった瞬間だよな」と確認するように言った。
すると、松村は、
「すごく長く感じた」と答えた。
 確かに、デッドボールは異常なくらいに松村の頬に停止していた。

 松村は更に声を落とし、
「大崎先生が、上半身裸の津山さんの体に覆いかぶさっていた」と言った。
 大崎先生が津田静香を犯していた。
 しかも、その場所は、時間は?
 僕は松村に、
「それってさ、そのリアルな夢は、場所とかも見えたりしたのか」と尋ねた。
 僕の勘が正しければ・・
 僕の問いに松村は、
「場所は体育倉庫の横にある物置小屋だよ」
 体育倉庫の横にある物置小屋は、誰も近づかない。単純に汚いからだ。
 もしかして、体育教師の大崎は、体育の授業中にそんなことを。
 
 そんな幻覚を話し終えた松村に僕は、
「あのさ、今度の金曜日に神城たちと、おまえの言っていた、例の屋敷に行くんだがな」と言ってみた。おそらく松村はつき合わないだろうが。

 すると、松村は「僕が屑木を誘った時に一緒に行って欲しかったよ」と残念そうに言った。
 そう言った松村の顔はやはり何かがおかしい、そう感じた。

 昼休み、僕は佐々木奈々と駄弁っている委員長の神城涼子に訊いた。
「なあ、この前の体育の自習の時、津山さんはいたか?」
 すると、神城は僕を不審な者でも見るように、
「何よ。屑木くん。彼女のことが気になるの」とつっけんどんに答えた。
「違うんだよ」
 ああ、面倒臭い。
 そんな僕の不快な表情を見て神城は、
「津山さんなら、体育の時は、休みをとっていたわよ。たぶん、あれの日」と答えた。
 あの日の自習授業に、津山静香は参加していなかった。
 ・・ならば、松村の幻視は現実の出来事を見ていたっていうのか。

 なぜ?
 神城が「何よ、屑木くん。変な顔をして」と問い質すように言った。
 女の子に、松村の見た幻視を言うのは、ちょっとためらわれる。
 そう思っていると、神城の駄弁り相手の佐々木奈々が、
 口に手を当て小さな声で、
「津山さん、色々と事情があるみたいですよ」と僕と神城に囁いた。
 佐々木の話に神城が「奈々、色々って何よ」と尋ねた。
「彼女、誰かに脅迫されているとかって、聞いたし」と佐々木奈々は言った。「あくまでも噂ですよ・・う・わ・さ」
 
 津山静香を脅していたのが、体育の教師の大崎先生っていうことか。それをネタに彼女の体を貪っていた。

 そんな話をしていると、佐々木が「それにしても最近、屑木くんと涼子ちゃん、仲がいいですよねぇ」と冷やかすように言った。対して神城は「ちょっと、奈々、屑木くんが勝手に話しかけてきてるだけでしょ」と抗議した。 佐々木は「そうですかあ」と笑った。

 いずれにせよ、あの体育の自習時間・・その時間内に、大崎先生が彼女に性的な行為をしていた。そんな気がした。
 問題は松村がどうしてそのような幻視、リアリティ溢れる幻覚を見たのか、ということだ。
 そう言えば・・
 デッドボールの瞬間、松村の頬にボールが激突した瞬間、
 同時刻、テニスをプレイしていた伊澄瑠璃子のスマッシュが打たれた。
 ボールが打たれた瞬間、妙な違和感があった。僕はその時の音が頭にこびり付いて離れない。

 僕は想像を巡らせた。
 つまり、
 あの学園の女王のような伊澄瑠璃子が、松村にある幻視を見させた。
 それは何のために?
 ・・それは松村に体育教師の淫行を知らせるためだ。同時に僕たちにも。
 だが、なぜ、伊澄瑠璃子は淫行を知ることができ、はたまた、何故、そのことを皆に知らさなければならない義務があるというのだ。
 まるで、この世界から汚れたものを排除したいかのように。

 もちろん、邪推かもしれないが、しかし・・仮に僕のつたない推測が正しければ、松村は、あの伊澄瑠璃子の手下のような存在になっているのではないか。
 それも、伊澄瑠璃子は直接手を下さない。松村に指令もしない。
 ・・いや、空想が非現実的すぎる。

 僕はそこまで考えて、その先に思考を及ばせるのはやめた。非現実的なことから思考を脱することにした。そんなことを考えても何の得にもならない。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...